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二章 吸血鬼

十六話 私怨はありますけど、信念もあるんです

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「バーレンッ」

 冥土ギズィアとバーレンがギャッゲレンとクィバルタンと共に血の渦へと消え去った。デジールが自らの血界へと強制転移したのだ。

 つまり分断である。

 ウィオリナは焦る。ギャッゲレンとクィバルタンは四人でようやく相手に出来ていたのだ。それなのにたった二人、しかも吸血鬼ヴァンパイアの領域である血界に!

 なのに。

「おや、驚いてないな?」
「当たり前じゃん。どこに驚く要素があるの? っというか、それよりも感謝したいくらいだよ」

 大輔がニィッと笑う。それを横で見て、杏も真似るようにニィッと笑ってみた。すると、確かに大輔がよく口角を釣りあげている理由が分かった。

 恐怖は消えないけど、けれど押しつぶされないのだ。恐怖と共存できるというのか。一秒一秒に多大な精神負荷がかかる戦闘において、それはとても重要だった。

 杏は、よし、これからこういう時はニィッと笑うようにしよう、と心に決める。

「ふむ。もしや我から離せば巻き戻しが使えないとでも? むしろあれは時戻し専用の血界。少々創り出すのには骨が折れたが、アヤツらが封印されることも、まして死ぬこともありえん」
「うん、それで? お前をたおせば終わりでしょ? むしろ邪魔がいなくなって大助かりだよ」

 満面の笑みの大輔に少しだけ不愉快そうに眉をひそめ、デジールは傲岸不遜ごうがんふそんに鼻を鳴らす。

 けど、鮮血の瞳には油断はない。大輔と脅威と認めたのだ。

 大輔の言葉を吟味した。己の全力を出す。時之血歯エママキナホーロロギオンこだわることなく、本来の力を使う。

 吸血鬼ヴァンパイア本来の傲慢を残しながらも、時という力を手にした享楽は排除されたのだ。

 だから。

「邪魔? それはそこに寄生虫共だろう? 足手纏いでしかない虫けらを抱え、我を殺せるとでも?」

 ウィオリナの後ろに瞬間転移したバーレンは、血の球体を作り出して超重力を発生させる。同時に巨大な血の刀剣を作り出し、ゆっくりと振り下ろす。

 まるで、死への恐怖をじっくりと味わえと言わんばかりだ。

「うっ!」
「こんのっ!」

 杏とウィオリナが超重力に膝を突く。立ち上がろうと藻掻くが、どんどんと地面にめり込んでいく。

 それでも大輔は。

「殺せるよ」
「ッ、すみませんっ」

 重力中和が織り込まれている白衣に魔力を通して超重力を無効化。身体強化の魔力全てを脚力の強化に回し、デジールとウィオリナの間にどうにか割り込んだ大輔は、イーラ・グロブスとインセクタをクロスして巨大な血の刀剣を受け止める。

