心から大切な君へ。

山茶花 緋彩

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1章

溢れる想い

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 テスト返却日になった。
オレは数学86点で、まずまずな結果だった。



「佐野今回はよく頑張ったんだね、過去一で良い点数で先生も安心したよ」



 佐野さんが、先生に言われていた。
頑張ったんだなぁ、佐野さん何点だったんだろう。

 次の休み時間中、佐野さんがオレに話しかけてきた。



「…安藤くん、聞いて」



 振り向くと、自分の答案用紙を持った佐野さんが立っていた。



「私ね、安藤くんのおかげで赤点ギリギリどころか、今まで見た事もないくらい良い点数が取れたんだ」


「そうなの?何点だったの?」



 先生に褒められたことを知っているくせに、オレは白々しく聞いた。



「なんと72点!私にしては、すごくない?」



 そう言いながら佐野さんは、答案用紙を見せびらかして無邪気な笑顔で笑った。

 あぁ、そんな笑顔を向けられたらオレは…。

 気づけばオレは手を伸ばし、彼女の頭を撫でていた。
 まるで、幼女をあやす様に優しく。
あるいは、愛犬を愛でるように。



「よく、頑張りました」



 彼女を労い、オレはそう言った。
すると佐野さんは戸惑いつつ、顔を赤らめ言った。



「ち、ちょっと、安藤くん…!」



 安藤くん…なんて、他人行儀な呼び方は嫌だ。
そう思ったから、佐野さんにこう伝えた。



「あのさ、安藤くんなんて呼ぶのやめろよ。透也って呼んでよ、由梨香」



 初めて、佐野さんを由梨香と呼んだ日だった。
オレが下の名前で呼ばれたいんだから、まずは自分から下の名前で相手を呼ぶべきだと、そう考えたから。



「わかった、じゃあ今度からそう呼ぶね?」



 そう言いながら、彼女はまた笑った。
彼女が席に戻ると、オレは冷静さを取り戻した。

 え、オレ…佐野さんと普通に会話するどころか頭とか撫でちゃったんですけど!
 何やってんの、何やってんのまじで!
先刻の自分の行動に驚かされる。

 普段のオレは、こんなんじゃないのに。
一体、どうしてしまったのだろう。


 その日の夜、オレはベッドに寝そべりながら自分の掌を見つめ考えていた。

 由梨香の頭…めちゃくちゃ小さかったな。
オレの手がフィットするくらい小さくて、驚いた。
女子の顔面ってそんなに小さいの…?

 ふいに、スマホの通知音がなる。
見てみると、由梨香からのメッセージだった。


【(由梨香)ねえ透也はテスト何点だったの?】


 そういえば伝え忘れていたな。
というか、オレの点数なんて気になる?
しかも、さりげなく透也呼びしてくれてるし。
まぁオレが言ったんだけどね!


【(オレ)オレは86点だった、由梨香と大して変わんないね笑】


【(由梨香)変わるでしょ!14点も差があるんだよ!?笑】


【(オレ)いやいや、誤差だよ笑 横田さんと瀬川さんは何点だったの?】


 ここで、由梨香以外の女子は苗字呼びをすることによって、由梨香との差をつけたつもりだ。
 こんな他愛もない会話を由梨香とできるなんて、まるで夢を見ているような気分だった。


【(由梨香)那奈が94点で、柚が68点だったはず!】


 やっぱ、相変わらず横田さんすげぇな…。
天才かよ、羨ましい。


【(オレ)やっぱり横田さんは数学得意なんだな、毎回点数いいよねー由梨香と違って笑】


【(由梨香)え、ひどっ!】


 そんなやり取りをしているだけで、顔が勝手に緩んでしまうオレ。
 いちいち由梨香の反応が面白くて、もっと虐めたくなってくる。
 あまりやりすぎると嫌われるよなぁ、なんて考えていると続けて由梨香からメッセージが来た。


【(由梨香)そういえばなんで私だけ下の名前で呼んだり呼ばれたりしてるの??】


 なんでって…。
なんて答えるべき?
もちろん由梨香が好きだから、なんて言えるはずも無く。
10分ほど悩んだ末、ふざけに逃げたオレ。


【(オレ)オレと由梨香の関係じゃん?笑】


【(由梨香)何が言いたいの!笑】


 なんとか、上手く切り抜けられただろうか。
オレ本当はこんなキャラじゃないはずなのに…。
由梨香相手には上手く喋れないと思いきや、慣れてくるとどうもこんな調子になってしまうな。


 8月が特に何事もなく終わり、9月17日の朝の学校。
なんだか、教室内が騒がしい。
今日なにかあるのか?

