【幸至子の家】~人柱。私はあの地に埋まります~

真観屋桃生

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衝動

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「狐か狸!? あはは、何それ」

 マイナー自然探索部には現在ほとんど顔を出さない三年生の波並日南子はなみひなこの良く通る声が学食に響いた。

「ちょ、声が大きいですって」

 恭太郎が焦った様子で人差し指を口にあてた。

「あ、ごめんごめん。だって化かされたなんて笑えるじゃない」
「いやいや、化かされてはいないです。ちゃんと人間の女の子でしたよ」

 日南子の飛躍発言に恭太郎は手を振り否定した。

「でもあそこでしょ? 県境の○○山辺りの」
「そうです」
「ん~、あの辺って樹が生い茂ってる低めの山がただ連なってるだけで人が住むようなエリアじゃないし、ましてやそんな若い女の子が何でいたのかは不思議だよねぇ。ひとりであんな所にトレッキングで行くわけないし、しかもワンピースだったんでしょ?不自然すぎるよね。何か昔はあの辺りに天狗伝説があったみたいだけど──」
「天狗伝説!?」

 日南子から出た突拍子もない言葉が恭太郎を一瞬ひきつらせた。
 まさかやっぱりあの少女は人ならざるものだったのか?──思わず目が泳ぐ。

「いやまあずっと昔の明治とか大正の頃の都市伝説みたいな?うっすら残ってる程度の話。でも、あの辺りって何か独特な雰囲気ない?神秘的とかじゃなくて陰鬱な感じっていうか」

 何か心当たりでもあるような口ぶりの日南子。

「先輩、行ったことあるんですか?」
「うん、連れて行かれたっていうか、私が小学生の頃たまたま遠縁に○○山のふもと近くで農業やってた人がいたのよ。で一度だけ家族で訪ねたことがあって、その時にあの辺をグルっとドライブしてくれたんだけど、あの山々が私には何だか暗い感じに見えて子供心にも好きになれなかったのよね」
「そうだったんですか。あ、それで天狗伝説のことを──」
「そうそう。その時にちょろっと聞かされただけだけどね。でもそんな話あちこちにあるじゃない? 昔の人が子供が迷い込まないように『あの山には天狗がいてさらわれるから行っちゃ駄目』みたいな注意喚起で創作した作り話がほとんどだと思うけどね」
「なるほど・・・・」
「で、話はその美少女のことだけどそれほど気になるなら丹波君でも誘ってもう一度行ってみたら? 彼は実家の酒屋を継ぐから就活する必要なくて最近は単独登山ばかりしてるみたいだし乗ってくれるんじゃない?」

 丹波修也たんばしゅうや
 その名を久しぶりに聞いた恭太郎はパッと表情を明るくした。

「そうなんですか、登山三昧・・・・いいですね」
「良かったら今連絡してあげようか? 返信マメな人じゃないからすぐに既読にはなはないかもだけど」
「え、いいんですか? ならお願いします。丹波さんのLINE知らないんで」
「うん、ちょっと待って」

 何かとテキパキしている日南子がスマホを取り出した。
 
 丹波修也は別の大学の人物だが友人の日南子の誘いで一時期サークルに顔を出すことがあった。
 基本的には山登り愛好家だが、あまり人が足を踏み入れない里山的な未知のゾーンに開拓的に分け入るのも面白がるようなタイプで、そんな場所を選んでプチ冒険的に探索をするのを好む変人の集まりの部にも興味を持ったようで恭太郎ら後輩と行動を共にしたことも何回かある。
 先輩風も吹かさず陽気で話も面白い彼のことを恭太郎はとても気に入っていた。

「やっぱりすぐには既読にならないな。もしかして今日もどこかの山にいるのかもね。まあ返信が来たら恭太郎君にすぐに連絡するわ」
「はい、じゃお願いします」

 あの先輩と一緒に行けるかもしれないという期待が、恭太郎の中でにわかに高まっていた。

****

「悪い、待たせちゃったな」

 久しぶりに目の前にした丹波修也は五月の日差しの下ですでに焼けた肌色をしていた。
 目鼻立ちがはっきりした濃い系の顔面にはそれが似合っている。

「あ、ぜんぜん大丈夫です。お久しぶりです」
「そうだね、会ったのけっこう前だよね。元気そうじゃん」
「あ、はい元気です。それで──」
「日南子から話は聞いてるよ。取りあえずマックでも入ろうか」
「はい」

(あいかわらずデカいなぁ)

 感心するような気分で恭太郎は180cm超えの修也を見上げた。

****

「君たちが行ったのって県境のこっち側だろ?」

 トレーをテーブルに置き座るなり修也が口を開いた。

「あ、そうです。国道✕✕号からの枝道に入った感じで」
「なるほど。いや実は俺、違うルートからちょっと入ったことあるんだよ。たぶん君らが見つけた入り口とそんな離れてないとは思うんだけど。だいぶ前だからよく覚えてないけどね」
「え、そうなんですか?」
「うん。でも東西南北に何十キロも広がってる山系の割に進んでもあんまり面白くなさそうだったから大して深入りしなかったけどね。ただ──」
「?」

 一瞬、回想モードに入ったように修也は視線を上に向けた。

「なんですか?」
「いや、単に誰かの悪戯だとは思うんだけど分岐の所に古い立て札があってさ、それだけは記憶に残ってるんだ。妙なことが書いてあったたから」
「妙なこと?」
「うん。『この先、川、死地なり。男子禁制』って」
「!?」

 その瞬間、恭太郎の脳裏にあの少女の姿がくっきりとよみがえった。

 川、男子禁制。
 死地、男子禁制。

 根拠はない。
 が、自分の存在に気づいた対岸の少女が速やかに姿を消したことと"男子禁制"の四文字の意図が、理屈ではなく恭太郎の中で不可思議なピースがカチリとまったような気がした。

「先輩、そこ連れてって下さい。一緒に行って下さい!」

 気づいたら腰を浮かせて前のめりに言い放っていた。

 何故それほど"彼女"の存在に惹かれるのか、自分自身でも意味の分からない衝動に突き動かされている恭太郎だった。

 

 
 

 


 
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