女装男子はハイデイライトウォーカー

源蔵@頑固一徹堂

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参鬼 袋に入るは、誰かな?

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 噂というのはどこからともなくやってくるものだ。
 その話が全く予期しないモノであっても、色々と耳に入ってくる。
 今回もそんな類いの噂話だった。
 それはそれは実に愉快なお話だ。
 思わず腹を抱えて笑ってしまった。
 あぁ、暇だ。
 暇だったんだ。
 悠久とも言える時間の中、何をしても長続きしない。
 飽き性なのだろう。
 とはいえ、人間からすれば十年、二十年は永い時間かもしれないが、我々からすれば一瞬の出来事に過ぎない。
 では、行こうか。
 面白い宴となってくれればいいのだが。
 君はこの宴を気に入ってくれるかな?

           ・

 その日、店は休みだった。
 惰眠をむさぼっていると布団の中に何かが潜り込んできた感じがした。
 誰? といっても、この家にいるのは一人しかいない。
 また何かのいたずらだろうか。
 そう思ったとき、不意に内股を舐められた。
「あっ!?」
 ゾクッとする感覚が背筋を襲う。
「やめて、眠いんだ」
 茜は答えず、そのまま舌を這わせていく。
「うぅぅぅ」
 このまま流されるわけにはいかない。
 昨夜も流されたままおもちゃにされたのだ。いつも同じではいけない。涼はバッと布団の中を見た。そこには服を着ていない茜の姿があった。
 白い裸体が自分の足に取り憑いている。
「茜? 昨日散々したでしょ? もうやめて」
 すると彼は舌を出したまま、上目遣いにいたずらっ子のように微笑んでくる。その姿にくすぐられるモノがあるが、それをぐっと我慢し、涼は募ってきた欲情を跳ね飛ばすようにベッドから出た。
「もう! いいところだったのに」
 茜の抗議が聞こえてくるが、知らない。
 昨日したままだから、涼もまだ裸のままだった。
 置いてある眼帯をつけ、白いワイシャツだけ袖を通した。
 太陽が高い。
 日差しが窓から射し込んできて、涼の体を透き通らせるように照らし付ける。
「やっぱり、涼って綺麗だね」
「はっ? いきなりなにさ」
「いや、絵になるなぁってね」
 茜はそう言い、両の指で四角を作ると、キャンパスにでも納めるのか、じっくりと涼の肢体を眺めだした。
 さすがに気恥ずかしい。
 涼は顔を赤らめ、そっぽ向いた。
「いいね、いいね!」
「もう、いい加減にしなよ」
「次の作品のインスピレーションが湧いてきた!」
「え!? まさか、私でアクセ作るつもり!?」
「いいじゃん。綺麗なの作るよ!」
「や、やめなって」
 さすがに恥ずかしい。
 止めさせねばと、思ったときには茜は脱兎のごとく部屋から逃げ出していた。
 残された涼はため息をつき、着替えるかと服を見繕った。が、その前に……窓を開け放ち、家主がいないことをいいことに一本のタバコに火をつける。
「はぁぁ」
 紫煙を胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。
 疲れが嘘のように飛んでいくような気がした。
 何でも無い日常。先の事件以来、その手の仕事は舞い込んでいない。
 元々、そっちの仕事をしなくてもシルバーアクセサリーの売れ行きが順調なので、生活に困ることは無かった。
「ずっと平和ならいいのに……」
 それなりに充実した日々に涼は満足していた。そりゃ、たまには嫌なこともある。この前だって襲われたときのことは、未だに少し夢に出てきそうになる。それでも、彼のそばにいるのは充実した日々を送らせていた。
 元々、身よりもなく頼る当てもない。そんな彼女のぽっかりと空いた穴を茜は埋めてくれていた。
「涼~~~店いくよ~~~」
 下から声が響いてくる。
「え、私もいくのか!?」
 寝耳に水とばかりに、ゲホッと紫煙を吐き出した。
「そうだよぉ。はやくぅ」
「ま、まちなって」
 涼はまだ残っているタバコをもみ消し、急いでシャツを脱いだ。

