碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

5 潜入と救出

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side 桜木イオリ

帝都内に位置するドレイクが経営する宿『花鳥風月』の地下。内部は灰色の鉄壁で覆われており、これといった装飾品はない。部屋を明るくするための照明が備わっているぐらいだろうか。

だが今は、数十名の黒服たちで部屋は少しばかり狭く見える。すでに待機していた僕の仲間たちだ。

彼らは僕が目の前に立つと同時に、敬礼をする。そして僕が左手を上げると敬礼をやめ、腕を体の横へと戻す。みな一様に動くこの光景はいつ見ても精錬されており、一体感を感じさせる。

「一ヶ月ほど前から軍事国家ファランクスに潜入していたゲネル及びテックスの両名が行方知れずとなった。定期報告の文書がここ数日届かないことからの判断だ。更には死亡した可能性が極めて高いだろう」

ファランクスは大陸一非道な国と言われている。他国のスパイなど見つけ次第即刻処分するはずだ。とはいっても自国にスパイが紛れていればそれ相応の処罰を科すのはどの国も同じ。要するに、ファランクスが道理のない国として名を馳せる所以はこれ以外の事柄にあるということだ。

「そこで今回、新たに諜報員を派遣することとなった。その目的はファランクスの戦争関連の機密情報の入手及びゲネル、テックスの所在確認だが……最優先事項は前者であり、後者は完遂任務というわけではない」

仲間の安否を知りたいと思うのは皆同じ。しかし、自国の平和と安全のためにはそのような悠長なことを言ってはいられないのが現実というものだ。

「そしてこの任に就く者は前回同様に二名とする」

「質問、いいですか?」

「構わないよ」

「少数精鋭で潜入するのが基本だということはわかってはいますが、相手は一度俺たちの正体を見破っています。再び同じ手でいくのはあまりに愚策かと……」

流石はドレイク。父上の側近として活躍していた彼は、うちのなかでも近衛衆としての経験値が高く賢い。

「ああ、分かっているよ。ドレイクの言う通り、同様の方法で再度潜入任務を行うというのは危険極まりない行為だ。愚かとしか言いようがないだろう。さらには間髪入れずに次の者を派遣するわけだから、よりリスクは上がる」

「だから、私たちが行く」

僕の隣で息をひそめるように立っていたミオの、強い意志のこもった声は、この無機質な空間にスッと響き渡った。この発言にみな一様に驚き、珍しく動揺を隠せずにいるようだ。

「なっ……しょ、正気ですか?!」

「僕たちはいたって正気だよ、ドレイク。この中で最も能力値の高い者は僕たち兄妹だ。僕たちが行けば任務成功率は格段に上がる」

「それは、否定できませんが……しかし……」

「言いたいことは分かっているよ。もし僕たちが死亡すれば、近衛衆の未来が危ぶまれるという話だろう?」

「……それもあります」

も、というのはきっと僕たちの身を案じてくれているのかな。ドレイクは昔から優しいやつだったからね。

「仮にそのような事態に至るのなら……その時はドレイク、君にこの部隊の筆頭を任せたいと思ってるよ」

「っ……」

ドレイクは苦渋に満ちた顔で僕を見とめる。

「引き受けてくれるかい?」

口調は普段通りだけど、了承以外の選択肢を与えはしないと言わんばかりの、命令じみた僕の頼み。我ながら嫌なことをしたものだね。

「………了解しました」

長い沈黙の後ようやくドレイクは返答した。その間、他のみんなは騒ぐことなく黙ってドレイクの返事を待っていた。

「うん、ありがとう。……先に言った通りこの任務は僕たちが引き継ぐこととなった。現在別の任にあたっている他の仲間にも、情報の共有をしておいてくれ。何か質問のあるものはいるか?」

