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四章 パンドラ1
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彼女との出会いは殺伐とした血濡れた現場だった。
片腕を失い、虫の息となった彼女を見つけた。
護衛対象として命じられていた両親はすでに息絶えていた。
いや、首を失っていたので、それどころではない。
此所までの凶行に出るとは予想していなかった。
どういう関係でそれが起きたのかは、なんとなくしか察せられない。
彼らは死ぬべくして死んだわけではなかった。
報いは受けてもらおうと思う。
二人は自分にとっても、恩師に違いなかったのだから……
彼女はそんな二人の愛娘だ。
なんとしても、彼女を救う。
それが私の使命だと、このときは思った。
そう、自分の死が迫るまでは……
・
痛々しい姿だった。
左腕は白い三角巾によってつられていた。
体の所々で、包帯が巻かれている。
たった、二日間でこのような姿になるとは、想像だにしていなかった。
「おいおい、ずいぶんとひでぇ姿だな」
相変わらず酒気が籠もる室内。
少し薄暗い部屋の奥から、ふらりふらりと家主が現れた。
「ちょっと! そんな言い方ないだろ?」
「へっ! てめぇは黙ってな。てゆうか、てめぇもてめぇで、もうちったぁ大事に扱いやがれ!」
彼に指さされ、アリーシャの体が少し縮こまった様に見えた。
「うぅ、仕方ないじゃないかぁ。あんな大きな……それも黒龍のドラゴンスカルがいるなんて、思うわけないじゃん」
「だからって、ランチャーの弾を一発しか持っていかなかったってのはどういうこったぁ!?」
「だって、地下で使うものじゃないもん……」
「あほか! てめぇの体はなんのために出来てんだ!? あらゆる事態に対処出来るようにって、てめぇが俺に依頼してきたんだろうが、この唐変木!」
「う、うるさあああい!!! 今は僕のことで来たんじゃない!」
アリーシャは若干涙目になりながら、目が若干座り気味のブルーに怒鳴り返した。
二人のやりとりと、近くの箱に腰掛け気怠そうにタタラは見ていた。
昨日の今日だと言うのに、元気なものだ。
ふぅと、彼はため息とついた。
昨日、命からがら坑道から出てきた二人は、たまたま街へ帰還途中だった小隊と出会い無事に保護されて街まで戻ってきた。
入院とまでは行かないが、岩石弾を喰らったときにタタラは左肩を脱臼していたらしく、そのおかげでしばらくの間は体が不自由となった。
しかし、任務としては無事完了ということだったので、マスター・エイジの権限において正式に"風の調べ"のギルド員として認められるだろうと、ギルドが誇る受付嬢チェリスのお達しだった。
だが、奥へと連れて行かれたアリーシャには、なにやら怒鳴り声がロビーのほうまで響き渡っていた。
それがなんなのか、確かめようにもチェリスは何も応えず、ただ面倒くさそうにため息を漏らすだけだった。
タタラもタタラで、すぐにギルド奥にあるメディカルルームへと連れて行かれた。そこでギルド専属の治癒術士であるルシオ・シオンという丸渕メガネを掛けた女性に治療を施された。見た感じ、今までで一番大人しそうな女性だった。それ故に、この荒れた街にいるのが不思議な印象を受けた。
その後、一度宿に戻り荷物を置くとその足でブルーの所までやってきたのだ。
「じゃあ、なんだっていうんだ。この放蕩娘」
「いったなぁ~! このアル中めぇ!」
「おう、それの何が悪い!」
悪口を言ったつもりなのに、逆に胸を張られてしまい反射的にアリーシャの動きが石化するように止まった。
「え? ……えと……あの」
「何か悪いのか? あぁん?」
「いやその……」
よく分からない謎のプレッシャーに押され、アリーシャがたじたじとなっていた。
「うぅ……」
「だから、どうなんだ!?」
「うぅぅぅ……うわぁあああん! ブルーがいじめるうぅ!」
仕舞いには泣き出してしまった。
あのドラゴンスカルとの戦いで見た彼女は何処に行ったのだろうか。
タタラは深い深いため息を吐くのと同時に、バランスが一切取れていない彼女を不思議そうに見ていた。
「さって、こんな馬鹿はほっといて……で、何の用だ」
