初恋エンジン‼︎ー武蔵社宅の少年少女の日々ー

藤沢 南

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ドラマと人生

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    僕は、呆然としていた。転校する僕は1日でも多く第三小学校に登校したいのに、武田は何をしているんだ?
「…津山くん、私が力不足で、本当にごめんね。」
バイタリティあふれる村本先生が、こんなに元気のない、振り絞るような声を出したのには、驚いた。村本先生からの武田や、武田のご両親への働きかけもあったようだが、力及ばなかったらしい。とはいえ、ここまで武田の悩みを聞き出したのだから、村本先生もそうとうに頑張ったのだろう。
「じゃ、頼むぞ、津山。」担任の先生が僕の肩に手を置いた。僕は、ひとつだけ、聞いていいですか、と尋ねた。
「なんだい?」
「なぜ、僕なのですか?」本当は3組の誰かに、ともつなげたかったが、村本先生のあの顔の前では言い出せなかった。
「…武田くんの、希望だ。津山にきて欲しいって。」

   僕は、小声で、わかりました、と返事をした。村本先生は、少しホッとしたようだった。2組の担任は、「頼むぞ。」と言い、それぞれバラバラに職員室を出て行った。
    それからは、職員室で、「2組」の担任から、武田への宿題や学級通信を託された。毎日、職員室と武田家に寄ることが日課に加わった。僕は、武田は嫌いではなかったが、『秘密にしておかねばならないこの作業』を繰り返すのにいろいろと神経を使うことになり、結構疲れた。しばらく転校をみんなの前で隠していたが、2月からは、割とおおっぴらにしゃべるようになった。転校だけでも重たい秘密なのに、2月からはさらに武田の秘密まで抱えてしまった。流石のマイペースな僕もこれには参ってしまい、秘密をひとつ手放し、楽になりたかったというのが本音だった。転校をバラしてからは、職員室に頻繁に出入りしていても不思議ではない。「転校前に補習か。津山も大変だな」と皆が受け止めてくれるのを祈った。

その夜、僕は『うちの子に小切手』を見ていた。大村なおみちゃんの可愛さ、小ズルさに振り回される大人たちの慌てぶりがなかなか痛快だった。この子の相方役なんて射止めたら、一気に有名になってそれこそ学校に来られなくなる。無名の今だけでも学校に通うべきだ。僕はそう思っていたが、東京でタレントを目指す子役達は、学校に行っている時間もないぐらい頑張っている。
…本当に僕のやっている作業は意味があるのか。武田にとっては、いっそ学校を二の次にして次のオーディションとやらのために頑張った方がいいのでは、と悩む事もあった。…思えば、村本先生も、結構困っていたのかもしれない。本人の夢や目標のためには、あまり執拗に出席を迫るのは逆効果だ。しかし、教師としての立場もある。こういう場合、案外、仲のいい児童同士の方が、話が進む場合もある、と判断したのだろうか。しかし、僕はどうしても自分に正解は出せなかった。果たして、こうやって毎日彼の家に行っている事は、武田の為になるのだろうか…。

「あ、孝典、またこのドラマ見てるね。この子かわいいね。」母が横から口を出した。
「ああ、…。」
僕はキャピキャピした大村なおみよりも、どちらかというともう少し落ち着いた子の方が好きだった。
「武田くん、このドラマの最終選考まで行ったらしいね。」
「ああ、武田もショックだとは思うけど、僕には、どう武田を扱えばいいのかわからないんだ。お母さんならどうする?」

母は、少し考えていた。
「武田くん、きっと、今、じっくり悩む時期だと思う。実はお母さんもね、高校の時に、ちょっと病気をして、お医者さんの言いつけで体育の授業を全部休んだの。あの時、お母さん悔しくて悔しくて。絶対に、大きくなったら、頑丈な男の子を産んでみせるって。その時、決意したの。
   だから、武田くんは、今、すごく落ち込んでるだろうけど、彼が本当に有名なタレントになるためには必要な事だと思うのね。孝典や村本先生たちにとっては、気が気でないだろうけど、お母さんは、武田くんは、今後、この壁を乗り越えて有名になると思う。お母さんは高校生にもなってようやく壁にぶつかったから、せいぜい今もいち主婦でしかないけど、武田くんはわずか小5で、そんな壁にぶつかり、自分の能力に悩んでる。そんな感受性の強さを持っているんだから。あの子、本当に有名になるかも。サインもらっときなさい。」

   よくわからない話だったが、どうも母は、人間は早いうちに自分の能力の限界を感じ、それを踏まえた自分の目標を立てた方がいいという考えのようだ。…いつも大器晩成とか言っているのに。でも、母はあまりこの件について深刻でないようだった。母自身が、むかし体育の授業を全欠していた事もあるのかもしれないが。
「学校休んでいるって言っても、たった3週間でしょ。お母さんは、1年半、体育休まされたのよ」
そう言って、母は僕を励ました。ちょっと変な励まされ方だった。

「長い人生の中では、ほんの一瞬よ。それこそ、あとかたもなく忘れてしまうぐらいに。孝典や武田くんも、お母さんぐらいの年になるとわかるから。」
僕は次回予告を見てから、明日の教科書をランドセルに入れた。
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