無記名戦旗 - no named warbanner -

重土 浄

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第一話

01‐03 「戦火、廊下を走る」

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 職員室の中は始業開始直前であるにも関わらず混乱していた。

 全てのPCがクラッシュし、教師達の持っていたあらゆる電子デバイスが機能不全を起こしていた。タブレットも沈黙し、全ての生徒のデータも消されるか、意味不明な文字列に変えられ修復不能にされている。

 教師という職業柄、学校ではフェイスグラスを外している人が多かったため、それが何によって起こされたことなのか、戦火が自分たちの見えないところで燃え盛っている事に気づいている職員は少なかった。

 その職員室の廊下側窓をなにかが高速で通り抜けた。

 メタアース内の一色空是のアバターだ。

 走りながら武装をチェックする。

 未来的シルエットのサブマシンガン一丁。

 サブウェポンのオートピストル一丁

 そして近接戦闘用のナイフ一本…

 「完全にビギナー装備だな。レベル1ファイターだ」

 「そりゃそうだよ。くうぜ君はギグソルジャー超ビギナーで。戦場に紛れ込んだ平民ゲーマーなんだから」

 隣にいるそらいろ先輩がちゃちゃを入れてくる。戦場にいるという緊張感が薄まる

 「ちょっと待って、くうぜ君。せっかくの地の利なんだから生かさないとね」

 そらいろが自分のフェイスグラスの拡張モードを最大にして、学校内のまだ生きているカメラ映像を並べて映し出す。構内備え付けの監視カメラは早々にハッキングされ壊されている。残っているのは危機を知らせるために自分のフェイスグラスのカメラをオープンチャンネルにしている生徒の目線映像だけだ。

 空是は自分のアバターを玄関脇の下駄箱の影に潜ませ、サポートに回ってくれたそらいろの情報解析を待つ。

 「カメラで確認できるのは…8、、、9体…小隊規模の戦力だね。とはいってもこちらはくうぜ君一匹。勝てる勝負と思わないで」

 「分かってますよ…でも…」

 空是がなにか言おうとした瞬間、そらいろが叫ぶ。

 「空是君、うしろッ!」

 彼のアバターの背後に現れた黒いギグソルジャー。背後にまで迫ることが成功したこの敵はアサルトライフルのストックで空是の後頭部に殴りかかっていた。

 フローターマウスを握っていた空是の手の動きは、なめらかかつ最小限だった。

 後ろを振り返ることもなく、ストックの攻撃を避けたアバターは、片手で敵の腕を軽く押さえ、銃を動かせなくしたうえで、後ろ手で抜いたナイフで敵の腹、胸と刺し、最後に喉から突き刺し、頭部を下から突き上げた。

 ナイフの形をしたウィルス武器が敵ギグソルジャーのアバター内部に侵入し破壊工作を瞬時に行う。ウィルス量が致命傷となった敵アバターが制御を失い崩壊し、動けない死体となって倒れた。

 あまりに的確かつ複雑かつ、容赦がない攻撃を一色空是は当たり前の行動として迅速に行なった。

 その手際の良さにそらいろは驚きの表情をするが、空是は

 「うん、ただのゲームだな」

 と納得した無表情であった。

 実際、ただのゲームだった。一人称視点のFPS。行動選択の自由度は桁違いだが、慣れ親しんだゲームの上位版としか思えなかった。背後からくる敵の足音もゲームのとおりだ。敵の接近を背後で感じながら、その行動を探っていた。その行動もあまりにも普通の人間だった。無防備な背中に誘われて無駄に近づき、自分の優位を一瞬でも長く感じていたい、絶望する相手の顔が見たい…。敵プレイヤーのそんな考えが空是には読めていた。