「では私から……筆頭が不在の間、私たちの指揮はドレイクさんが取るということですか?」

「その通りだよ。ドレイクにはこの任務が終了するまで筆頭代理を任せる。長期になるかあるいは短期で終わらせられるかは不明だが……よろしく頼むよ、ドレイク」

「……了解です。ただこれだけは約束してください。必ず生きて帰ってくる、と」

正直言ってそれを守れるかどうかはわからない。僕たちの仕事は常に危険と隣り合わせなのだから。

だけど……このやりとりが無駄になるとは僕は思わない。

「ああ、約束する。必ずミオと一緒に帰ってくるさ」

「約束……」

ミオはドレイクへと近づき小指を出した。ドレイクもそれに合わせて小指を出し、指切りをした。

「以上をもって特例会議を終了とする。各自の健闘を祈るよ」







急遽招集し開くこととなった会議の後、自室へと戻り朝を迎えた。窓から差し込む光はこの狭い空間一帯を照らしていた。寝泊まり程度しか使わないこの部屋は、ベットなどの最低限のものしか置いていない。あの地下室とほとんど変わらないといっていいだろう。

窓際に置かれたベットには布団に潜る妹の姿があった。妹は寝るのが好きで、任務外の時は早寝遅起きが基本だ。

洗面所で顔を洗い、外出のための服に着替える。上着のボタンを留めていると、妹の寝言が聞こえてきた。

「ん……おむ……らいす…………」

ふふ。またオムライスか。ほんとオムライスが好きだなぁ、ミオは。

この間抜けで可愛らしい姿をいつまでも見守っていたいけど、悲しいことにそうもいかない。僕たちにはやらねばならない任務があるからね。

「ミオ……ミオ……」

ミオの体を軽く揺すってみる。

分かってたことだけど、これで起きたことは一度もないんだよね……。

仕方ない。あの戦法でいこう。

「ミオー。早く起きないと、このオムライス食べちゃうぞー」

「っダメ!」

ミオはガバッと勢いよく起床した。

「やっと起きたね、ミオ。外に出るから早く支度するんだよ」

「んー……わかた」

ミオは目を軽くこすりながらとぼとぼと歩き出す。洗面所に向かっているらしい。

この間にリュックに荷物を入れようかな。

ベットの横に置かれた空のリュック。そこへ水や食料、衣服などの生活必需品や、数冊の本や大量のノート、ペンやメガネなどを詰め込んでいく。エスパシオに詰め込まないのは単に容量の問題だ。それにエスパシオには、今作戦に必要な大事なものでいっぱいだ。

今回は各国を回る歴史学者としてファランクスに入国するつもりだ。ただの旅人としてでも良かったが、目的が色々な国巡りというのは、少し怪しいと感じる部分がある。

というのも、ファランクスが最も危険な国であることは周知の事実であり、好き好んで訪れるやつなどまずいない。行く者がいるのならそれは、よほどの物好きということであり、かなり怪しいし目立つ。

それに比べ歴史学者の来訪は、そこまで不自然なことではない。学者というものは元来、自身の欲求を満たすためならどんなことでもしようとする者が多い。少なくとも僕が出会った学者たちはそうだった。

