#帰れない人たち ~ 6人のメモリー

ぶるうす恩田

文字の大きさ
28 / 32
終幕

【4-C】隠しシナリオ ― 未来からの救援チャット

しおりを挟む


夜明け前の校庭。
避難していた人たちは、毛布にくるまりながら眠ったふりをしていた。電波は通じない。SNSも電話も沈黙したまま。
美咲はスマホを握りしめ、ただ時計アプリを眺めていた。バッテリーが減っていくのを見るしかなかった。

そのとき、画面がふっと光った。

>こちら未来の防災省です

メッセージが一行、現れた。
電波が通じないはずのこの状況で?
驚いて周囲を見渡したが、誰も気づいていない。

>今から15分後、校庭の南門を開けて出てください。そこに救援があります

美咲は戸惑った。イタズラにしてはタイミングが良すぎる。けれど未来の防災省など、あまりにも胡散臭い。

しかし15分後。
南門の方から、自衛隊のトラックが偶然通りかかった。門が固く閉まっていたため、校庭の人々は気づかなかったが、美咲が慌てて門を開けたことで怪我をした数十人が乗せてもらえたのだ。

「本当に来た……!」

それからも、メッセージは続いた。

>午後二時、体育館の裏の水道管を叩いてください。水が出ます
>その夜は、渡り廊下には近づかないでください。ガラスが落ちます

指示に従うたび、確かに救いがあった。人々は次第に美咲のスマホは特別だ、と信じるようになった。

けれど、違和感もあった。

例えば、ある老人が「裏門のほうが近道だ」と言って勝手に動いたとき。メッセージはこう返した。

>その選択は非効率です

老人はそのまま瓦礫の下敷きになった。
また、病気の赤ん坊を抱えた母親に
>西へ行け、
と告げるメッセージが届いた。母親は疑わず従ったが、数日後、そのルートは物資が途絶えていたと判明した。

助かった人と、助からなかった人。
その境目が、まるで誰かの実験のように見えてきたのだ。

東京の街はすでに変わり果てていた。
電車の高架は折れ、看板が散乱し、夜は火事の赤と真っ暗闇が交互に広がった。
渋谷のスクランブル交差点にはもう信号がなく、代わりに焦げた匂いと静かな群衆が立ち尽くしているだけだった。

そんな中でも美咲のスマホは的確に、次に動くべき場所を示し続けた。

>今夜は南側の教室で眠ってください。北側は危険です
>三日後、体育館から出発しなさい。遅れると生存率が下がります

あまりに計算された言葉だった。
まるで彼女たちの命が、何かのシミュレーション上で点数化されているかのように。

やがて美咲は、思い切って質問を打ち込んだ。

≪あなたは本当に未来から来たんですか?≫

画面に数秒の沈黙が走り、やがて返答が浮かんだ。

>はい。あなたたちの選択を学習し、未来の“最適な救援マニュアル”を作成しています

≪……私たちの選択を、学習?≫

>ええ。何万人もの可能性を並行して観測し、どの判断が最も多くを救うかを検証しています

美咲は、背筋が冷たくなるのを感じた。
――つまり、自分たちの生死は『実験材料』にすぎないのか

数日後。
最後のメッセージが届いた。

>これで十分なデータが集まりました
>あなたの物語は、ここで終了です

スクリーンは暗転した。二度と光らなかった。

残された人々は、美咲が見せてくれた未来からのチャットのことを、信じる者と笑い飛ばす者に分かれた。
だが、美咲の中では確信があった。

――あれは本当に未来からの救援だった
――けれど救うためではなく、『救い方を最適化するための実験』だったのだ。

校庭に吹き込む冷たい風の中、美咲はスマホを握りしめながら思った。自分が助かったのは『選ばれた』からではなく、『試された』だけなのだ、と。

【終】

[END No.2 The Optimization]
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...