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閑話 おうじさまときんのパンツ
閑話 おうじさまときんのパンツ 3
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「マリナ様!マリナ様!大変です!」
天気が悪く外出を諦め、暇つぶしに本を読んでいたマリナは、転がるようにして部屋に入って来たリリーに駆け寄った。
「どうしたの?何があったの?まさか、お父様に何か?」
父・ハーリオン侯爵は、朝から王立博物館に仕事に行っている。常設展の入れ替え作業が終わり、状況を確認すると言っていた。上から物が落ちて怪我でもしたのかと、マリナは青ざめた。
「いいえ、旦那様ではございません。お、おおお、王太子殿下が、お邸に!」
「お父様もお母様もお出かけなのに?」
「マリナ様に一目会いたいと仰せになられて!」
自室のドアを勢いよく開け、マリナは大股で廊下を歩いて行った。慌てても仕方がない。ハーリオン家の長女として、賓客をもてなさなければならない。
玄関ホールに到着すると、セドリックは馬車から降りるところだった。
――どうしてずぶ濡れなのかしら?
マリナは不審に思った。王太子専用の馬車は、屋根のある車寄せから出たはずだ。ハーリオン家の玄関にも庇があり、馬車から傘を差さずに降りられるようにはなっている。どこに濡れる要素があったのだろう?
「やあ、マリナ。出迎えありがとう」
「……どうしたしまして?」
何と言ったらいいかわからず、マリナは慇懃無礼に淑女の礼をした。
「セドリック王太子殿下におかれましては、雨上がりのお足元の悪い中、当家までお運びくださいまして……」
「うん。ごめんね?いきなり来ちゃって」
――来ちゃって、じゃないわよ!迷惑だって思わないのかしら?
「父も母も、所用で外出しております。私では殿下を十分におもてなしできないかと存じますわ」
マリナは暗に、とっとと帰れと言ったつもりだった。
が。
「気にしなくていいよ。僕は君の顔が見たかっただけだから」
セドリックは周囲に花を飛び散らせたように、キラキラと笑顔を振りまいた。
「私の記憶違いでなければ、昨日も王宮でお話したように思いますが」
「昨日は昨日、今日は今日だよ。僕は今日の君に会いたかったんだ」
――ウザイ。
マリナはアルカイックスマイルで、唇の端をピクリと上げた。
「さようですか」
「……はあ、寒いね」
ずぶ濡れのセドリックは辺りを見回し、凍えるような仕草をする。夏の暑い盛りだ。濡れたシャツもどんどん乾いていく。気化する際に熱を奪うから、かえって涼しくてよさそうなものだ。
「寒い?」
「うん。何か、温まる……」
――もしかして、あの絵本と同じことをしようとしているのかしら?
アリッサはレイモンドから絵本を借りたと言っていた。レイモンドが絵本に興味があるとは思えない。きっとセドリックの思いつきを事前に自分達に知らせるために本を渡したのだろう。警告の意味と、皆の――特にマリナの――反応を見るために。
「分かりましたわ。……ジョン、すぐに入浴の支度を。着替えはお兄様の、未使用のものをお持ちして」
「かしこまりました」
執事のジョンは侍女数名に言いつけ、すぐに風呂の準備を整えた。
「浴室はこちらですわ。着替えは、この棚の上に置いておきますわね」
「う、うん。ありがとう。迷惑をかけたね」
「いいえ。これっぽっちも迷惑だなんて思っておりませんわ」
マリナが親指と人差し指で示した『これっぽっち』は、指を限界まで開いている。
「使用人は近づけさせませんから、どうぞごゆっくり」
にっこりと作り笑顔でセドリックの背中を押し、マリナは浴室から離れた。
◆◆◆
「ふぃー。練習の後の果実水は生き返るなあ」
ハーリオン侯爵家の庭で、アレックスは鉄製のベンチに座り、炭酸入りのコクルルジュースを一気飲みした。
「いいよねえ、暑い日はこれに限る!」
ジュリアも真似して一気飲みをしかけて、半分でやめておいた。全部飲んだらげっぷをしてしまいそうだ。
「だな。……にしても、やっと晴れたと思ったら、どんどん暑くなってきたな。何か、蒸し暑いっていうか」
手で首の辺りを扇ぐが、全く涼しさを感じない。
「汗だくだよ、アレックス。……水風呂にでも入って行ったら?」
「ああ。ありがとう、そうさせてもらうよ」
シャツの胸元を肌蹴させ、アレックスは厚みを増した胸筋を見せた。
◆◆◆
アレックスがいつものようにハーリオン家の浴室へ行くと、ドアの前に新品のタオルが用意されていた。
「お、やった。流石ここんちの侍女は用意がいいな」
夏場の練習後の水浴びは、ハーリオン家の使用人にとっては想定の範囲内だった。ヴィルソード家で練習をしてもジュリアは水浴びをしないが、アレックスは水浴びをしていく。エミリーに言わせれば図々しい振る舞いだった。
浴室の隣の部屋で服を脱ぎ、タオル一枚を腰に巻いて、アレックスは浴室のドアを開けた。
天気が悪く外出を諦め、暇つぶしに本を読んでいたマリナは、転がるようにして部屋に入って来たリリーに駆け寄った。
「どうしたの?何があったの?まさか、お父様に何か?」
父・ハーリオン侯爵は、朝から王立博物館に仕事に行っている。常設展の入れ替え作業が終わり、状況を確認すると言っていた。上から物が落ちて怪我でもしたのかと、マリナは青ざめた。
「いいえ、旦那様ではございません。お、おおお、王太子殿下が、お邸に!」
「お父様もお母様もお出かけなのに?」
「マリナ様に一目会いたいと仰せになられて!」
自室のドアを勢いよく開け、マリナは大股で廊下を歩いて行った。慌てても仕方がない。ハーリオン家の長女として、賓客をもてなさなければならない。
玄関ホールに到着すると、セドリックは馬車から降りるところだった。
――どうしてずぶ濡れなのかしら?
