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50 田舎生活
しおりを挟む人生で初めて左右にどこまでも同じ広がる景色を見た。走っても走っても追いつかない。どこまでも永遠に続く横線に感動した。
きっとこの感動なんて二、三か月で慣れるものだと思ってたけど、生憎三年たっても見入ってしまう景色がここにはある。自然の作る景色は日々色をかえる。美しいものは美しい。
南の窓を開ければ緑と土色しかない景色が広がって、肺の中を綺麗にする空気が入り込んでくる。それがケーズ領だった。
住んでいるのは代々の領主が住まう館。施設と同じ位の大きさだろう。
外壁は石。レトロな事に緑の大きな葉の蔦が絡みついていて、大きなボロ屋が蔦の根に支えられ、かろうじて崩れずにすんでいるようにも見える。
夜中に空に厚い雲がかかり稲妻が落ちている時なんて、住んでいる自分でも何か出て来そうで怖い。
長い廊下を歩き部屋のドアを数える。でもそれが二度目になると扉の数が一つ減っていたりしていそう、そんな建物だ。
しかし俺はこの吸血鬼や幽霊でも住んでいそうに見える屋敷を気に入っている。
だからそこに布団を干すのは景観的にはマイナスというか滑稽で笑える。だけどド田舎だし毎朝堂々とやってしまう。
ここへやって来る人なんてせいぜい日に五~十人。それもほとんど身内だから気にならない。
使用人は、家全体の掃除やらなんやらしてくれる女性の親子が二人。父さん達の秘書的業務をしてくれている男性が一人、馬丁の男性が一人、男の料理人さんが一人で、計五人だ。
だれもが農家や商店、料理屋との兼業でうちに来てくれているから、うちの使用人ではあるけれど、彼らも大事な領民だ。
領主であるダンバー家は王都から来た貴族のくせにそう見えない。窓辺に布団だけでなく薬草やらキノコなんて干してる。しかも季節がいいからと半裸で庭でゴロゴロしていたり、普通に籠を抱えて買い物をしにきたりするのだから、最初は変わり者と奇異な目でみられたものだ。
町始まって以来の同性婚領主。しかも王都から流されて来るらしい。
そんな噂は先に届いていたのに、子供までいた。しかもそいつは貧弱な野豚を抱えている。
自分達の町をむちゃくちゃにしてくれるな、そんな目に迎え入れられたのをよく覚えている。
だけど田舎っていいよね。最初の目は厳しくても、一旦懐に入れてもらえればこれほど気持ちいいことはない。
インパクトがありすぎで、前評判が最悪だったから、ほっといても自然に好感度が上がって行った。
だってうちの父さんは二人ともお喋りが楽しいし気さく。俺とは血縁関係がなくて元々施設にいた子だって知れると、ことさら年配の人は感心してた。
戦争がないことから国全体は人口が増えているらしいけど、ここはずっと横ばい。特にこれといった産業はなくて、収入源は主に農業。
父さん達が来てからは、飼料にしかならなかった植物を加工してお茶にする技術を開発した。現在はそれを売り出し中の段階。
緑茶に似た味わいで俺は大好きだけど、なかなか人気爆発してくれず足踏み状態。これが浸透して出荷が増えたらここも少しは潤う予定。
人口は数百人で千には届かない。領というより村。正確な人数は父さんたちしか知らないけど、まあそのくらいかなって想像でわかる。だって顔見知りばっかり。どこに行っても知ってる顔がある。
特に旨味のない土地のせいか、山賊たちも昔から襲ってこないと言うのどかさ。歴史的にも侵略などの行為とは無縁だったせいか、都市より更にのんびり暮らしている。
遠いとおい両隣の領には城も城壁もあるらしいけど、ここには屋敷を囲う柵さえない。
なんでも五十年前にあった第二次築城ブームに乗って周りの領は立派なのを作ったらしいけど、ここには流行りにのる余剰体力がなかったんだって。
さすが辺境、というか貧乏というか、慎ましすぎて涙を誘うよ。
生まれて初めてのこんな本物の田舎でやっていけるだろうかと心配したけれど、慣れれば快適だ。
学校からの帰り道に川に入って、顔洗ったり足を浸けてのんびり昼寝したり。
お腹が減ったら食える草を齧ればいい。野草を探して食べるのは、周りの友達に合わせて挑戦しているうちに平気になった。
