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第二章

第二話 詩と人形と死と

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嘘だろ・・・
誰かがそう発した声を皮切りに、阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。
「死んだの!?」
「誰がこんなこと」
「怖い・・・人ってこんなに・・・」
「い、一回みなさん落ち着きましょう」
「あのジュースには・・・まだ誰も触ってなかったはずだろ!?」
「いや!私まだ死にたくありません!」
降って湧いたその事実を認めていくしかないと同時に、自分もこうなるかもしれないという不安でおかしくなり始めていた。もしゲームに負けたら、キラ君は、僕たちはもう戻れない。笑って友達と話すことも、家族とご飯を食べることもできないのだ。『死』を目の当たりにしてこのゲームが命がけであることを否応なく理解させられた。
「誰か、誰かいないの?彼が誰に殺されたか分かる人・・・!」
分かるんだったらとっくに出てるだろ、そんなこと自分でもわかっているが、声を出さずにはいられなかった。ハッとしたようにメガネをかけた男の子がキラ君にかけより、手首を掴む。そして白い指で瞼を開き、閉じた。次いで机に置かれた飲みかけのジュースの臭いを嗅いだ。細心の注意を払って。
「・・・気絶じゃない。もう、死んでる。多分シアン化物・・・青酸カリだ。」
場が静かになった。お嬢様風の女の子が首をかしげる。
「・・・『せいさんかり』ってなんですの?毒薬かなにか?」
男の子が視線をカップに向けたまま言った。
「薬とは言わないな。水に溶ける毒物で、量が多ければ今みたいに即死。サスペンスドラマなんかでも、よく使われてる。」
太った男の子が頷いていた。臭いを嗅いだだけで分かるものなの、それ?
「確実とは言えないけどな。アーモンドのような臭いがするんだ。」
それでもその知識があるだけ凄いな、と思う。僕も名前くらいは知っていたけど、ここまで実践で使える知識は無かった。ドラマでここまで分かるものなのか?それとも…
「よく見るの?サスペンスドラマとか。」
「偶にっていうくらいだ。どちらかと言えば、」
そこで一度言葉を区切ると男の子はメガネの端に手を添えた。
「親から教わった知識が多い。父さんが医者なんだ。人の身体については少し詳しいつもりだから、その点では頼りにしてくれ。」
遺体を横たえるその男を見ながら、ほぼ全員が頼りになるやつだと感じた。だが同時にこうも思った。(もし『犯罪者』だったら厳しい戦いになる)、と。この男の子の言うことが嘘か本当か、僕たちには判断することができない。
少しして、死体がホログラムのようになって消えた。ゲームに勝てば復活するということは、一時的にどこかに保管されるのかもしれない。なんで数分空けるのかと聞いたら、
「演出のためだよ!」
なんて言われた。本当に胸糞悪いゲームだ。メガネの男の子・・・立花務と名乗ったその子がキラ君以外のトロピカルジュースは安全だと言ったが、とても飲む気にはなれず、重たい時間がまた少し流れた。と、沈痛な空気に似つかわしくないお腹の音が島内に鳴り響く。あの太った男の子だろうか。
「・・・メシにするか!夜ご飯!」
・・・はぁ!?いやこの状況で食べてる場合じゃないだろ。今さっき飲み物で一人殺されたんだよ?僕はいきり立った。ところが。
「それもそうですね。」
「腹が減っては戦が出来ぬって言うし。」
「どなたか料理してくださる?」
全員、ぞろぞろと食堂に向かってしまった。あれ、僕が間違ってるのか・・・?

「美味しい!こんなハンバーグ初めてだよ。」
先ほどとは一風変わって、食堂には和やかな雰囲気が漂っていた。双子っぽい人たちの女の子の方ー双葉ヒカリちゃんを中心にを中心に作った料理は安全で、なおかつレストランみたいにおしゃれで美味しい。神経をすり減らすような時間が続いた後というのも、理由の一つだとは思うけど。桜子ちゃんが微笑んで言った。
「それにしてもすごいよ、日向くんの作戦。これなら安全に食べられるもん。」
太った男の子、日向満くんの立てた作戦はこうだ。一人が作業してるとき、別の一人がその工程を見張る。『犯罪者』は一人しかいないため、見張られていては何も仕込むことが出来ない。シンプルながら確実で、いい案だった。食材に予め何か仕込む、そうなると自分も食べなければ不自然になるシチュエーションが起きかねないその確率も低いだろう。
「さっきのジュースには多分、オレたちが下に降りてくる前か、スピーカーの放送に注目が集まってるときに入れられたんだ。ホールには誰かが入った形跡はなかったし、まだ安全だと思ったんだよ。」
実際今この瞬間、新たな死人は出ていなかった。『犯罪者』を絞ることもできてはいないのだが、状況は消して悪くないと言える。勿論油断は禁物だけど、食事に関してはこの作戦で乗り切れそうな気がした。
「ねえ、改めて、自己紹介しない?もうだいぶ話した人もいるけど、名前くらいは全員覚えときたいし。」
そして今度は僕からすることにした。言い出しっぺの法則ってやつだ。それに始めちゃえば、みんなも続いてくれると思うし。
「僕は雪平涼、みんなと同じ中一だよ。ここには気づいたら来てたってところ。サッカー部に入ってるし、運動神経にはそこそこ自信があるよ。よろしくね。」
桜子ちゃんにしたものより少し長めに自己紹介をすると、みんながパラパラと拍手をしてくれた。その後もすでに自己紹介を済ませた恵美ちゃんと務くんを飛ばしながら自己紹介が進んでいく。
調理を先導してくれた女の子。
「双葉ヒカリです。趣味は料理で、今食べてるハンバーグのレシピは私が考えました。ふわっとさせるのに工夫が・・・って、こんな話しても仕方ないですね。不束者ですがよろしくお願いします。」
ヒカリちゃんによく似た男の子。
「双葉ヒカリの兄で、ヒカルと申します。もう察している方も多いかもしれませんが、一卵性の双子です。特技らしい特技もないですが、絶対にヒカリと元の世界に戻るつもりなので、よろしくお願い致します。」
前髪で目の隠れた男の子。
「・・・清水深作。中一。よろしく。」
金持ち家の令嬢のような女の子。
「あたくしの名前は西園寺瑞樹。趣味はそうね・・・聖書を読むこととお紅茶を嗜むことかしら。どうぞよろしく。」
太っていて意外と策士な男の子。
「日向満。満って書いて『みつる』だ。好きなことはサスペンスドラマを見ることと食べること。ま、仲良くしようぜ。」
そして最後に桜子ちゃん。
「林桜子っていいます。得意なことは・・・水泳、かな。もう言わなくていいかもだけど中一です。みんなよろしくね。」
一通り自己紹介を終えたところで、満くんが疑問を一つ出した。
「双葉兄弟は知り合いっつーか家族なわけだろ?『犯罪者』が運営側の人間なら、そこ二人はシロでいいんじゃね?」
シロっていうのはこの場合『被害者』側のこと。逆にクロが『犯罪者』側を指すことになる。確かにシロが二人見つかれば絞りやすくはなるけど・・・。
「こーいうのはとりまアンノウン呼ぶしかないっしょ。」
「はいはい、呼んだっ?」
ピョコっとツインテールを揺らしてアンノウンが現れる。こっわ変なところから出てこないでよ天井って。
「元々知り合いの双葉兄弟は確シロってことでおけ?」
アンノウンはツインテールを揺らして『むむむっ』という顔をした。
「そうとは限らないかなっ☆見た目をコピーした運営側の人間って可能性もあるよ♪」
そんなことできるのかよ・・・
「未来人だからね☆それじゃあまた♪」
ブブッとバイブレーションを鳴らしてアンノウンは消えていった。これでまた振り出しか・・・なんでもありだな未来人。一体どんな世界で生きてんだろ。やがて各自が近くの人とバラバラに話し出し、会議という雰囲気ではなくなってきた。
「青酸カリについてだが、小さくても置いておく場所があるはずだ。他の武器が置いてあるかもしれないし、明日明るくなったら探してみるのはどうだろう。」
「あの・・・こんなときにすみません、私少し不眠症で・・・どなたか睡眠薬を持っていませんか?」
「そいつは賛成だ。根城を潰せばこっちのもんだもんな。」
「ボク、もう寝ようかな。シャワーは個室にあるし。」
「あーしは持ってないな。つとむん持ってんじゃない?」
「あたくしもそうさせてもらうわ。アンノウン、メイク落としはありまして?」
「屋敷の見取り図などあれば助かるのですが」
「雪平さん、あの人形たちって詩に書いてあった人形かな?」
何か怪しいことを言っている人がいないか観察していると、桜子ちゃんにそう言われた。確かに暖炉の上に兵隊を模した人形が乗っている。
「そうかも。詩に書いてある通りなら、十人いるのかな?」
遠目から数えた感じだと一人少なく見えたが、多分気のせいだろう。そうして少しずつ時間がたち、とりあえず断罪の銃を持っているのが誰かを明日確認しようということだけはなんとか決まり、一人、また一人と部屋へ戻り始めた。一人になるのは危ないが外は断崖絶壁だし扉には鍵がかけられるはずだから大丈夫だろう。僕も残っていた数人に挨拶し、はじめに出てきた個室に戻った。しっかり鍵をかけ、シャワーを浴び、洋服ダンスに入っていたパジャマに着替える。なぜかピッタリのサイズのものが用意されていた。明日以降に着てくださいとでも言いたげな服も綺麗に畳まれ積まれている。やばいゲームだが変なところで人道的だ。そして他にも何か入ってないか机の引き出しを開けっ・・・・・・て、ええええええ!?十分の一だしまさかとは思っていたが、ピストル・・・断罪の銃が入っていた。持ってみるとずっしりとはしていたが、ポケットになんとか入りそうな大きさと重さだ。よかった、僕が持っているなら断罪の銃は『被害者』がわにあるってことだ。それに自分が持ってるってことはいざという時に決着をつけられるということになる。とりあえず明日ほんとうに共有するかは考えておくとして、銃は中に戻し、電気を消そうとして、再び目に入った詩をぼんやりと読んだ。

「十人の小さな兵隊さん」

小さな兵隊さんが10人、食事に行ったら1人が喉をつまらせて、残り9人

小さな兵隊さんが9人、寝坊をしてしまって1人が出遅れて、残り8人

・・・

なんだか既視感があるな。一瞬脳裏に再生された死ぬ間際のキラ君の残像を振り払い、今度こそ明かりを消して眠りにつく。たまたまだ。そう、たまたま・・・。

翌朝、胸騒ぎに囚われたまま顔を洗い着替えて銃をポケットに入れ食堂に移動すると、人形の数が減っているような気がした。人形の数は八体だった。
















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