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1章
男はみんな狼なの?
「もしもしー?」
「もしもし!聞いて那奈私やばいの!」
私がまず電話をかけた相手は那奈だ。私は那奈に、安藤くんとのことを話した。
那奈は私が間違えて友だち追加してしまったことを笑っていたが、こう言った。
「まぁこれも何かの縁でしょう、もしかしたら仲良くなって付き合っちゃうかもね?」
「そのことなんだけど私、多分安藤くん好きだ」
「おっと?突然のカミングアウト??」
「いや安藤くんのこと意識しすぎちゃってさ、なんか他の人と話す時みたいに普通に振る舞えなくて…」
こうして話している今だって、体が熱い。
顔もなんだか火照っているし、恋ってこんな感覚だったっけ…?
「しっかり恋じゃん、それ!柚の次は由梨香かぁ~」
「そうだ、明日学校で柚にもカミングアウトする…!」
私は今まで、同じ学校の人を好きになったことがなかった。
中学のときに付き合った男の子がいたけれど、好きが何なのかよくわからず、すぐに別れてしまったことならある。
直近で別れた元カレも、なぜか別の高校の人だったしね…。
すると那奈の一言で一気に現実に引き戻される。
「ねえ数学の勉強やばすぎない?由梨香大丈夫?」
「えっと、普通に大丈夫じゃないが?明日から3人で居残り勉強しようよお願い~」
「あははだよね、柚も良ければ3人で勉強会するか~」
明日の約束をし、電話を切る。憂鬱な気分だ。
私は数学が大の苦手なのだ。
中学まではなんとかなっていた。
しかし高校に入った途端、今までできていたはずの勉強が嘘みたいにできなくなり、どんどん着いて行けなくなって、終いには毎回数学だけ赤点ギリギリ…。
「まぁまだ3日くらいの余裕があるし、明日学校で勉強会するから、今日はそろそろ寝よう」
勉強をどうしてもしたくない自分にそう自分に言い聞かせ、私は眠りについた。
《放課後》
「柚、今日居残り勉強しようよ~」
「え!那奈と由梨香、居残りするの!?じゃあ私も少し残ってやっていこうかな…ちょっとわからないところがあってさ」
「ほんと!やったぁ一緒にやろう!」
私たち3人は机を向き合う形でくっ付けて、それぞれ勉強の準備をした。
教室には、私たちと同じく居残り勉強をしている人がチラホラいた。
その中には、なんと安藤くんも。
それに気づいて、那奈が私に問いかける。
「…ねえ、そういえば柚にあのこと言ったの?」
「実はまだ言えてない…」
「えー何!?また私だけ知らないことがあるの!?」
「ちょっと待って、諸事情で口で言えないから今手紙書いて回すね!」
私は急いでノートの端っこを破いて、簡潔に説明を書いた。
【私安藤くんのこと好きになっちゃった。
今、教室に本人がいるから声出しちゃダメだよ】
特に意味もなく、メモを小さく折りたたんで柚に回した。
それを見ると柚は途端にニヤニヤし始めて、おもむろに立ち上がるとどこかへ行った。
「ねえ安藤くん、私たちに教えて欲しいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」
なんと柚は安藤くんに話しかけに行ったのだ。
「柚!??」
驚きを隠しきれない私は、ついに声を出した。
那奈も柚の行動力に圧倒されたようで、目を見開いていた。
安藤くんを連れて、柚がこちらに戻ってくる。
「3人はこれから、なんの勉強をする予定なの?」
安藤くんがこちらに声をかける。
那奈が、答えろと言わんばかりに私に目で合図をしてくる。
「…えっと、数学やろうと思ってて!あの、私数学のテストだけ毎回赤点ギリギリ回避してた感じだったから、今回の範囲の要点を教えて欲しくて…!」
突然訪れたビッグチャンスに慌てふためくが、なんとか話せた。
安藤くんは私の右斜め後ろに立つと、私の背後から囲うような形でノートを見た。
信じられないほど距離が近い。
心臓の音とか聞こえてないかな、大丈夫かな…?
