ぷちぷち

戒=かい

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ぷちぷち

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「これで、1つ出来上がりっと。次は……」
 若い男がパソコンに向かいカタカタと作業をしている。時刻は深夜2時を過ぎていた。昼間から続いていた雨の音が窓に響いている。
 パソコンの画面には、7月保育計画案の文字が映し出されていた。
 男は保育士だった。9時過ぎに保育園から帰宅して軽い夕飯を済ませると、それからずっとパソコンで作業をしていた。明日の会議の書類、次の月の保育計画案、先月の振り返り、次週の日案と書類作業をこなしていたのだった。
 淹れ直したコーヒーの多さと灰皿に積もる煙草の吸い殻。それが作業の多さを物語っていた。





 「……そろそろコーヒーを淹れ直そうかな」
 マグカップを取って立ち上がろうとした時に、どこからかぷちぷちと何かが潰れるような音がした。
 何の音だと不審に思い、目のツボを押しながら辺りを見回すが、音が出るようなものは部屋には何もなかった。
 はーっと溜息をつき、画面を見直すと、またどこからかぷちぷちと音が聞こえてくる。
「……なんの音だろう?」
 少し苛ついた様子でもう一度辺りを見回す。
 すると、先程には確かにいなかったものが目に入る。
 部屋の隅に痩せた中年の男がいたのだった。ニヤニヤ笑いながら、梱包材のぷちぷちを一つずつ楽しそうに潰しているのだ。
 あまりの驚きに叫びそうになるのを我慢する。いるはずのないものがいたのだ。普通だったらパニックになるだろう。しかし、昨今の不審者による傷害事件を考えると、刺激しないのが大事だと考えたのだ。
 不審者に悟られないようにゆっくりと部屋を出る。隣の部屋に寝ている彼女を起こし、大事にならないようにと考えたのだった。
 とりあえず武器になりそうな傘を探し出して、寝ぼけた彼女を後ろに連れて部屋に戻っていった。





 結果から言うと先程の男はいなかった。部屋の隅から姿を消していたのだった。
 どこかに隠れてるのかと、傘を構えながら収納やベッドの下、ベランダと隅々まで探してみたが人どころか他の生き物すらいなかった。
「変な人もいないし、ぷちぷちという音も聞こえないんだけれど。寝ぼけたんじゃない?」
 あくびをしながら不満気に彼女がいう。
「そんなはずは……」
「……もう夜中の3時じゃない。書類も大切だけれどあまり無理はしないでね~」
 そう言いながら、彼女は眠そうに寝室にもどっていった。
 ……疲れからかおかしなものが見えたのかな。
 そう考えることにして、作業へと戻っていた。





 再度パソコンに向かい、書類を作成していると、またぷちぷちと音がしたような気がした。          
 嫌な予感がしたが、確かめないわけにもいかないので、ゆっくり振り返ってみると、また不審な男が部屋の隅に現れていた。
 驚きながらも、傘は部屋に持ち込んだままだったので、不利は少ないと思い、意を決して声を掛けてみることにした。
「……あなたは一体何者ですか?」
 男は顔を上げニヤッと笑い、そして名乗った。
「俺は死神だ」
「……し、死神?!」
「そうだ。あ、俺はお前にしか見えてないから、誰に言っても取り合ってもらえんよ」
 死神は続けた。
「お前の命はあと少しなんだ。だから俺がやってきた」
「……それは、僕が死ぬってことですか」
「あぁ。お前はあと少しで死ぬんだ」
「そんな……」
 狼狽える僕に、死神はまるで親切にしてやっているように伝えた。
「……わかりやすく教えてやろう。命の灯火が蝋燭に例えられるのをよく聞くだろう?なぁ?それが、お前の場合はこのぷちぷちだ。この中のが全部潰れたら、お前の命は終わるんだ。なぁ、わかりやすいだろ?」
 死神は近くのダンボールを指差して微笑んだ。





「なんでだ!そんなことやめてくれ!死にたくない!」
 死神に必死に掴みかかる。けれど死神に軽く躱されてしまった。
 そのままダンボールを抱えて
「おっとっと。お前の気持ちはよくわかる。だがな、決まってるものは仕方ないんだよ。運命さ。まぁ、俺がゆっくりとこのぷちぷちを潰しながら最期は見届けてやるからよ」
 そう言い、ニヤリと笑って足から消えていく。
「待ってくれ!」
「うおっ!」
 再度、死神に掴みかかろうとすると、なんとかダンボールに手が届く。想定外だったのか、驚いた死神はダンボールを落としたのだ。
「お前!無駄なことを!」
「死にたくない!」
 ぷちぷちを潰させなければ、きっと大丈夫だと考え、必死にダンボールを手を伸ばす。
 死神も取られまいと手を伸ばした。
 同時にダンボールに手が届き、取り合いの形になってしまった。
「この!離せ!」
「嫌だ!離すか!」
 死神の力は強かった。けれど、こちらは命がかかっているのだ。ただただ全力を尽くすだけだった。





 取り合いは数分続いた。しかし、結末は呆気なかった。
「ぐ、この…あっ!」
「!!うわぁぁぁぁぁ」
 不意に死神が手を滑らしたのだ。そして、引っ張る勢いそのままに、ダンボールの上に男は倒れ込んでしまった。

 ーーぶちぶちぶちぶち。

 その瞬間、弾ける音が部屋に響いた。
 そのまま男は倒れたまま、起き上がることはなかった。
「少しずつ潰すのが楽しみだったのにな。」
 死神は残念そうに、けどどこか楽しそうにニヤリと笑って、部屋から消えていった。





「ドタドタ物音がしたけれど、大丈夫?」
 死神が消えた後、寝たばかりなのに物音に起こされた女が部屋に戻ってきた。
「え!ちょっと!大丈夫?ねぇ!」
 倒れた男に気づきすぐに駆け寄っていった。
 女は必死に揺さぶったり呼びかけたりしたが、男は全く反応しないままだった。





 雨は朝になったが相変わらず降り続いている。昨日からの雨のせいか、病院の入り口は水溜りが出来ていた。
 女は青ざめた顔で病室の椅子に座っていた。
 疲れ切った様子の医師が病室に入ってくる。それに気づいた女が駆け寄り、
「手術は大丈夫でしたか!昨日の夜、彼はぷちぷちと音がするとか変な男が見えるとか言ってたんです!」
と必死に詰め寄った。少し言葉を考えて、医師は首を横に振った。
「……できる限りは尽くしましたが。脳の血管が切れていました。何かしらのショックで一気に血管が切れたのではないでしょうか。」
と医師はゆっくりと、気遣うように伝えた。
 女はその場で泣き崩れてしまった。
「もしかしたら、その影響で彼にはぷちぷち音が聞こえて、そんな幻覚を見たのかもしれません。」
 病室には雨の音と女の泣き声が響いた。





 その一部始終を痩せた男がマグカップを片手にニヤけた顔で見つめていた。
「……ただただ死ぬより、ドラマチックだったろ?」
 マグカップのコーヒーを飲み干して、そう呟いた。
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みんなの感想(1件)

assult
2019.06.26 assult

ぷちぷちをこんなに怖いと思った事は無いです。発想が面白いですね!

解除

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