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二章 吸血鬼

二十三話 全裸で登場したハーレム野郎をぼろくそ言って何が悪いっ?

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 サラサラとした茶髪に、輝く黄金の瞳。目元は柔らかく、鼻筋がスッと通っている鼻は高い。さわやかな系の端正な顔立ち。肉体はしっかり鍛えられていながら、細身。背は高い。

 つまり、百人いれば、男女関係なく全員が振り返る程のイケメンだ。

 そして裸。全裸。

 直樹と大輔にゲシゲシと蹴られている。

「翔っ、お前なんなんだよっ! 裸でよろしくなのかっ!? こんのクソ勇者がっ!!」
「そうだよ、変態の極みだよっ! なにっ!? 露出プレイに目覚めたのっ!? エクスィナなのっ!? お似合いだよっ! やっぱりお似合いだよっ! クソッたれがっ!」
「ちょ、い――」

 シリアスが消え去る。

 杏と雪、ウィオリナは突如現れたイケメン全裸の翔に顔を真っ赤にし、両手で顔を覆っている。冥土ギズィアは翔に蔑むような目を向け、黒翼アーラを広げて杏たち視界を遮る。

 バーレンは現実逃避なのか遠くの空を眺めていて、先ほどまで失意の底にいたティーガンは呆然とする。僅かに鮮血の瞳に色が宿る。

 『何か』のリシカは、虚空によって消滅しかけていたためか体のほとんどが消え去っており、ピクリとも動かない。いや、周囲に小さな血の歯車を浮かせて回復している途中か。

 対してプロクルは五体満足で呆然としている。『何か』のリシカを飲み込むために自らを虚空に変質させたのに、血力は使い果たしたものの体に傷一つついていないのだ。

 理由は、倒れている望たち。

 望たちはプロクルに手を貸したが、プロクルを見殺しにする気など一切なかった。だから望は、プロクルに渡した試験管の血の中に、あらゆる存在現象を封印する≪宝封≫の極小ダイヤモンドを混入させ、祈里と時雨の魔力を借りて消滅化を防いでいたのだ。

 ただ、そのせいで魔力を使い果たし気絶しているが。冥土ギズィア黒羽根ヴィールで回収している。

 まぁ、それは兎も角。

「痛っ! マジで――」
「だいたい向こうって夕方だよねっ!? 夕方なのに全裸なのっ!? っというかなんで熱り勃ててんのっ!?」
「そうだっ! この十八禁勇者がっ! 終わった変態勇者がっ! っつか今後一切ミラとノアに近づくなっ! 情操教育に悪すぎるわっ!! ミラたちが見たらどう責任取るんだこの野郎っ!!!」
「そんなことな――」
「知ってるからねっ! 僕、知ってるからねっ!! 精霊王の泉で盛ってた阿保はどこの誰ですかっ!? ミラちゃんたちに一瞬見られた非常識な大人は何処の誰ですかっ!? クソ勇者と真っ黒腹黒賢者だよねっ!?」
「はぁっ!? おい、知らねぇんだがっ! ぶち殺すぞっ、クソッたれどもがっ! 死ねよっ! お前ら、いっぺん死ねっ! 除菌百パーのスプレーで消し去ってやるわっ! 抹殺だっ!」
「賛成っ! だいたい前から目に余ってたんだよっ! 所かまわずさっ! 僕が頑張って作ったヴァイス・ヴァールの甲板でっ、こんのくそっ! 夜景とか知らないよっ! どうせさっきまでや――」

 翔を一方的に殴る蹴るしていた大輔がピタリ止まる。同時に直樹も止まる。

 ギギギっと翔の首元を見る。小さな痣が幾つも見受けられる。いわゆるキスマーク。形と量からして、一人分じゃない。五人分。

 そして、大輔と直樹は翔をそっちのけでポカポカと殴り合い始めた。

「俺言ったからなっ! 反対したからなっ!? 死ぬなら一人で死ねよっ!? 俺を巻き込むなよっ!?」
「はぁっ!? 直樹も協力したんだから同罪だよっ! 手伝ってっ! 戦うの手伝ってっ!?」
「嫌だっ! 鬼の魔王の末路知ってんだろっ! 告白邪魔した鬼の魔王がどうなったか知ってんだろっ! っつか、初夜邪魔した催淫の魔王は今も地獄を味わってるだろがっ!? 嫌だっ!」
「僕だって嫌だよっ! だいたい、直樹があんな面倒なの連れてきたのが悪いんでしょっ!? きちんと処理して持ってきてよっ! 厄介ごと押し付けてきた直樹が悪いっ!」 
「はぁっ? 知らねぇよっ! 俺の領分暗殺と潜入っ! 絡み合った時と『奪う』をほどくなんて専門外だっ! こういうのは灯さんか慎太郎だろっ! っつか、何でこいつ呼んだんだよっ! 慎太郎呼べよっ!」
「無理だってっ! 翔以上に召喚したらヤバいやつだよっ! ツヴァイさんにぶち殺されるっ!」
「だからってなんでこの変態野郎を――」
「人を勝手に召喚しておいて、よくもまぁそんなことがいえるなっ!」
「ぶべっ!」
「いたっ!」

 と、体を純白の光で包み、一瞬でシャツとズボンといったラフな格好に着替えた翔が直樹と大輔にラリアットする。

 ぶっ飛ばされた直樹と大輔は、受け身をとってズザザザーと滑りながら着地。フッと息を吐きつつ、翔へと殴りかかる。

 翔が負けずと応戦する。

「知ってるかっ!? 死にかけたんだぞっ! 僕、お前らがまともに召喚しなかったせいで、世界のはざまにぶち込まれたんだっ! そこを頑張って抜け出してきたのに、殴られるっ!? 服着る余裕だってねぇわっ! なのに、言いたい放題言いやがってっ!」

 翔のこぶしを受け止めた直樹が回し蹴りを繰り出す。翔はスルリとそれを避けるが、その先に大輔のローパンチが。

 けど、それは肘鉄で受け止める。

「言いたい放題っ!? 当たり前だろっ! 全裸で登場したハーレム野郎をぼろくそ言って何が悪いっ?」
「そうだよっ! 周り見てっ! 満身創痍っ! シリアスっ! 僕たち異世界転移幻想具アイテム創るために[極越]使った後で死にそうなのっ! 今すぐ寝たいのっ! なのに全裸でよろしくやってたクソがっ! イザベラに早く会いたいのにっ、こっちばっかに押し付けてっ!」
「はぁっ? 僕だって頑張ってましたがっ!? 疲れた体に鞭打って働いてましたがっ!? 急に邪神がいなくなったからほかの世界からの侵略者アグレッサーどもがバカみたいに押し寄せて来たんだぞっ! 信じられるっ!? 邪龍並みの力持った奴がうじゃうじゃいたんだぞっ? それ全部に話し通して戦うの大変だったんだからっ!」
「話し通してるからだろっ! 問答無用でぶち殺せやっ!」
「無理っ!」
「無理を可能にしてこそ勇者でしょっ!」
「はんっ。信条を曲げないのが勇者だっ!」

 ゲシゲシ、バカスカ、ポカスカ。まるで男子高校生のくだらない喧嘩だ。じゃれ合いにも近い。

 と、その時。

「ア゛ア゛ア゛ァ゛ッッッッッッ!!」
「よろしくっ」
「お願いねっ」
「お前らぶっ殺すっ!」

 巻き戻しによりある程度再生した『何か』のリシカが連ねた時之血歯エママキナホーロロギオンを直樹たちに振り下ろした。

 なので、直樹と大輔は咄嗟の判断で翔の腕をそれぞれつかみ、放り投げる。肉壁である。

 翔は青筋を立てて怒りながらも溜息を吐く。直樹と大輔が戦える状態じゃないからだ。

 なので。

「来い、エクスィナ」

 ぽつりとつぶやく。

 すると、一瞬威風がとどろいたかと思うと、空から片手剣が降ってきた。小さな円盾もだ。

 それは、今にも触れそうなほど翔に迫っていた時之血歯エママキナホーロロギオンを切り落とす。そして翔の片手と片腕に収まる。

 それはとても静謐で神聖だった。

 シンプルだ。特段装飾は施されておらず、ガードに一枚の羽がささやかに彫られているだけ。円盾も端っこに同じく一枚の羽が彫られている。

 されど、だからこそ分かる。業物だと。

 刀身はひじりという言葉がよく似合うほど、澄んだ純白。何ものにも染まることはなく、何ものも染めることはない自由の剣。囚われなき剣。

 対して円盾は黒い。漆黒だ。けれど、どこか純白にも似た神聖さを宿していて、優しく添えられる影のようだ。

 それは。

「ジネェェェェッッッッッ!!」
「唸れ、エクスィナ。――幻喰げんばみ、破剛はごう
『おほっ。世界のはざまに放置プレイしたかと思えば、強制召喚プラス劣化っ。はぁはぁ。主様は最高ぞちっ!』

 聖剣エクスィ……ナ?

 あれ? すごく気持ち悪い声が……。はぁはぁと喘ぐ声が……。聖剣の中に誰かいるのでは……

 というか、聖剣? 性剣の間違いではなく?