泣き崩れているアリーシャを尻目に、何事も無かったかのように彼はタタラへと振り返った。
「にしても、まじで、ひでぇ形だな。まぁ、サポートだけとは言え? ドラゴンスカル・オブ・ブラックドラゴンを倒したとなると……いや、生き残れたとなると、周りの目も少しは変わるだろ」
「だといいんですが」
タタラはそう言いながら、手短なテーブルの上に借りていたリボルバーを置いた。
「あん?」
「お返しします」
「ふぅん? いいのかい」
「借りたままというのは……」
「借りは作りたくねぇって? へっ……いいねぇ」
彼は無造作に銃をつかむと白衣のポケットに突っ込んだ。むろん、それなりの重量があるリボルバーだ。白衣がその重量に引きずられ、着崩れがさらに加速したのは言うまでもない。
「だが、手前の武器はどうすんだ? そんなのしかねぇんだろ?」
彼の言いようは明らかに、タタラの状態を把握した上での言葉だった。
思わず、奥歯がギリッとなる。
そして、タタラは無言で自らの相棒を取り出した。
「まぁそうなるだろうな」
「……」
ズタズタに破壊され、無残な姿となった蛇骨剣があった。
スカル戦で頭部を固定したときに、引きちぎられたのだ。質量とパワーを考えれば当然の結果とも言える。
「修復は不可能だな」
「でしょうね」
長年共に過ごしてきただけに、ショックは大きかった。
もっとも、この街に来た時点でその武器が通じるとも思ってはいなかった。それでも、別れが早すぎる……
「自分にあったものを見つけますよ」
「市販品だと、そう簡単にいかねぇぜ?」
「どういうことです?」
「街に溢れているのは、基本的には職人や研究者達の試作品とかが多くてな、一品物のピーキー品なんかざらだ」
ブルーはそこで一息つき、手短なところを漁ると下から酒瓶を取り出した。
一体何処に置いてあるのか、そして何故把握できるのか、聞いてみたいと少しだけ思ってしまった。
「ぷはっ……若干、旬が過ぎちまってら」
さらに酒気が濃くなる。
空気だけで酔ってしまいそうな錯覚が起きてくる。
「どうだ? お前も一杯やるか?」
「いえ、傷に障るので」
「けっ、体の中もアルコールで綺麗にするこったなぁ~」
さらに呷り呑む。
「おっと、何の話だったか……」
一瞬だけ、その瞳が濁ったように見えた。
が、すぐに知性の光が宿る。
だ、大丈夫なのか?
心の中で、ブルーへの疑念がさらに強まっていくのを感じた。
「あぁ、そうそう。おまえさんの武器だったな」
「貴方はどうしろというのですか?」
「直接、作れる奴の所にいって自分に合った武器を作ってもらうのが一番だな。それが一番の近道だ」
「オーダーメイドですか……」
「そういうことだ。もっとも、中には粗悪な物ばかり作る詐欺師もいるがな」
そういうのに引っかかる奴は生きて帰ってこねぇよ、と笑いながら彼は言った。
タタラには、彼が言わんとしていることがわからなかった。
一体、何が言いたいのか……
「意外と鈍い奴だな」
「藪から棒になんですか」
「俺様が武器を容易してやろうかって言ってんだよ」
「……いくらで?」
この街にきてやっと、助手としてだが一つだけ仕事をこなしただけだ。彼にそれほどの大金などあるはずも無い。
「ただでしてやろう」
「……」
「くっくっくっくっ、信じられねぇって顔をしてるな。いいぜいいぜ、用心深い奴は嫌いじゃねぇ。すんなりと飛びついてきたら、ぶん殴ってやろうと思ってたんだ」
大きな口を開けながら、彼は笑う。
「条件は?」
「くっくっくっ、そう急ぐな。短気は損気よ、てめぇ、生き死にたいのか?」
愉快そうに笑う彼は、まさしく悪党というのにふさわしい表情をしている。
「条件か、なに……簡単なことだ。引き続き、あの阿呆の面倒をみてくれりゃそれでいい」
「彼女を?」
「おうそうだ。他に誰がいる」
「……パンドラをですか」
「なんだ知ってたのかい」
つまらなそうに彼は肩をすくめた。
「関わらない方がいいと、聞いただけです」
「へぇ? それを聞いていて、そして実際にアイツの動きを見て……どうなんだ?」
「彼女は……アイシャはなぜ、死を恐れないんですか?」
死への恐怖……
それは誰にでもあるはずのものだ……
もし、それが欠如しているとしたら?
それは……その者は果たして人として言っていいのだろうか?
