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プロローグ

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 荒れ狂う情炎がこの体を焼いていった。


 激情にその身を焦がされていく……


 それでも歩みは止めない。


 止めること、すなわち敗北。


 負けることが怖いのではない。


 その場で止まり、永遠に動けなくなることが怖い。


 死が怖いか?


 ……今更?


 そんな、感情はこの炎の前に蒸発してしまったよ。



             ・


 目指す場所は盆地にあった。

 うっそうとする森が辺りを取り囲み、侵入者を拒む。

 文字通りの密林が広がっていた。

 ただし、人間というのは貪欲だ。

 そのような人など足を踏み入れられない場所にも道を作る。

 一本の筋が永遠と続いているようだと思った。

 そのラインのみが人間の領域。

 だが、それで十分。

 方角さえ分かれば、人間は何処だって行くのだ。

 最初の一歩を踏み出せる人間というのは、どんな心境で行くのだろうか?

 俺には全く理解出来なかった。

 そして、俺もまた、先ほどいった欲の塊である人間に違いない。

 なぜなら、これから向かう場所はそう言った人間しか集まらないからだ。

 そのような場所に秩序はないとも聞く。

 だが、面白い……

 面白いというのはいいことだ。

 それがなければ人生など、退屈なだけだ。

「さぁって、一花ふかすとしますか!」

 素直な気持ちを言葉に表した。

 それは自分自身をリラックスさせる方法でもある。

 自然に笑みが浮かんでいた。

 しかし、そんな笑みは一瞬で消え去ることになる。

 突如、大きな音が鳴り響いた。


 音……


 ただの音じゃない。


 それは奇声……


 人ならざるモノの奇声に違いなかった。


 すぐさま、自らの得物を抜きはなつ。

 得物の影は一瞬大きくしなり、そして彼の手の中で一振りの剣となった。

 魔道具で強化された脚力で、一瞬にして手短な巨木の枝に飛び上がる。

「いきなりかよ……」

 この地方に来るのならば、多少の危険生物がいるのは承知の上。

 なぜなら、今向かおうとしている場所は特Sランクの危険地域に指定されている場所だ。

 ある程度の実力と実績、推薦状がなければ出入りすら出来ないのだ。

 遠くを見渡してみると、一カ所土煙が上がっている場所があった。

「やれやれ、派手だねぇ」

 土煙はゆらゆらと上がり、時に激しく吹き出している。

 ということは、その下でまだなにかが暴れている。

「この際だ、この辺りでどんなんが暴れているのかって、見してもらおうか」

 剣は油断なく、手にするが右手で老木の幹に寄りかかるようにして体重を預けた。

 煙を中心に、周りの木がなぎ倒されていくのが見て取れた。

 かなりの巨体と想像がつく。

 ならば、いるのは巨体同士のぶつかり合いか?

 危険生物の巣窟ならば、その縄張り争いも熾烈なのかもしれない。

 そう考えていると、その土煙の中に何かが見えた。

 
 それは紅い紅い背中だった。


「あれは……」

 呟いたと同時にそれが煙の中から姿を覗かせた。

 紅い体躯。

 凶悪な牙をずらっとそろえた巨大な口。

 翼はないが、その巨体を足二本で支えている。

 遠目からみても、三メートルほどの巨体だ。

「ドラゴン……あれがそうか……」

 最強と言われる飛龍種ではないようだ。

 どう見ても、翼が見当たらない。

 ただし、それでも人間からすれば、歯が立たない天災であるべき存在には違いない。

「ん? ……なに!?」

 彼の目に異物が写った。

 その紅いドラゴン……その背中になにかがいる。

「人……だと?」

 ドラゴンからすれば、ずいぶんと小さい体躯だ。

 それが背中にしがみついている。


 赤髪の少年?

 
 そう思っても仕方のないくらいの体つきにみえる。 

 理解すると、体が勝手に動き出す。

 あのままでは、巻き込まれて死んでしまうだろう。

 混乱に乗じて、かっ攫うことくらいは出来るはず……

 すると、その少年が右腕を振り上げた。

「え?」

 そして、そのまま振り下ろした。

 恐ろしい光景がそこにあった。

 紅く、おそらく堅牢な鱗に覆われているはずの体がくの字に曲がると思った直後、紅いものが吹き出しだした。


 ―――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!


 断末魔とも取れる、ドラゴンの叫びが辺りを包み込んだ。

 その口からも大量のどす黒い血が吐き出されている。

 どう見ても、致命傷だ。

「おいおいおい、なんだぁ、ありゃ?」

 あまりの光景に唖然としてしまう。

 でたらめなまでに破壊力なのだろう。

 まさに有無も言わさずとは、ああいうことを言うのかもしれない。

「こりゃ、気合い入れていくかな」

 やれやれと肩をすくめるが、その口元は楽しげに歪んでいた。
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