解雇(クビ)にされた細工師が自分の価値を知る【リ】スタート冒険者生活~ちまたで噂されてる伝説の職人の正体は、どうも俺らしい~

安野 吽

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【第一章】

◆細工師ギルド長、追い詰められる(細工師ギルド長・ゴーマン視点④)

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◆(細工師ギルド長・ゴーマン視点)

 ギルド長ゴーマンは細工師ギルド内の通路を進みながら憤慨していた。

 殴られたせいで盛大に腫れた顔を包帯で隠してはいたが、どうしても悪目立ちし、多くの人間がこちらを見てひそひそとささやいてい来るのだ。

「くそっ……私が何をしたというのだ」

 この所、やけにうまくいかない。
 公爵家の若造からは嘲笑を受け、テイルの始末は失敗し、あろう事かならず者まがいの冒険者に暴行され……プライドも体もボロボロだ。

 しかも追い打ちをかけるように右肩上がりだったミルキア細工師ギルド謹製アクセサリーの売り上げが滞り出し、各所からクレームが相次ぐ中……責任者をすげ替え原因を調べさせてみたが判然としない。

 鑑定アビリティを持つ者に調べさせてみても、これまでユニーク品質で出来ていた物が、レアやコモンの品質でしかできなくなっているとの事だ。

(貴様らがどこかで手を抜いているせいだろうが……無駄金を遣わせおって!)

 場当たり的に人数を増やして対応させてみたが、納品した物がどんどん返品され、ギルドの評判は落ちるばかりだという。

 自然ゴーマンにも厳しい目が寄せられ、経営会議でも交代要求が議題に上る程だった。

(ちくしょう……全部あの小僧のせいだ! ううッ……)

 執務室に駆けこむと顔を押さえるゴーマン。
 自慢の若作りは、今や見る影もない青痣だらけだ。

 テイルさえ始末できていれば……ゴーマンは焦りと怒りからその事が頭から離れないが、冷静になってみればもはやそれどころではない状態だった。

 なにしろ、ミルキア細工師ギルドを国内有数の規模に押し上げる為に、実家である伯爵家から多額の資金の融通してもらい、さらに銀行からも大金を借り入れている状態なのだ。

 元は商家だった生家オルドリゲス家は、貧乏伯爵から爵位を買い上げる事で貴族となった為、領地収入が存在しない。国からの援助金も多くはなく、全てをつぎ込んだこのギルドの経営が失敗すればかなりの大打撃を受け、貴族としての立場も危うい。

 現状のテイルを追い出したことによる経営の悪化と、テイルの存在がこのギルドの成長に大きく貢献していたという事実をさしものゴーマンも無視できず……しかし歯ぎしりしながら決断したのは、テイルへの謝罪ではなく脅迫だった。

「はーっ、はーっ……不味いぞ、奴を……そうだ! 奴を……脅して言うことを聞かせ、馬車馬のように働かせれば、おそらく元通りにはなるはずだ。確か奴らには仲間がいたはず。それを人質に……」

 彼は秘書を呼んだが、中々現れず大声で喚き散らす。
 しかし、しばらくしてやって来た専属秘書は苛立ちに顔を歪めていた。

「なんですか一体……? 私忙しいんですけど」
(ぐっ、どいつもこいつも……)

 彼女の態度もこれまでとは違って、不満を隠そうともしない。
 ゴーマンは脂汗の浮かんだ顔で、秘書に言い放つ。

「情報屋を、呼べ……!」

 情報屋とは、彼が懇意にしている顔を隠した怪しげな男のことだ。
 この男の存在を知り、街の人や金の流れを知り尽くしたその知識を買う事で、ゴーマンはこれまでの取引を有利に進め、このギルドのマスターへと登り詰めた経緯がある。

「はぁ……? そんなことより、ギルドをどうにかした方がいいんじゃないんですか? 経営が危ないって聞いてどんどん人が抜けて行ってるんですけど。このままこのギルドが立ちいかなくなったりしたらどう責任を……」
「うるさいっ! それをどうにかする為だっ! とっとと奴を呼んで来いっ」

 ――ガチャン!

「ひ、ひいっ、わかりましたよっ! 呼べばいいんでしょ!」

 机の上のランプを投げつけるとあわてて秘書は出てゆき、ゴーマンは荒い息を吐いて椅子に座り込む。

(はぁ、はぁ……くそっ、このままでは……。もしせっかく祖先が買い上げた爵位を手放し平民に戻るなどということがあったら……! そんなことは私のプライドが許さん……!)

 金を出してくれそうな貴族に目星をつけ、手紙をしたためているとしばらくして、黒い覆面をした怪しい風体の男が音もなく室内に入って来た。

「なんか、大変なことになってるみたいですねぇ。廊下でも荷物まとめて出ていく人とすれ違いましたよ? ハハ、ほんの数か月前までの勢いが嘘のようだ……」
「余計な事はいい! ……闇ギルドの人間を雇いたいが、いくらかかる」
「五人で前金で金貨二千。成功したら追加で三千の、合計五千枚ってところでしょうか」
「ごっせん……!? な、なんだと!? 高すぎる……」

 平時ならまだしも、ここに来てこの出費は痛い。家の財産を処分しないと到底どうにもならない額だ。

「足元を見ているのではないだろうな……金貨五千枚だと? 払えるはずがあるかっ!」
「ではこの話は無かった事に」
「……ま、待て! 二千五百! さ、三千……いや、四千でどうだ!?」

 覆面の男の目が途端に冷たくなる。

「この類のことで値切るとろくな人間を寄こしてもらえませんよ?」
「ぐむ……わ、わかった。どうにかする……」
「なら、商談成立ということで。取引はいつもの場所で……闇ギルドのメンバーにもそちらに向かうよう伝えておきます」

 男は早々に部屋を出ようとしたが、途中でわざとらしく立ち止まり一つの情報を漏らした。

「そうだ、これは独り言なんですが……。そういえば以前居場所を調査した彼が、ロブルース公爵領が冒険者ギルドに発注した遺跡探索の依頼に挑むらしいなぁ~。いやぁ、それにもし悪い人が紛れて込んでいて、大変なことにならなかったらいいんだけど、な~んて……。おおっと、聞こえちゃってましたか?」
「……くく、いいや、何も聞いておらんな」

 それだけ話して男が消えた後で、ゴーマンはニヤリと笑う。

(遺跡か。良くは知らんが魔物の巣窟だと聞く。戦闘に意識が集中して隙ができれば、比較的容易に計画を実行できるかもしれん。だが、それだけでは不完全だ。……もう一つ、あの道具を使ってやるか)

 彼は机の引き出しを開け、ある箱を取り出した。
 そこには、魔族の女が付けていた黒い首輪と同じ質感の腕輪が収められている。

(小僧め、光栄に思え……我がギルドの立て直しに一役買わせてやる。この私の下で精魂尽き果てるまで使い潰してやるからな! 待っていろよ、クク、クケーッキャッキャッキャ――!)
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