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2話
しおりを挟むユキヒョウ一家の元に訪れた緑鱗の竜人。田舎の家には似つかわしくない服装の彼は、どうやら貴族らしい。
「これは良い息子さんだ。私にお任せください。」
生活は竜人側が保証してくれるし、今までの知人にバレることもなく、そして相手がこの体質について理解してくれているなら今の軟禁生活よりも遥かに良い暮らしができるだろうと。
両親は終始ご機嫌だった。ようやく息子が人並みに暮らすことができて良かった、と。ニクスにはそれが、ようやく厄介払いできて良かった、と聞こえたが、老いるまでここで独り閉じこもることになるのではという先行きが見えない暮らしに耐えかねていたニクスはそれを承諾した。
馬車で3日、見たことのないくらい大きな豪邸に招かれる。いろんな種族の使用人がいる屋敷に圧倒されながら竜人の後をついていく。
「まずは体をきれいにしよう。」
「うわぁ…」
当然ながら、浴槽もかなり大きい。高級そうな粉石鹸で全身を泡だらけにされていると、緑鱗の竜人がもう1人入ってきた。
「おー…その子が言ってた子?思ったよりずっと可愛いじゃないか。」
「あぁ。」
2人は瓜二つだ。
「ご兄弟…なんですか?」
「そうだ。」
頭の上からお湯を流されて、毛がぺったりと体にくっつく。
「それで本当に…?」
「あぁ。今洗っちまったから消えたが、ありゃたしかにメスの匂いだ。」
後から来た方の竜人がニクスの背後に回る。
「なら早く始めよう、兄さん。」
「あの…?」
「ニクス、俺たちは兄弟で…愛し合ってるのさ。だがな、いくら愛し合ったところで所詮は雄同士、子供は作れない。…わかるだろ?」
ニクスは目を見開いた。
「で、でもっ…!許婚って……」
「誰もお前が旦那になるとは言ってないからね。…ねぇ頼むよ、悪いようにはしないからさ…」
ニクスが逃げようとする前に、弟の方の竜人がニクスを羽交い締めにして床に寝かせる。
「すぐ終わらせるから。お前は寝てるだけで良い。」
ニクスの苦悶の声が広い浴室にこだました。
「……い……お…………おーい…」
「あ…う……」
「大丈夫か?お前、あんだけ濃い匂い出しといて今まで何にも無かったなんて尊敬するよ。」
ニクスは周りを見渡した。ここはもう浴室ではない。実家よりずっと広い割に木のテーブルが一つあるだけの殺風景な部屋の布団に寝かされていた。
ニクスは早々に気を失って、ここまで運ばれてきたのだ。
「うっ…」
下半身に鈍い痛み。それにお腹の中に違和感もある。思わず手を当てると、兄の方の竜人がニクスの頭を撫でた。
「気絶しただけだったみたいだったから、もう済ましておいた。…そんな目で見るなって。あんなに痛がるとは思わなかったんだ。次はもっと慣らそうな。それじゃおやすみ。」
そう言って竜人は去る。ニクスは起きあがろうとして、ハッと首に手を当てた。首輪だ。
「そんな…」
ようやく解放されると思ったのに、これから自分は雄としても認められず子を産み続けることになるのだろう。
それに、身体に残っているのは鈍痛だけではない。筋肉が緩んだような、奇妙な心地良さと違和感。そして毎日のように感じていた身体の火照りが消えている。
身体はむしろ満足していた…
その日ニクスは一睡もできなかった。
「ニクス君、起きてるか?朝ご飯だ。どれくらい食べるのかわからないけど…まぁ、栄養つけねぇとな。」
食事は十分。
「ニクス、本を買ってきたぞ。」
竜人の兄弟はニクスに様々な本を与えたりカードゲームやボードゲームに誘う。遊び方を知らないものは丁寧に教えた。
「ニクス君痛くない?じゃあさっさと済ませようか。」
夜、彼らは概ね優しかった、というより淡白だった。兄弟で、どっちの子でも血の繋がりはあるから、と毎晩2人の相手をするわけだがあくまでニクスの腹を借りるだけであって済ませた後は兄弟で愛し合う。
熱い交わりをするのではなく、すでに互いを昂らせた兄弟の間に入って、子種だけ仕込まれて部屋に戻る、といった感じだった。
ニクスの身体が慣れてくると少しずつ長くなったものの、あくまで蚊帳の外であることに変わりはなかった。
「ほらニクス、新しい本。」
