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第1話
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春だと言うのに、ヴァルターは外套の襟を立てた。騎士団が駐屯している村は山の麓にあり、そこから吹く風は、まだ冬の寒さを残している。
ヴァルターは舌打ちをした。来るんじゃなかった。陰鬱な曇り空は、彼の心を映しているようだ。
村に来てからずっと天気が悪い。不吉な予兆だと、騎士のひとりが言った。馬鹿馬鹿しい。ヴァルターには信仰心はあるが、事象をなんでもかんでも霊的な何かに繋げることは、まったく意味を為さないと思っている。天気が悪いのは、山の近くにいるせいだ。寒いし、朝露で土はぬかるんでいるし、最悪だ。
ここでの楽しみと言えば、一日二回の食事くらいなものだった。村の女たちは、騎士たちを恐れて近づこうとしない。彼女たちだけではない。村に住む者みんなが、彼らを腫れもののように扱う。それも、ヴァルターを苛立たせる原因のひとつだった。
「つまらなさそうな顔だな」
突然聞こえた声にヴァルターが振り向くと、男がひとり立っていた。曇り空の下でも輝くような金の髪、白い肌、すうっと伸びた鼻梁、そして美しい碧眼。カール・フォン・オルセン。騎士団長であり、ヴァルターが家族以外で最も敬愛し、信頼する人物だった。
この美しい騎士団長のために、ヴァルターは辺境の、山しかない小さな村まで来たのだ。彼について五年、今では絶大な信用を得ていると、ヴァルターは自負している。階級は遥かに下だが、そこら辺の騎士たちよりも、オルセンを他愛ない会話ができるし、好かれているとさえ思う。
「ここの寒さは堪える」
「俺の外套、貸しましょうか」
「結構。かなり匂うからな」
ひでえとヴァルターは笑った。確かに、何日も洗濯どころか湯浴みをせず、毎日同じ服を着ていることは事実だ。しかし、それはお互い様である。騎士団全員が同じ条件で、日々悪臭と戦っていることは確かだ。
ヴァルターはそっと鼻をひくつかせた。他の者たちと違い、オルセンからは汗の饐えた匂いはしない。同じように生活しているはずなのに、不思議だった。むしろ洗練された、香しい匂いさえ漂ってくるようだ。
ほどよく筋肉がついているものの、比較的細身のオルセンは、もともと汗をかきにくい体質なのかもしれない。中世的ですらある端正な彼が、屈強な騎士たちの中にいると、いやでも目立った。
「そろそろ宿舎へ戻れ。もうじき日が暮れる」
オルセンに促さるまま、ヴァルターはすごすごと宿舎代わりの教会へ戻った。
日が沈んだせいか、先程より寒さは増していた。
ヴァルターは舌打ちをした。来るんじゃなかった。陰鬱な曇り空は、彼の心を映しているようだ。
村に来てからずっと天気が悪い。不吉な予兆だと、騎士のひとりが言った。馬鹿馬鹿しい。ヴァルターには信仰心はあるが、事象をなんでもかんでも霊的な何かに繋げることは、まったく意味を為さないと思っている。天気が悪いのは、山の近くにいるせいだ。寒いし、朝露で土はぬかるんでいるし、最悪だ。
ここでの楽しみと言えば、一日二回の食事くらいなものだった。村の女たちは、騎士たちを恐れて近づこうとしない。彼女たちだけではない。村に住む者みんなが、彼らを腫れもののように扱う。それも、ヴァルターを苛立たせる原因のひとつだった。
「つまらなさそうな顔だな」
突然聞こえた声にヴァルターが振り向くと、男がひとり立っていた。曇り空の下でも輝くような金の髪、白い肌、すうっと伸びた鼻梁、そして美しい碧眼。カール・フォン・オルセン。騎士団長であり、ヴァルターが家族以外で最も敬愛し、信頼する人物だった。
この美しい騎士団長のために、ヴァルターは辺境の、山しかない小さな村まで来たのだ。彼について五年、今では絶大な信用を得ていると、ヴァルターは自負している。階級は遥かに下だが、そこら辺の騎士たちよりも、オルセンを他愛ない会話ができるし、好かれているとさえ思う。
「ここの寒さは堪える」
「俺の外套、貸しましょうか」
「結構。かなり匂うからな」
ひでえとヴァルターは笑った。確かに、何日も洗濯どころか湯浴みをせず、毎日同じ服を着ていることは事実だ。しかし、それはお互い様である。騎士団全員が同じ条件で、日々悪臭と戦っていることは確かだ。
ヴァルターはそっと鼻をひくつかせた。他の者たちと違い、オルセンからは汗の饐えた匂いはしない。同じように生活しているはずなのに、不思議だった。むしろ洗練された、香しい匂いさえ漂ってくるようだ。
ほどよく筋肉がついているものの、比較的細身のオルセンは、もともと汗をかきにくい体質なのかもしれない。中世的ですらある端正な彼が、屈強な騎士たちの中にいると、いやでも目立った。
「そろそろ宿舎へ戻れ。もうじき日が暮れる」
オルセンに促さるまま、ヴァルターはすごすごと宿舎代わりの教会へ戻った。
日が沈んだせいか、先程より寒さは増していた。
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