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三章 釜の底から釜戸の底2

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 二人はさらに奥へと進んでいった。

 途中、何度かウェイピスの襲撃にあうが対処になれたアリーシャのおかげで事なきを得ている。

 どうやら、その白い体のどこかに核があるらしく、そこを破壊すれば死滅するらしい。

 タタラも魔銃で何度か打ち抜くと、それに命中したらしくとたんにその動きを止めた。

 ただし、痛みという物がないのか、体が千切れても変わらぬ速度で動いてくるので質が悪い。知らずに近距離で切りつけても、核が無事ならそのまま取り憑いてくる可能性があるだろう。

 実際、アリーシャですら、それには近づかずに仕留めようとしている。

 堅い岩盤の壁が続き、所々で採掘跡があった。

 途中、何度か彼女はピッケルで数カ所壁を削っていた。

 しかし、だいたいの場所は採掘去れ尽くしているようで、なにも出てくる気配はなかった。

「ん~、今回は外れかなぁ」

「取り尽くして、放棄したのかもな」

「かもねぇ~ あぁあ、今回は楽しみにしてたんだけどなぁ」

 両手を首の後ろで組みながら、ぶらぶらと歩く。

 そして、しばらくすると二股の道へと出てきた。

「ん~、どしよ」

「さぁな。アイシャ、お前が決めろ」

「え~」

「一応、先輩なのだろう?」

「うぅ……こんなときだけ先輩扱いって、しどい」

 泣くようなマネをしているが、それをタタラは嘆息しつつ眺めているだけだった。

 アリーシャも彼の態度がそうなると分かっているらしく、すぐに右手へと進んでいった。

 しかし、少しいくとそっちは落盤が発生していた。周囲を見てみれば、確かにそこだけ岩の質が違った。別の層に突入してしまったらしい。

 ずっと坑道を構成している岩盤よりも、ずいぶんと柔らかいようだった。

 しかし、なにかが暴れた跡のようにも見えると、タタラは思った。

「ん~、なにか臭うなぁ」

「なにがだ?」

「いやね。自然の落盤なのかなぁ~ってね。ま、僕の勘だけどね」

 それだけ言い、彼女はくるりと元来た道へ戻っていった。

 タタラもそれに従う。

 が、彼女の言葉が微かに引っかかっていた……

 再び、二股へと戻り左手へと進んでいく。

 とたん、今までよりも水素の匂いがする。

「地底湖でもあるのかなぁ?」

「さぁな」

 そのまま行くと、少し開けた場所に出た。

「あれ? あれってさ……」

「小屋……だな」

 その広場の隅っこに石造りの小屋のようなものが壁にめり込むように存在していた。


 なぜこのような場所に?

 
 二人の脳裏に同じ事がよぎっていた。

 彼女は指を鳴らしながら、ゆっくりと近づく。

 タタラもまた撃鉄を引き起こしついて行った。


 なにか嫌な予感がする……


 いつしか、ふざけた調子はアリーシャから消えていた。

 それがよりいっそう、タタラへの緊張感を増させていた。

 小屋に近づいてみると、外見上唯一の木製である扉は朽ち果て、外へと倒れていた。

 アリーシャはその枠に手をかけて、ゆっくりと中にはいる。

「……大丈夫だよ」

 彼女の言葉にタタラも中へと入る。

「広いな……」

 想像以上の広さだった。

 石壁をくりぬいていくように、奥へ奥へと拡張していったらしい。

 部屋の壁中に本棚や収納のための木箱が備え付けられていたが、半分程が崩れ落ちている。

「ここの司令部?」

「いや……」

 彼女の言葉とは裏腹に、彼はゆっくりと手短なテーブルに近づき、開きっぱなしの本に視線を落とす。

「研究施設……?」

「え?」

「見てみろ」

 アリーシャはすぐに近づき、そして本を見た。

 確かにそこには何かの図面のようなものや、様々な絵がが書かれている。

 しかし、本は触れば触るほどに塵へと還っていく。とてもじゃないが、まともに読める状況では無かった。

「こんな地下でやるって、なにがあったんだろうな」

「わかんないよ。僕馬鹿だし」

 すねたような口調に、タタラは少しだけ驚いた。

「馬鹿は関係ないだろ。阿呆が」

「えぇぇ!?!? ちょ、今酷いこと言った!」

 手をばたつかせながら抗議するアリーシャの頭に手を置き、タタラは周囲をぐるりと見渡す……

 奥へと足を向け、テーブルの上の物を用心深く見ながら進んだ。

 本以外に、鉱石らしき原石のかけらも置いてあった。

 そして、壁際にいってみると、半分以上が朽ち果ててしまった、大きな紙が止められていた。

「……坑道の地図か?」

「みたいだね」

 所々なにかが書いてあるが、掠れていてわからない。

 もっとも、まず見たことも無い文字のため、タタラには全然わからないのだが……

 そんなとき、彼は後ろに彼女がいないのに、気付いた。

 振り返り、部屋の中を見回すと、反対の壁に向かって立っているアリーシャを見つけた。

「アイシャ?」

 反応はない。

「どうした? アイシャ」

 ゆっくりと、そしてグリップを握る右腕に思わず力が入る。

 彼女の後ろに立つと、ようやくアリーシャはゆっくりと振り返った。

「なに?」

「なにじゃない。どうかしたのか?」

 心なしか、彼女の顔色が変わっているような気がした。

「別に……」

 声にも覇気がない、そして再び視線を壁へと戻す。

「?」

 それにつられて、彼もまた壁へ視線を移す。

 一枚の紙が貼られていた。


 …………石?


 なにか鉱石を作ろうとしているのか、石の絵が掛かれ、それに対して様々な記述が四方を埋めている。

 しかし、やはりというか当然のことながらそれを読解することは出来はしなかった。

「アイシャ、これがなんだかわかるのか?」

「……」

「アイシャ?」

 呼ぶが返事がない。

 不審に思った、彼が彼女の肩に手を置いた。

「ん」

 しかし、それでも反応は薄かった。

 そこで彼は一瞬だけ考え、その空いている右手を動かした。

 スッと伸びる右手は彼女のあごへと向かい……そして彼女の小さなあごを軽く持ちあげるようにした。

「……え?」

 アリ……アイシャが気付いた時にはその目と鼻の先にタタラの顔があった。


「ひぎゃああああああ!?!?!??!」


 耳を劈くような叫び声、そして破壊音が辺りに雷鳴のように響き渡った。

「ぐふっ!?」

 気付いた時には視界は天井に向いていた。

 そして背中と右の頬が痛む……

「な、な、な、な、な!!??!?!」

「こ、言葉をしゃべれ、阿呆が……」

「ななななななな、何をしようとしたんだ!?!!?」

「ショック療法?」

 見なくても、彼女の顔が林檎のように真っ赤になっているのが想像できた。

 そして、全身を揺するように次第に痙攣し、彼は笑った。

「じょ、冗談にもほどがあるぞ!」

「隙だらけな、アイシャが悪い。仕事中なんだろ?」

「なら、仕事中にそんなマネをするのが悪い!」

「くっくっくっ」

 笑いながら、彼はゆっくりと立ち上がった。

 予想通り、彼女はまだ真っ赤なままだった。


 未遂に終わったというのに……


 彼の予想の範疇だが、おそらくそんな容姿と中身からして女としての扱いなど受けたことはないだろう。

 だからこそ、こういう事になるというのも予想済みだった。

 一つ、予想外といえば、想像以上に彼女の拳がパワフルだったと言うことだ。

 優に三メートル以上は殴り飛ばされてしまった。

 打点軸をずらしたとは言え、体の芯から効いている……


 しかし、予想外のことはまだまだ続いた。


「?」

「なんだ?」

 二人がほぼ同時に異変に気付いた。

 何もいないはずのこの場所に……他の場所で音が聞こえる。

「誰もいないはずだよね」

「いても、ウェイピスだろうが、気配が違うぞ」

 ふらり、ふらりとタタラは立ち上がる。

 そして、剣を抜き放つ。

 アリーシャも右手をピストルのような形にしていた。


 それは……外だった。


「あ、嫌な予感する!?」

「は?」

 横目で彼女を見れば、少しうろたえるようにそわそわしている。

「な、なんだ?」

「まずいまずいまずい、アイツ等もいるの!? 聞いてないよぉ!」

 彼女はそう言った瞬間、右手を前に突き出し、再び小指を出入り口に向けた。

「こんのぉ! きえろぉ!」

 叫び声と共に、指先から再び火炎放射のごとく、猛烈な烈火が発射される。

 その炎は入り口にまさに影を落とそうとしていた存在を直撃し、吹き飛ばしていった。

「おい! 何が来たんだ」

「死霊だよ! 死霊がきちゃったんだよぉ!」

「死霊だと?」

 そりゃまたやっかいな、とタタラは深いため息をつき天を仰いだ。

「ということは、どっかに魔の源泉でもあるかもな」

「だと思う。だから、この遺跡は放棄されたのかも!」

 死した魂、特に恨み怨念など、強い念をもったものは消滅せずに現世に留まることが多い。だが、それらは残ったとしても最初は何かに影響を与えることは無い。ただし、近くに魔力やエーテル体、死んだばかりの死体や魂があればそれを吸収して、自らが自らとして動くことが出来るようになる。

 たいてい、そう言ったものは自らが入る入れ物を探す。

 そう言うものは基本的に……


 かた……かたかた……


 ……かたっ……かたた……


 かしゃん……かた……かしゃん……


 音が聞こえた。

 さきほどまで、あまり意識していなかったが、そんな音が聞こえてる。

 そして、白いものが入り口の縁に手を掛けた。


 それは予想通り、骨だった。


「こんのぉ! きえちまええぇ!!」

 再びの火炎。

 その掛かっている指の骨だけ残して、本体は吹き飛んでいく。

「落ち着け、核を潰さないと消滅しないだろ。その炎は通常の炎だな?」

「う、うん」

 ただの炎では、死霊は焼き尽くせない。

 なにか魔力的作用が強い炎ならば、その霊体も焼き尽くすだろうが……

 そうなれば、やれる手段は……

「これなら、通じるか……?」

 タタラは自らの手の中にあるリボルバーを見た。

 水属性の弾らしいが、魔力的作用は十分すぎる威力を発揮している。

「うぅ……うん。ぼく、大丈夫だよ」

「わかった」

 アリーシャはそう言うと、手を再びピストルのようにする。

「これも発射するのは、魔弾だから、効くよ」

「なら、とりあえず、アイツ等の体を破壊して魂を分離させるぞ」

「わかった!」

 そう叫ぶと、彼女は再び炎を発射した。

 入り口に殺到した奴が吹き飛ぶと同時に、タタラがまず走った。

 それに続いて、アリーシャも走り出していった。


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