 が、振り下ろされた巨大な血の刀剣がとても重い。

 大輔の足元にクレーターが発生する。一瞬でも気を抜くと、力負けしてしまう。身体強化しているとはいえ、衰弱化している大輔の膂力はそこまでの出力を出せないからだ。

 だから、大輔はその場を動くことができない。

「切り刻め」

 つまり、罠だ。見せしめのようにゆっくりと巨大な血の刀剣を振り下ろしたのは、大輔を誘うため。

 デジールは上部に無数の血の刀剣を召喚し、悔しそうに膝を突くウィオリナと杏はもちろん、自分すら・・・・も巻き込んで八つ裂きにしようとする。

 けれど。

けろォッッッ!」

 己を叱咤。杏は吠えながら覚醒魔法少女衣装に全開の魔力を注ぐ。すれば、それに組み込まれている浮遊――重力中和と移動――が超重力を押し返す。

 それどころか猛る炎を立ち昇らせ空中へと踊り出る。大剣を掲げる。

 大剣からプラズマすら発生させる炎の雲が発生し、無数の血の刀剣と超重力を作り出している血の球体を飲み込む。ジュッと音を立てて蒸発する。

 そしてその炎の雲は大剣に纏わりつき、巨大な槌となる。白炎が纏わりつき、空気が浄化される。

 振り下ろす。

「混合≪白焔≫――業火祓槌ッッ!」
「ふんっ、吸い込め――」

 大輔と鍔迫り合いをしているデジールは、全てを吸い込む血の重力球を作り出す。それで巨槌の炎の半分を吸い込み、攻撃を半歩遅らせる。

「巻き戻れ」
「クッ」

 その隙にデジールは時之血歯エママキナホーロロギオンを伸長させ、巨槌全体に触れた。炎が巻き戻り、大剣の姿になる。同時に杏の目の前に血の刀剣が生成され、射出される。

 杏は咄嗟に大剣を使ってガードしたが、吹き飛ばされた。

「隙だらけ、ですっ!」

 けど、デジールの意識が杏に向いた。つまり、超重力の楔から解放されたフリーのウィオリナに隙を晒したのだ。

 己を叱咤して平静を取り戻したウィオリナは、血の狼尻尾と茶髪サイドテールを荒ぶらせ、デジールに左側に肉薄する。

 今は戦うことに集中しろ。仲間を信頼しろっ。それが私にできることですっ!

 血のヴァイオリンを横なぎに振るいながら、弓から血糸を射出し、両手首を斬り落とそうとする。
 
 が。

「無様だ」
「ッゥッァァア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!」

 踏み込んだウィオリナの右足から枝状に伸ばされた血の突起が突き出た。枝状に伸ばされた突起はとても鋭利で、ウィオリナの右足全体に巡らされる。内部から全てが突き出る。

 ウィオリナは声にならない悲鳴を上げ、体が硬直する。

「うん? 小娘、どこか……ああ、あの時の。ふむ、あの女の血は絶品だったからな。さぞかし貴様も美味いのだろうな」
「ッゥッッッッッッッ!」 

 デジールの横腹から血の巨爪が生え、ウィオリナに横なぎに振られる。激痛で意識を朦朧もうろうとさせる中、デジールの手首を斬ろうとした血糸を自分の前へと操り、硬化させ、どうにか斬られる事だけは防いだ。

 けど、それでもウィオリナはその巨爪に掴まれる。ギリギリと肉や骨が砕け、血が噴き出る。

 ぴちゃりと顔についた血を、デジールは舐めとり恍惚とする。更に力を増したデジールは大輔が動けないように巨大な血の刀剣に超重力を植えつけ、大輔を押しつぶす。

 大輔は無言だ。

「ふむ。やはり絶品だ。憎しみ怨み。そんなに我が憎いか」
「ッッッッ! 憎いに決まってるッ、ですッッッ!!」

 朦朧とした意識の中、されどウィオリナは吠える。右足に生えた血の枝はもちろん、血の巨爪により血肉が裂けるのをいとわず、手に持っていた血のヴァイオリンから血糸を放出し、血の巨爪を切り刻む。

 赤錆の瞳をたぎらせ、その少し抜けた可愛らしい顔を怒りに歪ませる。一歩踏み出し、裂けた血肉すらも血糸とし、デジールを切り刻もうとする。

「アナタが母様をッッ!!」
「我のせいにするな。あの女が弱かった。それだけだ」
「ッァッ!!」

 鮮血の瞳で睨まれた。その瞬間、ウィオリナは硬直する。肉体に干渉され、体の制御を一瞬だけ奪われたのだ。

「ふんっ、邪魔だ」

 デジールは鼻を鳴らし、虚空に作った巨大な槌を殴り飛ばした。

「ァァァァァァァッッッッッッ!!!!」
「ウィオリナさんッッッ!」

 咄嗟に血のヴァイオリンと両腕で防いだものの、潰れ、血反吐を吐く。
 
 吹き飛んだウィオリナを態勢を立て直した杏がどうにか受け止めたが、体全身から噴き出す血を止める事はできない。

 デジールはそんなウィオリナたちから視線を外し、大輔を見下す。鍔迫り合いをしている血の刀剣が形状を変える。枝状の鋭利な突起が伸び、大輔の顔を襲う。

「で、どうやって我を殺すのだ?」
「ッ、もちろんこうやってっ!」

 大輔はニィッと笑って自分の恐怖心をあざむく。

 クロスしていたイーラ・グロブスとインセクタを右外へと逸らし、突起が伸びる刀剣を上半身部分へと下げる。

「ッッゥッ!」
「き、貴様ァッ、本当に人間かッ!?」

 そしてそのまま一歩前へ踏み込む・・・・・・。右胸辺りに血の突起が突き刺さる。血飛沫が上がり、大輔の表情が苦痛に歪む。

 だが、大輔はインセクタを魂魄へと収納。空いた手でデジールの手首を握りしめ、硬くなるんです、を発動っ。体の表面だけでなく内部も硬化っ。

 体に突き刺さ血の動きを完全に拘束っ。万力でデジールの腕を掴んでいるためデジールは転移で逃げようにも逃げられないッ!

