国道7号線家族

藤沢 南

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決壊

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   しかし、思いもしない事態が起きた。天皇杯の会場、浜松市営総合競技場入りし、応援団仲間とともに場所取りを始める時だった。

 彼女が、「ごめん、高い熱が出て、行けなくなった。」とメールしてきた。滅多に風邪などひかなかった彼女だけに、少し心配だった。副工長に、事を報告し、彼女が心配なので、少しだけ彼女の様子を見に行かせてほしい、試合には間に合うようにします。と伝えたが、副工長は「行ってやれ。後のことはなんとかする。試合のことは気にするな」しかし…。と俺が心配するような顔をしていると、副工長は「試合より、お前の彼女を心配してやれ。お前はよくやっている。みんなには俺から話しておく」ありがとうございます、と言うが早いか、俺はバイクにまたがり、彼女の寮への道を急いだ。

  浜松市内は異常な渋滞に巻き込まれた。サッカー応援の車でごった返す浜松市内。バイクだからこそ小回りがきいたが、いつもよりかは時間がかかった。20分ぐらい余計にかかって彼女の寮のドアにたどり着く。こういう時はオートロックでないのが救いだった。彼女の部屋の玄関ドアをコンコンとノックして反応がないのを確認して、合鍵でドアを開ける。彼女は布団からむくりと顔を上げた。大丈夫か?

「ごめんね、せっかくの試合の日なのに」
そんなことはどうでもいい。お前は大丈夫なのか。「大丈夫よ。少し寝たし、薬も今朝病院でもらってきた」薬袋を見ると、彼女の勤務する病院のラベルが貼ってあった。無理して薬取りに行ったな。俺を呼んでくれれば、すぐに代わりに取りに行ったのに。「…そんなこと、私が行けるから。あなたは大事な試合が、あるんだから…。」
 彼女の額に手をかざすと、相当に熱かった。おい、結構熱いぞ。「…大丈夫だってば。あなたは試合に戻って」冗談じゃない。お前は寝ていろ。俺が全てやるから。「大丈夫よ…。」だから寝てろって。台所借りるぞ。そそくさと手鍋でおかゆを作り、梅干しの果肉をほぐしてまぶした。冷めてから冷蔵庫に入れよう。いつでもレンジでチンできる。おかゆは3膳作った。洗っていない衣類も溜まっていたので、とりあえず仕訳して、繊細な下着類はおいて、頑丈そうな衣類だけ洗濯機で回した。ネットに入れて洗濯機に入れたので、最悪型くずれはないだろう。いつもなら絶対に洗濯物に触らせない彼女が何も言わないということは…。振り返ると、彼女が布団から上半身を乗り出した状態で寝ていた。身体が冷えて風邪が重くなるぞ。彼女の上体を布団に戻して、きちっと掛け布団を戻しておいた。

   そうしているうちに、午後になった。そろそろキックオフの時間だ。諸星は、ロペスはどんなプレイを見せてくれるのだろうか。相手のGKは第2GKだから付け入るスキがある、などと定例会で話していた事を思い出した。格下のチームが格上のチームに勝つ、サッカーはそんな面白さが多々ある。今日はそんな日になるかもしれない。静岡ローカル局のチャンネルをつければ試合が見られる。しかし、TVのリモコンには手が伸びなかった。リモコンの代わりに、彼女の額に流れる汗を拭いてやることに専念した。さっき、渋滞を避けるために入った国道沿いのドラッグストアで買ったスポーツドリンク。彼女の枕元において置いたが、少しも減っていない。しばらくして彼女が目を覚ました。その時に、飲ませようとしたが、なかなかしんどそうだったので、ストローを通して寝ながら吸えるようにした。「…」彼女は相当に汗をかいていたようだった。スポーツドリンクは一気に半分まで減った。気分はどう、と聞くと、「だいぶ楽になった。」と彼女。
「本当にごめんなさい。大事な日なのに。」
突然、彼女は正座して謝った。俺はいいよ、と短く応じた後で

