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1章

それぞれの道へ

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 透也に振られて1週間が経つ。
私たちは家庭学習期間に入った。

 まだ時々透也を想って泣きそうになるが、私は特に変わらぬ日々を送っていた。

 次の進路に向け、準備などで忙しくしているからか、透也のことを考える時間が少ない。
 それが意外と助かっていた。

 私の次の進路は、美容系の専門学校に行くことが決まっていた。
 美容師になる夢があったので、国家資格を取る必要があったからだ。

 地元を出て今より少し都会の街に行く。
不安もあるが、楽しみな気持ちの方が大きかった。

 きっと私のことだから、新しい友だちを作り、なんだかんだ楽しい日々を過ごせるのだろう。
 そんな根拠の無い自信を胸に、私は地道に引越し準備を進めた。

 突然スマホの通知が来た。
作業を止めスマホを開いて、目を疑う。

 なんと、振られてから初めて、透也がメッセージを送ってきたのだ。



【(透也)元気してる?】



 そのたった1文に戸惑い、手が震える。
深呼吸をして落ち着かせながら返信をした。



【(私)うん、元気だよ!引越し準備してた】



 空元気に返事をしながらも、どういうつもり?という心境の私。
 こちとら、まだ振られた傷が癒えてないのよ…。



【(透也)オレも少しずつ準備してるよ!
  もしも由梨香が東京に遊びに来ることがあったら
  その時は絶対オレに知らせてね?】



 本当にどういうつもりなんだろう、この男は。
私の傷をえぐりに来ているのか?
それとも、本当に何事も無かったかのように友だちに戻ろうとしているのだろうか。

 私が告白した時点で、もうただの純粋な友だちに戻ることなんてほぼ不可能なのに。

 透也の意味のわからない言動に少しだけイライラしつつ、私は軽く流した。



【(私)考えておくわ笑】



 もうこれ以上、透也に振り回されたくなかった。
嫌いになったとかそういうわけではなく、むしろ今も好きなままだが、これはほんの自己防衛。

 今以上、自分が傷つかないための予防線だ。


 あっという間に時は過ぎ、卒業式当日。
どこか他人事のような気分で式に参加していた私。
卒業証書を授与され、やっと自分が卒業することを実感する。

 あぁ、本当に終わりなんだ。
なんだか信じられない、卒業だなんて。
気持ち的には、明日からも当たり前のように登校出来そうなのに。

 教室で担任の先生が最後の挨拶をしているとき、しんみりと寂しくなり少しだけ泣いたが、私の10倍ほど大号泣している柚を見て笑ってしまった。

 感受性豊かな柚らしいな思いながら、私は那奈と目を合わせた。

 透也は、あまりいつもと様子が変わらなかったが、多分いつもよりは真剣な面持ちで担任の話を聞いていたように思う。

 外の桜の木はまだ蕾のままで、これからそれぞれの進路に進み夢を叶えようとする私たちのようだった。

 卒業アルバムと証書を持ち、私たちは教室を出た。
那奈と柚と、最後の制服姿で校舎の前で写真を撮った。



「私たち卒業しても仲良しのままでいようね!」


「当たり前じゃん、定期的に集まろうね」


「那奈と柚、今までありがとうね」



 私たちは、普段ならわざわざ声に出して言わないことを次々と口に出した。

 3年間は、長いようで短かった。
1年の時の記憶なんてほぼ無いくらい、2年生と3年生の日々が濃すぎた。

2年になって那奈と柚に出会って、仲良くなって。
他校に彼氏が出来て振られて落ち込んで。
3年の夏、透也を好きになって。
ドキドキさせられて、嫉妬させられて。
人生で初めて告白をして、振られて。
透也とは本当に、色々なことがあった。

 私の高校生活の全てが、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 良い思い出も悪い思い出も、楽しかったことも悔しかったことも、全て大切にしていこう。
 きっと、私が大人になるためにはどれも必要だった経験なのだから。

 私と透也が歩いていく道は、それぞれ違うけれど。
もしいつかまた、どこかで出会う日が来たら。
きっと今よりもお互い大人になっていて、上手に愛し合うこともできるのかもしれない。

 今は少しタイミングが合わなかっただけなんだろう。

 そんな苦い想いも、すべて青春のせいだ。

 たとえ遠く離れていても、私たちはこの世にいる限り、みんなこの空で繋がっている。
 どうせ、同じ空を見上げているから。

 今はまだ思い出にはできない透也のことも、いつの日か思い出になるはずだから。

 前を向いて歩いていくしかない。

 そうして私は校舎から1歩踏み出すと、振り返ることなく帰路を辿った。



 ありがとう、そしてさようなら。高校生の私。

(次回、2章スタート!)
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