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レグルス編
11 桃兎騒動Ⅳ
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side ノア=オーガスト
「こら!待てって!」
オレは平めの岩に乗った桃兎に両手を伸ばし、捕まえようと交差させたが、桃兎はバク宙をしながら後方へと飛び退いた。そして桃兎は着地した先で片足を一定のリズムにのせて交互に小ジャンプし、こちらを煽るようにダンスしてきた。
「くっそ……!」
あの謎ダンスクソ腹立つし、これでもう何度目だよ……!
かれこれもう十分はたったのだろうか。ぴょーん、ぴょーんと跳躍し、オレたちが伸ばす手を悉くかわしていく桃兎に、オレ、シン、カズハ、カナタは苦戦を強いられていた。
「あいつ、斬り殺していいか、兄さん」
我慢の限界が来たのか、タップダンスをする桃兎にシンが痺れを切らし始めた。いつもより全然もった方ではあるから偉いっちゃ偉いけど、今回ばかりは勘弁してもらわないとな。一応依頼だし。
「ダメダメ、絶対にダメ。シンの気持ちはすっげー分かるけど、まだ耐えてくれ……!」
「あの子、ちょっと俊敏すぎないー?ここまで弄ばれるちゃうと、もはや苛立ちより尊敬を覚えてきそうだよー」
「多少怪我させてもいいだろ、もう。死なずにとっ捕まえときゃ、どうせポーションとかで治せんだろ」
カナタは煽り散らかす桃兎に冷たい視線を向けつつ、面倒くさそうに言った。
オレたちはあのアホに怪我をさせないようにと、武器も氣術も使わずに、ただただ己の身体能力のみで追いかけっこをしていたのだが、どうやらそれではあのアホを捕まえることはできないらしい。
それにオレとシンは神仙族の人間離れした身体能力をセーブして、カナタやカズハに合わせながら桃兎を追いかけている。ここにいるのがカズハだけなら問題なかったけど、カナタは正直言ってまだ確実に信頼を置けるかわからない。神仙族に関する情報はなるべく晒すなって秀や湊に言われてるから、致し方なしってやつだ。
ちなみに、天には待機組のもとに状況報告をしてもらっているためここにはいない。それと花畑に封印されていたであろう何かの対処は、残してきた組に全任せすると伝えるようにお願いした。みんななら、どんな奴が来てもさらっと倒せるはずだ。
「ただ後ろから追いかけるだけじゃ、たぶん状況は一生このままな気がする。だからさ、ちょっとこういうのはどうよ?」
オレは追いかけ続ける過程で思いついたとある作戦を提案してみた。その間、オレたちが追いかけようとしないのをいいことに、桃兎は飽きずにずっと煽りタップダンスをしていた。
「…………って感じなんだけど、やってみる?」
「俺が兄さんに異論などあるわけがない」
「おー、面白そうじゃん!私は賛成だよー」
「悪くないな。てか、あいつをとっとと捕まえられんならもうなんでもいい」
カナタは殺気剥き出しの目で桃兎を睨んでいた。
「よし!それじゃ早速始めるぞ」
こうしてオレたちは桃兎捕獲作戦の準備へと取り掛かった。
あのアホ兎、オレたちをおちょくれるのも今のうちだかんなー……覚悟しろ!!