私の右側から、安藤くんの大きくて骨感のある、少し焼けて黒い手が伸びてきた。
彼はノートのページをめくろうとしているだけだが、私はこの距離感の近さに死にそうになっていた。
それを那奈と柚はニヤニヤ見ているだけで、何も口を挟まなかった。
「なるほどね、ここはX=の式にするよりもYから始めた方が良くて、正しい式何個か覚えておけばそれを当てはめて計算すると出来るよ。今ここに、正しい式書いていい?」
「お願いします…!」
私はドキドキしながらも彼にシャーペンを手渡す。
彼が受け取る時に、そっと指先同士が触れた。
サラサラとして温かい彼の指先に対し、私の手はしっとりと湿っていて恥ずかしかった。
安藤くんはササッと式を3つくらい書くと、どの問題にどの式が使えるのかまでメモしてくれた。
私のノートに、安藤くんの直筆メモがあること自体、嬉しくてたまらなかった。
「こんな感じかな、要点は。もし分からなかったら夜とかまた連絡してきていいよ」
クールにそう言った安藤くん。
また話せるきっかけができたようで嬉しかった。
「教えてくれてありがとう!」
私はそう言いながら安藤くんの方を振り向いた時、心臓が止まるかと思った。
顔と顔の距離、ほぼ15cm。
思っていたよりもずっと近くに彼はいたようだ。
「…っ!」
あまりにも近距離で目が合いすぎた。
安藤くんは咄嗟に一歩下がり、じゃ、と素っ気なく自分の席へと戻って行った。
…危なかった。
キスするところだった。
欧米じゃないんだからお礼にキス、だなんて変な話だ。
「え、ねえめっちゃ良い感じだったよ二人」
コソッと那奈が私に言う。
続いて柚が口を開いた。
「なんか私と那奈いないみたいな雰囲気だったよ、距離もめちゃくちゃ近かったよね。由梨香どう?大丈夫?」
「…いや無理かも。集中できん」
まだ、彼と一瞬だけ触れた私の指先はジンジンとしていて、彼の温もりを覚えているようだった。
私は、彼がノートの端っこに書いてくれた公式と要点のメモをジッと見つめることしかできなかった。
帰り道で、那奈はこう言った。
「安藤くんって草食系に見せかけて肉食系かな」
「あーそれ私も思ったぁ!」
なにやら、那奈と柚は盛り上がっている。
「肉食だの草食だの…どういうこと?」
「だからぁ、さっきの距離感といい由梨香を見る安藤くんの目といい、あれは完全に狙ってるね!それか、天然人タラシかも?なんか無意識だけどドキッとさせることやっちゃうみたいな」
那奈が自信満々にそう言う。
「気づいたら由梨香捕って食われてたりしてね、気をつけなよ男は狼なんだからね!」
????
2人が何を言っているのかさっぱり分からない。
一見クールだがあんなにメッセージのやりとりでも会話でも優しい安藤くんが、女の子を捕って食うなんて有り得ない。
「安藤くんはそんなことしない気がする」
根拠はないが、私は思ったことを言った。
那奈と柚と別れ、1人になった。もう日が暮れ始め、お腹がすいてくる頃だ。
ブーッ
スマホのバイブ音がスカートのポケットから鳴る。
開くとメッセージが1件。安藤くんからだ。
【(透也)もう家ついた?】
え、これ私に聞いてる?何かの間違いでは?
ていうか、なんの確認!?
いや、落ち着いて返信しよう。
【(私)まだ!もうあと5分で着くよ、どうしたの?】
【(透也)そっか、お疲れ。今日教えたところわかった?】
【(私)うん!簡潔ですごく分かりやすかった】
【(透也)それなら良かった】
ここで一旦未読のままチャットを閉じた私。
もしかして私の勉強の心配してくれてるのかな…。
だとしたら、すごく優しい。
帰宅し、夕飯を食べてすぐベッドに横になる。
ぼーっとしながら、今日の学校でのことを振り返っていた。
あんなに顔の距離が近かったのに、安藤くんはなんとも思わなかったのかな?
