オメガの家族

宇井

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5 施設の記憶と親友

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 その後俺は別の県の施設に預けられ、地元の中学校に入学した。
 俺は落ちこぼれだったから、一年生の間、放課後の特別授業を受けた。そこで勉強の基本を教えてもらった。
 施設の移動はなく、卒業するまでその施設で育つことになった。
 珍しい名字で事件と結び付けられるのを避けるため、養子縁組して曽山の名字をもらった。
 顔も知らない家族、養育権も相続権もない特殊な縁組は、犯罪者の子供であり、性的被害者のΩだったから認められた特殊なものだった。
 平穏だった。
 毎日お腹も満たされたし、安心して眠ることができる個室があった。学校で学ぶ事も嫌いじゃなかった。少ないけれど友達もできた。でもその頃の俺の一番の友達は漫画だった。俺に漢字を教えてくれたのも漫画だ。
 施設を出た子供が置いていった本や、寄付で購入された漫画で施設の小さな図書館は天井までいっぱいで、入りきらない分は段ボール箱に詰められすみっこに山積みされていた。
 ここを出るまでに全部読んでやろうって、ちょっとずつ読み進めて、でも面白い漫画だと終わりが近づくのが寂しかったっけ。
 正義のヒーロー、学園アイドル、冒険ファンタジー、甘々の恋愛学園、ジャンル問わず読んだ。ここではない別の世界に没頭した。

 施設には色んな境遇の子供がいる。
 ずっと施設にいる子もいれば、何度も出入りする子もいた。特に心は動かず傍観者として見てきた。
 中学生になってようやく俺にも血縁である父親がいるはずだと思い至ったけれど、優しいはずの彼が俺を迎えにくることはなかった。
 穢れてしまった子供など必要なかったのだろうと、自分を無理矢理納得させた。
 父親にとって俺は、子供のくせに体を売り、母親とともに卑しく性で稼いでいたΩ。血が繋がっているなんて、とても認められないだろう。
 もしかすると、俺の父親は一緒に暮らしていたあの人じゃないことも考えられる。
 何しろあの母親のことだから、罪悪感もなく平気で嘘をつき、他人の子をあなたの子と偽って結婚したのかもしれない。それが離婚理由になって別れたのかもしれない。あの優しい人が迎えに来ないなんて、きっとそんな理由があるからだ。親子じゃないなら諦めがつく。きっとそうだ。
 母親の非ばかりしか想像できなくて、父親への恨みは不思議となかった。
 捕まった母親とも、逮捕された時を境に二度と会う事はなかった。
 保護プログラムで俺の居場所がわからないのだろう。もうあの女の餌食になる事がないと思うとほっとした。
 パソコンに母の名前を打ちこめば過去のネットニュースにヒットする。都会の片隅で起こった衝撃的な事件は全国ニュースになったが、同時期にあったアイドルの不倫騒動に上書きされて消えた。そうでなければテレビで延々と取り上げられていただろう。
 俺の名前と写真は削除されたのか出回ってないのは幸いだった。でも俺の母親は名前が残っており、幼児を売った鬼母だという証拠はネット上に刻まれ、罵詈雑言で溢れている。
 似たような虐待事件が起こる度に、何度も何度も過去の酷い虐待例として引き合いにだされ、事件は生き続けている。
 母は強くてずる賢いΩだ。出所したのだろうか、もしかしたらしているかもしれない。
 だけどきっと名前をかえて、もしかしたら顔まで変えて、男に頼って生きているに違いない。
 もう二度と俺に絡まないのならそれでいい。勝手に生きて勝手に死んでくれ。そう思って忘れた。
 

