えん罪で婚約破棄された悪役令嬢(18歳)が無理矢理結婚させられた辺境伯(36歳)に意外と惚れちゃう話

林優子

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「式が終わったら全て話す」
 こうおっしゃったセドリック様のお言葉が果たされませんでした。
 そう申しますのも、わたくしは式の直後から、熱を出してしまい寝たり起きたりという生活が続いておりました。

 繰り返し、繰り返し悪夢を見るのです。
 苦しかった王子妃教育。
 次第に冷たくなっていく婚約者だった王太子様の態度。
 友人だと思った方々が手のひらを返してライラ様に取り入っていく様。
 そう、王太子殿下の心を射止めたのは男爵令嬢のライラ様とおっしゃいます。
 そしてあの卒業パーティーの夜、やってもいない罪で人前で罵られる驚きと恥ずかしさ。
 言い渡された婚約破棄。
 ああ、それでもわたくしを庇おうとしてくれたお友達は今、どうしているのでしょう。
 両親は卒業パーティーから戻ったわたくしを馬車に押し込め……。

 そんなわたくしにセドリック様は、「まずは体調を治そう。不安だろうが私を信じて今は何も考えないで」と療養を勧めて下さいました。
 辺境伯のお城は、療養には良い場所でした。
 お城の文官や武官が出入りする棟は賑やかですが、それ以外の奥向きは静かで緑も多いのです。

 城の使用人達は、優しく丁寧にわたくしに接してくれます。
「田舎で申し訳ありません」
 そう言いながら、何故でしょう、使用人は作法も気遣いも公爵家や王城の使用人達に何一つ劣ることはございません。
「おや、お嬢様にそう言って頂けると光栄ですわ。私達はこの辺境の田舎育ちですが、親やそのまた親の世代は王城に勤めておりましたの」
「王城」
「元々お館様のお父上様は第一王子殿下でございました」
 そうでした。
 セドリック様のお父上は正妃の子で嫡子でありながら政変に敗れその地位を追われ、この辺境伯となったのです。

「その時一緒にこの辺境に住み着いたのが祖父母達です」
 大層慕われた方だったようです。
 荒れ野と呼ばれたこの地を開墾し、今では一大地方都市に成長させたのはこの王子殿下と息子のセドリック様です。

「都の人が何を言ってもここには聞こえてきません。お嬢様も何も心配はいりませんよ。ゆっくり療養なさって下さい」
 万事、居心地良く整えられた空間で、わたくしを次第に健康を取り戻してゆきます。
 セドリック様も出来るだけわたくしと食事を共にしたりと気に掛けて下さいました。



 何も考えずにゆったりと日々を過ごし、ひと月が過ぎた頃でしょうか。
 わたくしが庭の散策をしている時でした。
 侍女に連れられ見頃という薔薇を城の中庭で眺めておりますと。

「ビアンカ様は、随分と綺麗な方ですね」
 二階の窓から、風に乗って騎士様の声が聞こえて参りました。
 わたくしは赤面致します。
 立ち去ろうかどうかと悩んでいる最中、セドリック様がおっしゃいます。
「おい、首尾良く大願を果たすまであの娘に手出しをするなよ。終わったらいくらモーション掛けてもいいから」
 相手から騎士様だからでしょうか、セドリック様の声もいつもと違いリラックスしたご様子でお答えでした。

「子爵家の三男くらいだと洟から相手にされませんよ、お館様」
「そうそう、あんなに若くて綺麗なご令嬢は王都の貴公子しか興味はないでしょう」
 別の騎士様もそうおっしゃいます。
「……そりゃあどうかね」
 とセドリック様。
「どうかって、お館様?」
「あの娘はその王都の貴公子である王太子にひどく打ちのめされた。それにあの娘は頭がいい。ちょいと年上で無骨だか誠実で包容力のある男なんかがいいと思うがね」

 わたくしは頬が赤らむのを抑えられません。
「そいつは……」
 と騎士のどなたかが言い掛けます。
「仕事だ。仕事。しかも大仕事だ。アンドリューから返事が来たぞ」
 とセドリック様は声色を一変させて部屋の中へと戻っていきます。




 わたくしは、いつしかセドリック様に恋しておりました。
 ですが、18歳も年下のわたくしです。
 セドリック様の目には妻と映ることはございますまい。

 あの方は何度となくわたくしの寝所を訪れております。
 酷くうなされた時、侍女がセドリック様を呼んだのです。
 泣いている私をセドリック様は、いつも赤子を抱くように抱きしめて下さいます。
「大丈夫だ。大丈夫。君は何も悪くない。怖かったね。もう心配いらないよ」
 優しく子供をあやすように囁かれると、安心して眠くなるのです。
 こちらに来てからは毎晩のように。
 ひと月が経ち、ようやく悪夢を見ないようになると、セドリック様が寝所に来ることもなくなりました。
 わたくし達は白い結婚なのです。

 皆、わたくしを「お嬢様」と呼びますが、「奥方様」とは呼びません。
 わたくしはあの方の仮の妻でしかないのです。
 それがどうにも苦しくて仕方ないのです。


 わたくしはすべてを聞く決心を致しました。
 思えば、この辺境地にあって、どうしてセドリック様は私が「悪くない」と断言なさるのでしょうか。
 どうして王太子殿下から婚約破棄を申しつけられたわたくしにこんなに優しくして下さるのでしょうか。




 ***

「ビアンカ、君は婚約者の王太子に罠にはめられたのだ」
 セドリック様のお話はそんな言葉から始まりました。
「君は男爵令嬢のライラを苛めてなどいないね。まして階段から突き飛ばすなどしてはいない」
 セドリック様は力強くそうおっしゃいます。
「はい……」
 わたくしは嬉しくてたまりません。
 ようやくわたくしを信じてくれる方に会えたのです。

「でもどうしてセドリック様はわたくしを信じて下さるの?」
「どうして?それは昔私も彼奴きゃつらにはめられたからだよ」
「では、あの王妃殿下を陵辱しようとしたというのは……」
「知っていたか」
 とセドリック様は頭を掻いた。
「実際はあれらが乳繰り……いや、密通しているところを偶然乗り込んでしまったのだ。穏便に婚約解消出来れば良かったが、レイチェル、今の王妃は私に陵辱されたと言い、王太子、今の国王は『レイチェルは自分が助けた』と言った」
 セドリックは、厳しい表情になる。
「王族が『是』といえば、黒いものも白くなる。私が無実だろうが何だろうが関係はない。だから私と私の父は大人しく不名誉を受け入れた。王は絶対だ。だがね、だからこそ王族は正しく、間違いを犯してはならない存在なのだ」

 セドリック様はわたくしを見つめます。
「ある人から聞いて君がそんな子ではないのは良く分かっている。そして君がはめられたことも知っている。君は私と同じえん罪を掛けられた。しかし、私の時より君は遙かに厄介なことになっている」
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