私は心臓が破裂しそうだったのに。
しばらくの間、悶々としていた。だが、1人でひたすら考えても何も解決しない。
「はあ、嫌だけど勉強するかぁ…」
重い体をベッドから起こし、ペンケースを漁る。
そのとき、安藤くんに使わせたシャーペンが無いことに気づく。
「あれ?お気に入りのシャーペンがない」
もしや、と思い私は安藤くんに連絡をした。
【(私)私のシャーペン間違えて持ってたりする?】
返信を待っていると意外とすぐに返ってきた。
【(透也)さっき借りたやつ、間違えて持って帰ってきてたわ、ごめん!明日返す!】
【(私)そっか、全然いいよ!それより見つかってよかった~!】
やはり、安藤くんが持っていたようだ。
私のシャーペン、安藤くんの家に1日お泊まりか。
仕方がないので、今日は別のシャーペンで勉強することにしよう。
…安藤くんって家ではどんな感じなんだろう。
メガネをかけて勉強している姿が頭に浮かぶ。
こうして勉強している間も、つい彼のことを考える時間ができてしまうから恋ってすごい。
安藤くんは、元カノとかいたことあるのかな…。
彼について、知らないことだらけだった。
もっとちゃんと彼のことを知りたい、と思ってしまった。
『男は狼なんだからね!』
ふいに、那奈の言葉を思い出す。
安藤くんは狼なの…?他の女の子とそういう経験はあるのだろうか。ちょっと嫌だな。
自分だって元カレと色々な経験したはずなのに、安藤くんが他の子と…なんて想像すると胸の奥ら辺がモヤモヤするのがわかった。
なんて自分勝手なんだろう、私。1人で、軽く自己嫌悪に陥る。
彼がもし、狼だとしたら?どんな風にするのかな。
ゴツゴツと大きくて指の長い彼の手で抱きしめられたりしたら…?
やばい妄想が止められず、暴走する私。
こんなことではいけない、勉強しなくては…!
《テスト当日》
朝イチ、那奈が私の元に来るなり言った。
「おはよう、1限目から数学だね。由梨香どう?」
「安藤くんに教わった要点だけはしっかり叩き込んだつもり!」
「結果出るといいねぇ、いつもだいたい30点から40点の間じゃん?」
「頑張ります…」
いよいよ、数学のテストが始まる。
先生が教室に入ってきて、テスト用紙を配り終える。
キーンコーンカーンコーン…
開始のチャイムと共に、みんなが一斉に裏にしていたテスト用紙を表に返す音が響く。
あっ、ここの問題はあの公式を使えば解ける!
次の問題も解けそう!
私は驚くほどスラスラと問題を解けた。
安藤くんのおかげだ…すごい。
いつもでは有り得ない速度でテストを終え、解いた問題の見直しをするくらいには余裕があった。
「終了!では、回収するのでテスト用紙を裏にして前に回してください。」
呆気なく数学のテストが終わった。
1番心配していた教科だったので、これで一安心。
そして全ての答案が先生の元に行き渡る。
「来週にはテスト返却ができるので、それまで結果を楽しみに待っててください」
全然楽しみじゃないんだが…。
キーンコーンカーンコーン…
授業終わりのチャイムと共に、先生が退室。
「ねえどうだった、由梨香!」
「あっ、柚!なんとめちゃくちゃ解けたんだよ!」
「まじ?それは返却が楽しみだねえ」
柚は先生と同じようなことを言っていた。
すると突然、後ろから肩をポンと叩かれた。
振り返るとそこには、安藤くんの姿が。
え、今、私の肩をポンってした!?
「テストお疲れ。これ返しそびれてたシャーペン」
「お疲れ様!私も忘れてた、わざわざ返しに来てくれてありがとう」
以前、間違えて持って帰られてしまった私のシャーペンが、今やっと返ってきたのだった。
「返すの遅くなってごめんね、次の教科も頑張ろうね」
そう言うと安藤くんは自分の席に戻った。
すると那奈が柚と私の元に来て言った。
「…ちょっと由梨香!?今の何!」
「あ、この前勉強教えてもらった時にシャーペン持っていかれちゃったみたいで…」
「ええ、そうなんだ。話しかけてもらえるきっかけできて良かったね!」
たしかにそうかもしれない。
大袈裟かもしれないが、たった1本のシャーペンが、また私と安藤くんが接する機会を作ってくれた。
こんなことなら、毎日違うペンを安藤くんに間違えて持って帰って欲しいとすら思う。
「安藤くんってやっぱり由梨香のことお気に入りだと思わない?柚!」
「思う思う、なんか私らの事なんて眼中にないみたいで由梨香としか話してないよねえ、こんな近くにいるのに!」
「ちょっと2人ともやめて~!みんなに聞こえちゃうでしょ!?」
ケラケラと笑う2人だったが、私も満更でもない感じがしていた。
わざわざメッセージをくれたり、私のことを少しは気にかけてくれている気がする。
そう思い込みたいだけなのかな…?
自分の都合の良いように脳が解釈してるだけ…?