さまざまな国の文化や起こりといったものを知りたいと考えている歴史学者、という役で入国すれば、とりあえずその時点で深く怪しまれることはないだろう。

「……終わったよ」

どうやら詰め作業を済ましたところで、タイミングよくミオの出かける準備が整ったようだ。

「それじゃゲン担ぎとして、シャムロックに行こうか」

「うん」

僕は作業を終えたこのリュックを背負い部屋を出る。ミオも僕の後に続いていたが、その足取りは若干遅く、ミオがまだ目覚めきってないことを意味していた。

そんなミオの隣に寄り添いながら目的地であるシャムロックを目指した。朝早いせいか通りには人はほとんどなく、見かけてもその大体は警備中であろう師団員らだった。

いつもの道を歩き始めておよそ十五分。四葉のクローバーデザインの装飾が店名の横に添えられているオシャレなレストラン、シャムロックへと到着した。

ドアをノックすると中からこの店のシェフであるラルフ殿か姿を現した。

「……」

「すみませんラルフ殿。営業開始前に来てしまって」

「……イオリ殿とミオ殿であれば、構わない」

カランカランッと扉についたベルが鳴った。中へ入ると、まだ開店前のためにいつもの賑わいはなかった。

「あっ、イオリさんにミオちゃん。おはようっす」

ラルフ殿の唯一の弟子である彼は、住み込みでこの店を手伝っているらしい。朝から元気いっぱいだ。

「おはよう、ソル」

「……おはよ」

ソルに近くの席まで案内してもらい、僕はミオの向かい側に座った。

「こんなに早く来るなんて珍しいっすね。早朝出発の依頼でもあるんすか?」

ソルには僕たちの本来の仕事のことは話してはいない。ラルフ殿にも詳しい話はしていないが、ドレイクの友人であることから、おおよその見当はついているのかもしれない。

「まあそんなところだよ。いつものを頼めるかい?」

「わかったっす。……ししょー!オムライス二つ入ったっすー!」

ソルは声を張り上げて厨房にいるラルフに注文を伝えた。厨房からの返事はないが、微かに物音は聞こえてくるから不在というわけではないだろう。

「……ソル、うるさい」

「あわわ、ご、ごめんっす、ミオちゃん」

「……」

「ほ、ほんとごめんなさいっす」

「……気をつけてね」

二度目の謝罪で気が済んだのか、ミオは不満そうな表情を解いた。

「はいっす!」

「だから、声大きい」

「はっ、ご、ごめんっす……」

しょぼんとした雰囲気を纏い、ソルは俯いたまま厨房内へと歩き去っていった。

「あー、ミオ。ミオはソルのことどう思ってる?」

「……?なんでそんなこと聞くの?」

「いや、その、あの、なんとなく……かな?」

「……別に普通だよ」

「そう、だよね、うん」

我が妹ながら人から受ける好意にとことん鈍感すぎる。

実を言うと以前からソルにミオのことを相談されていたりする。ソル曰く、ミオが自分の料理を食べてくれる姿を見て惚れてしまった、とのことだった。

もう七年ぐらいはソルの片思いが続いているわけだが、兄である僕からすれば、ミオを純粋に大事にしてくれる男、これがミオを託す絶対条件だ。その点はソルは当初からクリアしているように感じた。よくミオの遊び相手になってくれていたし、ミオの嫌がることは極力しないように心がけてたしね。

ただソルは少し抜けてるところがあると言うか、ちょっとばかしおバカさんなところがあるから、時々こうやってミオを怒らせることもある。だけれどミオはそんなに気にしてないみたいだ。

「……早く来ないかな、オムライス」

ミオは窓の外を眺めながら、今か今かと例の好物を待つ。声に出すほどに待ち遠しいのだろう。

この様子を見るに、ソルはまずラルフ殿のオムライスに勝たないといけないみたいだね……。

「おっまたせしましたっすー。こちら『幸せいっぱい四葉オムライス』っす」

ソルの手からテーブルの上へとオムライスがニつ、丁寧に置かれていく。ミオはその動きを目で追っていた。

「ありがとう、ソル」

「どういたしましてっす。では、ごゆっくりどうぞっす」

ミオは備え付けのおしぼりで手を拭き、すぐさま食べる準備を整えた。

「……いただきます」

スプーンを手に取り、一口また一口とオムライスを口の中に運んでいく。ミオは噛み締めるたびに幸せそうな顔をした。

「ふふ……いただきます」

そんな光景を幸せだと感じながら僕もオムライスを食べ始めた。








「ごちそうさま」

「……おいしかった」

「それは良かったけど……」

僕は手を伸ばし備え付けのナプキンをミオの口元へと近づけた。

「ここにケチャップが付いてるじゃないか」

軽く何回か擦り、ケチャップを落とす。

「これでよし」

「……ありがと」

ミオは少し照れくさそうにお礼を言った。

「そろそろ出ようか」

「……うん」

シャムロックを出ていよいよ目的の場所へと向かおうと通りを歩いていると、路地から物音がした。

「……ミオはここで待ってて」

「……?うん」

なぜだか気になった物音の正体を確かめるために路地に入ると、そこには黒いローブを着た子どもが横たわっていた。そのローブは所々が破れており、フードから垣間見える肌には土汚れが付着していた。

