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13 反社会的組織(ブラム)
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ブラムの父親は西沿岸部の所謂、反社会的勢力と呼ばれるような組織の頂点に立つ人間だった。
祖父の時代に基盤を固めたグループは、歴史が古いだけに周辺住民に職を提供し、良好な関係で地域に溶け込んでいた。
反社である事は公然の秘密であり、ブラムは建設会社のお坊ちゃんとして育った。
自宅と事務所は中庭を挟んで同じ敷地内にあり、敷地の南部分に建つ事務所はいつも目に入っていた。
家族は父と母。二人の間に生まれた子供は六人でブラムは下から二番目の子。
上の兄二人とは十以上も年の差があり、同じ敷地に暮らしながら普段の接点はなかった。
おかげで兄二人の跡目争いとは無縁で、母や年の近い姉妹の方が距離が近かった。
家族でありながら、父と兄二人、母と残りの兄弟の二つに分断され暮らしていた。
父は社長らしい真面目な風貌で堅気の人にしか見えなかった。
対して母親は見た目も派手なら金遣いも派手だった。実家が金持ちな事もあって遠慮がない。
年に一度は祖父母宅に子供を連れて里帰りしていた為、母の実家の豊かさをブラムも知っている。
食事に衣服はもちろん贅沢に。子供全員に家庭教師を付けるのは当たり前。
姉達と一緒にピアノやマナー、ダンスを習うはめになったが、周りにそんな家庭はなかった。専門の教師も遠くから呼び寄せていたはずだ。
ブラムはあまり熱心になれなかったから、投資分だけ無駄になったが特に叱られる事はなかった。
ただ毎日、勉強だけはしっかりするようにと言われていた。
思うに母は下の子供達にはまっとうな道を歩ませたかったのかもしれない。
しかし残念ながらブラムの才能が伸びたのは、父の命令で兵士と呼ばれるメンバー達から教わるサバイバル術や格闘術だった。
六歳から始まった少し冷酷な教えや訓練は、ブラムの身に何かがあった時に自分を救う為のものだ。死なない事が大事だと教えられたのをよく覚えている。
まずは自分がボスの息子と言う危険な立場を理解し、そこから家を取り巻く状況を把握させられた。
そこで初めて自分の家がどれだけ、自分の命が危ういかを知った。と言うのも、ブラムには写真でしか存在を知らない兄がいたのだ。
まだ小さな命の時に亡くなったと聞かされていたけれど、まさか怨恨で攫われていたとは知らなかった。
自分がその兄の二の舞とならないように、そう思って教育をされているのなら……あまり会う事のない父親も、少しは自分に何かしらの情があるのかもしれない。彼には彼なりの家族観があって自分達に接しているのではないかと思ったりした。
色んな状況を設定して、突然の事態にも対応できるよう、知識の次には実地で教えられた。
攫われそうになった時の対処方、SOSの出し方、人間の体の弱い場所の攻撃方法。もしもの時に動けるようにと乱闘の中に放り込まれたり、なかなか容赦なかった。
ブラムの体に傷がつき体がたくましくなるほど、母は複雑な顔をし、たまに会う父親は満足そうにしていた気がした。
ブラムは十六の時には、姉は町を出て遠くに就職していた。家業を嫌っての事だ。
父と兄たちは事務所、屋敷では母とブラムと妹が、以前と変わらず暮らしていた。
ある時、夜更けに異変があった。
ブラムがベッド脇の棚にある服を抱えて部屋の外へ出ると、ちょうど母親がこちらにやってくる所だった。
事務所の様子がおかしい一旦外へ出るべきだと言っても母は首を振る。母は一般的な足首まであるワンピース型の寝巻を着ており、着替えるにも手間がかかるし走る事もできない。
