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銀髪と緋色の瞳の聖女と仲間達

微かな違和感と【古代エルフ文字】と聖女達の“翻訳機能”

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「…私達、何処かで会ったことある?」

 思わず呟いてしまった言葉に、イーディスは、少し、いや、かなり戸惑った表情で私を見つめる。
 イーディスは何て答えたら、良いのか迷ったんだろう、熟考してから、彼の柔らかくて、ひんやりした掌が、私のおでこに触れる。

「俺がハルと出会ったのは、今日がはじめてだ」
「……そう、だよ…ね」
「……ハルが俺と何処かであった気がするのは、ムツキの記憶があるからだな。今は休め」
「……だから…かな…」

 なんだろう…凄く…眠い。そう思いながら、ハルの瞼は少しずつ閉じていく。

「静寂を司る闇よ、かの者に安らかな眠りよ〈睡眠ソムヌス〉」

 ハルが眠りについたことを確認したイーディスは、静かに立ち上がり、ハルの瞼の上に置いていた掌を見つめる。
 ほんの微かだが、ハルからの“魔力”を感じた。イーディスがよく知る“魔力の質”だったが。

(………いや。そんなはずはない、気のせいだ)

 イーディスは後ろへ、この部屋の入り口へ、振り返る。

入り口そこで立ってないで、入ってきたらどうだ」

 その言葉を合図に、入り口に掛けられた、黄色と緑色のストライプ柄の布のカーテンが開き、

「フィルシアール」
「…ハルの様子はどうですか?」
「先程まで起きていたが、眠らせた」
「……そうですか」

 フィルシアールは眠りについたハルの様子をうかがう。
 前回、ムツキが憑依した時は、魔王の封印が解かれ、瘴気が溢れたことで、魔物が凶暴化して、その対策に追われてしまい、顔色が悪いハルを休ませんことは出来なかった。
 今回は顔色もよく、熟睡してる姿を確認して、フィルシアールは安堵する。
 イーディスは、そんなフィルシアールの姿を見つめて、

「あとは頼んだ」
「イーディスは?」
「調べものがある。お前がハルを看てろ」
「…調べものですか?」
「……ああ。気のせいかもしれんが、気になることがある」
「気になること?」
「…………」

 イーディスはフィルシアールに掌をかざし“魔力の質”を探る。

「……やはり、だな」
「い、イーディス。し、思考に浸らないで、説明して」

 フィルシアールの声は、熟考してるイーディスの耳には届かず、イーディスは部屋を後にした。

「ま、またですか。…ティティと会わないといいな」

 イーディスは自分の世界に入ると、周りが見えなくなる。このモードのイーディスと、ティーニャも相性が悪く、たまに、いや、かなり、喧嘩していた。
 ふたりの喧嘩が、また“勃発”しませんように、そう願わずにはいられなかった。
 庵の、何処からかドォォォンと、氷魔法と魔術がぶつかる音が聞こえたが、その音はすぐ止んだ。恐らくガルフォンが止めたんだろう。
 これからはガルフォンを頼ろう、フィルシアールそう思った。

 フィルシアールは部屋の中を見渡す、入り口以外の、壁の四方に、焦げ茶色の古びた本棚が置かれて、いつの時代の物かも不明な、古びた魔術本が綺麗に並んでる。
 この部屋はイーディスの寝室だ。彼は読書が好きで、キッチンと浴室以外の、あらゆる部屋に本棚があり、彼が好きな時に“読書”が出来るようになってある。
 フィルシアールは読書をしようと、1冊のグレー色の本を本棚から取り出す、パラリと、ページを捲る。
 見たこともない、蛇のような文字が綴られていた。

(…読めない。…これは…【古代エルフ文字】か)

 今度は青色の本を本棚から取り出しページを捲る。

(これも【古代エルフ文字】だ)

