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15、サラーダ(前)
しおりを挟む「このキノコ、食べられるかな?」
《—————だめだよ。それは、毒キノコ。》
「へぇ……椎茸そっくりなのに、だめなんだ。」
私は持ち上げかけた茶色の塊に落ち葉をかけ直して、立ち上がった。ひらひらと肩のそばを飛んでいる青鶴ちゃんに導かれながら、私は今キノコ狩りに挑戦していた。夕食はキノコ鍋にしたい、などと思っていたのだが、前途は全く明るくない。まだまだ全然中身が集まっていない籠をちらりと見て、私はため息をついた。
「……青鶴ちゃんは凄いね。どうやって見分けてるんだろう。」
《—————柚子ちゃんの目が、節穴なんだよ。》
「ちょっと!酷いよ!」
私は青鶴ちゃんを捕まえようとしていきり立つ。けれども、紙で出来ているとは言え彼女も鳥の端くれ、青鶴ちゃんはのらりくらりと私の手を躱して、背の高い大樹の梢の方まで舞い上がってしまった。木登りをしても、きっと届かない。
私は仕方なく諦めて「降参するから戻ってきてよー!」と呼びかけた。青鶴ちゃんがいなければキノコ狩りが出来ない。何故だか知らないけれども、青鶴ちゃんの方が自然界の事情に詳しいのだ。……そして、反抗的だ。本当に私が産みの親なのか、疑問に思えてくるほどだ。
私を焦らすためか中々戻ってこない青鶴ちゃんに、私がほとほと困り果てた時。
「—————毒のあるキノコなんて、ないぜ。」
びろん、と。
逆さまの異形が、私の目の前に現れた。
腕を胸の前で組み、鉄棒のように木の枝に膝を掛けてぶら下がっている。彼は軽々と宙に身を踊らせると、スタン、と地面へ飛び降りる。パンパンと服の埃を払いながら、面倒くさそうにもう一度言う。
「聞いてなかったのか?俺は、毒キノコなんてないって言ったんだぜ。」
「そ、そうなの?」
私は突然現れた“彼”をまじまじと見つめる。
腕組みをして偉そうにこちらを見上げているのは、見た目六歳ほどの少年だった。
薄茶色の肌。銀色の瞳。そばのように太い紐の塊のようにボウボウと生えている黒い短髪。油断や隙の全くない鋭い粗野な表情と、それに似合わぬゆったりした青墨色のビジネススーツ。ワックスで頭髪を撫で付けていることや、手に白い手袋を嵌めているのも特徴的だが、何よりも気を引くのが……
「……そんなに気になるか?俺の角が。」
「うん。気になるよ。」
「あっそ。」
心底どうでもいいわ、といった調子で少年は鼻を鳴らす。
青墨色のスーツに身を包んだ幼児の姿の小鬼。なんとも奇妙キテレツなオバケに出会ってしまったものだと思うけれども、この世界では今更だった。
少年は偉そうに腕を組んだまま自己紹介をした。
「俺は小鬼のサラーダだ。」
「……サラダ?料理人さん?」
「違う。」
「……えっと、でもその、サラーダくんってさ、その格好……人間界でもそういう子がいたのを覚えてるんだけど。あの料理上手な菜々ちゃんの双子でしょ?ってことは、きみもレストランとか経営してるのかなって思ったんだけど。」
「全く違う。俺は鑑定士だ。」
「食材の?」
「んなわけあるか!骨董品と宝石だ!」
全く呆れ果てたぜ、と言いながらサラーダと名乗った少年は舌打ちをする。怒らせたかな、と少し反省しながら、私は素直にごめんなさいと頭を下げた。
「……で、でもね、悪気はなかったんだよ。毒キノコがないって教えてくれたからもしかして食材の鑑定士かもって思い当たっちゃっただけで。」
「ふん。そんなの、鑑定するまでもねえ事実だぜ。」
「え。そうなの?」
気付けば、ひらひらと梢の方を舞っていたはずの青鶴ちゃんが、葉の裏へこそこそと隠れようとしていた。もしかして私は彼女に騙された……?確かに青鶴ちゃんは毒キノコとそうでないキノコを私に教授していたわけだが、サラーダが正しいならばそれらは全て意味のないデタラメだったことになる。これ以上馬鹿にされるのはもう我慢ならないと、私は逃げた青鶴ちゃんへ怒ったような声を上げた。
「ちょっと!青鶴ちゃん!」
「ふん。アイツを責めるのはお門違いだぜ。ホントに知らなかったんだろ。誰でも知ってるようなことじゃねえからな。」
小鬼のサラーダは、いつの間にか木の根の上にしっかりと仁王立ちになって幹に寄りかかり、私の方をぎろりと睨めるように見つめている。私を小馬鹿にしたような声だが、彼の表情は、真剣だった。
「——————スエキチ。それから、胡麻。」
「へ?」
「お前が会った中で、すでに消えたオバケだ。」
「なっ……!」
一瞬。私の思考が完全に止まった。
スエキチが消えたこと。それは既に知っていた。納得出来たかはさておき、情報として聞いていることは聞いていたのだ。
しかし。
『胡麻』
どうして。……胡麻ねえさん。信じられない。
あの胡麻ねえさんが、消えた?
