甘いのどっち?

宇井

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【番外編】ヒューゴの背景2

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 その日の内に訪れてみた第三王子、マイカ様の専属棟へ赴けば、一切を取り仕切る爺が一人。その爺も急な護衛の登場に困惑し、明らかに迷惑そうにしていた。

 上に立つ者の態度がこれか。

 いい繕う事もしない、そうする必要がないと思っている爺に、ヒューゴはあきれ果てていた。
 使用人として仕える者達も全員それぞれ称号に差はあれど、貴族出身のようだった。

 やはり私だけが平民ですか。

 予想はしていたものの、ヒューゴは今後の困難が目に見えるようで、長い息をそっと吐いた。

 ここだけに限らず近衛騎士団も貴族が多い。
 騎士団は司令部と実践部に系統は別れているが、どちらも上位は貴族が占めているし、現にヒューゴの上司である隊長のケイも伯爵家の四男だ。
 近衛は体育会系だけあって、身分に関係ない人間関係ができているが、それが王族の居室棟でも通じるとは思えない。しかもこちらは気位だけは高そうな女性も多い。

 ヒルダ様はよくこんな場所で生き生きとやっていられるな。

 ヒューゴはその貴族ではない女性、一介の乳母という立場から成り上がった人を思い浮かべ、また溜息をつきそうになった。
 しかし、ヒルダとエドワードが自分を指名した理由もよくわかるのだ。それだけに、表立って騒ぐ事のできないことを自覚はしていた。

 マイカ様と最後にお会いしたのはいつだったか。

 顔を合わせたのは成人前、まともに言葉を交わした記憶はもっと以前になる。ヒューゴがそこまで辿った記憶の中のマイカは、とても幼く、少年から青年へとうつろう過程にあった。
 先に大人になったヒューゴはすでに彼等との一線を引いていたのにそれとも気付かず、マイカは変わらずヒューゴに親しく接していたものだ。

 マイカ様はお元気だろうか。

 大っぴらにはされていないがマイカの食事に毒が混入された事を、ヒューゴは異動前ケイ隊長によって知らされていた。
 元気なわけがないのだろう。だから、大して力にもなれない私まで引っ張り出される事になったのだ。
 しかし、引き受けるからには後ろ向きにばかりなってはいられない。
 ヒューゴはいつ帰ってこられるかもわからない、近衛の控室で自分の荷物を片付ける事から新しい仕事への消極的な一歩を踏み出した。


「ヒューゴ? 目元は変わらない。それ以外は変わりすぎだ。きっと普通にすれ違っていれば気付かないだろう」
「マイカ様は、あまり変わりないようですね」

 しかし細すぎだろう。
 身長は年相応だろうか、いや、それよりは低い。それ以上に、体付きが心配だ。これでは枯れ枝ではないか。

 魔導局に勤めるマイカの出勤前に、ヒューゴは居室に顔を出した。
 マイカは使用人の手を煩わせる事は少ないようで、朝の起床も身支度も一人でこなしていた。その行動は人との関わりを拒絶しているようにしか見えない。
 あの事件からそうなった事は本当のようだ。
 ヒューゴは心の内を隠すように努めたが、マイカはそれを見破ったかのように続けた。

「これが心配でヒューゴが私につくことになったんだろう」

 自分の腕を上げ擦る仕草。服の布があまるほどに細い腕のせいか、その手の大きさが浮いている。

「マイカ様はお食事をきちんと取られていないとか」
「怖い顔をしないでくれ。どうしてもね、入って行かないんだ」

 そう目を逸らすマイカに、ヒューゴは何も言えずにいた。

「そうだ。私もヒューゴに言いたい事があるんだった。ヒルダとさ、もっと仲良くしたらどうだい?」

 そこから話題を変えたいというより、ヒューゴをからかう材料を出さずにはいられない様子。
 ここに来ても、いや来たからこそヒルダの名がでるのか。ヒューゴはもう諦めの境地に入るしかない。

「仲が悪いわけではありません。単に接触する機会が少ないだけです。ヒルダ様が気になるようでしたら、私の代わりにマイカ様がお相手なさって下さい。あの方の顔を見るだけで、私の精は吸い取られるのです」
「それわかるよ。ヒルダは人の精気を奪いとって生きている。それが悪い気であるほど輝くのは気のせいだろうか」
「マイカ様は鋭くなりましたね。まさにその通り、彼女は魔女です」
「なるほど魔女か。でも、その魔女の子は、純真な天使のままなんだね」
「ぶほっ」

 ヒューゴは噴き出した。
 二十五になる男が、年下の、しかも王族であるマイカに天使と称され、素知らぬふりなどしていられる訳がない。

「私が、この年で純真な訳がないでしょう」
「いや、やっぱりヒューゴは変わらない。中身は昔のままだ。自分の母親の事をヒルダ様とか呼んじゃうし、騎士団で鍛えられて脳まで鍛えられていたらと心配だったけど、それは要らぬ事だったようだね」
「あの方がそう呼べと命令するから仕方ないでしょう。昔はポーレンという愛らしい名前だったのに、それさえも変えてしまった。しかし、ここに来て一日目ですが、彼女の気持ちが少し理解できる気がします」

 喉元を押さえながらもマイカを見るが、昔を思わせる、そちらこそ天使のような笑顔があった。

 デラド家はもともと影で王家に仕える存在だった。それが時代とともに表に出るようになって今に至る。貴族位がないにもかかわらず王族そばに侍る事ができるのは唯一デラド家の者だけだ。
 ヒルダは元々マイカの乳母だった。それがいつからエドワードに侍るようになったのか、それを正確に言える者は誰もいない。
 政には一切関わらない姿勢は今でも変わらず、そのお蔭で彼女はまだ王宮で生かされているのだろう。
 誰からもヒルダ様と呼ばれる彼女だが、裏ではどう噂されているかは想像に容易い。
 ヒルダとは戦いの女神が持つ名と同じ。元々は冬の空で一番に輝く赤い星が起原となる。
 知る事のなかった彼女の戦いが、この王城の奥深くにはずっとあったのだろう。そして自分も、この中に身を置く事になった。本意ではないとはいえ。

「マイカ様、私のここでの地位は不確かなものですが、ある程度はやりたいようにさせて頂きます。いつか騎士団へ帰る事になるでしょうが、それはいつであってもかまいません。明日でも十年後でもいいのです。ですから、悔いのないようにしっかり働かせて頂きます」
「ここは独自の自治があるから気を付けて。でもまあ、ヒルダの息子なら大丈夫だろう」

 ヒルダの息子。
 その呼び名はきっと自分の耳には入らないだろう。しかし裏では確実に人の口にのぼり、要らぬ尾ひれがついて広まるのだろう。
 どうなる事やら。
 ヒューゴはマイカにバレないよう、小さく息を吐いた。

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