「そっちには行かせないぞ、アホ兎!」
オレは足場も視界も悪い森の中を駆け抜けながら、氣弾を数発、走る桃兎の近くに放った。桃兎は華麗なステップを踏み軽々とかわす。
「…………」
再び桃兎目掛けて氣弾が何発か放たれた。もちろんオレの攻撃ではない。オレとちょうど反対側を走っているシンがやってくれたのだ。ちなみにオレとシンは今、桃兎を挟み込むような陣形で走り抜けている。
桃兎はこれにも素早く反応し、木の枝に思い切り跳び乗って回避した。そして再び地面に降り、走り出した。
「またこっちに来ようとしてるな、まったく。頑張って誘導してんだから、大人しく従ってくれよ……!」
オレはもう一度氣弾を数発放ち、桃兎の走るルートを制限した。桃兎に万が一にも当たってしまった場合を考えて、かなり加減した氣弾を撃ってるから、森への被害はそこまでないとは思うけど、これまで走ってきたルート上にある木々や地面にはまあまあな数の穴ぼこがあるだろう。
「よし」
桃兎はこちらに来るのを諦めたのか、蛇行せず真っ直ぐに走り始めた。それを見て、オレもシンも攻撃の手を止めたのだが……
「ちっ、またかよ……!」
オレは腰に下げた剣を抜き、前方から襲いかかってきたゴブリン数体をあっという間に解体していく。魔物の血に濡れた剣にさらに赤黒い血が付着し、もとからべったりと血に染まった剣だと勘違いされそうなとこまできていた。
オレは軽く剣を振ってできるだけ血を落とし、鞘に収めた。
「そりゃ魔物がいるのは至極当然のことだろうけど、タイミングが悪いだろ、タイミングがさー……」
オレは何度も交戦した魔物たちに軽く嘆きつつ、足を止めることなく桃兎の左斜め後方にピタリとついていた。
「うーん……お、もうそろそろ仕上げにかかれそうだなー……!」
オレは黎明之眼を使い、カナタとカズハの位置を確認した。この青々と光り輝く目に見通せないものなどない。
「シン!」
オレは弟に合図を送った。シンは静かに頷き、桃兎を見据える。
「ちょいと威力マシマシな氣弾、お前にプレゼントしてやるよ……!」
オレは一発の氣弾を右手に作り、瞬時に放った。それに合わせてシンも氣弾を放っていた。
ちょーっとオレのよりも大きい気がするけど、まあ気のせいってことにしとこ。
「キュイィ!!」
二つの氣弾は桃兎の後ろ足ギリギリの地面に着弾し、衝撃音とともに地面を抉り取った。その衝撃波に桃兎はくるくると宙を舞っていた。
「よし、読み通り!」
空中に打ち上げられた桃兎は、体勢を崩した状態で落下していく。そしてその先には……。
「いい働きをしたな!ノア!シン!あとで褒美をやるぞ!」
晴れやかな顔のカナタがいた。もうすぐで依頼をクリアできるから、あんなにも澄み切った表情をしているんだろうなー。さっきまでのあの苛立ち具合とは大違いすぎて、ちょっとおもろいかも。
「これで依頼完了……はあ?!」
カナタが大きく空に伸ばした手が桃兎に触れようとした寸前のことだった。体勢が悪かったはずの桃兎が空中でステップを踏み、カナタからまんまと逃げおおせたのだ。
「キュイィィ……!」
桃兎は、残念でしたーと言わんばかりにニヤッと笑みを浮かべ、高らかに声を上げながらそのままバク宙をしてカナタの頭上を通り越していく。
カナタは悔しがるかのように、右の掌で顔を隠し上を見上げた。
「はは……なーんてな」
そしてカナタの意地の悪い笑いが聞こえた、その瞬間……。
「とりゃあー!」
「キュイ?!」
近くの茂みに隠れていたカズハが、勢いよく飛び出した。桃兎はギョッとして逃げようとするが……
「取ったどー!」
カズハは薄い黄色がかった大きな袋をガサッと左手で勢いよく掴むと、高々と空に向かって突き上げた。袋はカズハが持ち上げた途端に縮んでいき、その中には目を丸くして全く微動だにしない桃兎がいる。
「はははっ。まさかこんなにもうまくいくとはなぁ。バカな兎で助かったぜ、まったくよ」
カナタは籠の中の鳥と化した桃兎の頬をつんつんと人差し指で軽く触れ、今までの鬱憤を晴らしていた。
「はは。お前は大人しくそこで寝てるんだな」
「キュ、キュイ……!!」
カナタの煽りに怒った桃兎は、尖った歯が生え揃った口を大きく開けカナタの指に噛みつこうとした。
「おっと、危ない危ない。まったく油断も隙もない兎だな」
カナタは瞬時に指を離し、桃兎の反撃をかわした。
「作戦成功だな……!」
オレはカナタの肩に軽く手を置いた。
「おお、ノア。それにシンも。お前ら、見ろよ、このバカ兎の悔しそうな顔をよ。せいせいするだろ?」
「うーん、まあそうだな」
あの煽られダンスにはオレも頭にきてたし、ちょっとスッキリした気がする。
「ほらほらー、これ袋じゃなくて檻の形に変えるからちょっと離れて離れてー」
「お、おう」
カナタとオレたちが数歩後ろに下がると、カズハは持っていた袋に右手をかざした。するとたちまち袋はその形状を変え、持ち手付きの小さな檻が完成した。
「見てよこれー!私ってこんな才能あったんだーって、ちょっと自分でも驚いてるよー」
いつも以上に上機嫌な様子のカズハは、桃兎の入ったケージを左手に持ったままこちらに歩を進めた。
