72 / 113
第四章:全国との戦い
第69話:腕試し
しおりを挟む
「委員長までついてくるのか。お袋さん心配すんじゃねぇのか」
「母には遅くなると連絡を入れたわ。貴方が心配しなくても大丈夫よ」
しかし本人は隠しているつもりだろうが、小百合が和弥の闘牌に興味を持っているのは一目瞭然である。
バックミラーで和弥と小百合のそのやり取りを眺めながら、龍子は苦笑いをした。
「ここだよ」
龍子の車から降りた和弥と小百合の目の前には、一件の雑居ビルであった。看板から2階には雀荘があるのが確認出来る。
「え? ここですか?」
こんな街外れの雑居ビルで、良く営業が成り立つものだ。和弥は率直に疑問をぶつけた。
「ん? 不満かね?」
「いや、そんな事はないですけど……」
(よくこれで潰れないもんだな)
そんな和弥のリアクションを楽しむように、龍子はクスリと笑いながら言った。
「まあそう言わずに入った入った」
1階の入り口からこれまた古いエレベーターを使い2階に上がる。店内に入ると、フロアには2卓あるのみで、1卓は満員である。
空いている席に和弥は腰かけた。幸いにも店は繁盛しているわけではないようで、待ち時間はほぼ無かった。
龍子は和弥の対面に座る。上家には小百合が、下家には順番待ちをしていた年老いた男が座った。丸子高校理事長・丸子昭三である。
「すいませんね丸子さん。わざわざ………」
「構わねぇよ。龍子ちゃんと新一の息子の対局だ。幸い今日は休肝日でもあるしな」
どうやら龍子が和弥を連れてここに来るのを、知っていて待っていたらしい。
(なんか……威圧感だけはある爺さんだな。軸がぶれない人だといいが)
麻雀は4人で打つ者。敵は龍子だけではない。
「じゃあ先生、ルールの確認お願いしますよ。当然アリアリですよね」
「うむ。さらに今回は竜ヶ崎の出る個人戦に合わせ、今回は一発・裏ドラ・槓ドラ・赤無しの“完全競技ルール”だ」
サイコロボックスのスイッチを押しながら、龍子はコーヒーを注文する。
「赤を抜いてる時間はないが、当然ドラとしてはカウントしない。丸子さんもよろしいですか?」
昭三は静かに頷くのみ。
(さて……どんな麻雀が拝めるのか。楽しみだな……)
そんな期待する和弥を尻目に、龍子も不敵な笑みを浮かべる。
「……なにぶん2回目だからな、私も。このルールでやるのは」
龍子がコーナーに置いたのは10万の束を5つ、合計50万だった。
「………気前いいな。でも先生、俺は今日は賭けるもんは何も持ってはいねぇんだが?」
「いや、構わんよ。その代わり私が勝ったら、ある条件を飲んでもらう」
(どういう事なの………。『遊びの麻雀と仕事の麻雀は区別している』なんて常日頃から口にしている、竜ヶ崎くんらしくないわ)
それはサイコロボックスのスイッチを押した和弥自身にすら、分からない感覚だった。和弥にとっては今や“たかが50万”のサシウマである。断っても問題ないのだ。
秀夫に教えられた通り「高レート麻雀では4人の中で一番弱い奴を狙え」を打つ心得にしている和弥には、今までではあり得ない矛盾した感情である。
しかし、だ。麻雀部に入部し、綾乃や麗美と対局している内に、何かこれまででは分からない感情が芽生えていたのもまた、否定出来ない事実だった。例えこれがノーレート勝負でも、拒否はしなかっただろう。
(一番だと証明したい、か………。何となく北条の気持ちも、ほんのちょっぴりだが分かるようになってきたぜ)
『鳳凰荘』の十段なのをやたらに自慢し、自分に突っかかってきた今日子の気持ちが、今なら少しは理解できるような気がした。
「12か」
昭三は小百合をギロリと睨んだ。
「起家はお嬢さん、オメーさんだぜ」
こうして小百合の起家で始まった、和弥と龍子のサシウマ勝負。東1局。ドラは七萬。
9巡目。その昭三が、手出しでドラ表示牌の六萬を打つ。
(ここでドラ表………張ったか先生。萬子は明らかにヤバいな。だが俺も入ったら勝負にいくぜ)
11巡目。
「………リーチっ!」
「ロン」
四萬を切っての小百合のリーチに対し、すかさず手牌を倒す昭三。
「安目で良かったなお嬢さん。平和・ドラ。赤はカウントしないので2,000だ」
「………はい」
龍子に2,000点を支払う小百合だが、その光景を見ていた和弥は自分がミスを犯した事に気が付いた。
(俺との対局までなら絶対に止めてた四萬だ………。委員長、手組が遅くなるプレッシャーでまともな判断が出来なくなってやがる)
恐らく小百合は完全競技ルールで打つのはこれが初めてなのだろう。小百合がついてくるのを止めなかったのは、ある程度腕がある打ち手が入った方が、場が成立するという目的もあったのだ。
しかし考えてみたら、龍子にも同じ条件を与えている事になる。
(これはドジ踏んじまったかもな………。せめて白河先輩に声をかけるべきだったかもしれん)
牌を収納口に落としながら、和弥はすぐに気持ちを切り替えた。
(いや………。他人をアテにしよう、なんて考えはいけねぇな。勝負はとっくに始まってるんだ。今更ウダウダ考えてどうする)
東2局。今度は和弥の親である。
「母には遅くなると連絡を入れたわ。貴方が心配しなくても大丈夫よ」
しかし本人は隠しているつもりだろうが、小百合が和弥の闘牌に興味を持っているのは一目瞭然である。
バックミラーで和弥と小百合のそのやり取りを眺めながら、龍子は苦笑いをした。
「ここだよ」
龍子の車から降りた和弥と小百合の目の前には、一件の雑居ビルであった。看板から2階には雀荘があるのが確認出来る。
「え? ここですか?」
こんな街外れの雑居ビルで、良く営業が成り立つものだ。和弥は率直に疑問をぶつけた。
「ん? 不満かね?」
「いや、そんな事はないですけど……」
(よくこれで潰れないもんだな)
そんな和弥のリアクションを楽しむように、龍子はクスリと笑いながら言った。
「まあそう言わずに入った入った」
1階の入り口からこれまた古いエレベーターを使い2階に上がる。店内に入ると、フロアには2卓あるのみで、1卓は満員である。
空いている席に和弥は腰かけた。幸いにも店は繁盛しているわけではないようで、待ち時間はほぼ無かった。
龍子は和弥の対面に座る。上家には小百合が、下家には順番待ちをしていた年老いた男が座った。丸子高校理事長・丸子昭三である。
「すいませんね丸子さん。わざわざ………」
「構わねぇよ。龍子ちゃんと新一の息子の対局だ。幸い今日は休肝日でもあるしな」
どうやら龍子が和弥を連れてここに来るのを、知っていて待っていたらしい。
(なんか……威圧感だけはある爺さんだな。軸がぶれない人だといいが)
麻雀は4人で打つ者。敵は龍子だけではない。
「じゃあ先生、ルールの確認お願いしますよ。当然アリアリですよね」
「うむ。さらに今回は竜ヶ崎の出る個人戦に合わせ、今回は一発・裏ドラ・槓ドラ・赤無しの“完全競技ルール”だ」
サイコロボックスのスイッチを押しながら、龍子はコーヒーを注文する。
「赤を抜いてる時間はないが、当然ドラとしてはカウントしない。丸子さんもよろしいですか?」
昭三は静かに頷くのみ。
(さて……どんな麻雀が拝めるのか。楽しみだな……)
そんな期待する和弥を尻目に、龍子も不敵な笑みを浮かべる。
「……なにぶん2回目だからな、私も。このルールでやるのは」
龍子がコーナーに置いたのは10万の束を5つ、合計50万だった。
「………気前いいな。でも先生、俺は今日は賭けるもんは何も持ってはいねぇんだが?」
「いや、構わんよ。その代わり私が勝ったら、ある条件を飲んでもらう」
(どういう事なの………。『遊びの麻雀と仕事の麻雀は区別している』なんて常日頃から口にしている、竜ヶ崎くんらしくないわ)
それはサイコロボックスのスイッチを押した和弥自身にすら、分からない感覚だった。和弥にとっては今や“たかが50万”のサシウマである。断っても問題ないのだ。
秀夫に教えられた通り「高レート麻雀では4人の中で一番弱い奴を狙え」を打つ心得にしている和弥には、今までではあり得ない矛盾した感情である。
しかし、だ。麻雀部に入部し、綾乃や麗美と対局している内に、何かこれまででは分からない感情が芽生えていたのもまた、否定出来ない事実だった。例えこれがノーレート勝負でも、拒否はしなかっただろう。
(一番だと証明したい、か………。何となく北条の気持ちも、ほんのちょっぴりだが分かるようになってきたぜ)
『鳳凰荘』の十段なのをやたらに自慢し、自分に突っかかってきた今日子の気持ちが、今なら少しは理解できるような気がした。
「12か」
昭三は小百合をギロリと睨んだ。
「起家はお嬢さん、オメーさんだぜ」
こうして小百合の起家で始まった、和弥と龍子のサシウマ勝負。東1局。ドラは七萬。
9巡目。その昭三が、手出しでドラ表示牌の六萬を打つ。
(ここでドラ表………張ったか先生。萬子は明らかにヤバいな。だが俺も入ったら勝負にいくぜ)
11巡目。
「………リーチっ!」
「ロン」
四萬を切っての小百合のリーチに対し、すかさず手牌を倒す昭三。
「安目で良かったなお嬢さん。平和・ドラ。赤はカウントしないので2,000だ」
「………はい」
龍子に2,000点を支払う小百合だが、その光景を見ていた和弥は自分がミスを犯した事に気が付いた。
(俺との対局までなら絶対に止めてた四萬だ………。委員長、手組が遅くなるプレッシャーでまともな判断が出来なくなってやがる)
恐らく小百合は完全競技ルールで打つのはこれが初めてなのだろう。小百合がついてくるのを止めなかったのは、ある程度腕がある打ち手が入った方が、場が成立するという目的もあったのだ。
しかし考えてみたら、龍子にも同じ条件を与えている事になる。
(これはドジ踏んじまったかもな………。せめて白河先輩に声をかけるべきだったかもしれん)
牌を収納口に落としながら、和弥はすぐに気持ちを切り替えた。
(いや………。他人をアテにしよう、なんて考えはいけねぇな。勝負はとっくに始まってるんだ。今更ウダウダ考えてどうする)
東2局。今度は和弥の親である。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる