碧天のノアズアーク

世良シンア

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ノアズアーク始動編

番外編 カズハとグレン

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side グレン=トワイライト

「ただいま」

EDENにて書類をあらかた片付けた俺は、疲れきった心身を癒してくれる我が家へと帰宅した。俺の家はEDENから割と近く、一階建ての小さな家だ。俺は若い頃からここに住んでいるが、その時よりもさらに小さい頃は部屋を持て余すほどに無駄に広々とした豪勢な家に住んでいたのだ。

俺の家は俺の曽祖父が戦で武勲をあげたことで、当時の皇帝陛下から『トワイライト』の名を授かった、帝国では割と有名な家である。俺の祖父も父も曽祖父に負けず劣らずの戦いの才を持っており、うちの国の最強の戦士とされる師団長クラスとまではいかないものの、この国の中ではかなり上位の強さをもっていると言っても過言ではないだろう。

そんな『トワイライト』家の長男であり唯一の後継者である俺は、今よりもっと若い頃、父と反りが合わず家出をしたのだ。といっても父に俺の居場所はバレていたし、俺も隠れる気など毛頭なかったのだがな。そして俺は、その頃から冒険者を始めるようになった。

たった一人の大事な妹を実家に残して……。

「お兄様。おかえりなさい」

にこやかに出迎えてくれたのは、それはもう可愛いくて仕方のない俺の妹だ。名前はフローラ=トワイライト。俺とは十、歳が離れている。

「ただいま、フローラ……。カズハはどうしたんだ?今日はこっちに泊まるって話だったろう?」

辺りを見回すが、あいつがいる気配は感じられなかった。

「えーと……あの子は今さっき『花鳥風月』に戻りましたわ」

「そうか……。折角あいつが好きなケーキ屋のケーキを買ってきたんだがな……」

俺は甘いものはあまり好かないが、フローラもカズハも俺と違って甘いものには目がない。

……さすがはといったところか。

「うふふ。カズハはきっとお兄様と家で会うのは照れくさいのですよ。……お兄様のことが嫌いなわけではありませんから」

「……だといいんだがな」

「さあ、お兄様。夕食を食べましょう。冷めてしまってはおいしさがどんどん減ってしまいますから」

「ああ、そうだな」

俺はフローラとの楽しい夕食を済ませた。

なぜか今日のスープは妙に酸っぱかったが、フローラがドジでも踏んだのかもしれないな。なんとも可愛らしい。

そして風呂に入った後、フローラが眠りにつくのを確認してから自室に戻った。そしてベッド横の棚に飾られた写真立てを取り上げ、ベッドに座る。

……あれからもう六年か……。

写真には中央にカズハ、その右隣には俺、左隣にはフローラが立っている。これはカズハが冒険者になって二ヶ月後ぐらいに撮ったものだ。偶然ミクリヤが出会った少女がフローラの子だと気づいた時は本当に驚いたものだ。ミクリヤが話すカズハの母親像が、俺の愛するフローラのものとそっくり同じだったのだからな。そしてカズハが初めてEDENに来てくれた時、俺は確信した。

ああ、この子は間違いなくフローラの子だ、とな。

それから二ヶ月後に音信不通だったフローラからの手紙が届いた。手紙の内容を簡単に言えば、カズハのことを助けてやってほしいといったものだ。俺はこれを読んでいてもたってもいられなくなり、仕事を全て副ギルド長に任せてフローラが隠れ住む山奥へと向かった。

もしこの手紙が届かなかったら俺は妹を迎えに行こうとはしなかったかもしれない。俺はあの頃妹の苦悩に手を差し伸べることもせず、ただ一人冒険者として自由に楽しんでいた。こんなやつが今更どのつら下げて会えるというのか。……だが、自分の娘のために、こんな薄情な俺を頼ってくれたフローラのこの思いには必ず応えなければならないと、そう感じたのだ。

……これは余談だが、フローラが実家を出たと父から連絡を受けた時、俺はひどく驚いた。俺はすぐに実家へと戻り、父に何故妹が家を出たのかと直談判したことがあった。

「父さん!なぜフローラがこの家を出て行ったのですか!!」

「あのバカな娘はな、私が用意してやった結婚相手とは結婚できないと訳の分からないことを言い出したのだ。そしてどこの馬の骨ともわからん男を連れてどこかに行ってしまったのだよ。今まで育ててやった恩を仇で返すとは……本当に愚かな娘だ」

「この、クソ親父が!!」

「ぐはっ……な、何をする?!父にむかってこのような……」

「あんたはもう俺の親父なんかじゃない……!フローラを……実の娘を罵倒するやつを誰が父親と認めるんだよ、馬鹿が!」

とまあこんな感じで俺は父をぶん殴った後、フローラを探し回った。友人たちにも協力してもらったが、ついにフローラがみつかることはなく、ミクリヤからの話を聞かされるまで手がかりすらも掴めなかったのだ。フローラは昔から隠れんぼが大得意で、よく俺や使用人を困らせていたが、その能力は大人になっても健在だったらしい。






カズハとの初顔合わせから二ヶ月後、帝都から出て一週間ほどかけてようやくフローラを探し出した俺は、フローラに俺の家に一緒に住むことを提案した。フローラは最初は渋っていたが、最後はカズハの……娘のためにと、了承してくれたのだ。

こうして俺は最愛のフローラとその娘であるカズハと共に過ごすことになった。カズハはフローラの娘であるがために、俺は冒険者として危ない生活を送るカズハの様子をとにかく気にしている。最初の頃などしょっちゅうギルド長室にカズハを呼び出し、「その怪我はどうした?」とか「何か困ってることがあればいつでも言え」とか、とにかくカズハを大切にしたいと思う気持ちが前面に出まくっていた。

そして俺は自らの母のためにソロの冒険者としてひたすら頑張るカズハのことを、友であるサイラスに任せることにしたのだ。サイラスは元師団長で、その腕は確かだし、『グラディウス』もかなり良いメンツの揃ったパーティだった。だからカズハを任せたのだが、結果は俺の期待以上だった。カズハは幼い頃から人と触れ合う機会がなかったために、ミクリヤやフローラ以外の人間とは親しくしようとしていなかったが、次第にグラディウスの奴らとも仲良くなり、今では誰とでも明るく接する子になってくれた。これも全て『グラディウス』のおかげだろう。俺はサイラスにカズハを任せることにした選択は間違ってはいなかったと心から思った。

ただ悲しいことに、こんなに元気に育ってくれたカズハにも目を背けたくなるほどの悲劇が起こってしまった。

……サイラスらグラディウスメンバーの壊滅だ。友であるサイラスを失ったことに俺もかなりのショックを受けたが、カズハがその身に感じた悲しさや苦しみはその比ではなかった。サイラスたちが死んでから数日は部屋から出ることなく、フローラの話によれば、一晩中啜り泣く声が聞こえてきたこともあったらしい。そして俺とフローラでどうにかカズハの心を立ち直らせ、カズハは再び冒険者を続けることにした。それがサイラスたちの望みだったようだからな。

それから俺はカズハに刀を使った戦い方を教えてやった。カズハはもともとミクリヤから剣術を習っていたから、教えるのはそんなに難しくはなかったがな。

……ちなみにカズハがサイラスから受け継いだ刀は元を辿れば俺が持て余していた刀だ。俺が冒険者だった頃に手に入れたのだが、その時には俺はすでに愛刀と呼べる刀を持っていたために、使わずに持っていたのだ。そして友であるサイラスが冒険者になったと知り、冒険者になった記念だとか言って渡したんだ。それがまさか俺の姪の手に渡るとは思いもしなかったがな。

俺は写真立てを元の位置に戻す。そしてベットに横になり目を瞑る。

明日は久々に、カズハを呼び出すか……。







side カズハ

「……で?何の用なのー?」

湊との手合わせが終わってEDENに寄ったらアリアにグレンが呼んでいると言われ、ここに来たわけだけど…また何かの依頼だろうか。

「……んんっ。話というのはだな……その、なんだ……」

何故かグレンはいつものようにはっきりとものを言わない。

そんなに言いづらいことなのかなー。

とりあえずグレンが用件を告げるまでまつことにした。

「……そろそろお前の誕生日が近いだろう。……何か欲しいものとか、あるか?」

そろそろって……まだ一ヶ月以上先なんだけど……。

「……いや、別になんもないけど……ていうか、なんでそんなにいつもと態度が違うわけ?」

「……昨日、家にいなかっただろう」

「え?あー、あれはその……何ていうか……」

「……俺はお前に嫌われているのか?」

何故か今日は弱々しいグレン。本当にどうした……?!