そんなはずはないと言いたかった。昨日、魚を獲る胡麻ねえさんと話したばかりだった。語り合った記憶は、今もはっきり残っている。でも、と私は思う。思ってしまう。
(スエキチくんの時も、そうだった……。)
呆然とする私に、サラーダは鋭い刃のような目を光らせて低く呟くように言った。
「毒キノコの話もそうだが。俺の持ってる情報。全部知りてえなら付いてこい。」
「えっと、今から?」
「お前は馬鹿か、馬鹿じゃねえのか。どっちだ。」
「馬鹿じゃないです……多分。」
「………ハア。」
間違いない。サラーダは、私をどこかへ連れ去るつもりらしかった。
こんなに強引なオバケは初めてだ、と思う。しかし同時に、そういえばスエキチみたいに人の話を聞かないオバケもいたし、闇笠のような怖くて後ろ暗そうなオバケもいたなと納得した。案外こういうオバケも特別ではないのかも……と思った矢先。
「——————あぁ。それと折り鶴は置いていけ。鳥籠にでも閉じ込めて徹底的に鍵をかけてな。」
「はい?」
……やはり。このエレーの神の世の基準においても、かなり非常識な部類のオバケに遭遇してしまったようだと私は思った。
♢
さすがに鳥籠の準備はない。仕方なく私は鍵のかかる戸棚に青鶴ちゃんを閉じ込めてから家を出てきた。その後も、根拠の全く分からない強引な指示は続く。
「お前。それ脱げ。」
「え……?」
「その暑そうな羽織を脱いで、このカカシに着せろって言ってんだ。いいから早くしろ。」
「う、うん。」
秋カカシの森には、その入り口だけではなく、随所に大小のカカシが置いてある。鬱蒼とした笹薮に私を連れ込んだサラーダは、そこに斜めに傾ぐように立っていたツキノワグマそっくりのカカシに、私の羽織を掛けるように指示した。と同時に、自分も青墨色のスーツを脱いで、隣の小人そっくりのカカシに掛ける。
スーツの下の彼の服装は、とても常識的なことに、白いワイシャツだった。
「これ、何の意味があるんだろう……。」
「静かにしろ。息を止めるんだ。」
「え?息?」
「今から最低五十秒。よし、止めろ。」
「……っ?!」
それからのサラーダの動きは早かった。笹薮の中でも、特に鬱蒼と混み行った茂みへと私を連れ込む。当然葉っぱや枝が顔にバチバチと当たって痛いのだが、サラーダの言葉を守るならば声を上げてはならない。必死になって下を向き、目を瞑って進み続け、視界が開けた時は本当に安心した。
何のことはない。ただの林の続きで、ただし一つだけさっきと違うことがあった。
“井戸”がある。
石組みの円形の井戸。ただし、ただの井戸ではない。大人の力士が一人余裕を持って入れるお風呂ぐらいの、巨大な井戸だった。
「(え?ここに入るの?)」
「(そうだ。早くしろ。)」
目だけでサラーダとの意思疎通を完了させる。信じられないことに、彼は私にそこへ入れと言っているようだった。
「(そ、それはさすがに……)」
「(ぐずぐずするな。早く入れ。)」
「(で、でも……。)」
私が逡巡していると、サラーダの目が苛立ちと怒りに燃えた。
ギョッとして私は立ち尽くす。まるで金縛りの魔術に掛けられたようだった。ガチン、と固まった私を、サラーダは幼児の見た目からは想像もつかない怪力で持ち上げ、そして……
「(ちょっと!井戸に放り込むのだけは勘弁を!死んじゃうよ!!)」
「(ったく、死にゆく魚みたいに怯えた目をするな。極めて苛々する。)」
息も出来なければ暴れることも出来なくなった私は、サラーダのなすがまま、無造作に水の溜まった井戸に放り込まれ——————
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