「もちろん……にんげん……さっ!」
「ウォォォッッ!!」

 そのまま、イーラ・グロブスの銃口をデジールの顔面に突き付ける。超至近距離で音速の三倍を超える弾丸が放たれる。

 デジールは唸り声を上げる。自らの眼球から血を噴き出して操り顔先に展開。硬化して弾丸を受け止める。それでも衝撃波で吹き飛ばされる。

「ッと」

 痛い痛いと口の中で呟きながら、硬くなるんですの硬化を解除した大輔はその場を飛び退く。遅れて血の針山が突き出る。

 大輔はガクっと片膝を突く。

「大丈夫かっ、鈴木!」
「大丈夫ですかっ、ダイスケさん!」

 杏とウィオリナが駆け寄る。大輔は平静な・・・ウィオリナを見て、驚く。平静なのもそうだが、何より先ほどの致命傷すら生ぬるい傷が見当たらないのだ。

「だい――あれ、ウィオリナさん。傷は? 致命傷だったでしょ、あれ」
「え、あ、はい。この外装とティーガン様の力です」

 先ほどの悪鬼羅刹と言わんばかりの表情だったウィオリナは、だが血のシスターワンピースと血の狼耳尻尾に視線を向ける。

 大輔はそんなウィオリナを不審に見やる。杏は戸惑っている。

「……大丈夫なの?」
「はい。痛いですけど、問題ないです」

(痛いって普通に気を失う程の激痛……いや、そうじゃなくて確実にトんで――)

 そんな大輔の表情を読み取ったのだろう。ウィオリナは微笑む。

「大丈夫です。母様の事があって確かに憎いです。怨んでいます。けど、それでも見失いません」
「……演技だった?」
「いえ、本音でもあります。けど、私は血闘封術師ヴァンパイアハンターです。私怨はありますけど、信念もあるんです」

 八年前。当時、九歳だったウィオリナは間近で見た。母親がデジールに切り刻まれるのを。

 血をむさぼり、強大に成ったデジールを。

 あの時の恐怖は、母親を傷つけられた憎しみは一生忘れない。

 だからこそ、血闘封術師ヴァンパイアハンターになったのだ。普通の女の子としての日常も捨て、文字通り血が滲む研鑽けんさんしてきた。そして、始祖であるティーガンと直接契約できるまでに成長した。

 契約したからこそ、朝焼けの灰アブギの統括長官となったのだ。

 けど、ここ最近になりウィオリナの心には憎しみと恐怖以外の想いも芽生えていた。人々を吸血鬼ヴァンパイアから守る勇気と誇り。

 もちろん、それは芽生えたてだった。

 それでもここ数時間の間にそれは成長した。大輔と杏がいたから。言葉なく、されどその振る舞いや戦いでウィオリナは成長した。

 自ら成長した。先ほどのは本音でありながら、また母様の娘である自分だからこそデジールの油断を誘えるのではないかと思っていたのだ。

 失敗したが。

 と、杏がそんなことよりっ! と大輔に怒鳴る

「お前、血がっ」
「……大丈夫」

 大輔は白衣と黒シャツに魔力を通す。そうすれば、金茶色に患部が輝き、数秒もすれば元通りになる。飛び散った血も綺麗さっぱり消え、敗れた黒シャツ等々も元通り。

 デジールと同じ巻き戻しの効果が織り込まれている幻想具アイテム衣服なのだ。回復と修復に特化している。また、他にも色々な力が込められている。

(はぁ、疲れる。眠い。魔力は残り一割くらいかな。ストックがないこともないけど、使いたくないし……。けど、ウィオリナさんは大丈夫そうだな。うん)

 憎しみや怨みに飲まれていたら、戦いどころじゃなかったな、と考えながら、大輔はふと顔を上げて、叫ぶ。

「百目鬼さんっ、ウィオリナさんっ」
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