 高校へは進学しない事に決めた。単純に進学費用がなかったからだ。施設では珍しい事じゃない。
 同じ施設にいたΩは俺を含めて二人、偶然にも同じ年の男だった。
 彼の名前はナツキ。眩しい夏のイメージにぴったりのΩ。そいつも少しも進学を考えていない奴だった。
 ナツキは少し先にある都市に出て水商売をして本格的に儲けるのだと夢を語るみたいに言っていた。
 彼も俺も施設で誰とも親密な関係を作っていなかった。しかし同じΩ性だからか、彼が誰かとお喋りしたい時はいつも俺に構ってきていた。猫みたいなやつ、そう思っていた。
 ノックはしても返事を聞かないうちに個室のドアを開けて、俺の読んでいた漫画をぽーんとベッドに放り、座ってた回転椅子の座面を勝手に回して自分の方に向ける。いっつもいっつも自分が中心の、そんな感じ。
 勝手だけど憎めない。だって彼は強引だけど、とても美しい顔だったから。
 同じΩでも顔の美醜で人から受ける扱いは違う。社会に出たら収入にも直結するし、その差は学生である時より歴然とする。美醜での差別はαよりΩの方がより顕著だ。
 羨ましいと思ったことは幾度とあったけど、そうでなくてよかったとほっとしている自分もいた。ひと目を引かなければ、それだけトラブルに巻き込まれる確率も減るからだ。
 Ωが引き寄せるトラブルといえば性暴力が一番多い。まだ発情もない年齢だってターゲットにはなる。虐待されてきた俺はそれを重々わかっている。だから俺にはβに埋もれるこの顔が一番だと思うようになっていた。
 ナツキに風呂場で言われた事は忘れられない。俺の体を他の人が客観的に見た感想だったから。

『フミは体はいいんだから、風俗に出たら売れっ子になるだろうな』
『よせよ。聞きたくない』
『お前の体は綺麗だよ。それに、いつまでも触っていたくなるような肌だ。これだけは羨ましい』
『俺が? 豚って言われる方が納得いくけど』
『まさか、豚はαのことだろ。Ωに群がる豚野郎は、あいつらだ』

 投げつけるような台詞だった。
 彼の体はΩとはいえ肩幅がそこそこあり、腹筋もうっすら割れている。華奢というより細マッチョ。
 対して俺の胸は思春期前の女子みたいにうっすら膨らみ尻は高く丸い。服を着ていればごく普通の体型にしか見えないのに、脱ぐと腰はくびれて意外とむっちりしていた。コンプレックスだ。
 彼の顔と俺の体が繋がれば最強のΩだと、その美しい口がなんども動いていた。
 口の悪い男だった。それでも唯一のΩの友達で、裏表のないやつだった。
『Ωには夢があるって言うけど、それ間違いだよな。上等なαなんて同じように上等に育てられた深窓のΩと結ばれるんだ。俺らみたいな底辺は愛人がせいぜいだ。バカみたいな夢みないで現実的になった方が賢いだろ。だから俺は夜の道一本って決めたんだ』
 彼の言うことは理解できた。
 夢なんてない。ごく普通にさえ育っていない俺達にあるのは、決して優しくない世界と未来。
 数の少ないαとΩの出会いの場は、公的なものから民間のものまで数多くある。発情期の管理で就業が難しいΩでも、そこでパートナーを見つけることができれば将来は安泰と言われていた。
 αは総じて高収入で社会的地位も高い。でもαとの結婚を狙うのはαβΩの女性だって含まれる。よってα争奪戦なんてのが、世の中では静かに起こっている。一触即発バチバチの世界だ。
 つまり、希少と言われるΩでも、玉の輿なんて現実的ではない。
 印象的な出会いがあって結ばれて、波乱がありつつハッピーエンド、そんなの身近にはおこらない。
 となると男Ωだって自分で自分を養えるだけの手立てが必要なのだ。
 夜の仕事の方が断然もうかる、そう誘われたけど悩むことなく断った。
 俺は幼い頃のトラウマもあって、夜の世界に行くつもりはまったくなかった。
 自慢の平凡顔のおかげで、モテるという経験も告白されるなんて事もなかった。もし少しでもちやほやされる経験があったら、水商売も視野に入ったかもしれない。でも残念ながらなかった。
 だから日の当たる昼間の世界で頑張るとか、夜の闇に堕ちないとか、そんな大層なことを考えていたわけじゃない。向いてないとわかっていただけ。だからナツキの道を素直に応援できた。
 別れの時が近づくにつれ俺たちはよく抱き合った。正確に言えば、言葉もなく、部屋で風呂場で、互いを抱きしめ合った。
 彼が同じΩだったせいなのか拒否感どころか安心感があった。その行為は甘えだった。言葉のない愛情表現だった。
 彼は言葉通りに本格的な夜の世界へ行った。
 彼と俺。それぞれがその時の最良の道を進んだ。
 施設を出てから彼と連絡を取ったことはない。そもそも交換しなかったのはやっぱりΩという性も関係したと思う。同じ性だからこそ同調するけれど、ライバルとして忌避する気持ちもあったのだ。
 でもナツキは今でも親友だ。今だってナツキがそう思ってくれてるといいなって、そう思う。そして俺よりも幸せな人生を送っていてほしい。

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