【古代エルフ文字】は現在いまから、約一万年以上も昔、まだ魔王が“誕生”する前に、エルフ達が使っていた文字だ。
 長い年月と共に【古代エルフ文字】は使われなくなり、現在いまでは【古代エルフ文字】【古代ディアーナ文字】と【異国文字】が混ざった【エルフ文字】が使われているが、エルフ達は他種族と交流を絶っている為、何故【エルフ文字】が“誕生”して、使われるようになったかは謎のままである。

(【エルフ文字】は【古代ディアーナ文字】を知っていれば、全文は無理だけど、少しは解読出来る…)

【異国文字】だけ、何処の国の“文字”かは、不明なままで、解読出来る専門家は居ない。

(…王家の人間と、王家の血をひくリディエール公爵家だけ【異国文字】の部分も読めるけど…、読める理由は現在いまも“”されている…)

 フィルシアールは、何冊か本を取り出しページを捲るが、全部【古代エルフ文字】だった為、読書は無理だと諦めて、ベッドの横にある、柔らかいクリーム色の布が、背もたれと台座に施されている、ダイニングチェアに座り、ハルを見つめる。

(ハルは…この【古代エルフ文字】は読めるのかな)

 異世界から“召喚された聖女達”にはステータスに表示されない“翻訳機能”が付いており、この世界にある、全ての国の“言葉”が“翻訳”出来るがあると専門家が言っている。

(その可能性が本当なら、魔王を倒して全てを終えたあと、他国や権力者が放っておかない。全てが終えたその時、僕がハルの側にいて守れる可能性はどのくらいだろう。
『全てが終わって僕が死んだら、彼女のことをよろしくお願いいたします』と、兄上に手紙を送ったけれど、その返事はまだ届いていない。
 兄上ならハルを王妃に迎え入れて、守ってくださるけど、自分以外の男性ひとと、愛する女性ひとが結ばれるのは、もう2と見たくない)

「…ーっ!」

 フィルシアールは急に痛みだした左前腕を右手で擦り、痛みが引いた後に、左前腕を様子を確認すると、呪いの痣が広がっていた。

(…僕は…僕の身体は…魔王を倒すまで…堪えられるかな)

 この呪いを解ける“解呪のスキル”を持つ呪術の一族は
 “解呪のスキル”が宿った魔法道具マジックアイテムなら呪いは解けるけど、千年前に“国王”の力を使っても発見出来なかった。
 現在いま、見つけられる可能性は低いし、魔王の封印が解かれている以上、早く魔王を倒さなければ魔物の被害が広がり、国民に被害が出る。

(それだけは駄目だ)

 魔王が魔物を治めていれば、魔物の被害はなかったかもしれないが、

「…いや、出来ていれば“こんな状態”になっていないか」

 何があっても魔王は【魔王城】から動かないと、それだけは分かっている。
 魔王かれは【魔王城】で待っている。
 かつて愛し合って魔王じぶんのために、死なせてしまった“女性ひと”の元へ行くために、魔王じぶん浄化してくれる殺してくれる”を。

 それを『あの事を覚えてない』ハルにさせようと、している僕は…『何も知らなかった』イグニーアぼく以上に最低だ。

「…フィル君?」
「ハル、起こしてしまいましたか」
「ううん」

 ハルの掌がフィルシアールの頬に触れる。

「どうして泣いているの?」
「…泣いて?」

 フィルシアールは、自身の頬に触れて、泣いていたことに気が付く。

「…何か…悲しいことが…あったの?」
「…………」

 フィルシアールは、この部屋の入り口から、イーディスとティティ、ガルフォンの気配を感じる。

「…そう…ですね。聞いてくれますか」

 イーディスと合流出来たら、話そうと決めていたことで、今が丁度いい、機会かもしれない。

「何を?」
「全てのはじまり、魔王が“誕生”して聖女が“封印”した理由わけを…」
「……うん。話して」

 ハルの返事を聞いたフィルシアールは静かに口を開く。
 千年前にムツキが【封印の間】で見て、『あの事』に繋がる“聖なる乙女”と、現在いまも王宮で生き続けている“カゲロウ”の…“聖女召喚”のを。
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