私たちは食糧庫の隠し部屋に入り様子を見るから、ブラムはあの場所へ向かいなさい。そう言って去っていった。
石造りのそこは奥まった場所にあり、他人が簡単にたどり着ける場所でない。自分もそこへと一瞬思ったのだが思いとどまった。
不測の事態が起こった時には逃げる、戦おうとしない。その状況から物理的距離を取る事を散々学んできた。
中庭を挟んで建っている事務所からの常ならぬ音を感じ取り、消えた母が気になりつつ脱出を優先した。
幼い頃から何となく覚悟していた事が起こっている。
これは訓練じゃない。遊びじゃない。
頭から流れてくる汗で、珍しく焦っている自分に気付く。
自宅から距離をとった所で、暗闇の中でも自分が逃げてきた方向に煙が上がっているのがわかった。
火が放たれた。しかも回りが早い、右から強くふく乾いた風に嫌な予感がする。
屋敷はレンガの塀に囲まれた高く立派なもので周囲への延焼は心配ない。しかし屋敷は大部分が木造だ。
ここは消防本署があり夜勤者が常駐しているのもあって初動は早い。遠くから鐘の音が短く何度も鳴るのが聞こえる。
眠っていたはずの町に幾つかの明かが灯り、好奇心の強い人間は着の身着のままで外へ出て、火事の場所へと向かう。
気持ちはどうしてもそちらに引っ張られる。しかしブラムはその流れをやりすごし決意をもって背を向けた。必ず母と妹と再会できると信じて。
非常時の待ち合わせ場所は幾つかあるが、母の実家であるフランコ商会へ向う事にした。それも家から距離のある国都出張所の近くだ。
それまでに入ってきた情報を元にした決断だった。
常に身に着けていた貴金属を売ながらどうにか国都へ移動した。
ブラムを迎えてくれたフランコの親戚は事情を察し、すぐに姉を呼びよせてくれた。
あの火事の夜、父と兄の二人、母と妹、そしてブラムは死亡していた。
死んだはずの弟が生きていた事に、姉は驚くと同時に安堵して泣いていた。
あの夜、事務所建物は全焼、自宅側は半焼し、身元の判別がつかない遺体が幾つか転がっていたらしい。
連絡の取れない父、兄二人、ブラムは事務所にて焼死とされた。母と妹は屋敷の食堂で刺殺されていたという。
事件の連絡を受けた姉が現場に到着した時には、叔父の仕切りで既に葬儀と埋葬は終わっていた。
母の兄も訃報の知らせに姉より早く到着していたが、やはりどちらにも間に合わなかったらしい。
フランコの伯父と姉は母と妹の遺体にさえ対面する事もできず、警察から当時どんな状況だったかを聞く事しかできなかったという。
一人残された姉が相続できたのは屋敷から発見された現金、陶器、宝飾などの現物。
預金、土地建物、会社の株は、伯父の助言もあり潔く放棄してきていたという。
姉の到着を待つように用意されていた書類にサインする以外の道はなかったのだろう。姉もそこで無理を通す事はせず、恨み言も言わずにその場を後にした。
今は父の弟家族が会社を引き継ぎ、新たな社屋を作るべく早速更地工事をしている最中らしい。
トップは叔父。
もう二度とあの土地に足を踏み入れられないと、姉は恐怖からか震えていた。
母は家の方針で父に嫁いだそうだが、それを縁にしても西の港湾にフランコ商会が一枚噛むのは難しく、今も小さな事務所に社員を一人しか置く事ができていない。
フランコ商会はこの事件を境に西の港関係の部署を解散した。
幼い頃から最悪の事態を覚悟していたせいか、すべてを乗っ取った叔父への復讐心は驚くほどなかった。しかし家族を守れなかった父を責める気持ちは大きかった。
国都で姉と合流してからすぐに、二人で祖父母が暮らす本家へ移った。
移動後も部屋から出ずに日々を過ごすしかなかった。