             ・

 店の前にやってきたとき、休みのはずなのに人が立っているのが目に入った。
 よく見れば、背が高く男性のようだった。場違いにも緑色の作業服を着込んでいる。
「あれ?」
 茜が声を上げる。
 それに気付いたのか、男性がこちらを向いた。
 見たことのある顔だった。
「宮酒くん?」
 茜が首をかしげながらそういった。
 宮酒……あぁと涼はうなずいた。
 あのワーウルフ、犬原正三がいる【幾三漆器商店《いくぞうしっきてん》】の社員だった。一度、すれ違ったことを思い出す。
「おおきに、九鬼さん」
「どうもでぇす、宮酒くぅん」
 茜は気軽に手を上げながら挨拶し、近くまでてくてくと歩いて行った。
「店に用? 君なら開けてあげるよぉ? 彼女へのプレゼントォ? 同棲の彼女元気???? 上手くいってる???」
「輝なら元気ですよ。華峰院家からの呼び出しが多くなって、ぼやいてますがね」
「へぇ、そりゃ大変だ。と、立ち話もあれだから、はいろはいろ!」
 茜はそう言うと、鍵を取り出し店を開けていく。
 店のカウンターにある椅子を宮酒に渡すと、お茶ってあったっけぇ~?と涼に言ってくる。
「店長、ここにそんなのないですよ……」
 冷蔵庫だってないんですよ、と涼はぼやいた。
 そだっけと、茜はテヘっと舌を出した。
「それでどうしたの?」
「あぁ、木屋町界隈にウチの旅館が店を出しているんは知ってはりますか?」
「うん。茨ちゃんが仕切っている店でしょ」
 その回答に宮酒はうなずき返した。
「そっちのほうは順調なんやけど、もう一軒あってホストクラブのほうが少し上がりが落ちてんねん」
「というと?」
「最近、木屋町の外れに京都外の者が店を構えたんや」
「まぁよくある話だねぇ」
 宮酒はうなずく。涼もなんとなく、そんなもんなんだなぁと思いながら聞いていた。それと同時に疑問も出てくる。
「宮酒さんは、幾三漆器商店の社員さんじゃないんですか? 旅館もやってるんです?」
「んん? あれ、涼は宮酒くんの素性知らなかったけ」
 首を大きく傾げながら茜が言った。
 一度も説明など受けていないと、涼は首を振った。
「ありゃりゃ、え~とね。宮酒くんって、老舗の高級旅館【鬼夜叉屋】の血筋なんだよぉ。だから、いずれ後継ぐんじゃないかな?」
 茜はそう言い、宮酒鬼市を見た。
 宮酒は複雑そうな顔をしながら、不承不承にうなずいた。
「ま、まぁそれは今はいいんや」
 宮酒はその話はここまでと遮り、線路を元に戻した。
「それで、その店なんやが、少し怪しくてな。入っていく客がどうも少し様子がおかしい状態になるみたいなんよ」
「おかしいねぇ」
「まぁ、こんな裏の業界は怪士が関わっているのが多い。当然、人間もちゃんといるがな」
「で?」
 少しワクワクするように茜が乗り出した。
「あぁ、茨の店の子なんだ、少し様子を覗いてくると言い、乗り込んだらしいんや。まぁ人間の子なんやが、やる気のある子らしくな。茨も一回くらい平気やろ、と軽い気持ちでOKしてしまったらしいんや。まぁそのときはまだ店も出たばっかでそこまで怪しいというか、新規参入店への探り程度やったらしい」
「で、おかしくなっちゃったと?」
 宮酒はうなずき、ずれ落ちてきていた眼鏡をグイッと押し上げた。
「出勤もしなくなって、その店に入り浸りらしいわ。連絡も取れないらしい」
「そこで僕らってこと?」
「あぁ、どこの者が絡んでいるかわからへん。それに界隈を荒らしているわけでもない。まぁ、なにかおかしな事してんなら、潰すがな」
 あまりやる気なさげに宮酒は言っているが、やるべき事の一つとしてここに来ているのだろう。
「潰すって、そんな物騒な」
 思わず涼が反応する。
「俺は、人間ちゃうが、人間に害なす奴は許す気はないんや。で、どうなんや? 引き受けてくれんのけ」
「そりゃ、ほかならぬ宮酒くん直々のお願いだもん。聞かないわけにはいかないしねぇ」
 茜は言いながら、ちらっと宮酒を横目で見た。
「報酬か。せやな、金はもちろんやが、人間の女の生き血と記憶の一部はどうや?」
 それを聞き、茜は目を輝かせた。
「でも、どうやって用意するの??」
「さっき話した店の娘……その子に状態にもよるが、へんな記憶が入ってんならソレごと除去したほうがええやろ。それで手を打たへんか?」
「いいよぉ」
「よっしゃ。ほな、頼むで」
 宮酒はふぅとため息をもらし、ゆっくりと立ち上がった。
「店の名は【キュルテン】や。なんか分からんことがあんなら、茨に聞きや」
「りょーかいです」
 茜の様子を確認し、宮酒は静かに店から出て行った。
「あんな物静かな怪士の人もいるんだね。というか、本当に怪士なのか?」
「それ本人に言ったら、喜んじゃうよ彼」
「は?」
「彼は人間との間の子だからね。出来れば人間として生きたかったみたいだよ。【鬼夜叉屋】に戻るのだって、本位じゃないんだってさぁ」
「【鬼夜叉屋】って、怪士が運営してるの?」
「うん、そうだね。鬼達が仕切っているよ。まぁあれだ。宮酒くんだけは怒らせないほうがいいよぉ」
 怖いからね、と茜は静かに言った。

