22 / 27
22話 追跡者
しおりを挟む
「あれから帰るの遅くなっちゃてごめんね。寂しくなかった?」
「大丈夫です。しょうが寝るまで見ててくれたので」
朝起きると、環が朝食の準備をしていた。その姿を見た途端、桃はほころんだ顔で環を見つめた。
近くにいたしょうのお陰でぐっすりと眠れた桃だったが、泣いたあとが目の下にうっすらと見えている。
「今日は出かけるよ」
「どこに行くんですか?」
布団を畳み、朝食の準備を手伝いながら聞く。
朝食と片付けを追えた二人は、ある場所へと向かっていた。その間に環が桃に何故そこに行くのかを説明している。
文献はないが、資料ならしょうがどういう存在かもしかしたらわかるかも知れないとのことで、環が所属している部隊に行くことになった。
環を含めた者たちは『討聖部隊』と呼ばれており、悪霊や妖怪を退治するために存在する組織である。
そこに行こうとしていることを知った桃は、嫌な顔をした。ただでさえ、今しょうが苦しんでいるのに更に苦しめようとしているのか、と。
もちろん環にはそんな意図はなかったが、そう受け止められてしまっても仕方がなかった。
なんとか誤解を解くことが出来た環だったが、なるべくならそこに入りたくない桃は近づくにつれ、鉛のように自分の足が重くなっているのを感じていた。
「今、しょう君は起きてる?」
「寝言が聞こえてくるので多分寝てます」
「起こせる?」
「……静かに眠らせてもくれないのか」
二人の声が内側で響いたのか、寝起き満載の声で桃と入れ替わり、不機嫌そうに環に返事した。桃の皺ひとつない眉間に皺を寄せ、起こされたことが不愉快だったのか舌打ちまでしている。
「何故休ませてくれない」
「そうさせてあげたいのは山々なんだけどね。ちょっと知りたいことがあって、君にももしかしたら関係している話かもしれないから」
「どうでもいい。俺はただただ眠って体を休めたいだけだ」
気怠げに周りを見ると、とてつもなく大きい寺院が自分たちの目の前に建っていることを知る。目の前の建物の柱は赤く、瓦の屋根で荘厳だった。しょうと交代した桃は内側で興奮し、しょうは更に眉間の皺が深くなっていく。
「お前は俺を殺したいのか?」
寺院に向かわせた環の意図が見えず、訝しむしょうに、家を出る前、桃にも説明してたことをまた話し始めた。伝承に出てくる存在と似ていること。それを調べるために今から向かうということを。
「つまり、俺がこの世界に終止符を打つかもしれないヤツの生まれ変わりだ、と。お前は馬鹿か? そんなわけねェだろ。俺自身に記憶が無くても、違うということだけは分かるし、そもそも俺らは違う世界の者だぞ」
「そうなんだけど、あまりにも君が似てるんだよ」
「万が一似ていたとして、今空腹なうえに弱っている状態の奴がそこに入ったら調べるどころじゃなくなるだろ」
おまけに、人を食ったら環の中に入らないといけないという約束を付けられてからは、今のしょうは何も出来ない状態にあった。
今はなんとか空腹を我慢できているが、そろそろしょうの限界も近い。もし、寺院の中で飢えによる暴走など起こしてしまえば、捕まるのは確実だろう。最悪、桃の中から取り出され、実験などもあり得ない話ではない。
「悪いが断らせてもらう」
「すまんけど、それは無理やわ」
その言葉と共にしょうのうなじに強い衝撃が走る。揺れる視界の中でおぼつかない足で数歩前に歩き、うなじを押さえながら振り返ると、そこには手刀打ちの手の状態のままで立っている京言葉を話す男がいた。
「えらい丈夫やね」
結構強く当てたのに、と感心している男を射殺せそうな目で睨みながら、しょうはその場に崩れ落ちた。
意識を失うその直前まで男を睨むその目は、いつ自分の後ろに立っていたという驚愕と恨みが籠っていた。
「堪忍な、環ちゃん。こないなこと頼んでしもうて」
崩れ落ちて地面に伏しているしょうを持ち上げて姫抱きし、環の方を見る。環の方は目をつぶり、しょうを見ないように俯いていた。嫌がる桃と訝しむしょうをここに連れて来たのだ。罪悪感で心がいっぱいになっているのだろう。
「この悪霊があの文献の人物と似てるっちゅう話やったけど」
「……はい」
「珍し霊やなて前々から思うてたけど、まさか似てるとは」
意識を失っている桃の頭を男が撫でている。
しょうが環や男が知っている追跡者だとまだ決まってはいないが、伝承とあまりにも酷似していたことでここに連れられて来た。
「まぁ、それは調べたらわかる話やね」
姫抱きのまま、寺院の中に入って行こうとする男の背を見ながら、環はその場に留まった。足音が一つしかないことに気づき、環がついてこないことが不思議だったのか男が戻ってくる。
「心配なん? 大丈夫や。この女の子には何もせんし、霊さんを調べるだけやから」
「本当に桃ちゃんには何もしないんですよね、聖護さん」
桃のことが可愛く、好きになってしまったのか本当の妹のように今まで接していた環。その目から桃のことが心配でたまらない環の感情を汲み取ったのか、聖護が片手で環の頭を優しく撫でた。
「僕が嘘ついたことある?」
「ないです」
「せやろぉ~」
朗らかに笑った聖護は「ほな、行こかぁ」と言いながら、片手で環の背中を押しながら寺院に入って行く。寺院に入ったことで、桃の手が少しだけ動いたことは誰も気づかなかった。