ブラムの生存を知る人間は少数にとどめられている。
もし情報が広がり末息子が生きていると分かれば、再び命が狙われる危険があるからだ。
母の里帰りの度に来ていたせいか、屋敷は国都より落ち着けた。でも母たちの死に誰もが沈んでいるのだから、ブラムの気持ちも重いままだ。
あの夜どうすれば母と妹を救えたのかを考えて、日がたつごとに疲弊していった。
そんなブラムの世話をしたのが、たまたま本家にやってきていた従兄のアンドレイだった。
ブラムの今後についての話し合いはその時で二度目だった。
祖父母に伯父。姉とアンドレイが場に揃った。
ブラムは安全の為とはいえ名を変えたくない。かと言って僻地へは引っ越ししたくない。他国の学校へ留学する気もない。顔も変えたくない。
提案をどれも跳ね除ける。
家族を亡くした十六歳の子供に誰もが優しく接し、時間をかけて決めるといいと言った。だが、アンドレイだけは違った。
君は君でなくなる事が怖いのだろう。ならば、その名前でその顔のままでいるといい。だが働け。いらぬ事を考える間もないほどに。死ぬ確率が高いが他国で仕事をする気はあるか。
厳しい視線で正すように問われた。
この国にたら殺されるかもしれない。それを理由に隠れて生きるのは嫌だ。守られるだけでは嫌だ。ならば死ぬ確率は高まるとしても堂々と自分を晒して生きていたい。
アンドレイだけがブラムの本質をわかっていたのかもしれない。
ブラムはその場でフランコ商会が計画する国外の起点立ち上げに参加する事を決めた。姉も祖父母も反対したがそれを押し切った。
姉は酷な提案をしたアンドレイの胸倉をつかみ、ビンタをかましていた。姉の方がアンドレイより年下だが、特殊な環境にいたせいか気が強い。しっかり腰も入っていたから相当痛いだろう。
鼻息の荒い姉に、泣きまねをするアンドレイ。そんな二人を見てブラムは久しぶりに声を出して笑っていた。
一緒に国を出た三人は新規海外展開のために集まった調査部の精鋭、と言いつつ見た目は百戦錬磨の戦闘部隊だった。
分析調査の実態は泥臭く、酒に金に色の飛び交う世界。当然そこには暴力もあった。
母がブラムに触れさせたくなかった世界そのものなのが何とも皮肉だ。
しかしブラムには耐性と才能があったのだろう。仕事と割り切れば動けた。それをやる理由が見つかれば、非情な事も抵抗なくできた。
国に帰る理由が見当たらない事もあり、戻る機会を何度か見送り、ブラムは青年から大人になっていった。
六年ぶりに国に帰るのを決めたのは拠点が安定した事と、これまで帰国を懇願していた姉が病に倒れた事だった。
病院で対面した姉は離れていた年月分の年を取っていたいたが、病によるやつれはなく二日後には退院できる状態だった。
すぐに命がどうこうと言う問題はなかった。ブラムは姉の策略にはめられたのだ。
でもブラムにとってはたった一人の家族である姉の我儘に付き合った。
姉は母に気質が似たようで、買い物に食事に観光にと贅沢に付き合わされた。既に姉には夫も子供もいるのだから、今の家族と楽しめばいい思うのだが、弟への思いはまた別のようで実に楽しそうだった。
ブラムの故郷はどうなっていたかと言うと、会社名はそのままに、まったくの他人の物になっていた。
叔父自身に実力がなかったせいか、度々会社や設備を破壊され、叔父自身も家族も襲撃されたらしい。そこから何度も立て直す与信もなく、家族もバラバラになったのだとか。
その叔父が図々しくもフランコを頼ってきた時、敷居を跨がせる事もなく無様に追い返したと聞き、ほんの少しあった報復心は消えた。ゴミ屑を踏みつけた所で自分の靴が汚れるだけだ。
