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第四章:全国との戦い

第67話:勝負師

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「『龍子のところに、竜ヶ崎の息子が入学した』とは聞いてはいたが。まさか本当だったとはな」

「どうでもいいけどよ爺さん。東堂先生とは知り合いらしいが。俺はあンたなんて知らねぇんだが」

「おおっと、こりゃ失礼。確かに自己紹介もしなかったのはワシのミスじゃな」

 小柄な老人は懐から名刺を取り出し、和弥に渡す。

 埼玉県私立・丸子高校理事長 丸子昭三まるこしょうぞう

 名刺にはそう書かれていた。
 確かに埼玉県代表校の名は丸子高校だったはず。しかしとても一介の高校の理事長とは思えない、殺気めいたものを和弥は感じる。

「ふーん………。で? その丸子高校の理事長さんとやらが、俺に何の用事で?」

 無造作に名刺をポケットにしまうと、和弥は感心無さそうに昭三の顔を眺める。これで気圧けおされる和弥ではない。

「そういう鼻っ柱の強さも、竜ヶ崎そっくりだな。期待してるぞ坊主?」

 一応団体1回戦目の竹田との対局はずっと見ていた筈の昭三だが、勝てる手牌をわざわざ2,000点などの小さな手に落として結局和弥に惨敗を喫した竹田では『雀力を論ずるに値しない対局』に映ったようである。

「そりゃあこっちの台詞だ。あそこで縮こまってる大阪野郎みたいに、威勢いいのは最初だけじゃないといいがな」

 和弥の態度に両脇の丸子高校の部員たちもまた、苦々しい表情を浮かべる。しかし和弥の言葉を聞いた昭三は、ククク、と笑いだし自分で注いだ茶を一口すすった。

「そういうとこも竜ヶ崎そっくりだな。本当にビビるって事を知らねぇらしい。てぇしたモンよ」

「………」

 小柄ながら、まるで鞘から抜いた真剣のような凄みを発散する昭三に、和弥は即座に昭三の実力を看破する。

(東堂先生だけじゃない。オヤジの事も知っている……。“あっちの世界の住民だった”って事かい……)

 和弥にとって、街を歩いてるとよく突っかかってくるチンピラまがいな半グレ連中など問題ではない。「弱い犬ほど良く吠える」のことわざではないが、普通に話してるだけでは相手に恐怖を感じさせる事が出来ないから、怒鳴ったり凄んだりするのだ。チンピラや半グレに限らず、体育会系ブラック企業の上司も大概このパターンである。

(てぇしたモンなのはあンたも一緒だよ爺さん………。この爺さん、実力的には先輩や久我崎の部長くらいはあると思った方がいいな)

「おい爺さん」

「なんだ?」

 和弥はトーナメント表をチラリと見た。

「この調子でいけば、あンたの高校とはベスト8で当たる事になるな」

「へ、何も聞いちゃいねえのかい。今年からベスト16を通過したら、対戦相手はくじ引きのシャッフルだぜ?」

 初めて聞いたルールだ。そういうのは綾乃にも龍子にもちゃんと言ってほしい。

「ま、ウチは麻雀部設立からずっと個人戦メインだしな。団体戦はウォーミングアップよ」

「そうかい。どっちにしろ俺には興味ねぇなあンたの学校なんて」

 明日から始まる個人戦。しかし和弥は昭三に背を向けると、足早に控室に急いだ。
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