 ……

 まぁいいや。

 ブレる。

 翔は目に負えない速度で純白の片手剣――聖剣エクスィナを一閃した。

 すると。

「ガァァァーーッッッッ!!!」

 『何か』のリシカが絶叫する。砕けたのだ。翔に遅いかからんとしていた加速の力そのものが。

 しかも、聖剣エクスィナは一瞬だけ錆び付いたボロボロの剣となったのに、すぐに純白に輝く美しき剣に戻ったのだ。

 まるで、そうでなくては聖剣エクスィナではないと。世界がそう定めているかのようだった。

「うん、沈静化はできたな」

 華麗に着地した翔は、いつの間にか腰に差していた鞘に聖剣エクスィナを収める。どよめき後ずさった『何か』のリシカを見て満足げに頷く。

 それから後ろを振り返った。

 鋭く冷徹な視線を直樹たちに向ける。そこに仲間だからという甘さはなく、全てを見定める裁判官のような目。裁定の目。

「で、結局どういう状況なんだ? 場合によっては直樹たちを斬ることになるが」
「……一から十まで説明しろと?」
「ああ、僕を知ってるだろ?」
「知ってるよ。うじうじして動き出すのが遅すぎるクソッたれでしょ?」
「相変わらず手厳しいな」

 大輔の言葉に翔は苦笑する。事実だからだ。

 生来持ち合わせていた正義感と優しさの果てにいるのが翔。戦うことが嫌いで、命を奪いたくない。けれど、命をかけて見知らぬ人を助けてしまうほど、お人よし。

 だからこそ、翔はスタートダッシュが遅い。問答無用で相手を斬り殺すことはなく、何度も何度も何度も話し合いをする。言葉を交わそうとする。

 甘い。この一言に尽きるかもしれないが、だが、この一言のために翔は成長してきた。

 その甘さを貫くために、強くなった。圧倒的な強さで、話し合っている間、誰も傷つけず、傷つけさせない。甘さを通す強さ。

 故に勇者。

「で?」
「……そこのクソザコ変態から聞いてないのか?」
『おほっ! ナオキも相変わらず凄いぞち!』

 うへぇ、と直樹と大輔が顔を顰める。無視する。『放置プレイ最高ぞち!』とはぁはぁする声が聞こえる。……無視。

「聞いてる。吸血鬼ヴァンパイアなんて存在がいるんだな」
「ああ、いるんだ。そしてあれを封印するために、核――時の力を持ってる吸血鬼ヴァンパイアだな。それを隔離する必要がある。分かるか?」
「ああ、さっき喰った時に。三人でしょ?」
「そうだ。殺しはしない。封印だ」

 その言葉を聞いて翔は考え込む。

 と。

「待つのじゃ……待つのじゃっ!」

 幽鬼のような暗い面持ちをしたティーガンが、『何か』のリシカと直樹たちの間に割って入る。『何か』のリシカに背を向ける。

「何をだ?」
「封印じゃっ! アヤツは、クロノアは『死』を願ってる。妾だって嫌じゃっ! けど、アヤツがそれを願うならっ!」
「殺せと?」
「…………そうじゃ」

 ティーガンはギリリと唇を噛み潰す。犬歯が自らの唇を切り裂くのをいとわず、苦悩しながら頷いた。

 ティーガンだって嫌だ。クロノアに死んでほしくない。人となって天寿を全うしてほしい。

 けれど、今やそれはティーガンの我儘となった。

 死を望むクロノアを邪魔していいのか。その望みを叶えてこそではないのか。

 ……どうすれ――

「っというか、似たような展開をさっきやったんですよっ!」
「そうなのか? まぁどっちにしろ、手伝うっ!」
「わたしは何をすればいいですっ?」
「露払いっ!」
「分かりましたですっ!」

 しびれを切らした三人娘が飛び出した。

 雪は深い踏み込みの末、ティーガンの前に現れる。そのまま胸倉を掴みながら前進。ティーガンは突然の事態に呆ける。直樹たちもだ。

 その間に大剣を振り回す杏と血のヴァイオリンを弾き荒らすウィオリナが、好機と襲い掛かってきた『何か』のリシカの時之血歯エママキナホーロロギオンを弾く。

 それぞれに黒の光が宿っていた。劣化版黒のオムニス・プラエセンスをもってる雪が内臓魔力の殆どを消費して二人に付与したのだ。

 三人娘はそのまま前進。『何か』のリシカへと猪突猛進っ!

「あ、お前らっ!」
「ちょ、翔っ!」
「分かってるっ!」

 直樹と大輔が慌てる。翔が聖剣エクスィナを携え、駆ける。

 が、その前に。

「燃えろ、≪白焔≫ッ!」
「ええっと、とりあえず。ウィ流血糸闘術、<血糸封楔>ッ!」
「ガァァァーーッッッッ!!」

 全てだ。力を全てふり絞り、杏もウィオリナも『何か』のリシカにそれぞれの技を叩き込む。

 ウィオリナは兎も角、杏は大輔にほとんどの魔力を注いでいたため、魔力が空となり気絶した。ウィオリナが抱きとめる。

 けれど、だからこそ、≪白焔≫が魂魄を焼き、<血糸封楔>が『何か』のリシカの意識を遠のける。意識の少しが封印される。

「ユ――」
「ア゛ア゛ア゛――」

 僅かだった内臓魔力を消費して、劣化版黒のオムニス・プラエセンスを発動。ティーガンにそれを纏わせる。

 つまり。

「≪想伝≫、強制会話っ!」

 ティーガンは『何か』のリシカに叩きつけられる。同時に、混沌の妄執ロイエヘクサから魔力を引き出し前借りし、≪想伝≫を発動。

 同時に雪は気絶。杏を片方に抱えているウィオリナが、慌ててもう片方で抱きとめる。

 そして一瞬だけ、

『嫌じゃっ、まだ生きてほしいっ! クロノアとプロクルと一緒にっ』
『怖いっ、まだ死にたくないっ! ティーガンとプロクルと一緒にッ』

 ティーガンの心の叫びとクロノアの心の叫びが交わる。

 だからっ。

「封印なら、許容範囲だ」

 翔が飛び出す。『何か』のリシカに叩きつけられたティーガンを受け止め、流れるように直樹にパスする。

 それから優しい風で杏と雪を抱えているウィオリナを吹き飛ばす。飛ばされたウィオリナを大輔が流れるように抱きとめ、また直樹が雪を受け取る。

 それを見届け、翔は円盾を腕につけた右手で鞘を持つ。左手で聖剣エクスィナの柄を持つ。構えた。

「やれ、エクスィナ。――幻喰み、縁断えんだん
『もちろんぞち!』

 抜刀。霞む聖剣エクスィナが空を切り裂いた。

「……………………ぇぁ」
『ア゛ア゛ア゛ーーァ゛ーーァ゛ーデ……デジールザマ゛ァァァァッ!!』
『ア゛ア゛ア゛ーーァ゛ーーァ゛ーワ゛……ワレバァァガミダァッッ!!』

 一瞬の静寂の後、どす黒い血の塊となっていた『何か』のリシカが別れる。美しい黒髪の女性――クロノアと、血で容作られた悍ましい人型――リシカとデジールに。

 幻喰み。

 それは聖剣エクスィナが持つ力。あらゆる存在を喰らう力。喰らえる存在ものに際限はなく、翔が喰えると信じれば、聖剣エクスィナはそれに応じて喰らう。

 つまり、混ざりあっていたリシカとデジールとクロノアの繋がり全てを喰らいつくし、分断したのだ。

 悍ましい血の人型であるリシカとデジールが地面に叩きつけられ、のたうち回る。クロノアは直樹の懐から飛び出したティーガンが抱きとめる。

「クロノアッ!」
「……ティー……ガン。……ごめ……ん」
「妾こそっ、妾こそ気づけなくてすまぬっ!」
「……違う……もういい……私なんか――」

 涙を溜めてクロノアはティーガンに懺悔しようとして。

「それ以上言うな。ティーガンを侮辱するな。勝手に折れるな」

 気絶した雪を背中に背負った直樹が止めた。屈んでクロノアの頭に手をあてる。

「眠ってろ」
「……んぁ」

 クロノアは寝息を立てて眠ってしまった。

「……話し合いは後にしろ。まずはあれだ」
「……そうじゃな」

 クロノアをゆっくりと地面に寝かし、ティーガンは立ち上がる。ザッと足を開き、構える。

「行くです」
「分かった。頑張ってね」
「はいです」

 背中に杏を背負っていた大輔は、お姫様抱っこしていたウィオリナをおろす。少しだけ頬を赤く染めていたウィオリナは、ザッと構える。

 飛び出す。

「デジールバルハルトルハジーハル――」
「リシカリスバルクスフェルンドアリステシカ――」

 ウィオリナは血のヴァイオリンを、ティーガンは血を纏わせた閉じた日傘を、

「ウィ流血糸闘術――」
永久とわに――」

 デジールとリシカに、

「<血糸封楔>ッッ!」
「眠るのじゃッッ!」

 叩きつけ、

「ジゴクニハンエイヲォォォォォ!!!!」
「ワレバマダァァァァッッッ!!!!」

 二体は封印された。

 あっけない最後だった。
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