その後、国に留まる決意をしたブラムは、その気になった時に来てくれればいいからと、アンドレイに引き抜かれた。オーソンへ異動する事が決まったのだ。
そしてそこで、チコと出会ったのだった。
祖父の時代に基盤を固めたグループは、歴史が古いだけに周辺住民に職を提供し、良好な関係で地域に溶け込んでいた。
反社である事は公然の秘密であり、ブラムは建設会社のお坊ちゃんとして育った。
自宅と事務所は中庭を挟んで同じ敷地内にあり、敷地の南部分に建つ事務所はいつも目に入っていた。
家族は父と母。二人の間に生まれた子供は六人でブラムは下から二番目の子。
上の兄二人とは十以上も年の差があり、同じ敷地に暮らしながら普段の接点はなかった。
おかげで兄二人の跡目争いとは無縁で、母や年の近い姉妹の方が距離が近かった。
家族でありながら、父と兄二人、母と残りの兄弟の二つに分断され暮らしていた。
父は社長らしい真面目な風貌で堅気の人にしか見えなかった。
対して母親は見た目も派手なら金遣いも派手だった。実家が金持ちな事もあって遠慮がない。
年に一度は祖父母宅に子供を連れて里帰りしていた為、母の実家の豊かさをブラムも知っている。
食事に衣服はもちろん贅沢に。子供全員に家庭教師を付けるのは当たり前。
姉達と一緒にピアノやマナー、ダンスを習うはめになったが、周りにそんな家庭はなかった。専門の教師も遠くから呼び寄せていたはずだ。
ブラムはあまり熱心になれなかったから、投資分だけ無駄になったが特に叱られる事はなかった。
ただ毎日、勉強だけはしっかりするようにと言われていた。
思うに母は下の子供達にはまっとうな道を歩ませたかったのかもしれない。
しかし残念ながらブラムの才能が伸びたのは、父の命令で兵士と呼ばれるメンバー達から教わるサバイバル術や格闘術だった。
六歳から始まった少し冷酷な教えや訓練は、ブラムの身に何かがあった時に自分を救う為のものだ。死なない事が大事だと教えられたのをよく覚えている。
まずは自分がボスの息子と言う危険な立場を理解し、そこから家を取り巻く状況を把握させられた。
そこで初めて自分の家がどれだけ、自分の命が危ういかを知った。と言うのも、ブラムには写真でしか存在を知らない兄がいたのだ。
まだ小さな命の時に亡くなったと聞かされていたけれど、まさか怨恨で攫われていたとは知らなかった。
自分がその兄の二の舞とならないように、そう思って教育をされているのなら……あまり会う事のない父親も、少しは自分に何かしらの情があるのかもしれない。彼には彼なりの家族観があって自分達に接しているのではないかと思ったりした。
色んな状況を設定して、突然の事態にも対応できるよう、知識の次には実地で教えられた。
攫われそうになった時の対処方、SOSの出し方、人間の体の弱い場所の攻撃方法。もしもの時に動けるようにと乱闘の中に放り込まれたり、なかなか容赦なかった。
ブラムの体に傷がつき体がたくましくなるほど、母は複雑な顔をし、たまに会う父親は満足そうにしていた気がした。
ブラムは十六の時には、姉は町を出て遠くに就職していた。家業を嫌っての事だ。
父と兄たちは事務所、屋敷では母とブラムと妹が、以前と変わらず暮らしていた。
ある時、夜更けに異変があった。
ブラムがベッド脇の棚にある服を抱えて部屋の外へ出ると、ちょうど母親がこちらにやってくる所だった。
事務所の様子がおかしい一旦外へ出るべきだと言っても母は首を振る。母は一般的な足首まであるワンピース型の寝巻を着ており、着替えるにも手間がかかるし走る事もできない。
私たちは食糧庫の隠し部屋に入り様子を見るから、ブラムはあの場所へ向かいなさい。そう言って去っていった。
石造りのそこは奥まった場所にあり、他人が簡単にたどり着ける場所でない。自分もそこへと一瞬思ったのだが思いとどまった。