「アイツが恐れているもの……」
このときばかりは、ブルーも笑うのを止めていた。
それどころか、今まで見たことが無いくらいに真剣な目つきをしていた。
「それを知ってどうする」
「……」
「どんな奴からも厄介者扱いされている"パンドラ"だぞ? そいつをよく知ろうっていうのか?」
「では、なぜあんたは俺にアイツのお守りさせようとする」
「相性の問題さ。なんとなくだが、お前ならアイツとうまくやってくれそうな……気がするからなぁ」
タタラは舌打ちをした。
やはりというか、目の前のこの男は戯れている。いや、狂っている。
彼の本能がこれ以上近づくなと警告をする。
しかし、そんなことも彼にはお見通しなのだろう。
別に構わないのだろう。
ただ、網に使えそうな獲物が引っかかっただけのこと……
コイツは……蜘蛛だ。
ゆっくりと、ゆっくりと身動きが取れない獲物にじわじわと近づき、恐怖を与えてからゆっくりと絡み取っていく……
ちょうどその時だった。
何の前触れもなく、部屋の扉が開き見覚えの無い顔がぬっと出てきた。
「あれ? 珍しく起きてんじゃん」
女の声、そして何の抵抗もなく、そいつはこのゴミ屋敷に入ってくる。
少し暗がりなのでわかりにくいが、少し長い茶色い髪を無造作にまとめてポニーテールの様にしている。
斜めに少しずれた丸めがねがいかにも気怠そうな印象を与えていた。
「サロメ?」
「ほれ、頼まれていた品だ」
サロメと言われた女は気怠そうに少しよれた紙巻きタバコを咥えながら右手をブルーへ突き出した。
その際、彼の目の前にいるタタラへジロリと一瞥をする。
「見ない顔だね」
「あ、あぁ……来たばかりなんでね」
「ふぅん」
あまり興味はないと、その無気力な瞳が訴えていた。
「ふむ。上出来だ。これくらいの質なら問題ないだろう」
ブルーが彼女から受け取った物を部屋の光源にさらしていた。
どうやら、蒼いガラスのような物を何個かもっている。大きさはビー玉くらいだろうか。
「あれぇ? サロメ?」
「ん? なんだアリか」
ようやく復活してきたアリーシャがめざとくサロメの存在を見つけた。
「こんな所に来るなんて珍しいね!」
「相っ変わらず……ぴーぴー煩い餓鬼だねぇ。あぁ、あんた……こいつに連れてこられたのか」
ご愁傷様と、彼女はあくびをかみ殺した。
「なにさ、冷たいじゃん」
「若干、二日酔いなんだよ……わめくな、騒ぐな、近づくな」
「え~!」
邪険に扱うサロメとは対照的に普段通りのテンションでアリーシャは近づいていく。
しかし、彼女の高いボーイソプラノが頭に響くのか、本当にサロメは顔をしかめていた。
「おい、サロメ」
「あにさ」
「持ってきたのはこれだけか?」
ブルーの言葉に彼女は盛大にため息を漏らす。
「あんたねぇ、いくらあたしでも、金火龍の倉庫から持ち出してんだよ? そんな無茶ばかり出来るわけないだろ」
"金火龍"……街を取り仕切る四大ギルドの一つ。
街での商売を基本的に取り仕切り、外部との売買を一手に引き受ける。文字通り街の本当の意味での生命線を担っているギルドだ。
そこの倉庫に入れると言うことは……
「あぁ、そこのアンタ……これ言ったら骨もないからね」
上目遣いに全く感情の籠もっていない声が耳に響く。
タタラからすれば、そんな面倒くさい事に首を突っ込むはずもない。だいたい、勝手に来て勝手にしゃべっているのだから、巻き込まれもいいところだ。
「サロメ……それをやるのがお前の仕事だろ? 俺に逆らう気か?」
「はいはい……ブルー様の仰せのままにねぇ」
実にやる気の無い返事だった。気力もなにもない、意志の光り希薄な瞳がジロリとブルーを睨むとそのまま無言で部屋を出て行ってしまった。
「あ~あ、今日のサロメ、本当に機嫌悪そうだったね」
「アイツはいつもあんなもんだろ」
「彼女は何者なんです」
タタラの声にブルーはにやぁっと笑った。
「サロメ・ウィックス。察しの通り、"金火龍"の構成員の一人だ。見た目はああだが、あれで結構使えるのさ」
ちょうどその時、アリーシャが耳打ちをしてきた。
その瞬間、タタラがバッと彼女を見直した。
彼の目は驚愕に大きく見開かれている。
