会長にコーヒーを☕

シナモン

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1話 会長にコーヒーを

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 きっかけはつまんない誉め言葉だったのかもしれない。
「市川さんのいれるコーヒーって美味いからさ」
 ……とりえのない子へのせめてものお世辞と言うか。
「自販機まで遠いし。ついついお願いしたくなるんだよな」
「さすが元カフェにいただけあるね」
「ね、ね、オレ、ハート書いて。――おい、オレのカップ取ってくれ」
「オレもカフェマキアート。『しんご』って入れて」
「―――こちらでよろしかったですか? お客さま」
「あ、そうそう、そんな言い方するよな」
「ゲキうまっ」
「ああ、生き返る~~」
「これが会社の経費(つまりタダ)で飲めるなんて。く――。大きな声じゃいえねーけど、やっぱコーヒーいれるの上手い子っていいな」
「マジ実感」
「うんうん」
「ありがとうございますー。またどうぞ」
 なんてバカやって。
 ――だってさ、みんなみたいに仕事抱えてないし。
 私は派遣社員。4ヶ月契約でこの会社にやってきた。
 やることと言えばコピー機往復、文書作成、お茶汲み、そんな感じ。
 ――これ終わったら次の仕事すぐみつかるかな。
 田舎の親がうるさいんだよね。『またバイトか』って。
 だからバイトじゃないって。言っても言ってもよくわかってない。
 26歳。ウチの田舎じゃビミョ~な年齢。だからうるさい。
『結婚はおろか、ちゃんと働きもしないでなんでわざわざ東京に住むかね~?』
 くっ……。
 そりゃ出来たら本採用されたい、私だって。
 この会社結構給料よさそうだけどなー。
 ……ダメだよね、契約終了まであと1ヶ月ない。
 そんなある日、人事課から連絡があった。
「市川さん。正社員になる気はないかね」
「え?」
「会長のお世話をして欲しいんだ」
「会長?」
 ――嘘。夢?
「そうだ」
「……私、秘書の資格持ってないですけど」
「いや。業務は秘書じゃない。……現在の延長と思ってくれていいよ」
 ――てことは、お茶汲み? 超ラッキー。
 自分の幸運を素直に喜ぶ私。
「――ただし」
「はい」
「会長は大変完璧主義なお方だ。その点だけは注意するように」
 ――完璧主義?
 ちょっと気になったがその日は浮かれてそんな言葉すぐに忘れてしまった。


 ――会長……。どんな人なんだろう。
 派遣会社との折り合いがついた(らしい)数日後、秘書室長さんて人から指導を受けた。
 30代くらいの女の人だ。私の配属部署は総務課秘書室。だからこの人が直接の上司となるわけね。
「――聞いてると思うけど、会長はとっても潔癖症なの。それと大変なコーヒー党。一日に何杯もお飲みになるから、必ずいれたてを差し上げてね」
「はい」
 ――何だそんなこと。
 お安い御用だ。
 私は人材派遣に登録する前はカフェでバイトしてた。
 コーヒーいれるなんてそんなの朝飯前。
 潔癖って綺麗好きってこと? 楽勝、楽勝。
「あの」
「何?」
「それだけでいいんですか?」
 そう聞くとその人の顔が曇った。
「……」
 ――何その沈黙。
 頭に想像図が浮かぶ。
 ――よほど神経質なお爺さんなのかな?
 ちょっとでもこぼすと、『いれなおし!』って怒鳴るとか?
 ――まあいいじゃん。それだけで月給30万以上だもん。保険も年金もつくし少々のことは我慢しなくちゃ。
「――今までの要領でコーヒーをいれてくれればいいから。あなたとってもお上手なんですってね」
「はあ」
 ――お上手ってほどじゃ。カフェでバイトしてたら自然と身につく程度だけど。
 でもまあ幸運を祝おう。
「最初に心得を言われると思うからよく伺ってね」
「はい」
 私は会長室へと案内される。初めて通るピカピカの廊下に室長さんのヒールの音が響いて。
「失礼します。新しい社員をお連れしました」
「ん」
 緊張の一瞬。
 最上階のひろ―――い部屋。ゆっくりとこちらを向く人物。
 大きなデスクの後ろには東京風景が広がって。
「市川香苗くんか。よろしく」
 うっ、とうろたえる。
 思ったよりうんと若い。
 黒い髪。
 高そうな細いフレームの眼鏡。
 見るからに神経質そうな……。
 でも。


 ――すごいカッコいいんですけど。 
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