「いやいやいや、そんなことないって。刀の使い方教えてくれたのも感謝してるし、母さんと帝都で一緒に暮らしてくれてることもありがたいって思ってるよ。……そんなグレンを嫌うわけないじゃん」

「そうか……」

「昨日いなかったのは、その……グレンと顔を合わせたくなかっただけで……」

私は俯きながら答えた。なぜなら自分の顔を見られたくなかったからだ。

「なぜだ……?」

「前に私がグレンを怒鳴りつけてここを出てったことあったでしょ?」

「サイラスたちの話をした時、か……」

「……そう。グレンはあの時私のためを思って言ってくれてたって後から気づいてさ……申し訳なかったんだよねー。だから、そのお詫びにと思って……料理、つくったんだよね……」

「…………」

「でもその……うまくつくれたかわかんなかったし、母さんに今日は私が料理つくったこと言われたらなんか恥ずかしいなって思って逃げ出したんだよねー……ははは」

私は少し顔を赤くしながら黙りこくったグレンへと言う。実はというべきか、私は料理と呼べるものをしたことはほとんどない。小さい頃は母さんのために家事全般をこなしてたけど、そのときは料理をつくれるほどの材料や調味料がなかったし、ミクリヤと出会ってからはミクリヤが食べ物を持ってきて料理をつくってくれたりしてたから、自分で本格的に料理をしたことはなかった。

「……もしやあのものすごくしょっぱいスープはカズハがつくったのか?」

「……そうだけど」

そんなにしょっぱかったのかなー……。母さんに言われた通りにやったはずなのに……。

「フローラがそんなミスをするとは珍しいとは思ったが……そうか……カズハお前、料理が下手だったのか……」

っ……!そんなはっきり言わなくても良いじゃん……!!

「……っ……悪い?」

「え?」

「もうぜっっったいに、グレンなんかにつくらないから!!!!」

私はそう言い放って、扉を思いっきり閉めて出た。






side グレン=トワイライト

「何か、まずかったのだろうか……?」

俺は激昂して出て行ったカズハを追いかけることもせずに、ただ椅子に座っていた。少し涙目になっていたようにも見える。

うーん、と唸っているとノック音の後に多忙なあの男の声がした。

「グレン、入るぞ」

「いいぞ」

「お前、またカズハになんかしたのか?」

「……どうやらそうらしい」

「はぁ……今度は何をやらかしたんだ?」

俺はミクリヤにことの経緯を話すと、ミクリヤはまたもや深いため息をついた。

「はぁぁぁ……ほんとになんでこの人はギルド長なんてやってるんだ?」

「……そこまで言うことないだろう」

「……あのな、折角カズハがつくってくれたっていうのに、第一声が『料理が下手だったんだな』は酷くないか?」

俺は本当のことを言っただけなんだが……。

「そう、なのか?」

「……たとえ美味しくなかったとしても、言い方ってものがあるだろう。カズハが怒るのも当然だ」

そうか、俺の考えなしの一言で、カズハを傷つけてしまったのか……。

「なあ、ミクリヤ……どうすれば許してくれると思う?」

「そんなこと自分で考えろ。僕は忙しいんだからな……これ置いとくぞ……じゃあな」

冷たいミクリヤは手に持っていた山のような書類を俺の机に置き、この場から去って行った。

「……一体どうしたらいいんだ……?」

こうして俺は一日中カズハへの謝罪方法を考えていたが、いいアイデアが浮かばず、この部屋で寝ることもなく一晩過ごしてしまった。






side カズハ

「……またグレンを怒鳴りつけたまま帰っちゃったよ……」

でも今回は私悪くなくない?私の料理が下手ってハッキリ言ったグレンが悪いよねー。

……でもこれじゃまたグレンに迷惑かけちゃうよね。

前に怒鳴りつけた時、グレンは私の機嫌をどうにかして取ろうと散々悩んでいたらしい。たまたまミクリヤに会った時「グレンがカズハのことで悩み過ぎで仕事に手がつかないんだよ。あんま寝れてないみたいだしな。お陰で、その分の仕事が僕に回ってきてるんだよな」と言われてしまった。もちろんミクリヤにも申し訳ないと思ったけど、それが原因で仕事に手がつかずあまり眠れてもないって聞いたら、何もしないわけにはいかないじゃん。それで料理作ったけど……失敗しちゃってたのか。