「まさか絶対防御にこんな使い方があったなんてねー」
カズハはちらっとケージを見た。そう、実はこのケージはカズハの特殊氣術絶対防御そのものなのだ。
「いやー、前にカズハがエルを守らせてたシールドの形を瞬時に変えてたのを覚えてて良かったわー。おかげでオレもこんな作戦思いついたわけだし」
カズハのこの特殊氣術は、最大で三枚分のシールドを味方に付与できる、超防御特化の優れものだ。自身はそのシールドを纏う感じで発動するらしく、自分以外に三人も守れるっていうんだから、ほんと最強の盾って言われるにふさわしい氣術だ。
「兄さんはいつも正しい」
「はは。でもまさか、本当にあんなに薄い袋状にも形変えられるなんてなー。しかもあの桃兎に食い破られなかったのを見るに、最強の盾の効果は余裕で顕在って感じだろ?」
カズハに「できそう?」ってあの時聞いたら、「……もちのろん!」って、微妙に間が空いて返事がきたから、ちょーっと心配だったけど、無事に成功してよかったよかった。
「ふっ、ふっ、ふー。私の氣術、すごいでしょー?もしかしなくても惚れちゃったかなー?」
「はい!惚れさせていただきました!」
オレはピシッと右手を挙げ元気よく返事した。
「あははっ。もう、ノアってばノリがいいんだからー」
ん?オレ、本当に惚れたんだけどなー。
「流石アグレッシブガーディアンだ。その名にふさわしい仕事っぷりだったな」
「あー、またその名前で呼ばれたー!もう、誰?そんな小っ恥ずかしい名前つけたの……!」
うーん……オレちょっと心当たりあるかもなー……。
「さあな。けどこの国までその名前が轟いてんだぞ?恥ずかしがらずに素直に喜べばいいだろ」
でも憶測とはいえこの名前を出したら、まず間違いなくカズハはキレるか不機嫌になるかの最悪な二択になるだろうし、大帝国に戻ったらその人殺されちゃうかもだからなー……。
「うぅ。でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだってば……!」
やっぱ言わないでおこう。うん、うん。
「ん?なにひとりでうなづいてんだ、ノア」
「え?ああ、なんでもない、なんでもない」
オレは苦笑しながらカナタの言及を回避した。
「兄さん」
「ん?どした?」
「あの兎、バカみたいに暴れてるぞ」
シンが顎でしゃくった先には、ケージから懸命に出ようと暴れ続ける桃兎の姿があった。ちなみに今ケージはカズハの手を離れて、地面に置かれている。
「キュイ!キュイキュイ!」
桃兎はゲージを跳び蹴りで蹴り破ろうとしたり、噛みついて棒を噛み砕こうとしたりする。だが、このケージは最強の盾そのものを変形させたもの。いくら力のある桃兎とは言え、この金剛不壊の檻を破壊することはできないだろう。
「あーもう、そんな暴れんてんなって。どうせ出れないんだからよ」
「うーん、窮屈でごめんねー、うさちゃん。依頼人に渡すまではここで我慢してねー」
「キュイ!キュイ!キュイ!」
桃兎は二人の言葉を無視して、懸命にケージをタックルし続けた。当然ケージはびくともしてなかったんだけど……。
「キュイ!キュイ!」
こいつ、もしかして……。
オレは桃兎がタックルし続ける場所のさらに先を見る。この方角には、たぶん花畑があるはずだ。そういえば、こいつを追いかけてた時、やたらとオレがいる方、つまりは花畑のある中央よりに行きたがってたよな……。
オレは暴れる桃兎に近づき、ケージを抱きかかえた。
「……キュイ?」
桃兎は暴れるのをやめ、不思議そうにオレを見つめた。
「なんだよその顔。ほんと表情豊かな兎だな、お前たちはさ」
「ノア。私がもとうかー?」
「いやいいよ。それより、秀たちと合流しよう。みんなの状況も気になるし、こいつも花畑に行きたがってるみたいなだしな」
「キュイ!」
桃兎は呼応するように元気に鳴き声を上げた。
「はっ、今頃無惨な姿になってるであろう花畑に、このバカ兎が一体何の用があるんだか」
「キュイィィィ!!」
桃兎は威嚇するようにカナタを睨み、毛を逆立たせた。
「おーこわ」
棒読みで応えたカナタは、興味をなくしたのか、桃兎を無視して花畑のある方へと歩き出した。そして数歩歩いたところで振り返る。
「ほら、早く行こうぜ」
「おう!」
side 八神秀
『グゥオオオォォァォォ!』
俺の足下が影に覆われたかと思った瞬間、上を見れば巨大な掌が迫っていた。
『ドガァァーン!!』
「おっと危ねぇ……」
俺は押しつぶされる寸前で右側方へとステップを踏み、攻撃を回避した。バケモノが掌を退けると、先ほどまで俺が立っていたはずの場所にはバケモンの掌状の窪みができあがっていた。そこには美しい花々の姿はどこにもなく、ただただ無惨にも潰され、萎れ、汚れた、さっきまでの綺麗だった花畑とは思えない、何かの残骸が散らばるのみだ。
あの轟音からして、潰されたらひとたまりもないのは言うまでもないだろう。
再び影ができる。さっきと同じ攻撃が来るようだ。バカのひとつ覚えのように同じ攻撃しかしてこないんだが、図体がでかいだけで知能はミノムシ以下かぁ?
