異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ

文字の大きさ
242 / 342
収穫祭と訪問客

そういうセオだって、不誠実なことをしてそうな気もするが……:late summer night

しおりを挟む
 そしてエドガー兄さんは俺を見た。

 その表情はとても困っているような表情だった。どうしようもない現実を前に立ち止まってしまったような、泣きそうで、それでも歩き出そうと頑張る表情だった。

 エドガー兄さんはわずかに逡巡したあと、口を開く。

「そういう意味では、お前やラインの方が領主に向いていると思ってるんだ」
「……そう」

 エドガー兄さんの声音は透き通っていて、俺はそれに上手く言葉を返せなかった。

 どう言い返そうか、迷う。

 そうしているうちにエドガー兄さんが、ハハッと笑った。

「まぁ、けど、お前らは領主に興味がないようだしな」
「……エドガー兄さんは本当に領主になりたいの?」

 色々と言い惑っていたが、これだけはきちんと聞いておかないといけない。

「なりたいぞ」

 エドガー兄さんは俺の質問に即答した。それはもういい笑顔で。

「言っただろ。父さんたちはすごいって。尊敬してるんだ。まぁ、駄目な部分とか、頭のねじが外れている部分もあるから、全てを尊敬できてるわけではないが」
「それが普通だと思うよ」
「だろうな。人には善し悪しが必ずあって、そういう部分と付き合うのが人生だって、ソフィアも言ってたしな」
「……ソフィアって、彼氏ができなさ過ぎて暴走する以外は、結構いい人なんだよね」
「ああ。とても頼りになる」

 カラカラと俺とエドガー兄さんは笑いあった。

「ところで、エドガー兄さんって貴族の友達いるの?」
「うっ。お前、嫌なところ聞いてくるな」
「いや、だって、ねぇ? これから中等学園に行くのに、ボッチっていうのも弟として心配になるし」
「心配している顔じゃねぇぞ、それ。ニヤニヤしやがって」
「そう?」

 俺は肩をすくめる。エドガー兄さんは俺の頭を優しく拳で殴る。

て」
「嘘つけ」

 全く痛くない。

 俺はジーっとエドガー兄さんを見た。エドガー兄さんは折れたように溜息を吐く。

「まぁ、いるっちゃいる。……が、なぁ」
「どうかしたの? イジメられてるの? なら、俺がぶちのめすから教えて?」
「イジメられてねぇし、ぶちのめさなくていいから」

 エドガー兄さんは俺の冗談に笑う。

「いやな、兄弟のなかだと、俺が一番社交界とか、パーティーとかには出てるぞ。だが、それでも普通の貴族と比べると露出は少ないし、いわば辺境伯の子息と同じような頻度だ」
「まぁ、俺たちはもっと酷いけど」
「一番ひどいのはユリシアだが。あいつ、あれでも子爵令嬢なんだぞ? なのに、色々と問題ごと起こして、それからずっとこっちにこもってる」
「問題って、暴力沙汰でしょ? そういえば、生誕祭の時、それなりに俺に怯えている人がいたけど……。特に、ユリシア姉さんの同年代」
「ああ、狂犬令嬢とか、暴力姫とか、色々と呼ばれているぞ、あいつ。行く先々で喧嘩してるからな。言っとくが、あいつ、うちだとかなり猫被ってるからな?」

 それって、猫を被るっていうのか? 

 そんな俺の思考を読んだのか、エドガー兄さんは何度かうなった後、

「甘えてる……心を許してるって言えばいいのか?」
「ああ、なるほど。外だと警戒心マックスの状態で、常に威圧してると。捕らわれて見世物にされてる野獣みたいな感じ?」
「言い方は悪いが、それが一番近いか? あいつ、結構人見知りするし、怖がりなんだぞ。お前やラインが産まれる前は、いつも俺の後ろを引っ付いてきてな。夜中にトイレがいけないって、いつも起こされたし、お化けが怖いって泣きじゃくってたこともあったな。泣き虫だったな……」
「へぇ……」

 これは面白いことを聞いた。

「まぁ、ラインが産まれた辺りから、そういうのがなくなって、逆に気が強くなったような感じになっているんだが」
「強がってる?」
「まぁ、姉になりたいと思ったんだろ。ビィビィ泣きじゃくってたら、姉として駄目だと思ったんだろ」

 エドガー兄さんは心当たりがあるのか、目を細めながらそういった。

 ニヤリと笑う。

「エドガーお兄様もそうなの?」
「……気持ち悪い」
「あ、酷い!」
「酷いもなにも、その悪だくみしてる顔でお兄様とか言われたら、誰だって気持ち悪いと思うぞ」
「ちぇ」

