上 下
60 / 147
深海の魔女

9

しおりを挟む
「いやぁ世話になっちゃったな! ありがとなっ!」
 
 リータは食べ終わるとマンチの出していた水桶で手や口を濯いでいく。果汁が溢れて口周りがテカテカしていたのを、マンチに指摘されたからだ。それを習って、ガルマも食べ終わったのか同じように濯ぐ。この二人は果物のおかわりをしっかりしていたので、来た時よりも少しお腹が出てしまったかもしれない。
 
「しっかし、こんな魔境に家があるなんて思わなかったぜ……おかげで助かったけどな」

「……同意」

「それに休ませていただけるなんて……ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして。これからどうするんですか?」

「それなんですが、もう日も沈みますし、よろしければここで野営させて頂きたいのです……」

 マンチが申し訳なさそうにしている。確かに今から森に戻ったところで日が落ちてくれば、より危険な環境に身を投げることになってしまうだろう。一時休めたとはいえ本調子からは程遠いに違いないし、わざわざ追い出す必要も感じられない。

「それなら、家の中で休まれませんか? プライベートの部屋はダメですけど、外で休むよりゆっくりできると思うんですけど……」

「いや、そいつはやめとこう」

 意外にも否定してきたのはリータだった。

「これ以上の厚意を受け取っても、あたしらには返せるもんがない。せめて庭で野営するのに許可をくれないか? なぜかわからないけどこの家の周辺の魔物は襲ってこないようだし、あたしらはいつもこうしてたんだ。そのほうがゆっくり休めるってもんさ」

「それはいいですけど……わかりました。必要なものがあったら教えてくださいね?」

 彼女たちはそうと決まると収納袋からテントや薪を取り出して、手際よく野営の準備を始めた。慣れているのは本当らしく、あっという間にテントは完成した。
 家で休むことは無くなったが、夕食は一緒にとることになったので、彼女たちは肉とパン、奏は彼女たちのためにスープを作ることにして振舞うことになった。
 奏が家でスープの調理をしていると、窓の外ではエルレインが庭に植えてある果実樹を眺めているのが見えた。少し前に果実は収穫してしまったのだが、すでに木には花が咲いていて見頃になっている。
 奏は自身が植えた花に興味を持ってもらえていることが嬉しくて、普段よりも具を多くスープに入れて豪華なものに仕上げることにした。
しおりを挟む

処理中です...