「ありがとうございます。」
「後で散歩させてやるからな。」
相変わらずニクスは部屋に閉じ込められていたものの、竜人達と暮らして数ヶ月経てばすっかり慣れていた。実際、以前に比べればはるかに良い暮らしをしていた。
「…お前、なんだか…なんというか……可愛くなったな。」
「…僕、太りました…?」
「いや、そんなことはないと思うがなんというか…」
全体的にふんわりとした雰囲気になり、前より可愛げのある顔つきになっていた。身長もあまり高くなく、女性用の服を着れば顔立ちの良い少女に早変わりしそうだった。
もしかしたら体質が外見にも影響しているのかもしれない、と竜人達は口に出さなかったが、ニクス自身も薄々気づいている。里にいた時、当時自分と同じくらいの歳だった同族はもっと雄らしかったのに。
「まぁいいや。じゃあな。」
でも、最近は慣れたというか、諦めがついたというか、そこまで重く考えることは少なくなっていた。
あの竜人達が比較的ニクスを構っているというのも大きな要因だろう。少なくとも実家にいる時に比べればニクスの心の負担は大幅に軽くなっていった。この時までは。
竜人達の元で暮らし始めて、夜のことも含めてほとんどストレスがなくなるくらい馴染んできた頃。
遂に、ニクスの体調がおかしくなった。発熱と嘔吐。何日か寝込んで、竜人達を大いに焦らせた。しかし医者を呼んで一転、大いに喜んだ。理由はもちろん、
「ついに…俺たちに子供ができたんだ…!」
さすがのニクスも心は男なのだから鬱に思うこともあった。しかし、以降竜人の兄弟が交代でニクスを看病したことでニクス1人きりの時間が激減する。
竜人達の想いは純粋だったということがよく伝わった。今まではあくまで居候のような関係だったが、身の回りの世話だけにとどまらずニクスをとても可愛がった。頭やお腹を撫で続けることもあれば、ニクスが熱にうなされている時は添い寝をした。
ニクスはそれらが心底嬉しかった。
「おはようニクス。身体はどうだ?」
「今日は大丈夫です。」
「ならあとで散歩に行こうか。…えっへへ。」
弟の方の竜人は身体を起こしたニクスのお腹を抱いて頬を当てる。最初はただ身体を壊した程度の感覚しかなかったが、少しずつお腹が張って、そして痙攣のようなものを感じると本当に子供ができてしまったんだと実感する。
それに対する思いは竜人達とニクスで差があったものの、こうして毎日嬉しそうに撫でる竜人達を見ると、ニクスの気も楽になった。
初期にあんなに体調を崩したのが嘘だったかのように、その後は順調だった。お腹も大きくなり、胎動が激しくなって振動が外からはっきり見えるくらいになる。
「うぅ…僕これでも…雄なんだけどな…」
ボンボンと腹が振動し、思わずお腹に手を当てる。もしこんな身体じゃなかったら今頃…と思う反面、どうしようも無い愛おしさも入り混じる。
家族がこれを知ったらどうなるだろうか。以前に一度、手紙を出すかと聞かれたが、送りたくないと即答した。送ったところでなんと返事が来るのかがこわかった。
ニクスの心なんて知る由もなく、竜人兄弟のどちらかとの子は順調に成長し、お腹は足元が見えなくなるくらいに。ここまで来ると、本当は雄なのに、という気持ちよりも本当に無事に産めるのかという不安の方が大きくなる。
そしてニクスの不安は的中した。
ニクスは突然体調を崩して、2日寝込むと腹が痛み始める。それからさらに2日経つと、筆舌では形容できない苦痛が襲った。
「ニクス、しっかり…」
「お、おい…本当に大丈夫なのか…?」
医者に聞いても、ニクスのような体質は見たことがないので答えられない。ニクスは叫んでいた。それも断末魔のような叫び声をあげていた。意識はあるのかないのか本人もわからず、ただひたすら痛みに耐えて、闇雲に力む。…呼吸を整え、タイミングをみてお腹に力を込める、そんなことを考える余裕はどこにもなかった。
やはり、ニクスの身体は子供を産むことを想定していなかったのだ。
途中、竜人が何かを言ったがニクスには理解できなかった。覚えているのは激痛とずるんという感覚。それを最後に暗闇に落ちていった。
つづく
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