「大丈夫かい?」

軽く体を揺らしてみるが返事はなかった。小さな吐息が聞こえるから死んでいるというわけではなさそうだ。

何かの病で倒れたのだろうか。服もボロボロだ。任務へ向かう途中ではあるけど、とてもじゃないが見てられない。

僕は子どもを抱き上げ路地裏を出た。

大帝国に一ヶ所しかない治癒院はここからだとかなり遠い。薬屋なら近場にあるけど……あそこは……いや、なりふり構ってる場合じゃない。人命がかかってるんだから。

「……お兄ちゃん、その子、どうしたの?」

「路地で倒れていたんだ。もし命に関わるような状態ならすぐに診てもらわないと」

僕たちはここから最も近い薬屋へと向かった。

帝都アクロポリス内に限らないことだけど、治癒院や薬屋の数はどの国もかなり少ない。治癒院に関しては一国に一つが基本だし、薬屋も中心地に数件ある程度でも多い方だ。

治癒院は国が経営しており、その治療技術も高いけど、金銭的に余裕がないと受けられないケースも多々ある。軽い症状なら薬屋に行くのがオーソドックスだ。

そんな民衆の身近に寄り添う薬屋の数がこれほどまでに少ない最大の理由は、薬屋を営むためには必須条件とも言える薬草の採取の難しさにあるだろう。効能の高い高級なポーションや薬ほど、必要になる材料の入手難易度も格段に跳ね上がる。Aランク冒険者でも根を上げるものもあるくらいだ。

それならSランク冒険者に頼めばいいと考えるかもしれないけど、そもそもSランク冒険者がこの依頼を受けるかは別問題であり、よほどの物好きでない限りSランク冒険者で薬草採取の依頼を受けるものはいないだろう。つまり、彼らと個人的なパイプを持ち合わせてないとかなり厳しいってことだ。

それに、仮に入手できたとしても今度は調合の精度の高さが求められる。この能力がなければどんなに良い素材もその効能か発揮できなくなるのだから。

薬草に関する基本的な知識はもちろん、これらの要素を持ち合わせた限られた人間だけが、薬屋を開くことができる。だから薬屋の数は極端に少ないんだ。

こういった事態はどの国にもある医療問題の一つであり、陛下もかなり苦労している。客観的に見ても他国と比べればこの国は医療体制がかなり整っていると言えるだろうけど、まだまだ対処せねばならない諸問題が残っているのは、それだけ国にとって医療の重要度や価値が高いからとも言える。

ギルド内へ入り受付へと一直線に進んだ。流石に早朝だけあって中にいる冒険者はほとんどいない。ギルド職員の方が多いくらいだ。

「あ、イオリさん。随分とお早いですね」

「おはよう、アリア殿。すまないけど副ギルド長を呼んでくれないかい?急ぎの用なんだ」

「わ、わかりました。少々お待ちください」

アリア殿は僕の要求にすぐに応え、ミクリヤ殿のもとへと向かってくれた。数分して受付後方の扉が開いた。

「イオリくんか。どうした?」

「この子をここの薬屋に見てもらいたいんだ。できれば今すぐだとありがたい」

「本来ならあの問答をしないといけないが、緊急事態のようだしな……。わかった。案内しよう」





『コンコンコン』

「ミクリヤです。客人を連れてきました」

「……構わないわ」

「失礼します」

ミクリヤ殿はギンプティムと黒文字で大きく書かれた扉を開けた。ミクリヤ殿に続き僕らも中へ入る。ここに来るのは初めてだけど、スザンヌ殿には以前から何度かお世話になっている。