それで彼女がなにを話したのか、簡単に理解できたようで次の瞬間にはブルーの拳が飛んでいた。
・
片腕を失い、虫の息となった彼女を見つけた。
護衛対象として命じられていた両親はすでに息絶えていた。
いや、首を失っていたので、それどころではない。
此所までの凶行に出るとは予想していなかった。
どういう関係でそれが起きたのかは、なんとなくしか察せられない。
彼らは死ぬべくして死んだわけではなかった。
報いは受けてもらおうと思う。
二人は自分にとっても、恩師に違いなかったのだから……
彼女はそんな二人の愛娘だ。
なんとしても、彼女を救う。
それが私の使命だと、このときは思った。
そう、自分の死が迫るまでは……
・
痛々しい姿だった。
左腕は白い三角巾によってつられていた。
体の所々で、包帯が巻かれている。
たった、二日間でこのような姿になるとは、想像だにしていなかった。
「おいおい、ずいぶんとひでぇ姿だな」
相変わらず酒気が籠もる室内。
少し薄暗い部屋の奥から、ふらりふらりと家主が現れた。
「ちょっと! そんな言い方ないだろ?」
「へっ! てめぇは黙ってな。てゆうか、てめぇもてめぇで、もうちったぁ大事に扱いやがれ!」
彼に指さされ、アリーシャの体が少し縮こまった様に見えた。
「うぅ、仕方ないじゃないかぁ。あんな大きな……それも黒龍のドラゴンスカルがいるなんて、思うわけないじゃん」
「だからって、ランチャーの弾を一発しか持っていかなかったってのはどういうこったぁ!?」
「だって、地下で使うものじゃないもん……」
「あほか! てめぇの体はなんのために出来てんだ!? あらゆる事態に対処出来るようにって、てめぇが俺に依頼してきたんだろうが、この唐変木!」
「う、うるさあああい!!! 今は僕のことで来たんじゃない!」
アリーシャは若干涙目になりながら、目が若干座り気味のブルーに怒鳴り返した。
二人のやりとりと、近くの箱に腰掛け気怠そうにタタラは見ていた。
昨日の今日だと言うのに、元気なものだ。
ふぅと、彼はため息とついた。
昨日、命からがら坑道から出てきた二人は、たまたま街へ帰還途中だった小隊と出会い無事に保護されて街まで戻ってきた。
入院とまでは行かないが、岩石弾を喰らったときにタタラは左肩を脱臼していたらしく、そのおかげでしばらくの間は体が不自由となった。
しかし、任務としては無事完了ということだったので、マスター・エイジの権限において正式に"風の調べ"のギルド員として認められるだろうと、ギルドが誇る受付嬢チェリスのお達しだった。
だが、奥へと連れて行かれたアリーシャには、なにやら怒鳴り声がロビーのほうまで響き渡っていた。
それがなんなのか、確かめようにもチェリスは何も応えず、ただ面倒くさそうにため息を漏らすだけだった。
タタラもタタラで、すぐにギルド奥にあるメディカルルームへと連れて行かれた。そこでギルド専属の治癒術士であるルシオ・シオンという丸渕メガネを掛けた女性に治療を施された。見た感じ、今までで一番大人しそうな女性だった。それ故に、この荒れた街にいるのが不思議な印象を受けた。
その後、一度宿に戻り荷物を置くとその足でブルーの所までやってきたのだ。
「じゃあ、なんだっていうんだ。この放蕩娘」
「いったなぁ~! このアル中めぇ!」
「おう、それの何が悪い!」
悪口を言ったつもりなのに、逆に胸を張られてしまい反射的にアリーシャの動きが石化するように止まった。
「え? ……えと……あの」
「何か悪いのか? あぁん?」
「いやその……」
よく分からない謎のプレッシャーに押され、アリーシャがたじたじとなっていた。
「うぅ……」
「だから、どうなんだ!?」
「うぅぅぅ……うわぁあああん! ブルーがいじめるうぅ!」
仕舞いには泣き出してしまった。
あのドラゴンスカルとの戦いで見た彼女は何処に行ったのだろうか。
タタラは深い深いため息を吐くのと同時に、バランスが一切取れていない彼女を不思議そうに見ていた。
「さって、こんな馬鹿はほっといて……で、何の用だ」
泣き崩れているアリーシャを尻目に、何事も無かったかのように彼はタタラへと振り返った。
