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第三章:地区予選へ

第39話:サシウマ勝負・2

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 いうまでもないが、麻雀のアガリ方には2種類ある。
 自力で牌を引っ張り、他の3人全員から点棒を徴収する『ツモ』と、一人の打ち手から出たアガリ牌で一人のみから点棒を徴収する『ロン』だ。
 和弥がリーチをかける場合、基本ロンアガリは期待していない。
 牌効率を重視し、手広く構えるのは『ツモって和了アガる』前提があるからだ。
 さらに2回戦目の綾乃のように───自分と同等に手牌、聴牌テンパイ形を読める相手が同卓している場合、尚のこと出アガリは期待できない。
 現に2回戦目は久々に「何もしない内にトップを取られた」のだから。
 和弥は少し冷めたノンシュガーのカフェ・オレに口を着ける。

(落ち着け落ち着け………。これで1勝1敗だ。まだ負けた訳じゃない)

 和弥は自分に言い聞かせるように、苛立ちを沈めた。
 3回戦目。トン1局。ドラは三萬。今度は綾乃の起家である。
 9巡目。

(今一瞬右肩が動いた。先輩め、一向聴イーシャンテンくらいかな…)

 一瞬だが先ヅモ気味にピクリと動いた綾乃の右肩を、和弥は見逃さなかった。
 1,000点100円テンピンでオカが1万・3万の麻雀など、和弥にすれば高レートでもなんでもない。しかし麻雀でナメられるのだけは、我慢ならないのである。

「リーチ」

 10巡目になり、やはり綾乃はリーチをかけてきた。

「うーん…。東1局トンパツの親リーか。逆らわないでおこう」

 南家ナンチャの中年は、仕方なく綾乃の現物の二筒を切った。

「ロン。8,000点」

「うぇっ!? 今テンかい!?」

 和弥のダマテンでのタンピン・イーペーコー・ドラ2に、振り込んだ中年は勿論、これには綾乃も驚きを隠そうともしない。

「………ふーん。リーチかけりゃハネ満なのに。竜ヶ崎くんにしちゃセコイじゃん」

「何とでも言ってくれ。和了れないハネ満より和了れる満貫。それだけだ」

 どうやら綾乃も和弥の“狙い”は読んだようである。

(一番弱い人を狙い撃ち、ね。ハナちゃんも新一さんも良く言ってたね)

『麻雀は4人の中で一番弱い奴から点棒を毟った奴が勝つゲーム』

 和弥は父・新一や秀夫から散々言われた『賭け麻雀に勝つコツ』を実行し始めた。

◇◇◇◇◇

「女房から電話があった。これで試合終了ラストでいいかな」

 大負け───とは言っても5万にも満たないが。同卓していた中年が、ため息をつきながら負けた分の札を取り出した。

「………分かりました。じゃあこれで。ここ終了ラストです」

 勝った分の札を財布に入れると、カウンターに向かう和弥。結局9回戦までしか出来ず、和弥から見て5勝4敗だった。

「本当に強いんだね、竜ヶ崎くん」

 何故か誘った訳でもないのに、綾乃もカウンターまでついてくる。

「ゲーム代払いますよ秀夫さん」

 カウンターにいる秀夫に対し、和弥が財布を取りだしたその時だった。

「楽しかったよ秀夫さん。でも次はもう少し高いレートで打ちたいかな。あれだけ頑張って2万ちょっとじゃ物足りないし」

(………そうだった。東堂先生が秀夫さんを知ってるんだった。だったら先輩も秀夫さんと顔見知りなのも、当たり前っちゃ当たり前か)

 自慢気に語る綾乃に苦笑いを浮かべる秀夫を見ながら、和弥は複雑な思いに駆られて紅帝楼を退店した。

「どうする先輩? 2回戦足りないし、日を改めて最初から勝負でもいいぜ?」

「いやいや。負けたのは事実。『時間があれば勝っていた』なんて言い訳したくないし。払うよ」

 廊下だが周囲に人がいないのを確認してから、100万の入った銀行封筒2束を差し出す綾乃。
 小百合と違って無理している様子はない。なので和弥は、遠慮なく200万を受け取る事にする。

「………一つ教えてくれ。先輩が勝ったら、俺に何を要求する気だったんだ?」

「それはもう。『liners入れてほしい』に決まってるじゃん」

 あっけらかんと答える綾乃に、和弥も思わずため息が出てしまった。

「そんな事のために200万賭けたのかよ」

「えー。『勝って嬉しい、負けて悔しいだけの麻雀に興味はない』って言ったの竜ヶ崎くんじゃん?」

 一呼吸置く和弥。

「………………参りましたよ先輩には。国産アプリならいいぞ」

 翌日。綾乃から「『サークル』ってアプリ入れて!」との通達が部員に出たのだった。
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