……ちゃんと味見すればよかったな……。

私は人混みを避けながら花鳥風月へと足早に戻る。

今度は料理以外で、またなんかお詫びしないと……。







side グレン=トワイライト

「……おい!グレン!聞いてるのか?!」

「……ん……あぁ、聞いてる聞いてる」

俺はカクッカクッとなっていた頭を持ち上げ、閉じそうになる目をなんとか開けて前を見た。

「……ったく、しっかりしてくれよな。お前はギルド長なんだぞ」

定期報告にきたミクリヤは俺に呆れたようにそう述べた。

「……ああ、わかってる」

俺は左手で頭をかいた。

「……これは、ひとつ貸しだからな……」

そう言ったミクリヤは俺の机に先ほど置いた書類とは別に三枚のチケットを差し出した。

「ん?これは……?」

「スイーツのそのってケーキ屋の限定チケットだよ。百分間、食べ放題のやつ」

「……ミクリヤお前、俺と同じで甘いもの苦手じゃなかったか?」

「アリアに頼んだんだよ。あいつ週に三回はあそこに寄ってて、そこのオーナーとは幼馴染らしいからな」

「そうか。……ならありがたく頂戴するぞ」

「ああ。それでとっとと本調子に戻れよな。これ以上僕に迷惑をかけるなよ。……じゃあな」

ミクリヤはスタスタと歩いて扉から出て行った。一人部屋に残された俺は、ミクリヤが俺のために置いてった三枚のチケットを眺めた。

「……なんだかんだいってあいつは本当に良いやつだな。……俺はいい友をもっているようだ」

俺はチケットを取って部屋を出た。時刻はまだ昼前。カズハは俺の家にいないだろうが、とりあえずフローラにこの話をしよう。

できれば今日中にスイーツの園に行ければ最高なんだが……。






side カズハ

「うわっ……。何これ、まっず……」

目の前の紫色でドロドロのスープを味見した私は、出来栄えの悪さに辟易した。まさか自分の料理センスのなさがここまでとは思わなかったな……

「……そうね。これはちょっと……食欲は湧きそうにないわね」

私の隣で見守っていた母さんは、私のひどい料理を見て少し顔をしかめている。

朝早くに花鳥風月からこっちに向かい、母さんに料理を教えてほしいと頼んで今に至るわけだけど、これでつくった品は三品目。昨日は料理以外で何かお詫びをしようと考えてたけど、グレンに言われた『料理下手』の言葉がどうしても頭から離れず、だったら美味しい料理をつくって見返してやるわ!、ともはや詫びでもなんでもない気持ちでここにやってきてしまったのだ。

「はぁ……なんでこうなっちゃうんだろう……」

もう一度目の前の野菜スープを試食してみる。が……

「……うっ…………」

口に放り込んだ瞬間にスープの甘いようなしょっぱいような辛いようなもうよくわからない風味がするし、人参は生レベルで硬いし、全体的に具材に味が染み込んでないから野菜をそのまま食べてるって感じがするしで……。

まあ、染み込んでたとしてもこのスープの味じゃ美味しくはならないけどねー……。

私は口に入れてしまったスープもどきをニ、三回噛んですぐに飲み込んだ。そしてすぐにコップに入ったフルーツジュースを飲み干した。ちなみにこれで七杯目である。

「……やっぱり、私に料理は向いてないよね、これ」

「何言ってるの、カズハ。まだ三品しかつくってないのよ。そんなことで簡単に諦めるような子じゃないでしょ、あなたは」

母さんは私の目を真っ直ぐに見据えた。その眼差しからは、私が料理をできるようになると信じる心が垣間見えたように感じた。

「……わかった。もう一回つくってみるね」

母さんに後押しされ、もう一度つくろうとしたその時、外からドタドタと足音がした。うちは帝都でも外れの方にあるから、割と周りは静かで、外の音は案外聞こえてくるのだ。

『バン!』

「フローラ、いるか!」

突然思い切りドアを開けて現れたのは、EDENのギルド長であるグレンだった。グレンはここの家主でもあるから、この家に来るのは当たり前のことだけど、帰宅するにはまだ早すぎる。これじゃあ、こっそり練習してる意味がないじゃんか。

グレンは息を切らしながら、下げていた顔を上げる。

「……はぁ……はぁ……はぁぁ……ん?なんだ、カズハも……いたのか」

「おかえりなさい、お兄様。……お仕事はどうされたんです?」

母さんはグレンが手に持っていた鞄やコートを取り、私が失敗した料理があるテーブルの椅子に綺麗に置いた。

「ちょっと色々あって急遽休みをもらったんだ……それでだな、よかったらここに行かないか?」

グレンはテーブルに三枚の少しよれたチケットを置いた。

……こ、これって……!