不測の事態が起こった時には逃げる、戦おうとしない。その状況から物理的距離を取る事を散々学んできた。
中庭を挟んで建っている事務所からの常ならぬ音を感じ取り、消えた母が気になりつつ脱出を優先した。
幼い頃から何となく覚悟していた事が起こっている。
これは訓練じゃない。遊びじゃない。
頭から流れてくる汗で、珍しく焦っている自分に気付く。
自宅から距離をとった所で、暗闇の中でも自分が逃げてきた方向に煙が上がっているのがわかった。
火が放たれた。しかも回りが早い、右から強くふく乾いた風に嫌な予感がする。
屋敷はレンガの塀に囲まれた高く立派なもので周囲への延焼は心配ない。しかし屋敷は大部分が木造だ。
ここは消防本署があり夜勤者が常駐しているのもあって初動は早い。遠くから鐘の音が短く何度も鳴るのが聞こえる。
眠っていたはずの町に幾つかの明かが灯り、好奇心の強い人間は着の身着のままで外へ出て、火事の場所へと向かう。
気持ちはどうしてもそちらに引っ張られる。しかしブラムはその流れをやりすごし決意をもって背を向けた。必ず母と妹と再会できると信じて。
非常時の待ち合わせ場所は幾つかあるが、母の実家であるフランコ商会へ向う事にした。それも家から距離のある国都出張所の近くだ。
それまでに入ってきた情報を元にした決断だった。
常に身に着けていた貴金属を売ながらどうにか国都へ移動した。
ブラムを迎えてくれたフランコの親戚は事情を察し、すぐに姉を呼びよせてくれた。
あの火事の夜、父と兄の二人、母と妹、そしてブラムは死亡していた。
死んだはずの弟が生きていた事に、姉は驚くと同時に安堵して泣いていた。
あの夜、事務所建物は全焼、自宅側は半焼し、身元の判別がつかない遺体が幾つか転がっていたらしい。
連絡の取れない父、兄二人、ブラムは事務所にて焼死とされた。母と妹は屋敷の食堂で刺殺されていたという。
事件の連絡を受けた姉が現場に到着した時には、叔父の仕切りで既に葬儀と埋葬は終わっていた。
母の兄も訃報の知らせに姉より早く到着していたが、やはりどちらにも間に合わなかったらしい。
フランコの伯父と姉は母と妹の遺体にさえ対面する事もできず、警察から当時どんな状況だったかを聞く事しかできなかったという。
一人残された姉が相続できたのは屋敷から発見された現金、陶器、宝飾などの現物。
預金、土地建物、会社の株は、伯父の助言もあり潔く放棄してきていたという。
姉の到着を待つように用意されていた書類にサインする以外の道はなかったのだろう。姉もそこで無理を通す事はせず、恨み言も言わずにその場を後にした。
今は父の弟家族が会社を引き継ぎ、新たな社屋を作るべく早速更地工事をしている最中らしい。
トップは叔父。
もう二度とあの土地に足を踏み入れられないと、姉は恐怖からか震えていた。
母は家の方針で父に嫁いだそうだが、それを縁にしても西の港湾にフランコ商会が一枚噛むのは難しく、今も小さな事務所に社員を一人しか置く事ができていない。
フランコ商会はこの事件を境に西の港関係の部署を解散した。
幼い頃から最悪の事態を覚悟していたせいか、すべてを乗っ取った叔父への復讐心は驚くほどなかった。しかし家族を守れなかった父を責める気持ちは大きかった。
国都で姉と合流してからすぐに、二人で祖父母が暮らす本家へ移った。
移動後も部屋から出ずに日々を過ごすしかなかった。
ブラムの生存を知る人間は少数にとどめられている。
もし情報が広がり末息子が生きていると分かれば、再び命が狙われる危険があるからだ。
母の里帰りの度に来ていたせいか、屋敷は国都より落ち着けた。でも母たちの死に誰もが沈んでいるのだから、ブラムの気持ちも重いままだ。