まだイマイチ、確信が持てずにいた。
私はこんなにも意識しているのに…。
「もしもし!聞いて那奈私やばいの!」
私がまず電話をかけた相手は那奈だ。私は那奈に、安藤くんとのことを話した。
那奈は私が間違えて友だち追加してしまったことを笑っていたが、こう言った。
「まぁこれも何かの縁でしょう、もしかしたら仲良くなって付き合っちゃうかもね?」
「そのことなんだけど私、多分安藤くん好きだ」
「おっと?突然のカミングアウト??」
「いや安藤くんのこと意識しすぎちゃってさ、なんか他の人と話す時みたいに普通に振る舞えなくて…」
こうして話している今だって、体が熱い。
顔もなんだか火照っているし、恋ってこんな感覚だったっけ…?
「しっかり恋じゃん、それ!柚の次は由梨香かぁ~」
「そうだ、明日学校で柚にもカミングアウトする…!」
私は今まで、同じ学校の人を好きになったことがなかった。
中学のときに付き合った男の子がいたけれど、好きが何なのかよくわからず、すぐに別れてしまったことならある。
直近で別れた元カレも、なぜか別の高校の人だったしね…。
すると那奈の一言で一気に現実に引き戻される。
「ねえ数学の勉強やばすぎない?由梨香大丈夫?」
「えっと、普通に大丈夫じゃないが?明日から3人で居残り勉強しようよお願い~」
「あははだよね、柚も良ければ3人で勉強会するか~」
明日の約束をし、電話を切る。憂鬱な気分だ。
私は数学が大の苦手なのだ。
中学まではなんとかなっていた。
しかし高校に入った途端、今までできていたはずの勉強が嘘みたいにできなくなり、どんどん着いて行けなくなって、終いには毎回数学だけ赤点ギリギリ…。
「まぁまだ3日くらいの余裕があるし、明日学校で勉強会するから、今日はそろそろ寝よう」
勉強をどうしてもしたくない自分にそう自分に言い聞かせ、私は眠りについた。
《放課後》
「柚、今日居残り勉強しようよ~」
「え!那奈と由梨香、居残りするの!?じゃあ私も少し残ってやっていこうかな…ちょっとわからないところがあってさ」
「ほんと!やったぁ一緒にやろう!」
私たち3人は机を向き合う形でくっ付けて、それぞれ勉強の準備をした。
教室には、私たちと同じく居残り勉強をしている人がチラホラいた。
その中には、なんと安藤くんも。
それに気づいて、那奈が私に問いかける。
「…ねえ、そういえば柚にあのこと言ったの?」
「実はまだ言えてない…」
「えー何!?また私だけ知らないことがあるの!?」
「ちょっと待って、諸事情で口で言えないから今手紙書いて回すね!」
私は急いでノートの端っこを破いて、簡潔に説明を書いた。
【私安藤くんのこと好きになっちゃった。
今、教室に本人がいるから声出しちゃダメだよ】
特に意味もなく、メモを小さく折りたたんで柚に回した。
それを見ると柚は途端にニヤニヤし始めて、おもむろに立ち上がるとどこかへ行った。
「ねえ安藤くん、私たちに教えて欲しいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」
なんと柚は安藤くんに話しかけに行ったのだ。
「柚!??」
驚きを隠しきれない私は、ついに声を出した。
那奈も柚の行動力に圧倒されたようで、目を見開いていた。
安藤くんを連れて、柚がこちらに戻ってくる。
「3人はこれから、なんの勉強をする予定なの?」
安藤くんがこちらに声をかける。
那奈が、答えろと言わんばかりに私に目で合図をしてくる。
「…えっと、数学やろうと思ってて!あの、私数学のテストだけ毎回赤点ギリギリ回避してた感じだったから、今回の範囲の要点を教えて欲しくて…!」
突然訪れたビッグチャンスに慌てふためくが、なんとか話せた。
安藤くんは私の右斜め後ろに立つと、私の背後から囲うような形でノートを見た。
信じられないほど距離が近い。
心臓の音とか聞こえてないかな、大丈夫かな…?