「陰陽術、火ーーー」
「秀様に何しやがるんだパーンチ!!」
『グゥワゥゥ!』
俺が手で印をつくり術を発動しようとした直後、横から大きな声を発しながら飛び込んできたやつがいた。
「遅ぇぞ、毅」
俺の式神が一体である人型の犬のような風貌の男、毅はアイツの腕を容易くぶっ飛ばした。そしてシュタッと地面に降り立つ。
「ふふん、やってやったぜ」
「ったく、お前はすぐ突っ走ってどっか行っちまう」
後衛担当の俺を意識しながら戦うのが前衛の基本なんだが、どうも毅は敵に突っ込みすぎて後衛を守るっつう役目を忘れがちだ。要するに、器用に物事に対処できないっつうことだな。
「だってさだってさ、おれっち猪突猛進系だから前に出張りすぎちゃうんだよ!秀様も知ってるだろー?」
全く反省する気配のない毅に、俺は軽くため息をついた。
「はぁ。それに返す言葉がねぇってのが悲しいぜ、俺はよ」
「わっはっはー。でも間に合ったから結果オーライだろー?やったね!ピースピース!」
毅は戦闘中にも関わらず、満面の笑みでVサインをしてくる。背後にはドデカい魔物がいるっつうのに、相変わらずだな、毅のやつは。鈍感というか緊張感がないというか……。
俺は毅の天然バカな行動に、少し口を緩ませた。
「はは。和ませんなっての」
「……水激斬」
和やかムードになりかけた瞬間、横から落ち着いた声であのバケモノに攻撃を仕掛けたやつがいた。鉤爪を胸の前で大きくクロスさせ、その動きと同じ形状をした水の刃をアイツにくらわせた。
『グギャァオオォ!』
水撃斬がバケモンの巨木のように太い幹にヒットし、魔物の身体に大きな傷口が形成された。
「ふむ。この程度で喚くとは、鍛え方がなっていない様子。これは吾輩が徹底的に鍛錬をして……」
蒼はキリッとした目つきで目の前の敵を鍛えようとしていた。あちゃー、あの目はガチなやつだな。まあそもそも蒼は、意図的に冗談を言うタイプではないが。
「蒼ー、アイツは敵だから鍛えてやらなくていいぞー。戻ってこーい」
クールで物腰柔らかな蒼は、たまにこんな風に訳のわからないことを言う。
本人曰く、俺が契約する式神たちの世界において、蒼は自分の道場を営んでいるらしく、弟子たちを厳しくしごいているらしい。師範として生きてからすでに何百年以上も経過したようで、俺たちといるときもたまにその気質が出るそうだ。
俺的には面白いからいつでもこいって感じだが。
「……コホン。これは失礼。吾輩としたことが、とんだ失態を晒してしまった」
蒼は真顔に近かったが、少し恥ずかしそうに鉤爪を装着したままの手で顎の毛をさすった。
なんでもできまっせって感じの完全無欠な蒼によ、こんな風にマヌケな一面があるって思うと、やっぱおもろいよなー。
「気にすんな。そのおかげでチビだった頃の俺はお前と仲良くなれたんだからよ。それもお前の長所だぜ?」
「それは……褒めている、のか……?」
「おう」
「ふむ、そうか……」
再び顎付近に手を置いて、何やら真面目に考え事をする蒼。顔スレスレに鉤爪があり危なっかしい気はするが、蒼のことだ、その辺は本人もわかってるだろう。ま、これが毅だったらわかんねぇけどな。
「さてさて。毅も蒼も戻ってきたわけだし、そろそろ反撃開始といこうか」
俺は首を左右に傾け、ボキッ、ボキッと首を鳴らした。そして俺たちが呑気にしてる間も、終始戦い続けているカイトに声をかける。
「おーい!カイトー!」
「…………」
呼びかけたもののカイトは全くの無反応であり、鋭い目つきでバケモノを見据えていた。
「ったくよ……」
これでもう五度目だぞ、五・度・目……!
