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第四章:全国との戦い

第69話:腕試し

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「委員長までついてくるのか。お袋さん心配すんじゃねぇのか」

「母には遅くなると連絡を入れたわ。貴方あなたが心配しなくても大丈夫よ」

 しかし本人は隠しているつもりだろうが、小百合が和弥の闘牌に興味を持っているのは一目瞭然である。
 バックミラーで和弥と小百合のそのやり取りを眺めながら、龍子は苦笑いをした。

「ここだよ」

 龍子の車から降りた和弥と小百合の目の前には、一件の雑居ビルであった。看板から2階には雀荘があるのが確認出来る。

「え? ここですか?」

 こんな街外れの雑居ビルで、良く営業が成り立つものだ。和弥は率直に疑問をぶつけた。

「ん? 不満かね?」

「いや、そんな事はないですけど……」

(よくこれで潰れないもんだな)

 そんな和弥のリアクションを楽しむように、龍子はクスリと笑いながら言った。

「まあそう言わずに入った入った」
 
 1階の入り口からこれまた古いエレベーターを使い2階に上がる。店内に入ると、フロアには2卓あるのみで、1卓は満員である。
 空いている席に和弥は腰かけた。幸いにも店は繁盛しているわけではないようで、待ち時間はほぼ無かった。
 龍子は和弥の対面に座る。上家には小百合が、下家には順番待ちをしていた年老いた男が座った。丸子高校理事長・丸子昭三である。

「すいませんね丸子さん。わざわざ………」

「構わねぇよ。龍子ちゃんと新一の息子の対局だ。幸い今日は休肝日でもあるしな」

 どうやら龍子が和弥を連れてここに来るのを、知っていて待っていたらしい。

(なんか……威圧感ある爺さんだな。軸がぶれない人だといいが)

 麻雀は4人で打つ者。敵は龍子だけではない。

「じゃあ先生、ルールの確認お願いしますよ。当然アリアリですよね」

「うむ。さらに今回は竜ヶ崎の出る個人戦に合わせ、今回は一発・裏ドラ・槓ドラ・赤無しの“完全競技ルール”だ」

 サイコロボックスのスイッチを押しながら、龍子はコーヒーを注文する。

「赤を抜いてる時間はないが、当然ドラとしてはカウントしない。丸子さんもよろしいですか?」

 昭三は静かに頷くのみ。

(さて……どんな麻雀が拝めるのか。楽しみだな……)

 そんな期待する和弥を尻目に、龍子も不敵な笑みを浮かべる。

「……なにぶん2回目だからな、私も。このルールでやるのは」

 龍子がコーナーに置いたのは10万のヅクを5つ、合計50万だった。

「………気前いいな。でも先生、俺は今日は賭けるもんは何も持ってはいねぇんだが?」

「いや、構わんよ。その代わり私が勝ったら、ある条件を飲んでもらう」

(どういう事なの………。『遊びの麻雀と仕事の麻雀は区別している』なんて常日頃から口にしている、竜ヶ崎くんらしくないわ)

 それはサイコロボックスのスイッチを押した和弥自身にすら、分からない感覚だった。和弥にとっては今や“たかが50万”のサシウマである。断っても問題ないのだ。
 秀夫に教えられた通り「高レート麻雀では4人の中で一番弱い奴を狙え」を打つ心得にしている和弥には、今までではあり得ない矛盾した感情である。
 しかし、だ。麻雀部に入部し、綾乃や麗美と対局している内に、何かこれまででは分からない感情が芽生えていたのもまた、否定出来ない事実だった。例えこれがノーレート勝負でも、拒否はしなかっただろう。

(一番だと証明したい、か………。何となく北条の気持ちも、ほんのちょっぴりだが分かるようになってきたぜ)

『鳳凰荘』の十段なのをやたらに自慢し、自分に突っかかってきた今日子の気持ちが、今なら少しは理解できるような気がした。

「12か」

 昭三は小百合をギロリと睨んだ。

起家タチ親はお嬢さん、オメーさんだぜ」

 こうして小百合の起家チーチャで始まった、和弥と龍子のサシウマ勝負。東1局。ドラは七萬。
 9巡目。その昭三が、手出しでドラ表示牌の六萬を打つ。

(ここでドラ表………張ったか先生。萬子マンズは明らかにヤバいな。だが俺も入ったら勝負にいくぜ)

 11巡目。

「………リーチっ!」

「ロン」

 四萬を切っての小百合のリーチに対し、すかさず手牌を倒す昭三。

「安目で良かったなお嬢さん。平和ピンフ・ドラ。赤はカウントしないので2,000だ」

「………はい」

 龍子に2,000点を支払う小百合だが、その光景を見ていた和弥は自分がミスを犯した事に気が付いた。

(俺との対局までなら絶対に止めてた四萬だ………。委員長、手組が遅くなるプレッシャーでまともな判断が出来なくなってやがる)

 恐らく小百合は完全競技ルールで打つのはこれが初めてなのだろう。小百合がついてくるのを止めなかったのは、ある程度腕がある打ち手が入った方が、場が成立するという目的もあったのだ。
 しかし考えてみたら、龍子にも同じ条件を与えている事になる。

(これはドジ踏んじまったかもな………。せめて白河先輩に声をかけるべきだったかもしれん)

 牌を収納口に落としながら、和弥はすぐに気持ちを切り替えた。

(いや………。他人をアテにしよう、なんて考えはいけねぇな。勝負はとっくに始まってるんだ。今更ウダウダ考えてどうする)

 東2局。今度は和弥の親である。
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