私の右側から、安藤くんの大きくて骨感のある、少し焼けて黒い手が伸びてきた。
彼はノートのページをめくろうとしているだけだが、私はこの距離感の近さに死にそうになっていた。
それを那奈と柚はニヤニヤ見ているだけで、何も口を挟まなかった。
「なるほどね、ここはX=の式にするよりもYから始めた方が良くて、正しい式何個か覚えておけばそれを当てはめて計算すると出来るよ。今ここに、正しい式書いていい?」
「お願いします…!」
私はドキドキしながらも彼にシャーペンを手渡す。
彼が受け取る時に、そっと指先同士が触れた。
サラサラとして温かい彼の指先に対し、私の手はしっとりと湿っていて恥ずかしかった。
安藤くんはササッと式を3つくらい書くと、どの問題にどの式が使えるのかまでメモしてくれた。
私のノートに、安藤くんの直筆メモがあること自体、嬉しくてたまらなかった。
「こんな感じかな、要点は。もし分からなかったら夜とかまた連絡してきていいよ」
クールにそう言った安藤くん。
また話せるきっかけができたようで嬉しかった。
「教えてくれてありがとう!」
私はそう言いながら安藤くんの方を振り向いた時、心臓が止まるかと思った。
顔と顔の距離、ほぼ15cm。
思っていたよりもずっと近くに彼はいたようだ。
「…っ!」
あまりにも近距離で目が合いすぎた。
安藤くんは咄嗟に一歩下がり、じゃ、と素っ気なく自分の席へと戻って行った。
…危なかった。
キスするところだった。
欧米じゃないんだからお礼にキス、だなんて変な話だ。
「え、ねえめっちゃ良い感じだったよ二人」
コソッと那奈が私に言う。
続いて柚が口を開いた。
「なんか私と那奈いないみたいな雰囲気だったよ、距離もめちゃくちゃ近かったよね。由梨香どう?大丈夫?」
「…いや無理かも。集中できん」
まだ、彼と一瞬だけ触れた私の指先はジンジンとしていて、彼の温もりを覚えているようだった。
私は、彼がノートの端っこに書いてくれた公式と要点のメモをジッと見つめることしかできなかった。
帰り道で、那奈はこう言った。
「安藤くんって草食系に見せかけて肉食系かな」
「あーそれ私も思ったぁ!」
なにやら、那奈と柚は盛り上がっている。
「肉食だの草食だの…どういうこと?」
「だからぁ、さっきの距離感といい由梨香を見る安藤くんの目といい、あれは完全に狙ってるね!それか、天然人タラシかも?なんか無意識だけどドキッとさせることやっちゃうみたいな」
那奈が自信満々にそう言う。
「気づいたら由梨香捕って食われてたりしてね、気をつけなよ男は狼なんだからね!」
????
2人が何を言っているのかさっぱり分からない。
一見クールだがあんなにメッセージのやりとりでも会話でも優しい安藤くんが、女の子を捕って食うなんて有り得ない。
「安藤くんはそんなことしない気がする」
根拠はないが、私は思ったことを言った。
那奈と柚と別れ、1人になった。もう日が暮れ始め、お腹がすいてくる頃だ。
ブーッ
スマホのバイブ音がスカートのポケットから鳴る。
開くとメッセージが1件。安藤くんからだ。
【(透也)もう家ついた?】
え、これ私に聞いてる?何かの間違いでは?
ていうか、なんの確認!?
いや、落ち着いて返信しよう。
【(私)まだ!もうあと5分で着くよ、どうしたの?】
【(透也)そっか、お疲れ。今日教えたところわかった?】
【(私)うん!簡潔ですごく分かりやすかった】
【(透也)それなら良かった】
ここで一旦未読のままチャットを閉じた私。
もしかして私の勉強の心配してくれてるのかな…。
だとしたら、すごく優しい。
帰宅し、夕飯を食べてすぐベッドに横になる。
ぼーっとしながら、今日の学校でのことを振り返っていた。
あんなに顔の距離が近かったのに、安藤くんはなんとも思わなかったのかな?
私は心臓が破裂しそうだったのに。
しばらくの間、悶々としていた。だが、1人でひたすら考えても何も解決しない。
「はあ、嫌だけど勉強するかぁ…」
重い体をベッドから起こし、ペンケースを漁る。
そのとき、安藤くんに使わせたシャーペンが無いことに気づく。
「あれ?お気に入りのシャーペンがない」
もしや、と思い私は安藤くんに連絡をした。
【(私)私のシャーペン間違えて持ってたりする?】
返信を待っていると意外とすぐに返ってきた。
【(透也)さっき借りたやつ、間違えて持って帰ってきてたわ、ごめん!明日返す!】
【(私)そっか、全然いいよ!それより見つかってよかった~!】
やはり、安藤くんが持っていたようだ。
私のシャーペン、安藤くんの家に1日お泊まりか。
仕方がないので、今日は別のシャーペンで勉強することにしよう。
…安藤くんって家ではどんな感じなんだろう。
メガネをかけて勉強している姿が頭に浮かぶ。
こうして勉強している間も、つい彼のことを考える時間ができてしまうから恋ってすごい。
安藤くんは、元カノとかいたことあるのかな…。
彼について、知らないことだらけだった。
もっとちゃんと彼のことを知りたい、と思ってしまった。
『男は狼なんだからね!』
ふいに、那奈の言葉を思い出す。
安藤くんは狼なの…?他の女の子とそういう経験はあるのだろうか。ちょっと嫌だな。
自分だって元カレと色々な経験したはずなのに、安藤くんが他の子と…なんて想像すると胸の奥ら辺がモヤモヤするのがわかった。
なんて自分勝手なんだろう、私。1人で、軽く自己嫌悪に陥る。
彼がもし、狼だとしたら?どんな風にするのかな。
ゴツゴツと大きくて指の長い彼の手で抱きしめられたりしたら…?
やばい妄想が止められず、暴走する私。
こんなことではいけない、勉強しなくては…!
《テスト当日》
朝イチ、那奈が私の元に来るなり言った。
「おはよう、1限目から数学だね。由梨香どう?」
「安藤くんに教わった要点だけはしっかり叩き込んだつもり!」
「結果出るといいねぇ、いつもだいたい30点から40点の間じゃん?」
「頑張ります…」
いよいよ、数学のテストが始まる。
先生が教室に入ってきて、テスト用紙を配り終える。
キーンコーンカーンコーン…
開始のチャイムと共に、みんなが一斉に裏にしていたテスト用紙を表に返す音が響く。
あっ、ここの問題はあの公式を使えば解ける!
次の問題も解けそう!
私は驚くほどスラスラと問題を解けた。
安藤くんのおかげだ…すごい。
いつもでは有り得ない速度でテストを終え、解いた問題の見直しをするくらいには余裕があった。
「終了!では、回収するのでテスト用紙を裏にして前に回してください。」
呆気なく数学のテストが終わった。
1番心配していた教科だったので、これで一安心。
そして全ての答案が先生の元に行き渡る。
「来週にはテスト返却ができるので、それまで結果を楽しみに待っててください」
全然楽しみじゃないんだが…。
キーンコーンカーンコーン…
授業終わりのチャイムと共に、先生が退室。
「ねえどうだった、由梨香!」
「あっ、柚!なんとめちゃくちゃ解けたんだよ!」
「まじ?それは返却が楽しみだねえ」
柚は先生と同じようなことを言っていた。
すると突然、後ろから肩をポンと叩かれた。
振り返るとそこには、安藤くんの姿が。
え、今、私の肩をポンってした!?
「テストお疲れ。これ返しそびれてたシャーペン」
「お疲れ様!私も忘れてた、わざわざ返しに来てくれてありがとう」
以前、間違えて持って帰られてしまった私のシャーペンが、今やっと返ってきたのだった。
「返すの遅くなってごめんね、次の教科も頑張ろうね」
そう言うと安藤くんは自分の席に戻った。
すると那奈が柚と私の元に来て言った。
「…ちょっと由梨香!?今の何!」
「あ、この前勉強教えてもらった時にシャーペン持っていかれちゃったみたいで…」
「ええ、そうなんだ。話しかけてもらえるきっかけできて良かったね!」
たしかにそうかもしれない。
大袈裟かもしれないが、たった1本のシャーペンが、また私と安藤くんが接する機会を作ってくれた。
こんなことなら、毎日違うペンを安藤くんに間違えて持って帰って欲しいとすら思う。
「安藤くんってやっぱり由梨香のことお気に入りだと思わない?柚!」
「思う思う、なんか私らの事なんて眼中にないみたいで由梨香としか話してないよねえ、こんな近くにいるのに!」
「ちょっと2人ともやめて~!みんなに聞こえちゃうでしょ!?」
ケラケラと笑う2人だったが、私も満更でもない感じがしていた。
わざわざメッセージをくれたり、私のことを少しは気にかけてくれている気がする。
そう思い込みたいだけなのかな…?
自分の都合の良いように脳が解釈してるだけ…?
まだイマイチ、確信が持てずにいた。
私はこんなにも意識しているのに…。
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