 しばらく教室内を眺めつつ耳を澄ましていると、横田さんと瀬川さんが話しているのが聞こえた。



「由梨香来る前に早く準備しなきゃ!」


「私お菓子並べる!」



 そう言いながら、由梨香の机にHappybirthdayと書かれたカードを置いていた。
 なるほど、サプライズなのか。
由梨香が今日が誕生日だったなんて知らなかった。
もし事前に知っていたら、オレも何かしたかったな。

 由梨香が登校してきて、みんなに祝われているのを、オレはただ見ているだけだった。
 本当はオレも流れに乗って、おめでとうと言うつもりだったのに。
タイミングを逃して、後悔した。

 …そうだ、手紙を書いて渡そう。

 唐突に思い浮かんだので、おもむろにルーズリーフを取り出す。

 手紙なんて書いたことないから、どう書いたらいいのかすごく悩んだ。
 簡潔な内容になってしまったので、最後に少しのユーモアを加えた。

 いつ渡そう、と考えている間に放課後になってしまった。
 由梨香はまだ学校にいるだろうか?
部活かな?


【(オレ)由梨香!今、まだ学校にいるなら図書室に来てくれない?】


 そうメッセージを入れ、オレは図書室に向かった。
もう帰っていれば仕方がない、と思いつつも待っていた。

 しばらくすると図書室の扉が開く音がする。
隙間から覗いてみると、由梨香がいた。

…来てくれた。嬉しい。



「由梨香、こっちこっち」



 そう言いながらオレは手招きをした。



「いた、透也。何してるのこんなところで」



 近づいてくる彼女が可愛すぎて、手の届くところまで彼女が来た途端、オレは彼女の手を引いてしまった。



「…っえ!」



 驚く彼女を余所に、オレの理性は半分くらいぶっ飛んでいた。
 このままどうにかしてしまいたい、そう思っていた。
 だがかろうじて残っていたもう半分の理性が、オレを全力で止めに入る。
 彼女に嫌われるようなことはやめろ、と。



「よし、この辺でいいかな~」



 オレは予め手紙を渡そうと決めていた定位置に、由梨香を置く。
 そしてようやく、手紙を渡すことが出来た。



「はいこれ、あげる。誕生日おめでとう」



 相変わらずぶっきらぼうな自分の話し方が嫌になる。



「ん?なにこれ…?」



 由梨香が怪訝そうな顔をしたので、ついからかいたくなって言った。



「これはね…ラブレター。帰ってから呼んで」


「わ、わかった…。おめでとうって言ってくれてありがとう」



 そこで、由梨香が絵の具セットを持っていることに気づく。
 


「今日は部活だよね、呼び止めてごめん」



「ううん、ゆるい部活だから大丈夫だよ!」



 ラブレター(仮)を貰った状況でも無邪気に笑う彼女にもどかしさを感じたオレは、ついにやらかした。
 彼女の腰に手を回すオレ。



「っな、何して…」



「知ってた?図書室のここ、ちょうどどこからも死角になってるから色んなこと出来そうなんだよね」



「!!?」



 佐野さんの顔が今まで見た事ないほど赤くなって、口をパクパクさせていた。
 しまった、やりすぎたか?けど可愛い…。
そんな佐野さんを見て、思わず笑ってしまうオレ。



「変なことされるとでも思ったの?」



 好きな子に意地悪したくなる男どもの気持ちが、今ならわかる気がした。
 オレもれっきとした男なんだなと再認識した。


 彼女を部室まで見送り、オレは帰宅。
ちゃんと手紙渡せたし、恥ずかしがる佐野さんを見れたし、今日は良い日だなぁ。

 自分がこんなに積極的になれるなんて思ってもいなかった。
 だが、相手が佐野さんだからだろうな。
自分でも予想外の動きをしてしまうのは、少し誤算だったが。

 佐野さん、早く手紙読んでくれるといいな。
そう思いながら、ゆっくりと道を歩いていた。

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