子供の頃、毒への耐性をつけるための訓練でミオが倒れた時や、父と母が亡くなるその寸前まで、自分も足を失い肉体的にも精神的にも辛いはずなのに、それでも必死に治療を続けてくれた時などたくさんある。

現在はこの薬屋を経営するスザンヌ殿は、若い頃から治癒院に所属する職員の中でもトップクラスの治癒術師と同等、あるいはそれ以上の治癒技術を持っていたらしく、スザンヌ殿は度々冒険者たちから治癒をしてほしいとお願いされていたそうだ。

「おや?イオリとミオじゃないか。久しいね」

四つの茶色い棚が並ぶその奥にスザンヌ殿が座っていた。三年前に片足を失ったあの日から車椅子生活を強いられている。以前治癒院にお見舞いに行った時と変わらない姿だ。

「ええ。お久しぶりです、スザンヌ殿」

「殿?そんな堅苦しい言い方はよしてくれ。スザンヌで構わないわ」

「では、スザンヌさん。早速で申し訳ないんだけど、この子の容体を見てくれないかい?」

「ふむ、こっちに連れて来な」

スザンヌさんの後をついていこうとしたその時だった。僕の目には信じられない光景が映っていた。

「……え?……ス、スザンヌさん……?」

「……歩いて、る」

ミオも僕と同じ気持ちだろう。そう、歩けるはずのないスザンヌさんが僕らと同じように歩いている。

こんなこと、ありえない!

「ああ、これかい?」

スザンヌさんはカウンターから出てくると失ったはずの足を見せた。

本当に、足がある……。

「ふふ。すごいだろ?絶対に元に戻らないはずの私の足が、この通り元通りになっているのだから」

スザンヌさんは嬉しそうに微笑んだ。足を失って以来、笑うことがほとんどなくなったとは聞いていたけど、この笑顔は前に見た時と同じ心からのものだった。

「そんなことより患者の検診が先だよ。早く連れて来な」

呆気に取られながらも僕たちはスザンヌさんの示したカウンター裏の部屋へと入っていく。中央にはひとつの白い台があり、壁沿いには無数の薬品棚や薬品の調合に使う器具が並んでいた。

「ここに乗せな」

指示通りに台の上へと慎重に乗せる。

「二人は離れて。ミクリヤは私の手伝いだよ」

「分かってます」

スザンヌさんとミクリヤ殿がそれぞれ台を挟む形で立つ。二人とも白い手袋をつけ、子どもの検診を始める。

スザンヌさんは自身の手にオレンジ色に薄く光る氣を纏わせた。オレンジ色に光る氣は大抵が治癒関係の氣術発動時に発生するものだ。例外は光属性の氣術に分類される治癒氣術たろう。

そしてその手を子どもの体へとかざし、亀の歩みの如くゆっくりと全身に移動させる。これは検診の際の基本中の基本の氣術らしく、これをより長くゆっくりとできればより詳細な検診が可能となるそうだ。普通は一分もてばいい方だけど、スザンヌさんらトップクラスの治癒術師は十分以上かけて検診をすることが可能らしい。とは言っても治癒院の場合は、人手不足も相俟って患者ひとりひとりにそこまでかけることはできないらしいけど。

