無記名戦旗 - no named warbanner -

重土 浄

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第三話

03‐02「茨の椅子」

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 昼食は朝食よりマシといった程度の内容だった。この寄宿学校の運営費は地方政府からでている。それをどれだけ細切れにすればこのような粗末な食事に変わるのか。レナータは考えないでもないが

 「飼われている鳥は餌の文句を言わないし、犬だって悲しげな顔をするだけだ」

 人間だからといって文句が言えるわけではない。

 とはいえ、ギグソルジャーとしての稼いだ金は、丸々学校側に没収されているのだ。装備調達費として一割程度は残されるが、ほとんど取られている。レナータの今までの稼ぎは一千万イェンシー以上であるはずである。

 食堂を見渡すと、あの虐められていた少女が小さく会釈した。レナータはそれには目もくれず、彼女の食べているものを確認する。

 こちらを睨んでいたニーカと目が合う。彼女はすぐに目線をそらした。それにも関心を払わず、ニーカが食べているものを見た。

 全員同じ物を食べている。みな粗末な食事だ。

 (確かにこの国は平等だな、みな同じものを食べている)

 いくら稼いでも奪われるだけ。ここにいる限りこんな生活が続くのか。

 「なるほど、なるほど」

 うなずいてから薄いスープを口に含んだ。

 そのスープからは労働の喜びという味はしなかった。



 ロシアにおいてもギグソルジャー業界は盛況である。ユーラシア大陸の半分で使われている「イェンシー」は「国家に忠誠を誓ったカレンシーAI」と言われている。

 国家の束縛を離れて、通貨流通システムそれ自体が独立して存在する「エント」と「ルーロ」。

 国家からの独立というのが新時代の仮想通貨と言われている現在において、イェンシーは独立の後にあえて国家の軍門に下ることで、仮想通貨に対して否定的であった中国とロシアの認定通貨となることに成功した。

 カレンシーAIが国家からのコントロールを受け入れた。自らの自由を投げ捨てたことが、イェンシーの生存戦略であったのだ。





 本来、ロシアにおいて民間の、素人の傭兵集団によるギグソルジャー活動は認められるものではなかったのだが、新たな軍隊としてネットソルジャー部隊、数万のネット兵士を作ろうにも、既存の軍隊の中にその余裕はなく、部隊設立から育成までには十年はかかると言われていた。

 その点、ギグソルジャーは数千万の国民が、インセンティブにつられ自発的に参加する市民兵。無記名戦争は兵士の質ではなく数が重要な戦いであり、国家がまかなえない頭数を、国民が勝手に集まって揃えてくれる。

 ロシア政府としても、ギグソルジャー活動はあえて見逃しているのが現状である。そうはいっても国内に専門の部隊は必要であり、

レナータ達のような子供が集められ、訓練を受けているのだった。





 ツェツィーリヤ・ゴルボヴァ教官は、この学校において珍しい、若くて美しい女性だ。そして残念なことに、この学校においては珍しくない、生徒に対してサディスティックなまでに厳しい教師の一人でもある。

 いや、もっともサディストな教官であると断言できる。

 

 午後はバーチャルミッション授業。つまりギグソルジャーとしての演習。ゲームの時間だ。

 ツェツィーリヤは国内屈指のプレイヤーの一人でもある。その才能は抜きん出ているが教師としての才能には恵まれていなかった。

 それは彼女の考案した教育方法を見れば、世界中のほとんどの教師は同意するだろう。少なくとも民主主義国家の教師の半分は。

 60人が入れる大きな教室にPCが並んでいる。薄暗くされた部屋でPCの前に生徒たちが並んで座っている。学校のサーバー内で行われる模擬戦闘がすでに開始していた。

 全員参加のバトルロイヤルゲーム。

 実際の戦いを想定した訓練ゲームである。

 みなが無言でゲームをプレイしていると、ひとりの少女が悲鳴を上げた。

 「ヒャッ!」

 椅子から飛び跳ね、手首を押さえる。

 続いて、違う場所からも悲鳴が上がり、その子は首を押さえる。

 よく見るとすべての生徒の体、手足や首ににシールが張られ、そのシールからコードが伸び、まとまってPCに接続されている。

 ゲーム内のプレイヤーキャラがダメージを受けると、それが電流となってプレイヤー本人にも痛みとなって伝わる。

 「痛みの恐怖を克服し、マシーンになれ」

 ツェツィーリヤのこの狂った教育法を学校側は承認した。彼女の来歴と中央政界とのコネがそれを可能にしたのだ。

 教室のあちこちから悲鳴が上がる。当然だ、クラスメイトだけで行っているバトルロイヤルだ。無傷で済むものがいるとすれば一人だけしかいない。しかも時間制限のポイント制ゲーム。苦しまないためには相手を倒し続けるしかない。