「あらあら、スイーツの園のプレミアチケットじゃありませんか!どうしてお兄様がこのようなものを?」

「……友人から貰ってな。だから……みんなでどうた?」

「……いく……」

私は失敗しまくった料理たちをグレンに見られてしまったことの恥ずかしさからなのか、それともグレンが私がいつか行きたいと母さんと一緒にぼやいていたスイーツの園の食べ放題プレミアチケットを持ってきてくれたことに対し、感謝したいけどそれを面と向かって言えない恥ずかしさからなのか、いずれにせよ私はグレンの顔ではなくチケットを見つめたまま、か細い声で返答した。

「うふふ。私もぜひ行きたいですわ。一度でいいからスイーツの食べ放題をしてみたかったんです」







「これおいしい!今までの中で一番かも!!」

「うーん!これはとっても幸せな味がしますね」

母さんと私はグレンが目が点になったままボーッとして座っている姿を無視して、ひたすらケーキを食べていた。ちなみにグレンはコーヒーしか頼んでいない。

「母さん、次はあれなんかどう?」

「あらあら、いいわね。……お兄様にも持ってきましょうか?」

「いや、俺のことは気にせず楽しんでくれ……」

グレンはお腹いっぱいといった様子で断った。コーヒーしか飲んでないのにそんな顔をするのはおかしいでしょ。

そんなことを思いながら、私と母さんはグレンを置いてスイーツの世界を満喫した。やっぱり食べ物は甘いものが一番だよねー。







side グレン=トワイライト

もう何個目なんだ……?

フローラとカズハが嬉々として次々とケーキを口に頬張る姿を見てつくづく思う。見ているだけでお腹がいっぱいになるし、というかそんなに食べたら俺なら間違いなく吐くぞ。

……だがまあ、二人が幸せそうならそれでいいがな。

残り時間がわずかとなり、二人が最後の品を持ってきた。そして苦もなくペロリと完食してしまった。

もはやこの二人は甘味のオバケと言ってもなんらおかしくはないのでは……?

「随分とおいしそうに食べますね?」

俺が二人の食べっぷりを見守っていると、隣から見知らぬ若い男の声がした。その男は黒い髪をしていて、あまり見かけない顔だった。

「ああ。幸せそうで何よりだ。……あんたも食べ放題にきたのか?」

「いえいえ。私はただのお使いです」

そう告げる黒髪の男の両手は、いくつもの箱で塞がっている。

あの箱は確か、この店のものだ。つまりは、この男はこの店のスイーツを買い漁ったということになるな。

「甘い物が好きなのか?」

「私ではなく、主人が、ですが。この店のチョコレートケーキをいたく気に入ってしまいまして、この街に来たら必ず寄るように言われているんです」

……にしても、随分な量を買ったものだな。主人一人で食べられるような量じゃないと思うんだが……。

「おいしいよねー、ここのチョコレートケーキ!私もかなり好きなんだよねー」

いや、カズハ。お前はスイーツ全般好きだろう……。

「そのようです。毎回この量を買うので、もう店主に顔を覚えられてしまいましたよ。……では私はこれで失礼致します。皆様、楽しんでください」

そう言うと、黒髪の男は店を出て行った。

そして男が出てから少しして、俺はスイーツを食べまくって満足そうな二人と一緒に店を出た。二人は俺の前を歩きながら、楽しそうにおしゃべりをしている。

やっぱり二人の笑顔は世界一だな……。

「あのさ、グレン……」

急に立ち止まり俺の方を振り返ったカズハ。

「どうした?」

「……今日は、ありがとね」

カズハは少ししか恥じらいながら礼を言った。……可愛いな、おい。

「あと、昨日は……怒鳴ってごめん。だけど、グレンが私のこと料理下手だって言ったことは許さないからねー……!絶対に美味しいって言わせてやるから、覚悟しててよねー!」

カズハは俺の顔目掛けて指を指した。

やっぱりあれは言ってはいけなかったやつだったのか……。今度からは気をつけないとな……。

「ああ。もちろん、楽しみにしてるぞ」

可愛い俺の弟子であり姪っ子でもあるカズハの手料理なんて、そんなの食べたいに決まってるからな。

こうして俺とカズハの喧嘩と言えるのかもわからないほんの小さないざこざは終結した。次の日俺はミクリヤに昨日の二人とのデートの話と感謝の礼を述べたのだが、「感謝は当然のことだ。それからな、雑談なら後にしろ。仕事を先にやってくれないと困るんだよ」と軽く怒られてしまった。

ま、いつものことなんだけどな。

「さてと、そろそろ仕事をするかな」

仕事机に置かれた山のような書類に手をつけ始める。その机の端には、昨日帰りに写真屋で撮った愛する家族の写真が飾られていた。そこには最高の笑顔を浮かべた仲睦まじい三人の姿があった。














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