「にしても、まじで、ひでぇ形だな。まぁ、サポートだけとは言え? ドラゴンスカル・オブ・ブラックドラゴンを倒したとなると……いや、生き残れたとなると、周りの目も少しは変わるだろ」
「だといいんですが」
タタラはそう言いながら、手短なテーブルの上に借りていたリボルバーを置いた。
「あん?」
「お返しします」
「ふぅん? いいのかい」
「借りたままというのは……」
「借りは作りたくねぇって? へっ……いいねぇ」
彼は無造作に銃をつかむと白衣のポケットに突っ込んだ。むろん、それなりの重量があるリボルバーだ。白衣がその重量に引きずられ、着崩れがさらに加速したのは言うまでもない。
「だが、手前の武器はどうすんだ? そんなのしかねぇんだろ?」
彼の言いようは明らかに、タタラの状態を把握した上での言葉だった。
思わず、奥歯がギリッとなる。
そして、タタラは無言で自らの相棒を取り出した。
「まぁそうなるだろうな」
「……」
ズタズタに破壊され、無残な姿となった蛇骨剣があった。
スカル戦で頭部を固定したときに、引きちぎられたのだ。質量とパワーを考えれば当然の結果とも言える。
「修復は不可能だな」
「でしょうね」
長年共に過ごしてきただけに、ショックは大きかった。
もっとも、この街に来た時点でその武器が通じるとも思ってはいなかった。それでも、別れが早すぎる……
「自分にあったものを見つけますよ」
「市販品だと、そう簡単にいかねぇぜ?」
「どういうことです?」
「街に溢れているのは、基本的には職人や研究者達の試作品とかが多くてな、一品物のピーキー品なんかざらだ」
ブルーはそこで一息つき、手短なところを漁ると下から酒瓶を取り出した。
一体何処に置いてあるのか、そして何故把握できるのか、聞いてみたいと少しだけ思ってしまった。
「ぷはっ……若干、旬が過ぎちまってら」
さらに酒気が濃くなる。
空気だけで酔ってしまいそうな錯覚が起きてくる。
「どうだ? お前も一杯やるか?」
「いえ、傷に障るので」
「けっ、体の中もアルコールで綺麗にするこったなぁ~」
さらに呷り呑む。
「おっと、何の話だったか……」
一瞬だけ、その瞳が濁ったように見えた。
が、すぐに知性の光が宿る。
だ、大丈夫なのか?
心の中で、ブルーへの疑念がさらに強まっていくのを感じた。
「あぁ、そうそう。おまえさんの武器だったな」
「貴方はどうしろというのですか?」
「直接、作れる奴の所にいって自分に合った武器を作ってもらうのが一番だな。それが一番の近道だ」
「オーダーメイドですか……」
「そういうことだ。もっとも、中には粗悪な物ばかり作る詐欺師もいるがな」
そういうのに引っかかる奴は生きて帰ってこねぇよ、と笑いながら彼は言った。
タタラには、彼が言わんとしていることがわからなかった。
一体、何が言いたいのか……
「意外と鈍い奴だな」
「藪から棒になんですか」
「俺様が武器を容易してやろうかって言ってんだよ」
「……いくらで?」
この街にきてやっと、助手としてだが一つだけ仕事をこなしただけだ。彼にそれほどの大金などあるはずも無い。
「ただでしてやろう」
「……」
「くっくっくっくっ、信じられねぇって顔をしてるな。いいぜいいぜ、用心深い奴は嫌いじゃねぇ。すんなりと飛びついてきたら、ぶん殴ってやろうと思ってたんだ」
大きな口を開けながら、彼は笑う。
「条件は?」
「くっくっくっ、そう急ぐな。短気は損気よ、てめぇ、生き死にたいのか?」
愉快そうに笑う彼は、まさしく悪党というのにふさわしい表情をしている。
「条件か、なに……簡単なことだ。引き続き、あの阿呆の面倒をみてくれりゃそれでいい」
「彼女を?」
「おうそうだ。他に誰がいる」
「……パンドラをですか」
「なんだ知ってたのかい」
つまらなそうに彼は肩をすくめた。
「関わらない方がいいと、聞いただけです」
「へぇ? それを聞いていて、そして実際にアイツの動きを見て……どうなんだ?」
「彼女は……アイシャはなぜ、死を恐れないんですか?」
死への恐怖……
それは誰にでもあるはずのものだ……
もし、それが欠如しているとしたら?
それは……その者は果たして人として言っていいのだろうか?
