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7話 人助け
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「あれ人だよね?」
雑踏の中だというのに、不思議と目はその少年を捉えていた。
「お前も気付いたか、取り憑かれているぞ」
歩く先に一人、しゃがみながら泣いている子供がいる。家と家の間にいて、大人の目線では見えにくい場所だった。少女がまだ子供だから気付けたこと。その子に近づく時、悪霊から注意が来る。あの時のようにまた神隠しに遭うわけにはいかない、と。
「大丈夫?」
その子の近くに行き、顔色を窺う。不思議そうに顔を上げた子供の目の下は赤く腫れていた。一見普通そうに見えるが、少女を見た途端少年の顔が歪に曲がった。
「運が良いわ、これほど美味しそうな子か釣れるなんてね」
「ひっ!」
あまりの恐ろしさに桃が尻餅を付く。そこを狙って少年の小さな手が少女の首元へ近付くと、少女は反射的に俯き、目を瞑った。
あと少しで締め付けようとしていた手が、勢いよく跳ね除けられ驚く子供。それをバカにするかのような笑い声が桃の方から聞こえてくる。
「運が良かったかとどうかでいえば悪い方だな」
俯いた桃が顔を上げると、子供同様、歪に口角を上げて笑う悪霊がそこにいる。その顔を見た子供は一瞬、息を呑んだ。手を出してはいけないものに触れたのだと、身体を鋼のように固めているその間に、悪霊が小さい手を引っ張り、人が見えないところに移動していく。
「こ、子供を殺すのか!」
「容赦なく殺す。それが誰であろうとな」
子供の口から怯えた大人の女の声が聞こえる。その様子を見て、可笑しくてたまらない様子の悪霊が、ゲラゲラと笑う声が裏道で響く。少女とは思えない握力の前に取り憑いた女は逃げようとするが、脱出できそうにない。
「どうやってここに入ったのかは知らんが、俺に見つかったのが運の尽きだ」
それほど道から遠ざかっていないが死角となる場所に行くと、掴んだまま子供の方に向き直り、子供のお腹を手刀で勢いよく突き破る。少年と女性の混じったような悲鳴が上がる。それを内側で見ていた桃も、あまりの惨状に金切り声をあげていた。
なんだなんだと街を歩く者達の足が止まる。
子供の背中から血が吹き出すーーことはなかった。変わりに出たのは女の姿をした透明な存在だった。
逃げようとする女の首を片手で締め付け、少しずつ取り込んでいく。圧倒的強者のしょうに抵抗出来ず、そのまま引きずり込まれ、栄養となってしまった。
「ん、美味かった」
「な、なんで……」
満足した悪霊が内側に引っ込んでいくと同時に、少女に先程の事を問い詰められた。あんなことしなくても、もっと他に方法はあったでしょ、と震えながら。
「あれ以外ねぇよ」
「で、でも!」
「お前が取り憑かれたやつと口付けするっていう方法ならあるぜ」
少女がまだ誰とも付き合ったことがないことを知っていて、わざとその方法を教えた。悪霊の予想通り、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら喚き散らしている。その様子を内側で面白おかしく見ている。百面相のように表情を変える少女に戸惑う少年。目をパチクリと何度も瞬きし、少女を見上げていた。
「えっと、大丈夫?」
悪霊に促され、今まで存在を忘れていた少年と目線を合わせた。まだほんのりと顔を赤くさせながら。
桃の問いに、うんと小さい声でだが頷き、誰と話していたんだろうと言いたげな顔をしながら、少女をジーっと見つめている。
「大丈夫そうだね。じゃあ、私は行くね」
遠くから近づいてくる足音に気付いた悪霊が、環の元へ戻れと言っていた。少年の無事を確認し終え、その場を立ち去ろうと立ち上がると、裾を弱弱しく引っ張った。
「おねぇちゃん、ありがと」
「ど、どういたいしまして」
頬を赤らめながら俯いて言う少年に、照れくさそうに笑う少女がそこにいた。少しずつ足音が近づいてきているにも関わらずだ。
そんな甘い雰囲気をぶち壊したのが内側にいた悪霊だ。この男、食事以外のことにまったく興味を示さなかった。むしろ不必要とさえ思っているのだ。
「お前はあんな乳臭い小僧が好きなのか?」
「ち、違うけど」
悪霊の呆れ声に慌てながら裏道を通っていく。表からだと、足音の存在と鉢合わせる可能性があると悪霊が言う。
環はまだしょうが悪霊だとは気づいていないが、出会った時、私たちと言っていた。
それはつまり、彼女以外にも悪霊や妖を退治する者がいるということ。誰かも分からない状態で出会い、十分な栄養も行き通っていない体で戦えば、確実にしょうは祓われるだろう。それ故に桃に安全策を取らせていた。
「でも、小さい子ってかわいいじゃん……」
「その気持ち分からんな。嗚呼。ただ、美味いのは確かだな」
舌なめずりをした音が少女の耳にまとわりつく。その感覚に背筋が凍り、思わず足を止めてしまった。
急に止まった少女にしょうは不思議そうに問いかける。
今までしょうが同族の霊を食べることは知っていたが、この音だけは受け付けなかった。
「ほう? 苦手か。まぁ仕方ない。宿主のお前に譲歩してやろう」
