遺体売りませんか。

戒=かい

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遺体売りませんか。

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ーーあぁ、どうしたら……。

 夕方、自宅で私は悩んでいた。
 どちらの答えを出しても、私は後悔してしまうだろう。

ーーあぁ、どうしたら……。




 昨日、唯一の肉親の母が亡くなった。死因は肺の病気で、一年前から毎日、苦しい。苦しい。と呟いていた。
 私は日雇いの仕事をしていて、その日その日を生きるのが精一杯だった。学歴も職歴も何もなかったので、それしか道がなかったのだ。
 それでも、私は感謝の念から、母を病院に連れて行った。しかし、今の私の財力では病気を完全に治すことは出来ず、ただただ延命するくらいしか出来なかったのだった。

 そんな中、母は亡くなった。

 貯金などあるはずもなく、日雇いで得た賃金も母の薬代に消えていた。
 私は母に葬式一つ、上げることができないのだ。
 途方に暮れて、母の遺体をただただ見下ろすことしか私にはできなかった。




ーードンドン!ドンドンドン!

 突然、ドアを叩く音がした。ボーッとして、随分待たせてしまったのか、ノックは少し強かった。
 ドアを開けるとスーツを着た男がにこやかに立っていた。
「初めまして。急な訪問失礼いたします。いきなりですが、お母様の遺体を私に売りませんか?」
「え?」
「不躾で申し訳ございませんが、実はあなたのお母様の症例、とても特殊でして。今後の医学会的にもとても価値があるのです。お話を伺ったところ、まだ葬儀の予定もない様子。もう日取などお決まりでしたか?」
「ええと……。とりあえず話を聞いてもいいですか」
 男の話を詳しく聞いてみると、病気の症状がまれで、母の遺体は数多の医者が喉から手が出るほど欲しいものらしい。あまりに希少すぎて、主治医にはそういった知識がなかったとのことだ。
「……母は私をここまで育ててくれました。その母の遺体を弔うことができないのは……」
「葬儀を執り行えるのですか?」
「……それは」
 男は部屋を見回しながら、
「見たらお金にもお困りの様子。あなたの望む額をお出ししましょう。そしてそれで表向きに葬儀を挙げればいい。世間体にもお母様にも顔が立つでしょう。如何です?」
「しかし……」
 信じられなければ。と男は持っていたアタッシュケースを開けた。
 中には見たことのないような量の札束が入っていた。
「これで足りなければ追加も致します。それほどに貴重なのです。あなたの貧困を救うのならばお母様もきっと喜ぶでしょう」
「……すみませんが、やはり……」
「……そうですか。ならば、まだ死亡から日数経ってないので、また明日同じ時間に来ます。一日考える時間を。どうか、後悔のないように」
 そういって男は去っていった。





 男が去り、私は再び頭を抱えた。

ーーあぁ、どうしたら。

 母は女手一つで私をここまで育ててくれた。
 父親も他の兄弟もだいぶ昔に病気で亡くなっていた。貧しかった我が家では、ただただ生きるのに手一杯で、病気になったら最後、治す術がなかった。栄養状態も良くなく、私が今の今まで生きれたのも、母が精一杯に育ててくれたからだった。

ーーそんな母だったのだ。

ーーそんな母を見ず知らずの男に売るのだ。

ーーしかし。

 私は頭を抱えて、何度も母の顔と天井を見比べた。





 約束の時間が迫ってきた。あと一時間といったところだ。
 私はまだ答えに迷っていた。しかし、もらった金で、葬式以外にも墓を立てたり、良い戒名を送ったらきっと母も許してくれるだろうという考えに傾いていた。

ーードンドン!

 ドアを叩く音がした。ドアを開けると昨日の男が立っていた。
「答えは出ましたか?」
「……ええ。その……ええと……やはり、母の遺体をお譲りいたします」
「……そうですか。では」
 男はどこかに電話をすると、何人か人がやってきて、母の遺体の状態を確認してから、車へと移送していった。
 そして部屋に戻ると、トランクを開き、札束を確認して、机に置きながら男は口を開いた。
「……試すような真似してすみません。実は私はあなたの兄弟です」
「え?」
「私は過去に亡くなったことにされ、母に売られました。そして、売られた先で奴隷のように扱われましたが、いつか母に復讐するためにと生き続け、今のこの地位を得ました。まぁ、母はもう亡くなりましたが」
 私は突然のことに、口が開いたままになってしまった。
「あなたに罪はない。ですから、あなたの人柄を見て、この貧困から救うか否か、見定めようと思っていましたが。やはりカエルの子はカエルですね」
 男はたんたんと語りながら、札束を重ねていく。
「そしてそれは私も。母の遺体が希少と言うのは嘘でした。この金は手切金です。過去と決別できるなら安いものです」
 大金を置ききり、男は立ち上がろうとした。
「あ、あの……」
「もう会うことはないでしょう。さようなら、兄さん」
 弟はそう言って、何もなくなった部屋を出て行った。
 私はただ一人、その部屋に取り残されることしか出来なかった。
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