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旅立ち
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「今回ばかりは、悪いけど、あなたについていけない。変な言い方だけど、いったん、家族は解散ね。」
妻とは、25の時に結婚してから、ずっと一心同体でやってきた。結婚20周年の節目の年に、言い渡された人事。タイ、チョンブリへの異動だった。
俺は、彼女に対して「そうか」としか答えられなかった。
俺たちが出会ったのは、雪国の新潟だった。高校を卒業して、そのまま地元のバイク専門店で整備の仕事をしていた俺の店に、当時看護学校の学生だった妻がバイクの修理にやってきたのがきっかけだった。冬の寒さでへたってしまう彼女の50ccバイクの修理やメンテに俺が担当となり、修理が終わってからは、店長の出すコーヒーを飲んでから彼女を看護学校の寮まで並走して見送って行くというパターンになっていった。そしていつごろからか、彼女はバイクの修理をしない日も店に来るようになり、そんな日は、俺の初代愛車の125ccバイク、そして2代目愛車の250ccバイクで彼女を寮に送って行くようになった。雪が舞い散る寒い冬、からりとした雪国の短い夏、俺と彼女を乗せた愛車は、寮への道をひた走った。
彼女はいずれは准看護師試験に合格し、そのまま新潟で就職する予定だったが、俺はその少し前から彼女との別れも覚悟していた。
彼女が准看護師試験の受験勉強に励んでいる時、俺も真剣に将来の事を考えなければならなくなった。というのも、店長の急な体調不良により、店をたたまざるを得なくなったのである。俺が店を継ぎたいとも言ったが、店長は「そんなに甘いものじゃない」とピシャリと言い切った。このバイク不況の折、他人様の息子にそんな危ない橋は渡らせることは出来ないとの店長の判断だった。そして静岡の大手バイクメーカーの就職案内を俺に渡した。
「俺が君に教えられる事はもうなくなった。君は若い。一度新潟を出て、自分の力を試してこい。」
高校を卒業してそのままフラフラしていてもおかしくなかった、俺を拾ってくれた店長の一言だった。異論など挟める余地はなかった。
そして彼女の看護学校卒業式。彼女に卒業祝いを渡した後、いつも通りに彼女を背に寮へと帰る時に彼女が言った。
「ね、今日は特別な日だから、このバイクで、行けるところまで行ってみたい。」
そうは言ったものの、まだ雪国の3月。寒さは厳しい。日本海の夕陽が見られる海岸まで彼女を乗せて行くことにした。
「あなた、静岡行きたい?」
日本海に沈む夕陽を見ながら、彼女が突然切り出した。なんだ、もう知っていたのか。俺はひと呼吸置いてから、彼女の目をじっと見据えて言った。
「俺、静岡へ行く。だからおまえとはwあ」
「嫌っ」
彼女は余裕の表情を一瞬見せて、すぐ俺の口を塞いだ。彼女の口で。
そして彼女は口を離してから、俺の口を右手で塞いだまま切り出した。
「店長さんから聞いたよ。静岡のバイクメーカーだって?いいじゃない。しっかり頑張るのよ。いずれ私もあなたのそばに行くから」
「!?」
「准看護師の免状があれば、日本中どこだって働ける。2年間は学費を返さないと行けないから、新潟の病院で働くけど、その後は、静岡の病院で働く。待っててね。」「浮気したら許さないから」
と、一気に彼女は喋ってしまった。俺が別れ話を切り出し、彼女が泣いてごねまくる展開だと思っていた自分は、まだまだ彼女のことを知らなさすぎた。店長の方が彼女の事をよく知っているという事だった。静岡のバイクメーカー行きの話も、店長はちゃっかり彼女に伝えていたのだった。俺の表情が、彼女の言った事を受け入れたのだろう。彼女は、その右手を離した。
「ちょっと息苦しかった?」
「ちょっとじゃない」そうとう苦しかったぞ。でも、少しホッとしたのも事実だった。彼女はいい子だったし、一度も泣き顔を見せない、強い子だった。准看護師学校、寮の生活や厳しい実習、いろいろあっただろう。でも、俺の前で暗い顔を見せた事は一度もなかった。そんな彼女の泣き顔を見るのは別れ話をするのと同じくらい嫌だった。