「アイツが恐れているもの……」
このときばかりは、ブルーも笑うのを止めていた。
それどころか、今まで見たことが無いくらいに真剣な目つきをしていた。
「それを知ってどうする」
「……」
「どんな奴からも厄介者扱いされている"パンドラ"だぞ? そいつをよく知ろうっていうのか?」
「では、なぜあんたは俺にアイツのお守りさせようとする」
「相性の問題さ。なんとなくだが、お前ならアイツとうまくやってくれそうな……気がするからなぁ」
タタラは舌打ちをした。
やはりというか、目の前のこの男は戯れている。いや、狂っている。
彼の本能がこれ以上近づくなと警告をする。
しかし、そんなことも彼にはお見通しなのだろう。
別に構わないのだろう。
ただ、網に使えそうな獲物が引っかかっただけのこと……
コイツは……蜘蛛だ。
ゆっくりと、ゆっくりと身動きが取れない獲物にじわじわと近づき、恐怖を与えてからゆっくりと絡み取っていく……
ちょうどその時だった。
何の前触れもなく、部屋の扉が開き見覚えの無い顔がぬっと出てきた。
「あれ? 珍しく起きてんじゃん」
女の声、そして何の抵抗もなく、そいつはこのゴミ屋敷に入ってくる。
少し暗がりなのでわかりにくいが、少し長い茶色い髪を無造作にまとめてポニーテールの様にしている。
斜めに少しずれた丸めがねがいかにも気怠そうな印象を与えていた。
「サロメ?」
「ほれ、頼まれていた品だ」
サロメと言われた女は気怠そうに少しよれた紙巻きタバコを咥えながら右手をブルーへ突き出した。
その際、彼の目の前にいるタタラへジロリと一瞥をする。
「見ない顔だね」
「あ、あぁ……来たばかりなんでね」
「ふぅん」
あまり興味はないと、その無気力な瞳が訴えていた。
「ふむ。上出来だ。これくらいの質なら問題ないだろう」
ブルーが彼女から受け取った物を部屋の光源にさらしていた。
どうやら、蒼いガラスのような物を何個かもっている。大きさはビー玉くらいだろうか。
「あれぇ? サロメ?」
「ん? なんだアリか」
ようやく復活してきたアリーシャがめざとくサロメの存在を見つけた。
「こんな所に来るなんて珍しいね!」
「相っ変わらず……ぴーぴー煩い餓鬼だねぇ。あぁ、あんた……こいつに連れてこられたのか」
ご愁傷様と、彼女はあくびをかみ殺した。
「なにさ、冷たいじゃん」
「若干、二日酔いなんだよ……わめくな、騒ぐな、近づくな」
「え~!」
邪険に扱うサロメとは対照的に普段通りのテンションでアリーシャは近づいていく。
しかし、彼女の高いボーイソプラノが頭に響くのか、本当にサロメは顔をしかめていた。
「おい、サロメ」
「あにさ」
「持ってきたのはこれだけか?」
ブルーの言葉に彼女は盛大にため息を漏らす。
「あんたねぇ、いくらあたしでも、金火龍の倉庫から持ち出してんだよ? そんな無茶ばかり出来るわけないだろ」
"金火龍"……街を取り仕切る四大ギルドの一つ。
街での商売を基本的に取り仕切り、外部との売買を一手に引き受ける。文字通り街の本当の意味での生命線を担っているギルドだ。
そこの倉庫に入れると言うことは……
「あぁ、そこのアンタ……これ言ったら骨もないからね」
上目遣いに全く感情の籠もっていない声が耳に響く。
タタラからすれば、そんな面倒くさい事に首を突っ込むはずもない。だいたい、勝手に来て勝手にしゃべっているのだから、巻き込まれもいいところだ。
「サロメ……それをやるのがお前の仕事だろ? 俺に逆らう気か?」
「はいはい……ブルー様の仰せのままにねぇ」
実にやる気の無い返事だった。気力もなにもない、意志の光り希薄な瞳がジロリとブルーを睨むとそのまま無言で部屋を出て行ってしまった。
「あ~あ、今日のサロメ、本当に機嫌悪そうだったね」
「アイツはいつもあんなもんだろ」
「彼女は何者なんです」
タタラの声にブルーはにやぁっと笑った。
「サロメ・ウィックス。察しの通り、"金火龍"の構成員の一人だ。見た目はああだが、あれで結構使えるのさ」
ちょうどその時、アリーシャが耳打ちをしてきた。
その瞬間、タタラがバッと彼女を見直した。
彼の目は驚愕に大きく見開かれている。
それで彼女がなにを話したのか、簡単に理解できたようで次の瞬間にはブルーの拳が飛んでいた。
・
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