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第一章 木嶋真奈の日記より抜粋①

第二話 桜が咲く季節にはカエルが動き出すしね

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 青年は、金髪にぶかぶかのTシャツと、至って普通の、まさに大学生、と言った服装であった。
 彼は走ってきたようで、息を切らして前屈みの姿勢で、よく顔が見えない。
 
「お兄さんお疲れだねぇ。じゃあまあ、座って」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます……」
 
 そう言うと顔を上げ、手芸サークル室に入ろうとした。
 しかし、今度は退け反り、尻もちをついて倒れた。
 
「あひゃあ!」
「ぷっ」
 
 私は思わず吹き出してしまった。ちらりと先輩の方を見ると、どうやら同じ気持ちらしい。
 
「あひゃっ……! あひゃあって……!」
「ぷっあははは!」
 
 こうしてまた室内に笑いが響いた。
 
「いゃ……、だっ、それ……。えぇえ?」
 
 困惑した表情で青年は机の上を指さした。なんだ、なかなかかわいい顔をしてるじゃないか。案外タイプかもしれない。
 
「だっ、それ……! か、かかかかカエル……」
「ん? ああ、これぇ?」
「しっ……! 死んっ!」
「そ、カエルの死骸」
 
 先輩が答える。
 そう、確かに机の上には木箱があり、そこに針でめった刺しにされたカエルがいる。先ほど話していた、『新しいやつ』とは、このカエルのことである。先輩はいっつも針を必要以上に刺してしまい、ぐっちゃぐちゃにしてしまうのだが、今回はなかなかに上手くいったようでとても綺麗に原型を留めている。
 しかし、一つだけ言わせてもらうと、正確には『死骸』ではない。
 
「先輩、驚かそうと嘘つかないでくださいよ」
「あっバレた?」
 
 これだから、このヒトは性格が悪い。
 私はそっとカエルに刺さった針を一本ずつ抜いていく。そして、最後の一本を抜き終えると……。
 
「ゲコッ」 
「うきゃあ!! うぎょっ……! うごっ……!」
「あはは、ほんと面白いねぇ、この子」
 
 カエルは元通り、鳴いて、ぴょこぴょこ跳ねている。
 
「やっぱり……、噂は本当だったんだ……」
 
 青年がポツリと呟く。
 この人、噂の真偽も確かめずにあのテンションでここに来たのか……。もしここが、本当にだったらどうするつもりだったんだろう。バカなんだろうか。まあ、見た目からしてバカっぽいしね。
 
「どんな噂が流れているかは知らないけど、多分おおよそその通り」
 
 私は針を机の上に置き、彼の方を向いて言う。
 
「私たちは、手芸サークル。暗殺術の達人よ。さ、依頼は何?」
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