「仕事、勉強、つらかったら、投げ出してもいいぞ」

   彼女はハッとした顔で、俺を見つめ返した。図星だったか。俺は期間工の仕事やサッカー応援団のことばかりで、大切な彼女に寄り添うという事が足りなかったのではないか。そしてそれは大当たりだった。彼女は表情一つ変えずに俺の顔を見ていたが、その後いつものようにニッコリと笑った。しかしその両目からは一筋の涙が一直線に流れていた。やはりつらかったのか。すまなかった、わかってやれなくて。
俺は彼女の初めてみせる表情に、動揺を隠せなかった。何かあたたかい言葉をかけてやらないといけない。おれはいつも言葉を選ぶ気質だが、時々突拍子も無い事を口走ってしまう。それがこの時だった。

「つらいなら、新潟帰ろうか」

「えっ?」

彼女は頑なに表情を変えなかったが、(涙も拭かなかったが)えっ、の瞬間はさすがに驚いた顔をした。そして彼女は、絞り出すような声で俺に言った。

「あなたの力になれなくて、ごめんね」

そうやっとの思いで言い切った後、彼女はワンワン泣きだした。俺は彼女の上体を優しく抱きかかえた。ヒックヒック息切れするまで泣きじゃくった彼女はいつもの強い彼女ではなく、別人のようだった。そして俺に背を向けてまたポロポロと泣き始めた。俺はしばらくその泣き姿を見た後、深く息をして、覚悟を決めて言った。

「俺こそ、お前の人生を変えてしまった。本当にごめんな。」

そう言って彼女の前に頭をつけた。

「だから、一緒に新潟に戻ろう。お前だけに悲しい思いをさせる訳にはいかない。」

彼女は突然ふりかえった。「一緒にって…。ちょっと待って。なんであなたも新潟に戻るの?」鼻水と涙でベトベトになった彼女の顔は明らかに困惑していた。俺も、決めていたんだ。俺にも将来を約束した人がいる。会えない時期、お前と一緒に生きていく未来しか見てなかった。お前のいない静岡に未来なんて無い。また新潟で一緒に未来へ向けて頑張っていこう。気にするな、俺は期間工だから、失うものは何もない。全国どこでだってまた新しい仕事見つけるさ。
「ダメよ…。」彼女は首をぶんぶん振った。「あなたには素晴らしい仲間がいる。私は静岡でそんな仲間を見つけられなかった」でも、お前まだ静岡一年生だろう。俺はもうこっちに3年住んでるんだ。俺に仲間がいるのは当然だよ。「でも、私、…。」彼女はそれから職場でのつらい出来事、看護学校でのハードな勉強、いままで俺に言えなかった事を何時間も話し続けた。俺は黙ってウンウンうなずいていた。彼女はのどが渇いたのか、スポーツドリンクを2本飲み干した。そして食欲が出てきたか、俺の作って置いたおかゆを取り出してあっためはじめた。

「私、あなたを追っかけて、静岡に来たんだよね。」
少し落ち着いてきた彼女は、しみじみと言った。そうだ。俺、とてもうれしかった。お前の寮に初めて行った時だった。ずっと忘れられない一日だった。だから、俺、お前が新潟に戻ったら、お前を追っかけて新潟に戻る。これであいこだろ。彼女は今日初めて笑った。

「ありがとう、こんな私のために。大事な一日をつぶしてくれて。そして、一緒に新潟に戻ってくれるって言ってくれて。」
すっかり熱は下がったようだった。おでこの熱は冷めていた。脇に電子体温計を挟むように言ったが、「あなたが体温計さして。」彼女はいたずらっぽく笑った。俺は彼女の頭をコツンとやった。興奮してまた熱が上がったらどうする。「そうだね」彼女は笑った。ピコピコ鳴った体温計は、平熱を指していた。やはり彼女は強い子だった。とすると、相当にストレスがたまっていたのだろう。でも、静岡を離れなければならないかもしれない。俺の心に、いくばくかの不安がよぎった。でも、仕方がない、こんな大事な彼女を犠牲にしてまで、つかめる幸せが静岡にあるとは思えない。

帰り際、玄関先で彼女が言った。
「私、あなたの彼女でいて幸せだった。たとえ言葉だけでも、新潟に俺も帰ると言ってくれて。」
その一言を、俺は聞き逃さなかった。
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