 「一階、一年クラスの教室周辺に4体確認」

 そらいろが自分の画面からモニター映像を空是の画面に飛ばす。複数の生徒のカメラ映像をまとめた映像だ。

 空是のアバターがその場から飛び出した。



 一年の教室、生徒の動揺により崩されバラバラになっている机と椅子。半数の生徒は赤く光り機能停止になった自分のフェイスグラスを手に握り座り込んで動けない。彼らは確かにメタアース内での自分の全てを失ったが、フェイスグラスが破壊されたため、戦場からは離脱できている。「戦死」した彼らにはもう、メタアース内の教室の真ん中に立つ巨大な黒い兵士の姿が見えないのだから。

 もう半分の、未だ死んではいない生徒たちはフェイスグラスを外すことはできない。恐怖の源泉が目に飛び込んでくるが、見えなければ避けることもできない。全てを諦めてフェイスグラスを外して、ただ死を待つという覚悟ができる歳ではなかった。

 すでに何人かの生徒が逃げ出そうとして背後から撃たれたり、廊下にいる別の兵士に殺される様も見ている。ほとんどの生徒は恐怖にすくみ教室の隅で震えることしかできなかった。

 中央に立つ兵士の顔はデジタル造形で作られた人間の顔だ。その顎がクッチャクッチャと動いている。操作している人間の顔の動きをフェイスグラスが感知して、アバターの顔も同じように動かしているのだ。

 ガムを噛んでいる。

 異国の自宅かどこかで、PCの前にいるこのギグソルジャーは、ガムを噛みながら生徒たちの殺戮を行っていたのだ。

 その兵士のすぐ隣には、まだメタアース内の情報を殺されていない女生徒が動けずに座っている。彼女の目の前には巨大な銃器の銃口ががぶらぶらと揺れている。

 絶望に沈む彼女の耳に、廊下側からパタタタという音が聞こえた。

 クラスの全員が廊下側の窓を見る。ガラスの向こうにいたギグソルジャーの一人の体から、パシパシッとヒットエフェクトの赤い血しぶきが飛んだ。

 

 一階の廊下に飛びこんだ空是は正面に立つ黒いギグソルジャーにサブマシンガンの弾を撃ち込んだ。そらいろの与えてくれた生徒のカメラ映像で、相手の隙を突くように飛び込むことができ、最初の一人はノーリスクで倒せた。

 その兵士の倒れていく体に隠れるようにしながら廊下を走る。廊下にはあと三人の敵兵がいる。発射音に気づいた三人はこちら見ているが、倒された敵兵のシルエットに隠れて接近しているので、空是の姿を確認できない。

 しかし、敵兵の一人は構わずに手に持った機関銃を乱射した。

 空是に倒され後ろ向きに倒れ込んでいた敵兵が、仲間の銃撃をくらい反対方向に飛ばされる。仲間ごと侵入者をバラバラにしようとする非情さだ。

 しかしその弾が届く前に、空是はすでにスライディングを開始していた。廊下の壁も天井も機関銃で破壊されていく、その銃火の下を空是のアバターは滑っていた。銃弾に弄ばされ空中を回転している敵兵の死体の下をくぐり抜けた時、空是のライトマシンガンが連射される。弾の着弾跡が敵兵の足元から股間まで昇り、腹部、胴体といくつも穴をあける。下から順番に血飛沫が飛び頭部が破裂する。ウィルス兵器によるオーバーキル、アバターの肉体が爆発四散した。

 廊下に立つ残り二人が恐怖にかられ武器を乱射するが、その時にはもう空是はスライディングをやめて壁を走っていた。

 空是は壁を走りながら天井に近づいていく。敵兵が発射した大量の弾丸は彼の体の下を通り過ぎていく。撃ち返す空是は壁を走りながら正確な射撃をした。

 一発、ヘッドショット。

 敵兵の一人がその一発で機能停止し死んだ。

 PCの前に座る空是の本体は静かな曲を演奏するピアニストのような、僅かな指先の動きだけで、壁を走りながらの完璧なエイミングを見せた。

 その見事さには隣りにいるそらいろも息を呑んだ。

 壁を走り続けた空是は壁を蹴り飛ぶ。敵兵の最後の一人と空中で目があった。互いの目線を遮るように空是の銃口が現れ、撃った。額に穴が開いた敵兵が倒れるより早く、空是は床に着地した。



 廊下のドアが音を立てて開き、空是のアバターが教室の中に入る。彼の背後でライトマシンガンの空になったマガジンが跳ねている。教室に入る前に弾倉交換をすませた。

 クリアリングすらしない無防備な動きだが、生徒を人質に取られバックアップ戦力もない状況では、廊下側の兵士を瞬く間に倒すことでの威圧効果を期待するしかなかった。

 教室内には怯えた動物のようになったクラスメイトの姿があった。教室は破壊され、撃たれた生徒の放つ赤い光とエフェクトが床を濡らしていた。普段の教室は破壊され汚され、恐怖の感情が室内に充満していた。

 「これはただのゲーム…ただのゲーム…」

 PCの前で歯ぎしりをする空是。怒りがマウスに伝わらぬように努力したため、その肩が小刻みに揺れる。そばに立つそらいろがその肩に触れたが、空是は気づきもしなかった。



 教室に残るたった一人の敵兵に変化はなかった。

 まだガムを噛みながら立っている。一応、銃口を空是側に向けてはいたが、それもすぐに降ろした。

 降ろして、すぐとなりにいた女生徒の頭に向けて発砲した。

 いくつものヒットエフェクトが女生徒の脳から飛び出し辺りに散らばった。

 空是の顔も彼のアバターの顔も怒りで歪んだ。

 敵ギグソルジャーは下に向けた機関銃を下投げのピッチングのように振り上げる。トリガーは引きっぱなしだった。

 床から教室の後ろに固まっていた生徒たちに弾丸を浴びせながら壁を伝わり、空是に向かって弾がばらまかれた。教室中の壁の半分がその弾丸を受け砕けた。

 空是はすでに黒板側に飛んでいた。

 黒板に張り付いた状態でマシンガンを撃つ。彼の下にいる何人かが生きているフェイスグラスでこの状況を見て聞いていた。轟く発砲音に耳を塞ぐ生徒たち。

 空是のウィルス弾丸は巨大な敵兵が着けている抗ウィルス装甲(AVA)に弾かれる。

 黒板が右から左に引き裂かれる。敵兵の重機関銃の弾丸が学びの象徴を切り裂く。

 教室の壁を半周し、敵兵の背後にまで壁を走る空是。その姿を幾人もの生徒が目撃している。

 柱を蹴り敵兵の後頭部に膝蹴りをし、相手を倒して抑え込む。機関銃が最後の咆哮をあげ天井を穿つ。

 倒れた敵兵の上にまたがり動けなくする。完全に制圧した。抑え込まれた敵兵がよだれを飛ばしながら吠える。その言葉は異国の言葉だったが、フェイスグラスは瞬時に日本語に翻訳し、本人の声色を真似て再生する。

 「Ты〈楽しみを邪魔しやがって、このガキが!〉янь」

 その言葉を聞いた瞬間に、空是は敵兵の首筋に当てていたマシンガンを一発だけ撃ち、二度としゃべれないようにした。

 「お前の負けだ」

 死んで動かなくなった敵兵の上に仁王立ちになる空是。

 自分たちを救いに来たヒーローの輝く姿を、生徒たちが見上げている。

 助かったという歓喜の光がその光に満ちているが、空是の目には半数が虐殺された教室が見えている。苦い感慨しかなかった。

 「あ、あんた誰…?もしかしてクウ…」

 空是の友人である宮下が声をかけるが、

 「空是君、上の階の兵士が動き出した。さすがにバレたみたいよ」

 そらいろ先輩の声を聞いた瞬間、空是のアバターは生徒たちをその場に残し廊下に飛び出して消えた。救助救出作業はアバターではできない。彼にできることは、

 学校から敵兵を一掃することだけだった。


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