食べられるかの確認の仕方も覚えたからばっちり。最初は舌先に少し触れさせてみて、毒っぽいピリピリ感がこなければ、まあ食用にしてもいい。アクとかえぐみで全然美味くはないけど。
この前、帰り道に木に登って木の実を齧っていたら、たまたま通りかかった女の子達にどんびきされた。
歯が丈夫だから大丈夫って言ったら、問題はそこじゃなくて普通は煎って食べるものだし、この年になっても寄り道して草とか食ってる奴はいないってさ。
草食いって男子の間にあった一過性のあほなブームだったみたいで、もうとっくに廃れてたみたい。
俺はそれに気付けずずっと一人で続けたらしい。三年も。
それ早く教えろよ。俺一人で続行してたって恥ずかしいだろ。
一応領主の子なんだから、何でもかんでも口に入れるなってオカン系女子にガミガミ注意された。百年のも冷めるって嘆かれて、そういえばそんな年頃なのに恋をしていない事に気付く。
恋の仕方を忘れたというか、こんな場所にいたら無縁にもなるというか、こっちに来てから俺は子供返りしていて、精神的に幼くなってる自覚がある。
いつも誰かに世話やかれたり注意されたりしてると、それが嬉しいし甘えたくなるんだよな。
町の子供たちの顔と名前は全部覚えたし、みんなでばかやってる分だけ幼馴染みって感覚が強いから恋には発展しない。
学習環境も多少は影響してると思う。
幅広い年齢の子供達全員が通う学校だから、大きな一つの教室で自習をするのが基本。学習計画も自分で立てるから進度はそれぞれ違う。教科書でわからない事があれば先生を呼んで教えてもらう形態を取っている。
先生はたった一人だから、子供たちで勉強を教え合う姿は当たり前にある。
俺は日本で高等教育を受けてきたので余裕です、と居眠りする事もあるけれど、教えてくれと起こされたら快く協力する。
休み時間になるとちびっこは遊ぼうって突進してきたりするし、みんな元気で遠慮がないから、俺がやってる事は施設にいた頃と何も変わっていない。
こっちに来てから食糧的にも満たされている。
なんとここは米を栽培している地区で、都会では高価なそれも気軽に手に入れらるのだ。これは嬉しい誤算ってやつだった。
野菜も美味しいし、新鮮なジビエも美味しい。
西隣に住んでるジイサンが鹿やらウサギやらを捕獲してくるから、それを解体する現場も勉強だし見にこいって連れ出される事がある。その肉がお土産になって食卓にのぼるのだ。
朝の目覚ましは太陽。寝過ごしても五十メートルくらい離れた東のお隣さんちから、鶏をしめる音が聞こえてくるから寝坊はしない。
隣は養鶏を生業にしているんじゃなくて、その日に自分ちで食べる分をしめているらしい。
たまに隣からのお裾分けで作られた鳥料理が出ると、朝の悲鳴はこれだったのかとしみじみする。そしていただきますの感謝が強くなる。
朝食と夕食は家族三人でとって、それ以外はそれぞれが行動すると言うスタイルが出来上がっている。
俺が家を出る時間に父さん達はもう仕事を始めているから、執務室で仕事中の二人に届くように、いってきますを叫ぶ。バラバラに聞こえてくる返事を確認してから、いつも見送りしてくれる使用人のセシばあにハグをして玄関を出る。
するとそこにはトン子がちんまり座っている。
トン子は厩舎の横に小さな小屋を作ってもらいそこに住んでいるけれど、俺が出掛ける気配を察するのか、いつもこうして出てくれるのだ。
基本放し飼いだから、迷子になっても見つけやすいようにと、今では首にピンクのリボンを巻いている。
超かわいくなった俺のペットは相変わらず小さいけれど、西のジイサンによるとお年頃らしくて、そろそろ婿を迎えるべきかどうか悩ましい所だ。
こんな感じで、楽しく暮らしてる。
ここへやってきてからの三年で俺は十三から十六歳に成長し、未完成だった顔もとうとう最終形に入っていっていた。
背も天使に高くしてもらったから身長は百七十に達しているだろう。この世界の平均を思うともう少し欲張っておけばよかったけど今さらだな。
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