 レナータはこの遊びに付き合っているふりをしていた。彼女の技量なら自分以外を全滅させることも可能だが、そんな事をすればツェツィーリアはさらにサディスティックなことを生徒たちにやらせるだろう。あの教官はどうかしている。そう考えながらも、レナータにもどうすることもできない。おそらく学校中の人間、教師から校長にいたるまでツェツィーリアがイカれていると分かっている。それでも中央とコネのある女をどうすることもできないのだ。

 「フッ」

 思わず笑ってしまう、今朝の自分を。虐められていたあの子に対して勇ましいことを考えていた自分のことを笑ってしまう。

 鳥かごの雛を見て笑っていた自分も、それよりも少しだけ大きな鳥かごに入っているだけではないか。

 「なにか面白い?レナータ・エルメエヴナ・トゥマーノヴァ」

 すぐ背後にツェツィーリア教官が立っていた。

 「いいえ、なにも」

 レナータは瞬時に顔から意思を消した。

 「どうやら、私のプログラムでは本気になれないようね」

 さすがにゲームのプロだ。目ざとくレナータの手抜きを見抜いた。レナータは誰も傷つけずに逃げまくっていたのだ。

 「いいえ、作戦内の独自行動を模索していました。これからは通常行動に戻ります」

 「レナータ、レナータ、レナータ~」

 教官のレナータの顔に接近する。レナータは彼女の化粧の匂いも気に入らなかった。

 「ねぇ、レーノチカって呼んでいい?」

 「いいえ、そう呼んでいいのは家族だけです」

 「あら、家族いたの、レーノチカ」

 思わず教官を睨みつけるレナータ。家族がいないことも、その記憶もないこともツェツィーリアなら当然知っている。

 その睨み顔を楽しげに見ていた教官はクラスの全員に命じた。

 「今日のミッションを変更します。バトルロイヤルなんてつまらないわ!狩りにしましょう。全員でレーノチカを狩りなさい!

 さぁ!何をしてるの?レーノチカ、お逃げなさい」

 クラス中が困惑している。レナータも同じだ。

 「早く!!」

 教官の叫びで全員がモニターに向き直りプレイを再開した。一瞬遅れて、レナータも動いた、しかし、

 「ヒャアッ!」

 レナータの足に電気が走る。最初の一発が足にあたったのだ。

 撃った相手にすぐに撃ち返し、ヘッドショットで倒した。遠くで生徒の悲鳴が上がったが気にしていられない。マップの死角死角を選んで走り抜ける。追いかける足音がどんどん増えてくる。当然だ、この教室には60人もの生徒がいる。

 弾丸がかすめて飛ぶ。走る道の先に弾がばらまかれる。進行方向を変える、目の前にいた相手を素早く倒す。それを飛び越えて走り去ろうとした時、背中に痛みが走る。倒しきれていなかった。さっきの相手がダウンしたまま撃った弾が当たったのだ。

 思わずマウスから手が離れる。続けざまに攻撃が当たる。両の腕が跳ね上がる。そしてまた背中、机に突っ伏した。操作ができない。

 「ほらほら、獲物にとどめを刺しなさい!みんなでとどめを刺しなさい!」

 教官が手を叩いて生徒たちに命じる。撃ち続けろと。

 ツェツィーリアが設定をいじったのだろう。レナータのキャラはいくら撃たれても死ななかった。撃たれた分だけ、レナータの体に電流を流し続けた。

 動けないレナータの周りに60人もの生徒が輪を作り弾丸を撃ち続けた。

 ついにレナータは椅子から崩れ落ち、床の上で身悶えし始めた。

 ようやく掃射が終わった。一人ひとり、撃つことをためらいだし、それが広がってこの処刑を終わらせた。最後まで撃っていたニーカも空気を読んで止めた。

 その様子をつまらなそうに見ていたツェツィーリアは

 「今日の授業は終了。みんな分かったでしょ、団結のためには、どういう人間を生贄にすべきか。この後は実戦よ、国家のために稼いできなさい」

 転がって動けなくなっているレナータをつまらなそうに見てから教室を後にした。

 床で動けなくなっているレナータを助けたのは、あの虐められていた少女、アクサナだけだった。

 

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