会長にコーヒーを☕

シナモン

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6話 甘い言葉にご用心

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 3時間ですよ、3時間…この炎天下。信じられない鉄オタの世界。
 うどんやソフトクリームを食べながら、付近を散策しながら(暑い)、やり過ごす間、高広くんはほぼ撮影に費やしていた。
「すげーわ、マジで秘境だな」
 ふ、本当の秘境を知らないな。
 こんなものではありませぬぞ。
 木次線といってですね…。
 もっと悲惨な赤字路線があるのですよ。同じ県内に。私は乗ったことないけど。
「あっちは山奥だから悲壮感が違う。冬は運休になるし」ここはまだ一時間に一本は何か通るから。
「そうなんだ。今回はこっちでいいわ。このおきって列車がメインで海と山の写真が撮りたい」
「まだかなー」
 一か所でただひたすら目当ての列車が通り過ぎるのを待つという苦行…。
 鉄オタさんご苦労様です。
 もっとも、たいていは車でやってきて合間合間で休憩入れるのだろうけど。
「よし、そろそろだぜ」
 やっと空の色が変わり、絶好のシチュエーションの中、みんなの期待を背負って3時間ぶりに上りのおきがやってきた。ちなみに下りの便もあるわけで、決してずっと暇してたわけではない。雲一つなく確かに絶景だけど、列車の灯りかなり暗いのに撮れるの?
 後ろに下がって、驚いた。
 え、人がいっぱい。いつの間にか増えてる! 何だこのおじさん集団。夕暮れの海と鉄オタ。動画のタイトルみたい笑。
 濃いオレンジの、空ってこんな風に暮れるんだ、と感動して、どっぷり日が暮れた19時ごろ、私はそのことに気づいた。

「今のに乗ってたら松江に帰れたんだ!」

 まさか、松江方面最終特急?

「帰る? まだまだ西に行くんだぜ」
「はあ? えーと、在来線じゃ帰れないのか」
 最後の特急が去った後は在来線乗り継ぎになるのですよ。ネット検索開始。
「マジで泊まるの?」
「最初からそのつもり」
「いや、帰れる。親に言って迎えに来てもらえば…」
 東京と違って、松江駅は23時台にはもう閉店状態なのだ。
「あきらめろよ。明日行くところが本命なんだ」
「何なんだ、いきなり鉄オタになんかなりやがって!」
「いーじゃないの。こういう機会でもなきゃ地元のローカル線なんて乗らないだろ?」
「乗る意味なし!」
「まあまあ、そのまま車で新山口に出て、そこから新幹線で帰ればいいじゃん。」
「えーでも」
「今から松江まで3時間以上かけて戻って、明日3時間かけて岡山まで出てそこから新幹線で3時間かかるだろう? 遠回りじゃん」
「うう」
 ああ、山陰の悲しい現実。
「それより宿に泊まってのんびりしようよ。明日の朝早くなくていいし。温泉に浸かろうぜ」
 どうにでもなれ。結局こちらが折れた。


 
 お言葉通り旅館で温泉に浸かり、浴衣に着替えて夕食を済ませた。

「ふーんなるほどねえ」高広くんはスマホで次に行くところをチェックしている。

「山陰山陰て言うけどさあ、ほら、見てみ、ひっくり返すとさ、全然見た目変わるじゃん」
 私の目の前に画面を持ってきて南北がひっくり返った西日本の全体図を見せた。
「山陽山陰関係なくね?」
「う~ん」だから何だって感じだが。
「こうすると中国大陸と行き来の中心て感じするよな。やっぱ古代中国とのパイプラインはこっちだよ」
「んなわけがないでしょう。」
 今日の絶景スポットはまだかわいいものだったが、この日本海の海岸沿いの断崖がどんだけ波が高いか知らないな。大昔なら命がけの航海に決まっている。空も今日たまたま晴れてるだけで、山陰と言うだけあって、年の半分くらいほぼ薄曇りですから。
「出雲神話ってあるじゃん? そういうのが太古のあちこちにあって、実はすげえ栄えてたかもしれねえじゃん。今残ってないだけで、ほったらかしの古墳が世界に無限にあるんだぜ」
「古墳ならいっぱいあるよ、松林で囲われていたり、御札べたべたになってたり。」
「あんた現実的だなー。自分の住んでる場所がもしかしたら昔はすごかったかもって言われて喜ばないの」彼はべたっと畳にうつぶせた。布団は一枚だけ敷いてあって、どちらかが隣の部屋へ移らないといけない。
「その時代に生きてるわけじゃないし。あちこちに古墳があったってことは部族がいっぱいいてまとまりがなかったわけでしょ? それを制圧して何とか国になってくわけじゃん。大化の改新ご存じない?」
「それ以前のこと言ってんだろ」
「出雲が大昔強国だったとして、関係ないし。松江と出雲は違う」一緒にするな。
「あ、そ。地図固定せずにたまには動かしてみればいいのになー」高広くんは横向きになってスマホをくるくる回す。
「混乱するだけ」
「地図の見方変えてみなって」

 変なことを言うだけでなく、強く主張する。
 会話が飛びまくり。
 こりゃ会長付き合ってあげるの大変だったろうな。
 適当に聞き流すに限るわ。

「へ~、こんなことがあったんだ」

 私は適度に話を合わせながら、部屋に置いてあったローカル新聞の見出しをまじまじと見た。
 鳥取県知事選の当選ニュースだった。
 少し前、大きな企業誘致の関連で官民含めた汚職が発覚し、その建物由来の危険物質も指摘され、前の知事が辞職したのだ。
 私はそれを、実家に帰った時くらいしか読まない新聞で知り、今またその続報を見た。
 当選したのは何期も知事を務めた前々知事で年季の入ったおじいちゃんだ。
 しゅっとしてひげを蓄え、大昔の元帥みたい。
 知事のスローガンは『県民ファースト』、県政を見直し、不透明な企業誘致や重すぎた観光業の撤廃を即刻行うと宣言している。
 そんなことがあったんだ、鳥取。
「鳥取の乱(笑)」
 高広くんが新聞紙面に気づいた。
「じーさん頑張ってるじゃん。男気勝利って一部盛り上がってたよな。」
 ふうん、知らなかったな。実家に帰省中に知ったので、いかに普段狭い情報の中で暮らしているかよくわかるわー。
「鳥取の海もきれいだけどね。」私は話題をすり替えた。
「内陸走ってるところも撮りたいわけ。今回はパス。」
「あんたがそんなにこだわる理由って何なの。」
 突然やってきて、同じ列車ばっか追っかけて、よく考えたらとんでもなくおかしなことやってるよね? 何でそれに付き合っちゃったんだろう。私も私だ。
「鉄オタに絶対見えないよね」
「わざわざ変装する必要ねーだろ。これでもかなりランク落としてるんだけど」
 さっきの場所でも列車の中でも、何ならイオンでもかなり目立っちゃってましたけどね? この上なくきれいな鉄オタ。
「…服買ってもらってありがと」
 一応礼を言っておく。撮影終了後さらに西進、益田というまあまあ大きな町まで行き、しまむらで下着その他一式ご購入いただいたのだった。
「明日は~陸だな。里山へ行こうぜ。」
 またスマホをチェック。二人で覗き込む。
「どこよ」
「ここ、ここ」
「えーと…ここ?」
 すでに鳥取ははるか遠く、親には友達と泊まりに行くから直接上京すると伝え、明日は山陰本線に別れを告げ、内地を行く。
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