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しおりを挟む魔女、もといあの女性と出会った日の翌日。
授業も部活も終わり、孝信は家に帰る前にいつもと違う道へと足を運んだ。
カバンと途中で花屋で買ったユリの花束と、あるネットニュース記事のコピーを持って。そのニュース記事は約三ヶ月前のもので、孝信も見たことがあるものだった。
辿り着いた先は…とある学生マンション。
一見何の変哲もないようにも見えるが、一階にある一部屋のみ黒焦げになっていた。
(あそこか…)
孝信がその部屋のベランダのある方へ向かうと、いくつもの花束がその前に置かれていた。既に先客が何人も来ていたのだろう。
花束を手向ける前に、孝信は折り曲げてポケットに入れていたコピーの紙を取り出してもう一度見る。既に薄暗くなっているが、周りの灯りのおかげで何とか見える。
[●●市の学生マンションで火災 住民の大学生死亡]
[12月15日午後7時15分頃、●●市△△4丁目の学生マンションの住民から「1階の部屋から煙が出ている」と消防に通報があった。火はマンション1階部分の一部屋を焼き、約40分後に消し止められた。火元と見られるこの部屋から住民で大学生の須賀あかねさん(19)が心肺停止の状態で発見され、病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された。現場は閑静な住宅街で、警察と消防は出火の原因を調べている。]
その記事にはいくつかの画像もあった。煙が立ち込めるこの部屋の様子や、このマンションの地図。
そして、この火災で亡くなったとされる女子大生の写真。
あの時と全く同じ、魔女のような黒いとんがり帽子と黒いワンピースを来てキメ顔でピースサインをしている。もちろん、顔もそっくり瓜二つだ。
これは自らSNSに投稿したものらしく、その後のニュースによるとどうやらこの数分後、もしくは数秒後に火災が発生したわけであるという。
(本当に…辛かったですね)
そう思いながら、孝信は部屋の前に花を手向け、目を閉じて手を合わせた。
と同時に、あの日のあかねの顔が思い浮かぶ。
ゲームをしているのを見ている時の楽しそうな顔に、声を掛けた時やキスをせがんだ時の照れくさい顔や、過去を思い出して涙を流した時の悲しそうな顔。たびたび見せてくれた笑顔。
どれも彼の心にしっかりと焼き付いていた。
『・・・ちょっ、ちょっとでいいから話し相手になってくれない?』
『気にしないで。孝信君がやってるの見てるだけでも楽しいもん』
『というより…孝信君には感謝してるよ』
『だって…こんな私が着いてきても迷惑がらずに相手してくれたんだもん』
彼女の言った台詞もまだ耳にしっかりと残っている。
(大丈夫っすよ。あかねさんのことは全部ちゃんと覚えてますから。それに写メも撮りましたし…)
(来世では…幸せになってください。もし俺がまだ生きてたら会いましょう)
暫くして目を開けると…
「…あかねのお友達さん?」
一人の女性が声を掛けてきた。
その女性は四十代半ばぐらいだがかなりやつれていて、少しだけふらつきながらこちらへと来る。手には花束と紙袋を持って。
「は、はい…」
「来てくれてありがとう。…あの子もきっと喜んでいるわ」
「あの…、あかねさんの…お母様ですか?」
「………」
女性は何も言わずに頷き、持っていた花束を孝信が手向けたところと同じ場所に置いた。
それから紙袋から何かを取り出して、それもお供えしておく。
それは…あの時着ていたのと似たような黒い服だった。
「これは…、魔女の服…?」
「…本当にコスプレが好きな子でね。小さい頃からアニメのキャラの衣装とかよく着てたのよ。大学行ってからもナースの服とか女学生の制服とかメイド服とか買って着ては写真撮ってSNSにあげてねぇ…恥ずかしいからやめなさいっていつも言ってたけどやめてくれなくって」
悲しませるだろうと思い、これ以上話を聞くつもりはなかったのだが、あかねの母は娘について勝手に話し始めた。
「あの日も大学終わった帰りに魔法使いの格好の服を買ってきてね…いつものようにSNSにあげてたんだから…ッ、あんなことに…なるなんて…」
話をしながら、彼女はいつの間にか涙を流していた。嗚咽混じりにまだ続ける。
「け、警察の人によると…ね、ストーブのあたりが激しく燃えてた…らしいのよ…。もしか…すると…、その近く、ぅ…に、服とか置いてたんじゃ、ないか、ッ…て…。たぶん…あの子のことだから、ああいう服を…置いてたのよ…。本ッ当に、バカなんだからァ…!」
(そういうことだったのか…)
彼女があの格好をしていた理由…及びあの格好で亡くなった理由が、孝信には今わかった。
(だから魔女だなんて…)
あかねの母はその場で泣き崩れてしゃがみ込み、これ以上はとても話せないようだっだ。
孝信はカバンを開け、ハンカチを一枚取り出す。
「…はい」
「え…?」
「よかったら使ってください」
「でも…」
「一度も使ってないんでキレイですよ」
「そういうことじゃなくて…」
「返さなくて結構ですから。じゃ、僕もう帰らないと」
「あっ!ちょっと…」
当惑するあかねの母を尻目に、半ば無理矢理ハンカチを渡して孝信はその場から立ち去った。
家に着く頃にはすっかり日が暮れて真っ暗になっていた。
玄関を開ける前にふと空を見上げると、綺麗な夜空の中に美しい月があった。それも満月だ。
(そういえば…魔女って満月の夜に空飛んでるイメージあるな…)
もしかしたら…と思ってジッと眺めていたが、魔女の姿はなかった。
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