妻とは、25の時に結婚してから、ずっと一心同体でやってきた。結婚20周年の節目の年に、言い渡された人事。タイ、チョンブリへの異動だった。
俺は、彼女に対して「そうか」としか答えられなかった。
俺たちが出会ったのは、雪国の新潟だった。高校を卒業して、そのまま地元のバイク専門店で整備の仕事をしていた俺の店に、当時看護学校の学生だった妻がバイクの修理にやってきたのがきっかけだった。冬の寒さでへたってしまう彼女の50ccバイクの修理やメンテに俺が担当となり、修理が終わってからは、店長の出すコーヒーを飲んでから彼女を看護学校の寮まで並走して見送って行くというパターンになっていった。そしていつごろからか、彼女はバイクの修理をしない日も店に来るようになり、そんな日は、俺の初代愛車の125ccバイク、そして2代目愛車の250ccバイクで彼女を寮に送って行くようになった。雪が舞い散る寒い冬、からりとした雪国の短い夏、俺と彼女を乗せた愛車は、寮への道をひた走った。
彼女はいずれは准看護師試験に合格し、そのまま新潟で就職する予定だったが、俺はその少し前から彼女との別れも覚悟していた。
彼女が准看護師試験の受験勉強に励んでいる時、俺も真剣に将来の事を考えなければならなくなった。というのも、店長の急な体調不良により、店をたたまざるを得なくなったのである。俺が店を継ぎたいとも言ったが、店長は「そんなに甘いものじゃない」とピシャリと言い切った。このバイク不況の折、他人様の息子にそんな危ない橋は渡らせることは出来ないとの店長の判断だった。そして静岡の大手バイクメーカーの就職案内を俺に渡した。
「俺が君に教えられる事はもうなくなった。君は若い。一度新潟を出て、自分の力を試してこい。」
高校を卒業してそのままフラフラしていてもおかしくなかった、俺を拾ってくれた店長の一言だった。異論など挟める余地はなかった。
そして彼女の看護学校卒業式。彼女に卒業祝いを渡した後、いつも通りに彼女を背に寮へと帰る時に彼女が言った。
「ね、今日は特別な日だから、このバイクで、行けるところまで行ってみたい。」
そうは言ったものの、まだ雪国の3月。寒さは厳しい。日本海の夕陽が見られる海岸まで彼女を乗せて行くことにした。
「あなた、静岡行きたい?」
日本海に沈む夕陽を見ながら、彼女が突然切り出した。なんだ、もう知っていたのか。俺はひと呼吸置いてから、彼女の目をじっと見据えて言った。
「俺、静岡へ行く。だからおまえとはwあ」
「嫌っ」
彼女は余裕の表情を一瞬見せて、すぐ俺の口を塞いだ。彼女の口で。
そして彼女は口を離してから、俺の口を右手で塞いだまま切り出した。
「店長さんから聞いたよ。静岡のバイクメーカーだって?いいじゃない。しっかり頑張るのよ。いずれ私もあなたのそばに行くから」
「!?」
「准看護師の免状があれば、日本中どこだって働ける。2年間は学費を返さないと行けないから、新潟の病院で働くけど、その後は、静岡の病院で働く。待っててね。」「浮気したら許さないから」
と、一気に彼女は喋ってしまった。俺が別れ話を切り出し、彼女が泣いてごねまくる展開だと思っていた自分は、まだまだ彼女のことを知らなさすぎた。店長の方が彼女の事をよく知っているという事だった。静岡のバイクメーカー行きの話も、店長はちゃっかり彼女に伝えていたのだった。俺の表情が、彼女の言った事を受け入れたのだろう。彼女は、その右手を離した。
「ちょっと息苦しかった?」
「ちょっとじゃない」そうとう苦しかったぞ。でも、少しホッとしたのも事実だった。彼女はいい子だったし、一度も泣き顔を見せない、強い子だった。准看護師学校、寮の生活や厳しい実習、いろいろあっただろう。でも、俺の前で暗い顔を見せた事は一度もなかった。そんな彼女の泣き顔を見るのは別れ話をするのと同じくらい嫌だった。
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