愛の言葉

佐々

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愛の言葉

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 翌朝の六時に俺はそっとベッドを抜け出して身支度を済ませ、如月の部屋を後にした。
 全く眠れなかったわけではないが、間近にある如月の体温とかすかに聞こえる寝息が気になって、浅い眠りは幾度も妨げられ、気がつくと外が明るくなっていた。
 寝室を出る際に一度だけ振り返って見た如月はよく眠っているようだった。
 一言くらい、メモを残して行こうかと思ったが、書くことがなかったのでやめた。かわりに、財布に入れていた如月の名刺をテーブルに置いて、部屋を出た。
 俺は如月の連絡先を携帯に登録していない。一度もかけたことがないので履歴に番号も残っていない。如月も俺の連絡先は知らないはずだ。彼から連絡がくることはまずないだろう。無論、俺もかけない。
 如月との付き合いはこれで終わりだ。もう会うこともない。それでいい。それで、如月のことは忘れる。


 夏海に振られた時も思ったが、俺はなかなか図太い人間であるらしい。
 仕事が忙しくなって余計なことを考えている暇がなくなったというのもある。俺にとってそれは幸いだったが、昼休みや仕事の後、家に一人でいる時など、気づくと取り留めもないことばかりが頭を過ぎった。
 夏海との時はもっと簡単だった。眠れなくなったり、食が細くなったりしたのはほんの数日で、一週間もすれば日常生活への支障は全くといっていいほどなくなっていた。結局俺は、相手より自分のことが大切らしい。
 そういえば夏海にも、あなたは私と別れてもさほど落ち込まないみたいなことを言われた気がする。あの時はそんなずないと怒りたくなったが、確かに彼女の言うとおりなのかもしれない。
 彼女は俺が、例え彼女が居なくなったとしても、それまでとたいして変わらぬ生活を送っていくことを知っていた。だから別れ話を切り出した。彼女の求める愛情と、俺の抱くそれとが一致していなかったというのはつまりそういうことだろう。
 でも、それはどうしようもないことのように思えた。俺が彼女と違う人間である限り、彼女が本当に欲しいものを与えてやることはできないだろう。
「できることなら、溶け合ってしまいたい」
 いつか、泣きそうな顔で彼女が言っていたことを思い出す。細い腕で俺にしがみつきながら言った彼女の声は震えていて、その不安定さに、生理前なのかな、とか俺はデリカシーのないことを考えていた。今思えばあれは、わかり合うことのできないことへの彼女の切なさによるものだったのかもしれない。
 それなのになぜ俺は、恋人でもない如月のことを忘れることができないのだろう。


 週末、ナミから電話がかかってきた。金曜日で、明日は休みだった。俺はかなり機嫌がよかった。別に特に予定もないが、休み前は嬉しい。明日はとにかくゆっくり寝よう。そして洗濯をして、クリーニングに行って、何かうまいものを食べよう。人と約束がなくても俺は一人で時間を使うことができる。しかしナミからの電話で連休をゆっくり過ごす計画は消え去った。それでもナミからの着信を見た時嬉しい気分になったのでそれはそれでいい。自分に素直に楽しいことをして生きていたらこの微妙にもやっとした気持ちも解消されるかもしれない。
「もっしー市川さん、久しぶり。元気?」
 電話ごしのナミの声に癒される。あー触りてーなー。欲求不満なのかな? 俺。
「元気だよ。そっちは?」
「超元気! ねえねえ、そろそろ会いたいんだけど、まだ忙しい?」
 ナミの声はいつにも増して甘えていた。
「もしかして飲んでる?」
「飲んでるよ~っていうかお仕事ですから!」
「あーまあそうだよな。もう終わったの?」
「うん。いま帰り。市川さんは?」
「俺はもう家。あとは寝るだけ」
「そっかぁ。明日のご予定は?」
「掃除と洗濯と睡眠くらいかなぁ」
「じゃあナミと遊ぼ! あ、でも疲れてるかな」
「いや、いいよ。俺も会いたいし、どこ行く?」
「あ、ナミね、行きたい店があって」
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