「大丈夫です。しょうが寝るまで見ててくれたので」
朝起きると、環が朝食の準備をしていた。その姿を見た途端、桃はほころんだ顔で環を見つめた。
近くにいたしょうのお陰でぐっすりと眠れた桃だったが、泣いたあとが目の下にうっすらと見えている。
「今日は出かけるよ」
「どこに行くんですか?」
布団を畳み、朝食の準備を手伝いながら聞く。
朝食と片付けを追えた二人は、ある場所へと向かっていた。その間に環が桃に何故そこに行くのかを説明している。
文献はないが、資料ならしょうがどういう存在かもしかしたらわかるかも知れないとのことで、環が所属している部隊に行くことになった。
環を含めた者たちは『討聖部隊』と呼ばれており、悪霊や妖怪を退治するために存在する組織である。
そこに行こうとしていることを知った桃は、嫌な顔をした。ただでさえ、今しょうが苦しんでいるのに更に苦しめようとしているのか、と。
もちろん環にはそんな意図はなかったが、そう受け止められてしまっても仕方がなかった。
なんとか誤解を解くことが出来た環だったが、なるべくならそこに入りたくない桃は近づくにつれ、鉛のように自分の足が重くなっているのを感じていた。
「今、しょう君は起きてる?」
「寝言が聞こえてくるので多分寝てます」
「起こせる?」
「……静かに眠らせてもくれないのか」
二人の声が内側で響いたのか、寝起き満載の声で桃と入れ替わり、不機嫌そうに環に返事した。桃の皺ひとつない眉間に皺を寄せ、起こされたことが不愉快だったのか舌打ちまでしている。
「何故休ませてくれない」
「そうさせてあげたいのは山々なんだけどね。ちょっと知りたいことがあって、君にももしかしたら関係している話かもしれないから」
「どうでもいい。俺はただただ眠って体を休めたいだけだ」
気怠げに周りを見ると、とてつもなく大きい寺院が自分たちの目の前に建っていることを知る。目の前の建物の柱は赤く、瓦の屋根で荘厳だった。しょうと交代した桃は内側で興奮し、しょうは更に眉間の皺が深くなっていく。
「お前は俺を殺したいのか?」
寺院に向かわせた環の意図が見えず、訝しむしょうに、家を出る前、桃にも説明してたことをまた話し始めた。伝承に出てくる存在と似ていること。それを調べるために今から向かうということを。
「つまり、俺がこの世界に終止符を打つかもしれないヤツの生まれ変わりだ、と。お前は馬鹿か? そんなわけねェだろ。俺自身に記憶が無くても、違うということだけは分かるし、そもそも俺らは違う世界の者だぞ」
「そうなんだけど、あまりにも君が似てるんだよ」
「万が一似ていたとして、今空腹なうえに弱っている状態の奴がそこに入ったら調べるどころじゃなくなるだろ」
おまけに、人を食ったら環の中に入らないといけないという約束を付けられてからは、今のしょうは何も出来ない状態にあった。
今はなんとか空腹を我慢できているが、そろそろしょうの限界も近い。もし、寺院の中で飢えによる暴走など起こしてしまえば、捕まるのは確実だろう。最悪、桃の中から取り出され、実験などもあり得ない話ではない。
「悪いが断らせてもらう」
「すまんけど、それは無理やわ」
その言葉と共にしょうのうなじに強い衝撃が走る。揺れる視界の中でおぼつかない足で数歩前に歩き、うなじを押さえながら振り返ると、そこには手刀打ちの手の状態のままで立っている京言葉を話す男がいた。
「えらい丈夫やね」
結構強く当てたのに、と感心している男を射殺せそうな目で睨みながら、しょうはその場に崩れ落ちた。
意識を失うその直前まで男を睨むその目は、いつ自分の後ろに立っていたという驚愕と恨みが籠っていた。
「堪忍な、環ちゃん。こないなこと頼んでしもうて」
崩れ落ちて地面に伏しているしょうを持ち上げて姫抱きし、環の方を見る。環の方は目をつぶり、しょうを見ないように俯いていた。嫌がる桃と訝しむしょうをここに連れて来たのだ。罪悪感で心がいっぱいになっているのだろう。
「この悪霊があの文献の人物と似てるっちゅう話やったけど」
「……はい」
「珍し霊やなて前々から思うてたけど、まさか似てるとは」
意識を失っている桃の頭を男が撫でている。
しょうが環や男が知っている追跡者だとまだ決まってはいないが、伝承とあまりにも酷似していたことでここに連れられて来た。
「まぁ、それは調べたらわかる話やね」
姫抱きのまま、寺院の中に入って行こうとする男の背を見ながら、環はその場に留まった。足音が一つしかないことに気づき、環がついてこないことが不思議だったのか男が戻ってくる。
「心配なん? 大丈夫や。この女の子には何もせんし、霊さんを調べるだけやから」
「本当に桃ちゃんには何もしないんですよね、聖護さん」
桃のことが可愛く、好きになってしまったのか本当の妹のように今まで接していた環。その目から桃のことが心配でたまらない環の感情を汲み取ったのか、聖護が片手で環の頭を優しく撫でた。
「僕が嘘ついたことある?」
「ないです」
「せやろぉ~」
朗らかに笑った聖護は「ほな、行こかぁ」と言いながら、片手で環の背中を押しながら寺院に入って行く。寺院に入ったことで、桃の手が少しだけ動いたことは誰も気づかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる