セダクティヴ・キス

百瀬圭井子

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エピローグ

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 ダイニングテーブルの上には、航が買ってきた『箱根温泉まんじゅう』が一つ転がっていた。
『珍しいな。おまえから電話なんて。なんの用事だ?』 
 議員会館の中で会議室へ移動中だという父の声は、相変わらず語気に迫力があり、気の弱い者ならそれだけでも言葉に詰まってしまうような威厳があった。
「正月にした見合いの話ですが」
『ああ』
「お断りしてください」
『……ほお?』
「少し思い上がっていたみたいです。結婚くらい父さんたちに任せても自分はなんとも思わないと」
『………』
「やはり愛情がないことが前提の結婚をして、相手を不幸にすることの責任は取れそうにないです」
『それを思い上がっていたというのかね』
「はい。自分は今は愛のない結婚をする余裕はないですし、父さんたちの役に立てるような結婚相手を見つける甲斐性もないです」
『なにを言ってるのかよくわからんが……。では、今回の話はなしにしよう』
「そうしてください」
『しばらく時間をやろう。おまえはもう少し大人だと思っていたが、買いかぶっていたようだな』
「はい。少し自分を抑えすぎていたようです」
『何かあったのか?』
「いえ、べつに」
『何をしていようとおまえは私の息子だ。それに変わりはない』
「ええ、もちろん。わかっていますよ。お父さん」
 プツッとそこで電話は一方的に切られた。
「……一応、情はありますよ。お父さん」
 誰もいない部屋。
 彼は誰ともなしに呟いた。
「───母さんも兄さんもあやも。同等に、限られた肉親の情を均等に───いや、あやだけは少し特別ですが。───でも、限られた分量の中の話です。───それを超えて尽くすことはできません。そこら辺のクールさはあなたを見習わないとね───」

 彼は続く言葉を胸の中だけで呟いた。

「……───大事なものは守れない……」
 





 了
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