 俺は唇をとんがらせた。それから、逸れていた話をもとに戻す。

「それで、エドガー兄さんの友達がどうかしたの?」
「チッ。忘れたなかったか」
「忘れてないよ」

 エドガー兄さんは今日、何度目か分からない溜息を吐いた。仕方なさそうに話し出す。

「父さんたちがあれだろ? まともに接してくれる奴なんて、少ねぇんだよ。まして、俺は長男だしな」
「ああ、なるほど」

 ……ご機嫌伺いというか、まぁロイス父さんたちの英雄としての力を目当てに繋がりを持とうとする貴族は多そうだしな。

 実際生誕祭の時も、そういう人は結構いたし。というか、ほとんどそうだったし。

 だけど。

「学園なんでしょ? そこだったら、いい意味でも悪い意味でも社会から一部隔離されている部分があるからさ、どうにかなるよ。それに長らく付き合えば、色眼鏡も外れるだろうし。まぁ、結局はエドガー兄さん次第だけど」
「それは前世の経験の助言か?」
「まぁ、そうかな? けど、あれだよ。前世の記憶を持ってる子供として言わせてもらうと、子供って案外自由だよ。エドガー兄さんたちを見てそう思ってる」
「……そうか」
「そうだよ。親友の一人や二人くらいできるよ。ついでに、彼女の一人や二人もできるって」
「いや、彼女が二人もいたらおかしいだろ」

 エドガー兄さんがジト目で突っ込んできた。

 俺はやれやれと首を横に振る。

「エドガー兄さんはモテる。現に、この領地でもエドガー兄さんは人気がある。女の子から一杯の視線を集めている。まぁ、ライン兄さんも同じだけど」

 ……そうなんだよな。エドガー兄さんもライン兄さんも、ラート街に出れば多くの女の子に声を掛けられるんだよな。

「っというかさ、将来のお嫁さんいっぱいいる人が彼女の一人や二人でなに、常識ぶってるんだか」
「はぁ、なんのことだ? 俺は婚約なんてしてねぇぞ」
「とぼけても無駄だよ。ライン兄さんとか、エイダンやカーターからネタは上がってるんだから」
「何がだ?」

 ふっふっふっと俺は笑う。

「最近、エドガー兄さんの執務室の周りにお花があふれているそうじゃないか」
「あ、それはっ――」
「それは何? 小さな女の子をたぶらかしてるんでしょ? エドガーお兄ちゃんと結婚するって言われてるんでしょ!」

 昔から、死之行進デスマーチからの復興や街の発展で大人たちが忙しい時に、エドガー兄さんはよく子供たちの面倒を見ていたそうだ。

 そのためか、比較的大人たちの忙しさが落ち着いた今でも、エドガー兄さんは暇を見つけては子供たちと遊んだりしているらしい。

 なんというか、イケメンすぎる。

 そう、イケメンすぎるのだ。

 よく一緒に遊んでくれるお兄さん。とても落ち着いていながら、ワイルドで端正な顔立ち。ニカッと笑う笑顔は魅力的だろう。

 まぁ、つまるところ、女の子たち、特にエドガー兄さんよりも下の子たちがメロメロらしい。

 分からんでもない。

 ちなみにライン兄さんは、お姉さま方に人気だ。華奢な感じとか、まぁ庇護欲をそそるよな。それにあのそこらの少女よりも美しい顔立ちだし。

 と思っていたら、エドガー兄さんが呆れたことを言った。

「あのな、セオ。小さい子たちの言葉だぞ? 本気なわけないだろ」
「エドガー兄さん。それ、本気で言ってるの?」
「当たり前だろ。向こうだって、数年もすれば忘れてるぞ」
「……はぁ」

 俺は溜息を吐いた。これは酷い。この調子だと、学園に言ったら、絶対惚れた腫れたので問題起こすぞ。背中刺されるぞ。

「なんだよ。なんか、言いたいことでもあるのか?」
「あるよ」

 俺はエドガー兄さんに真剣な表情を向ける。エドガー兄さんが少しだけそれに驚いた表情をした。

「いい。エドガー兄さん。いくつだろうが、恋は恋なの。それを告げることは勇気がいるの。たとえ、無垢な子供であってもだよ」
「は、はあ」

 分かってなさそうである。

 ……アプローチを変えるか。

「エドガー兄さんは領主になりたいんだよね。本当に領主になりたいんだよね?」
「ああ。さっきも言っただろ!」

 エドガー兄さんは少し怒ったように頷いた。

 だから俺は問う。

「なんで、今、エドガー兄さんは不機嫌になったの? 少し怒ったようなったの? きちんと答えて」
「お、おお」

 俺の声音にエドガー兄さんは驚いたように頷き、それから恥ずかしそうに言った。

「恥ずかしかったんだぞ、あれでも」
「何が?」
「だから、領主になりたいって言ったことだ! 父さんたちを尊敬してるだって、言いにくいじゃねぇか!」

 エドガー兄さんの頬が赤く染まった。

 だから、俺は頷いた。

「そうなんだよ。恥ずかしいし、勇気がいるんだよ。自分の本心を伝えるっていうのはさ」
「……あ」

 気づいたようである。

「伝えた時、勇気をふり絞っているのかもしれない。もしかしたら、伝えた後に、それこそ数年後に、それに気が付いて、泣いてるかもしれない」

 前世で大した経験はない。っつか、指の一本か二本で足りるだろう。

 だが、思いに貴賤はない。数に価値があるわけでもない。

「不誠実だと思うよ。エドガー兄さんのその対応は。結婚するって約束したんでしょ? 小さい子の言葉だとしても、冗談だと思って受け取っちゃいけないよ」
「………………そうだな。俺が悪かった」
「俺に謝ってどうするの?」
「……分かってる。明日、領地を出る前に話して頭を下げる」

 エドガー兄さんはバツの悪そうな顔をして、項垂れた。

 そして、

「っていうことは、学園に着いたらもっと頭を下げるのか」
「うん?」

 気になることをぼやいた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...