あの夜どうすれば母と妹を救えたのかを考えて、日がたつごとに疲弊していった。
そんなブラムの世話をしたのが、たまたま本家にやってきていた従兄のアンドレイだった。
ブラムの今後についての話し合いはその時で二度目だった。
祖父母に伯父。姉とアンドレイが場に揃った。
ブラムは安全の為とはいえ名を変えたくない。かと言って僻地へは引っ越ししたくない。他国の学校へ留学する気もない。顔も変えたくない。
提案をどれも跳ね除ける。
家族を亡くした十六歳の子供に誰もが優しく接し、時間をかけて決めるといいと言った。だが、アンドレイだけは違った。
君は君でなくなる事が怖いのだろう。ならば、その名前でその顔のままでいるといい。だが働け。いらぬ事を考える間もないほどに。死ぬ確率が高いが他国で仕事をする気はあるか。
厳しい視線で正すように問われた。
この国にたら殺されるかもしれない。それを理由に隠れて生きるのは嫌だ。守られるだけでは嫌だ。ならば死ぬ確率は高まるとしても堂々と自分を晒して生きていたい。
アンドレイだけがブラムの本質をわかっていたのかもしれない。
ブラムはその場でフランコ商会が計画する国外の起点立ち上げに参加する事を決めた。姉も祖父母も反対したがそれを押し切った。
姉は酷な提案をしたアンドレイの胸倉をつかみ、ビンタをかましていた。姉の方がアンドレイより年下だが、特殊な環境にいたせいか気が強い。しっかり腰も入っていたから相当痛いだろう。
鼻息の荒い姉に、泣きまねをするアンドレイ。そんな二人を見てブラムは久しぶりに声を出して笑っていた。
一緒に国を出た三人は新規海外展開のために集まった調査部の精鋭、と言いつつ見た目は百戦錬磨の戦闘部隊だった。
分析調査の実態は泥臭く、酒に金に色の飛び交う世界。当然そこには暴力もあった。
母がブラムに触れさせたくなかった世界そのものなのが何とも皮肉だ。
しかしブラムには耐性と才能があったのだろう。仕事と割り切れば動けた。それをやる理由が見つかれば、非情な事も抵抗なくできた。
国に帰る理由が見当たらない事もあり、戻る機会を何度か見送り、ブラムは青年から大人になっていった。
六年ぶりに国に帰るのを決めたのは拠点が安定した事と、これまで帰国を懇願していた姉が病に倒れた事だった。
病院で対面した姉は離れていた年月分の年を取っていたいたが、病によるやつれはなく二日後には退院できる状態だった。
すぐに命がどうこうと言う問題はなかった。ブラムは姉の策略にはめられたのだ。
でもブラムにとってはたった一人の家族である姉の我儘に付き合った。
姉は母に気質が似たようで、買い物に食事に観光にと贅沢に付き合わされた。既に姉には夫も子供もいるのだから、今の家族と楽しめばいい思うのだが、弟への思いはまた別のようで実に楽しそうだった。
ブラムの故郷はどうなっていたかと言うと、会社名はそのままに、まったくの他人の物になっていた。
叔父自身に実力がなかったせいか、度々会社や設備を破壊され、叔父自身も家族も襲撃されたらしい。そこから何度も立て直す与信もなく、家族もバラバラになったのだとか。
その叔父が図々しくもフランコを頼ってきた時、敷居を跨がせる事もなく無様に追い返したと聞き、ほんの少しあった報復心は消えた。ゴミ屑を踏みつけた所で自分の靴が汚れるだけだ。
その後、国に留まる決意をしたブラムは、その気になった時に来てくれればいいからと、アンドレイに引き抜かれた。オーソンへ異動する事が決まったのだ。
そしてそこで、チコと出会ったのだった。
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