嫌だと伝える少女にしょうは楽しそうに答える。良いことを聞いたと言わんばかりに声が弾んでいた。
今この場でしないでと約束したが、しょうが守ってくれることは少ないだろう。
雑踏の中だというのに、不思議と目はその少年を捉えていた。
「お前も気付いたか、取り憑かれているぞ」
歩く先に一人、しゃがみながら泣いている子供がいる。家と家の間にいて、大人の目線では見えにくい場所だった。少女がまだ子供だから気付けたこと。その子に近づく時、悪霊から注意が来る。あの時のようにまた神隠しに遭うわけにはいかない、と。
「大丈夫?」
その子の近くに行き、顔色を窺う。不思議そうに顔を上げた子供の目の下は赤く腫れていた。一見普通そうに見えるが、少女を見た途端少年の顔が歪に曲がった。
「運が良いわ、これほど美味しそうな子か釣れるなんてね」
「ひっ!」
あまりの恐ろしさに桃が尻餅を付く。そこを狙って少年の小さな手が少女の首元へ近付くと、少女は反射的に俯き、目を瞑った。
あと少しで締め付けようとしていた手が、勢いよく跳ね除けられ驚く子供。それをバカにするかのような笑い声が桃の方から聞こえてくる。
「運が良かったかとどうかでいえば悪い方だな」
俯いた桃が顔を上げると、子供同様、歪に口角を上げて笑う悪霊がそこにいる。その顔を見た子供は一瞬、息を呑んだ。手を出してはいけないものに触れたのだと、身体を鋼のように固めているその間に、悪霊が小さい手を引っ張り、人が見えないところに移動していく。
「こ、子供を殺すのか!」
「容赦なく殺す。それが誰であろうとな」
子供の口から怯えた大人の女の声が聞こえる。その様子を見て、可笑しくてたまらない様子の悪霊が、ゲラゲラと笑う声が裏道で響く。少女とは思えない握力の前に取り憑いた女は逃げようとするが、脱出できそうにない。
「どうやってここに入ったのかは知らんが、俺に見つかったのが運の尽きだ」
それほど道から遠ざかっていないが死角となる場所に行くと、掴んだまま子供の方に向き直り、子供のお腹を手刀で勢いよく突き破る。少年と女性の混じったような悲鳴が上がる。それを内側で見ていた桃も、あまりの惨状に金切り声をあげていた。
なんだなんだと街を歩く者達の足が止まる。
子供の背中から血が吹き出すーーことはなかった。変わりに出たのは女の姿をした透明な存在だった。
逃げようとする女の首を片手で締め付け、少しずつ取り込んでいく。圧倒的強者のしょうに抵抗出来ず、そのまま引きずり込まれ、栄養となってしまった。
「ん、美味かった」
「な、なんで……」
満足した悪霊が内側に引っ込んでいくと同時に、少女に先程の事を問い詰められた。あんなことしなくても、もっと他に方法はあったでしょ、と震えながら。
「あれ以外ねぇよ」
「で、でも!」
「お前が取り憑かれたやつと口付けするっていう方法ならあるぜ」
少女がまだ誰とも付き合ったことがないことを知っていて、わざとその方法を教えた。悪霊の予想通り、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら喚き散らしている。その様子を内側で面白おかしく見ている。百面相のように表情を変える少女に戸惑う少年。目をパチクリと何度も瞬きし、少女を見上げていた。
「えっと、大丈夫?」
悪霊に促され、今まで存在を忘れていた少年と目線を合わせた。まだほんのりと顔を赤くさせながら。
桃の問いに、うんと小さい声でだが頷き、誰と話していたんだろうと言いたげな顔をしながら、少女をジーっと見つめている。
「大丈夫そうだね。じゃあ、私は行くね」
遠くから近づいてくる足音に気付いた悪霊が、環の元へ戻れと言っていた。少年の無事を確認し終え、その場を立ち去ろうと立ち上がると、裾を弱弱しく引っ張った。
「おねぇちゃん、ありがと」
「ど、どういたいしまして」
頬を赤らめながら俯いて言う少年に、照れくさそうに笑う少女がそこにいた。少しずつ足音が近づいてきているにも関わらずだ。
そんな甘い雰囲気をぶち壊したのが内側にいた悪霊だ。この男、食事以外のことにまったく興味を示さなかった。むしろ不必要とさえ思っているのだ。
「お前はあんな乳臭い小僧が好きなのか?」
「ち、違うけど」
悪霊の呆れ声に慌てながら裏道を通っていく。表からだと、足音の存在と鉢合わせる可能性があると悪霊が言う。
環はまだしょうが悪霊だとは気づいていないが、出会った時、私たちと言っていた。
それはつまり、彼女以外にも悪霊や妖を退治する者がいるということ。誰かも分からない状態で出会い、十分な栄養も行き通っていない体で戦えば、確実にしょうは祓われるだろう。それ故に桃に安全策を取らせていた。
「でも、小さい子ってかわいいじゃん……」
「その気持ち分からんな。嗚呼。ただ、美味いのは確かだな」
舌なめずりをした音が少女の耳にまとわりつく。その感覚に背筋が凍り、思わず足を止めてしまった。
急に止まった少女にしょうは不思議そうに問いかける。
今までしょうが同族の霊を食べることは知っていたが、この音だけは受け付けなかった。
「ほう? 苦手か。まぁ仕方ない。宿主のお前に譲歩してやろう」
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