マリナは不審に思った。王太子専用の馬車は、屋根のある車寄せから出たはずだ。ハーリオン家の玄関にも庇があり、馬車から傘を差さずに降りられるようにはなっている。どこに濡れる要素があったのだろう?
「やあ、マリナ。出迎えありがとう」
「……どうしたしまして?」
何と言ったらいいかわからず、マリナは慇懃無礼に淑女の礼をした。
「セドリック王太子殿下におかれましては、雨上がりのお足元の悪い中、当家までお運びくださいまして……」
「うん。ごめんね?いきなり来ちゃって」
――来ちゃって、じゃないわよ!迷惑だって思わないのかしら?
「父も母も、所用で外出しております。私では殿下を十分におもてなしできないかと存じますわ」
マリナは暗に、とっとと帰れと言ったつもりだった。
が。
「気にしなくていいよ。僕は君の顔が見たかっただけだから」
セドリックは周囲に花を飛び散らせたように、キラキラと笑顔を振りまいた。
「私の記憶違いでなければ、昨日も王宮でお話したように思いますが」
「昨日は昨日、今日は今日だよ。僕は今日の君に会いたかったんだ」
――ウザイ。
マリナはアルカイックスマイルで、唇の端をピクリと上げた。
「さようですか」
「……はあ、寒いね」
ずぶ濡れのセドリックは辺りを見回し、凍えるような仕草をする。夏の暑い盛りだ。濡れたシャツもどんどん乾いていく。気化する際に熱を奪うから、かえって涼しくてよさそうなものだ。
「寒い?」
「うん。何か、温まる……」
――もしかして、あの絵本と同じことをしようとしているのかしら?
アリッサはレイモンドから絵本を借りたと言っていた。レイモンドが絵本に興味があるとは思えない。きっとセドリックの思いつきを事前に自分達に知らせるために本を渡したのだろう。警告の意味と、皆の――特にマリナの――反応を見るために。
「分かりましたわ。……ジョン、すぐに入浴の支度を。着替えはお兄様の、未使用のものをお持ちして」
「かしこまりました」
執事のジョンは侍女数名に言いつけ、すぐに風呂の準備を整えた。
「浴室はこちらですわ。着替えは、この棚の上に置いておきますわね」
「う、うん。ありがとう。迷惑をかけたね」
「いいえ。これっぽっちも迷惑だなんて思っておりませんわ」
マリナが親指と人差し指で示した『これっぽっち』は、指を限界まで開いている。
「使用人は近づけさせませんから、どうぞごゆっくり」
にっこりと作り笑顔でセドリックの背中を押し、マリナは浴室から離れた。
◆◆◆
「ふぃー。練習の後の果実水は生き返るなあ」
ハーリオン侯爵家の庭で、アレックスは鉄製のベンチに座り、炭酸入りのコクルルジュースを一気飲みした。
「いいよねえ、暑い日はこれに限る!」
ジュリアも真似して一気飲みをしかけて、半分でやめておいた。全部飲んだらげっぷをしてしまいそうだ。
「だな。……にしても、やっと晴れたと思ったら、どんどん暑くなってきたな。何か、蒸し暑いっていうか」
手で首の辺りを扇ぐが、全く涼しさを感じない。
「汗だくだよ、アレックス。……水風呂にでも入って行ったら?」
「ああ。ありがとう、そうさせてもらうよ」
シャツの胸元を肌蹴させ、アレックスは厚みを増した胸筋を見せた。
◆◆◆
アレックスがいつものようにハーリオン家の浴室へ行くと、ドアの前に新品のタオルが用意されていた。
「お、やった。流石ここんちの侍女は用意がいいな」
夏場の練習後の水浴びは、ハーリオン家の使用人にとっては想定の範囲内だった。ヴィルソード家で練習をしてもジュリアは水浴びをしないが、アレックスは水浴びをしていく。エミリーに言わせれば図々しい振る舞いだった。
浴室の隣の部屋で服を脱ぎ、タオル一枚を腰に巻いて、アレックスは浴室のドアを開けた。
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