会長にコーヒーを☕

シナモン

文字の大きさ
57 / 153
3話 はじめての課題

17

しおりを挟む
『いよいよ出張ですかぁ~。翼の近くに座ると酔いにくいって聞きますけどね』
『飛行機酔いの人に飛行機出張だなんて酷ですねー。新幹線でいけないんですか?』
 うんうん、そうだよね。飛行機ダメーな人間が何故わざわざ飛行機なんぞに乗らなきゃならんのだ。
 ……アメリカ行きの前座だ。仕方ない。はあ。
 自信ないなあ。たかだか1時間のフライトに耐えられない私が10時間以上の拘束に耐えられると思うの?
 もーー、会長、どうにかしろ!
 と、わがブログを前にブツブツ
 いよいよ明日に迫った初出張。
 高広くんのことよりもアメリカ行きよりもまず突破しなきゃならない最初の一歩。
 あーあ、憂鬱。
『私も~乗り物全般弱かったですけど、新幹線で旅行するときーー彼氏に手を握ってもらってたらいつの間にか乗り物酔いなおってました。それって今の旦那なんですけどね』
『へー。確かに手を握ると安心しますよね』
『今でもデートするときはお手手つないでますよ♪』
『らぶらぶですね!』
『そういえば私も手をつないでるなあ。うちの場合は子供より旦那の方が行方不明になる確率が高いので迷子防止に握っていたらだんだん習慣になったw』
『彼氏がぎゅってしてくる~。指絡めるヤツでしょ』
『恋人つなぎね。最近多いよね。腕組んでるだけだと、するっとどっかいっちゃうから、うちのヤツ。ちゃんと握っておかないと(笑)』
 あれって恋人つなぎって言うんだ。
 小さなため息を漏らす私。
 いつものことだが、うちのブログは食べ物系であるにもかかわらず、何故か各客人のラブ自慢合戦になる。本人たちはただの報告程度にしか思ってないのだろうけど。コメント欄がチャット会場にへんしーーん。独身既婚問わずらぶらぶな状態の女の子ばかり集まる。
 ブログ主の私がフリーなのに……。この状態って? 女の子が長時間カフェでだべってるみたいに話が続く続く……。
 ゆるカフェというタイトルがそうさせるのだろうか。
 ゆる過ぎるわ……。
『確かに多いですね~。日本もやっとグローバルスタンダードに近づいてきたのかな』
『手のひら合わせると案外相性わかるしね。冷たい手とかあったかい手とかじめっとしてたり乾いていたり人によって違うし』
『キスよりもまず手よね』
『こないだ映画館で握ってたらいつの間にか眠ってたな~』
 いいなぁ。
 私も……。
 また復活してくれないかなあ。恋人つなぎ……。
 全然そんな気配なくなっちゃったもん。いい感じだったのに……。
 はっ。
 何思い出してるんだ、私ったら!
 もやっと感触がよみがえって、ふけってしまいそうになった。
 ああー、ダメダメ、不謹慎、不謹慎。
 みなさんのは旦那さん及び彼氏さん。
 私は単なる部下。
 でもね……。
 いきなり意味不明に抱きしめられるより、手握ってくれる方がいいよね。安心するから。赤ちゃんが抱っこされて安心するのと同じ原理なのかもしれないわ。
 おっきくてあったかい手……。何よりも落ち着くの。
 飛行機酔いだなんて打ち明けなきゃよかったかな。
 会長の隣で手をつないでもらってればよかったりして……?
 どうせファーストクラスとかだろうし。
 いらないこと言わなきゃよかった……。
 そうすればこんな出張なんて行かなくて済んだのかも。
 ああ、涙の出張。用意だけは着々と進む……。
 先日、例の病院にも行ってきた。で、もらってきた安定剤と軽い睡眠導入剤。『とにかくね、たかが1時間程度なんだから、うんうんうなってもすぐすぐ。きれいなお姉さんに介抱してもらえてラッキーくらいに思わなきゃ。切羽詰っちゃダメ』おじいちゃん先生は気楽に言ってくれるし。
『他に症状出ることある? 例えば閉所恐怖症とか、高所恐怖症とか』
『いいえ。全然平気です』
『ジェットコースターは? 乗れる?』
『はい。それも大丈夫』
『そうねえ。飛行機に関してだけ神経が緊張するんだねえ。緊張しないで、リラックス、リラックス。これ見てみて。神経ってのは大雑把に分けて2種類あるの。交感神経と副交感神経。あれしなきゃこれしなきゃって常に緊張してるのが交感神経。それを和らげてやるのが副交感神経。この絵あなたにあげるから、イメージしてみなさい。ピリピリとがった神経をやさしく包み込む感じをね。あなた年頃の女の子なんだから得意でしょ、イメージング』
 と、更に理科の実験室に必ず一体はある人体模型をそのまま2次元に写したような解剖図をくれたのだ。『もうグミも終わっちゃって何もあげるもんないのよ』などと付け加えて。
 大丈夫なの、あの医者……。
 こんなの貰ってどうイメージしろと……?
 ただグロいだけなんですけど。


「あの、それでは明日行ってまいります」 
 いよいよ定時が近づいて。一応上司様に挨拶を済ませておこうと彼の前に立った。
「土曜は宿に入るだけだから夕方でいいよ。日曜に施設を見て回って、月曜日は宿にとどまるなりキミの好きにしなさい。水曜までゆっくりしておいで。料理はまあエビ尽くしになるだろうがね」と送り出しの言葉を賜る。「広島に寄るんだな」
「はあ」
 室長に言って、羽田ー宇部便を広島便に変更してもらった。広島住みの友達に打診すると快くドライバー役を引き受けてくれたのだ。例の道後土産の子だ。彼氏の車で迎えに来るという。いいの? いいのだ、どーせ、早く紹介したいのだろうから! まったくどいつもこいつもらぶらぶでよいこと! 帰りは未定。ていうか、本当に宇部と松江の距離を知っているのか、この人。とても気軽に迎えに来て~なんていえない距離なのだが。しかも平日。とりあえず長距離バスででも実家に戻るしかないか。
「服装は……普段着でいいんでしょうか」
「ああ、キミがいつも着てるようなものでいいよ」
 向こうの人と挨拶するみたいだけど、それってスーツじゃなくてもいいのかな。スーツったって、リクルートスーツしかないけど。あれじゃいかにも新入社員だ。黒いジャケットに白シャツ、シガレットパンツ、こんなところか。ユニクロのがあったはずだ。あれでいいかなあ? こういうとき重くのしかかるのが、会長室専任社員の肩書きだ……。
「……気になるのなら、買ってあげようか?」
 心のうちを見透かされたみたいにニヤニヤして言われて、ついかっとなってしまった。
「け、結構ですっ」
 ちくしょー。「失礼しますっ」
 ちょっとちょっと、からかわれてない? ここんとこ。
 クヤシー。絶対飛行機克服してやるっ。
 いや。
 逆に、飛行機乗れないままのほうがよかったりして……?
 この人の思い通りにはなりたくないっ。

しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...