               ・

 夜となり、早速二人は行動を開始した。
 例の【キュルテン】がある場所を特定し、どんな客層が入っていくのかを確認するために、対岸のビルの二階レストランへと足を運んでいた。
 茜は少し派手めなファッションに身を包み、涼もいつものすっぴんにワイシャツにスラックスといったシンプルな服装ではなく、そのスレンダーな体に合わせるかのようにホットパンツにキャミソールといった動きやすいが、露出度の高い服装へと替わっていた。
「は、恥ずかしい……」
 涼自身、おしゃれなどにはあまり興味がない。
 すらっとした高身長にスレンダーな体型がかわいらしいよりも、男向けのすらっとした服装の方がよく似合うし楽なのだ。彼女自身、男装しているつもりは毛頭ないのだが、そんな服装ばかりしか持っていないのも、彼女が男と間違えられる要因の一つだろう。
 二人は食事を取りながら、店を見張る。
「へぇ、結構人入るね」
 開店と同時に、幾人もの女性客が【キュルテン】へと入っていくのが見えた。
「思った以上に盛況そうってことだよな」
「うん、そうだね」
 でも、と茜は言う。
「涼、今誰も来ないから眼帯を外してみな」
「え?」
 彼女は茜の言われるままに眼帯を外す。
 視覚が変わり、異形のものがいくつも視界に入り込み始めた。
 いつ見ても、異形のものというのは見慣れない。特に、左目にだけ見えるものは実体がない場合が多く、その姿は化け物ばかりが見える。
「あれ?」
 ちょうど【キュルテン】へと入る女性客がいた。その姿がどこか希薄だ。そして、頭から何か線のようなものが出ており、店の中へとつながっているように見える。あれは何だろうか。
「やっぱり、涼には見えるんだね」
「あれはなに?」
「魂……かな」
「え?」
「重要な魂はあの店の中にあって、客の中にはないのかもしれないね」
「それって」
「何らかの術を使われていることは確か……あるいは」
 そういう茜の表情が一瞬だけ険しくなる。
「茜?」
「いや、なんでもないよぉ。行こっか!」
 
            ・

 【キュルテン】の入り口をくぐると、在籍ホストの写真がずらっと並んでいた。涼には皆同じような顔に見えてならない。どことなく雰囲気が似ているのだ。
 中は豪奢な作りになっており、ギリシャかなにかの宮殿を思わすような作りとなっていた。
「京都だよね、ここ」
「そうだねぇ。趣味わかんないね」
 茜はニコニコしながら、いつもと同じように心情が読めない顔つきをしていた。香水と何かのディフューザーの香りが混ざり、涼はそれが不快でたまらなかった。
 奥に入っていく。と三人の男が待っていた。
「ようこそ、【キュルテン】へ」
「見かけない顔だね。はじめて?」
「へぇ、二人ともかわいいね。まぁ楽しんでいこうよ」
 口々に男共は二人に声を掛けてくる。
 きつい香水の匂いに涼は表情が引きつりかけたが、茜が彼女のお腹の辺りをつつき、なんとか平静を保つことが出来た。
「友達がここがたのしいって言うから、来てみたんだぁ!」
「へぇ友達? なんて子?」
「サキって言うんだけど、しらなぁい?」
 茜の言葉に男達は顔を見合わせた。
「サキちゃんねぇ、あれかなタツミのとこがそんな子を客にしてたかな」
「あぁ、毎日来ている子じゃない?」
「まぁまぁ、どうぞ中へ」
 二人は席へと案内され、それぞれ二人を囲むように男が両サイドになれなれしそうに付いた。
 茜は慣れた風に高めのシャンパンを真っ先に頼み、男共はそれに合わせるかのようにドンチャンと騒ぎ出す。
 全く慣れない涼はとなりの男の言葉を聞きながら、うなずくくらいしか出来なかった。
「まだ緊張が解けない? 肩の力抜きなよ」
「あぁ、大丈夫……」
「連れの子すごいね。いきなりあのシャンパンを開けるなんてね」
「あの子は色々と遊んでるからね」
「そうなんだ。君はこういう場所は初めてだよね?」
「あぁそうだよ」
「今日は、日頃の悩みなんか忘れてぱぁっとしていってね」
 彼はそう言いながら、シャンパンで乾杯を強制的にさせていった。
 少し口にすると、酸味が効いたフルーティな味が口いっぱいに広がっていった。
「はぁ」
 なんとも返しにくい。
 何を話せばいいのだろうか、と助けを求めるように目の前をみると茜は二人の男を侍らせていた。そして、その中の一人に耳打ちをしている。茜の視線の先に居るのは涼だった。
 何か嫌な予感がする。
 すぐに耳打ちされた男が頷き、ヘルプのホストへ耳打ちした。そうして伝言ゲームが始まり、最後には涼の隣のホストへとやってくる。
 隣のホストは少し驚いたようにヘルプと茜を見やった。そして、すぐに立ち上がる。
「ねぇ、君。奥で飲まない? ウチのナンバーワンが君の相手をするよ」
「え? え、なにいきなり」
 涼は引く。それは当然の反応だろう。いきなりの事に頭が回らない。そして、訳も分からないまま奥へと引きずられるように連れ去られていく。
 茜を見るが、彼は楽しそうに手を振るだけだった。
 心の中で呪詛を唱えながら涼は、されるがまま流されるまま奥へと連れ去られていった。
 奥は仕切りがされており、目の前にワイングラスで作られたタワーが鎮座していた。
「うわ、なにこれ」
「君の連れが頼んだんだよ」
 一人の男が座っていた。銀髪にダークスーツで身を包み、涼を射貫くような目つきで見据えていた。涼はぞくりとした。茜とは違う妖艶さがその男から感じられる。
「俺は暁《あかつき》っていうんだ。よろしく、涼ちゃん」
「なんで名前まで……」
「それくらい、聞いているよ。さ、座って」
 暁は涼に隣に座るように促し、目の前にあるドンペリを開ける。
「君の連れは凄いね。涼ちゃんに最高級のもてなしをしてほしいっていうんだ。値段をつけずにそんなことが言えるなんて、なんの仕事をしているんだい?」
「か、彼女はシルバーアクセサリーのデザイナーをしているから、お金も持っているんじゃないかな」
「へぇ、君が身につけているのも、彼女がつくったものかな?」
 涼はうなずくと、暁は慣れた手つきで、首から下がっている女神をかたどったアクセサリーの紐に手をやった。
「綺麗だ。それに怪しい危険な香りがする」
「え?」
「妖艶な女神ってことさ」
 きみはどうなの? と暁は涼の耳元でささやいた。
 突然のことに、ビクッと体を震わせる。
 甘ったるい香りの匂いが鼻につく。どうも頭がクラクラしてくるような感じがした。
 涼は勧められるがままにドンペリを飲んでいく。
 体が熱くなってくるのを感じる。
「目、怪我しているの?」
 涼の眼帯をなでるようにして暁は話しかけてきた。
「え、えぇ。ちょっと目をなくしてしまって」
「なくして??」
 思考がぼんやりする。酒のせいだろうか?
 その前に何を言っているのか、自分でもよく分からない。
「みせてほしいな」
「危ない」
「危ない? どういうこと」
「嫌なモノが見えてしまうから……」
「見える? 無いんだろ?」
「あるんだ」
「どういうこと?」
「私のでない目があるんだ」
 暁は怪訝そうな目をし、眼帯へ手を伸ばしてきた。涼は抵抗しようとするが、力が入らない。緩慢ながら抵抗しようとする彼女を見て、暁は苛立たしそうにつぶやいた。
「かかりきらんか」
 だが、そんな言葉は思考が混濁しだしている涼の耳には届かない。
 そして、眼帯が剥ぎ取る。
「なんだこの目は」
 そこには左の目よりも少し大きく、猫を思わせるような目があった。まぶたは紫色に変色しており、青筋が浮かんでいる。明らかに普通の目ではない。
「みえる……ねずみ?」
 ぼんやりとした中、涼はそんな言葉を口走った。
 次の瞬間、涼の首が暁の手によって掴まれた。
「俺が分かるか、小娘」
 豹変した暁を前に涼は苦しそうにしていた。
「まてよ。なら、こいつの連れは?!」
 暁が振り返った瞬間、声が響いた。

「正体見たり」

 幕の間から茜が顔を覗かせていた。
「てめぇ、人間じゃねぇな」
「うん、そうだよぉ」
「こいつがどうなってもいいのか」
「それは困るなぁ」
 茜は指を顎に当てながらそう悠長に言う。
 その余裕たっぷりな雰囲気に暁は戸惑いを覚えた。
「てめぇら! こいつをぶっ殺せ!」
 暁が喚くと、店の奥から幾人かの男が出てきた。
 が、それは茜とて同じ事だった。
 彼の後ろから、一人の男が出てきた。
 眼鏡を掛けた長身の男。この場に似合わない作業着を着込んだ男だった。
「てめぇは……」
「そんなことはどうでもいい。が、人間を惑わさせ魂を抜いて縛り付ける商売ってのはよくねぇな」
 怒りに満ちた口調で男……旅館【鬼夜叉屋】の次期主人《あるじ》、宮酒鬼市は言った。
「ま、まて、こっちには人質がいるんだぞ」
 暁が喚く瞬間だった。
「あ、熱っ!」
 涼を掴んでいた右手が突如燃え上がる。彼女が胸から下げていた銀のペンダントを暁の手に押しつけていた。不浄の者を焼く銀の力が成す業だ。茜が護身にと作ってくれた特注品である。
 解放され、地面にへたり込む涼を暁は憤怒の表情で蹴り飛ばそうとした。
「おっと、それは駄目だね」
 その足を茜の大鎌がすくい上げるように切り裂く。
「ぎぎゃあああぁぁああ!」
 悲鳴と共に、人間に化けていた術がとけ、巨大なスーツを着たネズミが姿を現した。
「てめぇ!!!」
「てめぇ、じゃねぇ。終わりなんだよ」
 改めて襲いかかろうとした暁に鬼市が横から鋭いこぶしを見舞った。暁はきりもみするかのように吹き飛び、グラスタワーに突っ込んだ。
「おまえら、ここで止めておかねぇと死ぬぞ」
 大鎌を持った茜と鬼市を前に、手下の戦意は残っていなかった。

           ・

 あっけない幕切れ、そう言えばいいのだろうか。
 【キュルテン】はあっさりと閉鎖。魂を抜かれていた客も暁を絞めることですぐに治っていった。記憶の調整は茜が美味しくいただき、後遺症も残ることは無かったという。
 問題があるとすれば、【キュルテン】のオーナーが誰だったのかが、不明という点だった。
 暁に聞いても、要領を得ずに誰かまでたどり着けないのだ。一体何のために、あの店を出したというのだろうか。
 そして、もう一つ、問題があった。
 それに関しては宮酒達は関知せず、好きにしてくれ……というよりは、俺達は関係ないことだ。とあっさりと彼を見限っていた。
「ねぇ、機嫌なおしてよぉ」
 甘えるようなあま~い声音が店の二階に響く。
 それも無視するかのように、彼女は帳簿をにらめっこしていた。
「邪魔、あっち行ってくれる?」
「そんなぁ~」
 涼は怒っていた。
 ここのところ、茜の涼に対する扱いが酷いと感じていた。
 前回は、ワーウルフに拉致され、レイプまでされた。今回もまた、何もなかったとは言え、人身御供のような扱いを受けた。使い捨ての駒ではないのだ。そこのところを茜は分かっているのだろうか。
 怒りがこみ上げ、計算機をタップミスしてしまう。
「あぁもう!」
 掴まれた首はまだ少し痛む。チョーカーで隠すが少し赤い痕が残っていた。
 声を荒げたときにその痕が少し痛み、涼は思わず手を首にやった。そして感情が爆発する。
「私は茜にとってなに? 都合のいい人間? ちょうどいい性欲処理人形!?」
「涼?」
 急に感情を爆発させたものだから、茜はそれについて行くことが出来ない。
 元々、人間の感情には少し疎いというか、ずれがあるのが吸血鬼なのかもしれない。それは分かっている。分かっているのだが、そう叫ばずにはいれなかった。特にワーウルフにレイプされたときは怖かった。殺されるんじゃないかと思った。
「茜は私をどうしたいんだ?」
「どう……」
 茜はきょとんとした。
「色々と感謝しているよ。感謝している……でも、最近の扱いは酷い」
 悲痛な叫びに茜は黙っていた。
「ねぇ、応えなよ。茜にとって、私の存在はなんなんだ?」
「恋人?」
 首をかしげながら、彼は言った。
「人間の感覚って今もよくわかんない。でも、人間風にいうなら、そういうことだと思ってた」
「恋人が襲われてもいいの?」
「良くない」
「じゃあ、昨日の私を差し出したあれはなんだったの?」
「あれは調査を円滑にするためと、手前の客と手下をなんとかするには僕しかいないから、それしか……」
 ぼそぼそと彼はしゃべった。こんな茜が小さく見えることはなかった。