「ミクリヤ、鎮氣丸の準備」

スザンヌさんは、顔にひとつまたひとつと汗をかきながらミクリヤ殿へと指示を飛ばす。

「種類は?」

「B-221だ」

回答をもらったミクリヤ殿はすぐさま真後ろに並ぶ薬品棚へと向かい、目的の薬が入った引き出しを迷わず開けた。そしてそこから小さな木箱を取り出し、台へと戻っていった。

「B-221持ってきました」

スザンヌさんはチラとそこへ目を向け、指示通りの薬かを確かめた。

「オーケーだ。あとは水をーーー」

「ここにあります」

ミクリヤ殿は薬を台においてすぐに自身の氣で水を生成していた。コップにはさやかな水が入っている。

「流石じゃないか」

スザンヌさんは台に眠る子どもの上半身を軽く持ち上げ、例の薬を口の中へと放り込んだ。そしてミクリヤ殿が生成した水を流し込む。

「うぅ……」

少しだけ意識が戻ったのか、子どもは小さくうめいた。口の端から流れる水は台へとこぼれ落ちたが、なんとか薬を飲み込んでくれたらしい。

スザンヌさんはそれを見届けた後、ゆっくりと子どもの体を台へと戻した。子どもはすぅすぅと安らかに眠っている。

「これでひとまずは難を乗り越えただろう」

スザンヌさんははめていた手袋をゴミ箱の中へと放り込み、僕たちの方を向いた。ミクリヤ殿はせっせと薬やコップの後片付けをしている。

「やっぱりあの子は何かの病に?」

「いや、病気ではないよ、あれは。あの子が生まれながらに持つ体質だろう」

「体質……ですか?」

「あの子は常に自身の氣をある部分に供給し続けている。そのせいで身体の基本的な要素を維持する機能が正常に作用しなくなり倒れてしまった。病気で言うところの脱氣症だっきしょうだね」

脱氣症、それはその名の通り自身の氣が勝手に体外へと放出され続け、最終的には枯渇してしまう病だ。その昔は不治の病とされていたが、現在の医療技術でなら完治可能な病気で、これにかかる者もあまり見られなくなった。

「なるほど。氣が枯渇しかけていたから突然倒れたというわけですね」

「その通りだ。ただあの子の氣の枯渇の原因は外部への氣の放出などではなく、あの子自身の目に氣を異常に供給していることだよ」

「目に?」

そんな話聞いたことがない。目に過剰な量の氣を流しでもしたらほぼ確実に失明する。それはどの部位でも同じこと。氣のコントロール力が高ければ可能かもしれないが、それでも『目に』というのはおかしな話だ。

手や足といった、戦いにおいて敵に物理的な「力」で対抗する部位であれば、氣を流せば流すほどその一撃は当然重くなる。だけど、目に氣を流したところで、それはせいぜい多少目が良くなるといった程度の効果しか得られないはずだ。

僕も詳しいことはわからないが、専門家の話では氣というのは元来、自身が持つ機能を底上げするものであり、どこに氣を流そうとそれはその部位の機能の延長上にある力しか使えないそうだ。

そして『氣術』というのは、自身に内包された適した属性の力を外部へと放出し自身の力とする新たな技術らしい。はるか昔は氣術というのは存在していなかったそうだ。

「私も初めて見たよ、こんな患者はね。あの子の目には異常なまでの氣が集中している。あれで枯渇しない方がどうかしているよ」

スザンヌさんはチラッと子どもの方へと目を向けた。子どもはすやすやと眠っており、発見当初のように苦しそうな顔をしていなかった。

「なら、あの子に飲ませた薬は……」

「イオリくんの思っている通り、一時的に自身の氣を増大させる薬だ。それも一瞬でな」

ミクリヤ殿は一通りの片付けが終わったらしく、すっと会話に参入した。

「ご苦労だったね、ミクリヤ。……あの薬はこういった緊急時にしか使用しないものだ。私が調合した同種類の薬の中でも特に効能が高いものだよ」

「……普通に使ったら、どうなるの?」

素朴な疑問をミオが口にする。

「そりゃ当然死ぬさ。氣の量や流れが正常な人に使えば、キャパオーバーに加えてコントロール不能に陥って破裂死する可能性が極めて高い。だから薬は慎重に使わないとダメなんだよ、ミオちゃん」

「うん」

スザンヌさんはポンッとミオの頭をひと撫でした。

「まあ、とりあえずの処置は終了したし移動しようか。いつまでもあんな冷たい台に患者を置きっぱなしにはできないからね」
























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