 かわいい。

 いつもとは別の感情が涼の中に芽生えた。
「しらない。赦さない」
 突き放す。
 すると茜がさらにシュンとしてしまった。
 ぞくりとする。こんな顔をすることがあったのか……そう涼は思わずほくそ笑んでしまった。
「赦してほしい?」
「え?」
「なら――――」
「!!」
 困惑した茜の表情がかわいかった。

          ・

 夜も更けていた。
 獣のような息づかいが聞こえる。それと誰かが舌なめずりするような淫靡な水音……
「ふー、ふー」
 声にならない息づかい。動きたいが動けない。そして、見たくても見えない。そんな状態。
「ふふっ」
 薄く笑う声が薄暗闇に響く。
 が、それも当事者には聞こえていない。
 背筋がぞくぞくする。
 自分にこんな趣向があったなんて驚きだった。
「かわいい」
 そういい、頬をなでる。そして背後に回ると、その背筋から首筋を舌の先でなでるように舐めていく。ビクビクッと震える体。もだえる息づかいが猿ぐつわ越しにも漏れ出してくる。
 淫靡な匂いがますます濃くなっていくのを感じる。
 触ってみると、ソコから粘ついた透明な液が漏れ出していた。
「あはっ、でもだめ」
 先っぽに指を置き、裏筋を這うように触っていく。体が跳ねる。面白いように跳ねる。
 首筋を甘噛みする。同時に堅くなった両の乳首を指で押しつぶしていく。
「ふぐぅ!」
 獣のような声。
 でも赦さない。
 まだまだ赦さない。いつも髪を束ねているバンドを怒張したソレの根元にまく。
「うぐ!?」
 うめき声は痛みによるものだろうか? それとも?
 腰がかくかくと動いている。みっともない。それでいて、かわいい姿。思わず耳を舐めあげる。そのままべちゃべちゃと音を立てる。耳栓をしていても、この音は聞こえているだろう。フッと息を吹きかけると、さらにびくりと体を震わせた。
 何をしても反応が返ってくる。これほどなのだろうか。
 あぁ、楽しい。怒っていたのが馬鹿らしくなるほどに楽しい。

 涼は嬉々として、身動きの取れない茜に眺め苛める。

 彼女は仕上げとばかりに限界まで怒張したそれをほおばる。先走りを味わい、舌で転がすように遊び、味わう。転がすたびに茜は跳ねる。面白いように跳ねる。
「イキたい? でもだめ」
 自らの顔も、よだれでベタベタにしながら涼は微笑みながら言った。ソレに頬ずりする。愛おしい。やっぱり自分は茜を愛している。それが再確認出来てしまう。馬鹿だ。あんだけのことがあったのに、今は彼に夢中になっている。いや、ずっと夢中だ。変態なのだろう。おかしいのだろう。でも、自分には彼しかいない。それが分かるからこそ、依存……
 果たして、彼女自身そこまで自己分析出来ているのか。
 出来ていないにしても、夢中なのは間違いようのない事実。溺れている。呼吸が出来ないほどに溺れている。
 馬鹿につける薬は無い。
 そうなのだろう。
 愛を治す薬はない。
 溺れた者を救う薬はない。
 涼は進んで溺れにいった。
 それが永遠に続かない関係、そして一方的に別れが来るであろう選択だったとしても、今が大切だった。この瞬間を彼女は精一杯の生を感じながら生きる。
 茜の足腰がガクガクガクと震える。震えが最高潮になったとき、涼はバンドを外した。そして、茜が吠えた。
「ふぅぐぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅ!!!」
 瞬間、それまでたまっていたモノがマグマのごとく涼の口内を直撃した。
 熱い、熱い、熱い! 溺れる。涼は目を白黒させながら、それを味わう。そうして、茜と涼は果てた。
 二人はまた一段と深い闇へと落ちていった。
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