はぁ……とまあ、ちっとばかし憤ってみたものの、こんな風に五回もキレイに無視されれば、流石に慣れてくるってもんだ。
最初は、無視されたことへの憤りなんざ微塵も湧かなかった。正確には湧く前に別のことに意識がとられて、それどころじゃなかったってのが正しい。
『そんじゃまぁ、各々自由に攻撃するってことになるだろうが、俺は後衛専門でな。お前はどうなんだ、カイ……っ……!』
は……?なんつう顔をしてやがる……。
カイトを見た瞬間、オレは自分の身体が凍ってしまったような、そんな妙な感覚に襲われた。カイトの目は、何ものをも映さぬ暗闇と化しており、その目にさっきまでの優しげなカイトの姿など、微塵もなかったのだから。
『おい。俺の声聞こえてっか?』
俺が声をかけても、カイトはこちらに見向きもしない。誰に対しても謙虚で真摯であったさっきまでのカイトは、もうどこにもいない。カイトからは目の前の敵を葬ることに全神経を注ぎながらも、憤りからくる殺気ではなく、深く冷たい冷徹な殺気しか感じられなかった。
『…………』
『ああ、哀しいなぁ……』
俺はカイトのこの豹変ぶりに、ふとそんな言葉を口走っていた。
『……フロスト……ランタン……』
カイトは深い低音で小さく何かを呟いた。するとその両側に、二体の生物が現れた。
『ワタシ、ウレシイ。カイト、ヨンデクレタ……』
一体は、ふわふわとした雪を丸めたような頭をもち、自身の周りにしんしんと雪を降らせている。
『オレノチカラ、イル?イルヨナ?ナ!ヒャッハー!』
もう一体は、かぼちゃに目や鼻、口などのパーツがくり抜かれたような頭をもっていた。そいつはテンションが上がっているのか、グルンと体を捻らせて飛び上がり、周囲に火の粉を撒き散らした。
『……弾丸……』
カイトは脱力したかのように両腕をだらんと落とし、俯くような体勢をとった。その手には、灰色の二丁の銃が握られていた。
銃と呼ばれる武器があるのは知ってはいたが、実物を見るのは初めてだ。魔物相手には使い勝手が悪いってんで、徐々にその姿を消していったらしいが、まさかこんなとこで見られるとはな。
『マカセテ!カイト!』
『ヒャッハー!フェスティバルノハジマリダゼ!!』
二体の謎の生物がカイトがもつ銃へと吸い込まれた。というよりかは、乗り移ったという方が正しいのかもしれねぇ。が、どちらにせよその直後、カイトの左手には青い線状の模様が入った白を基調とした銃が、右手には赤い線状の模様が入った黒を基調とした銃が握られていた。
明らかにさっきまでの無機質な灰色の銃とはその存在感が別格だ。
銃の実物が見られたことには素直に嬉しいと感じたが、カイトのあの状態を目にすると、どうにもやるせなくなってくる。
『……コノ世ハ極楽ニアラズ。一木一草、地獄ナリ……』
意味深な言葉を紡いだ瞬間、カイトはまるで瞬間移動でもしたかのような俊足で、バケモノめがけて駆け出した。
突っ込むカイトに対し、バケモノは大きな手を横に振り抜く。カイトはそれを真上に跳んで回避した。
カイトが右手を構え、真っ赤な炎に包まれた弾丸を放った。ズドンッと鉛のように重い音が鳴り響き、弾丸は一直線に飛んでいく。その先にはバケモノの牛の頭があった。
そしてその直後、今度は素早く左手を構え、白い冷気に覆われた弾丸を放った。パンッと軽い音が鳴り、弾丸は同じように一直線に飛んでいく。その先にはバケモノの馬の頭があった。
軽く跳び上がってから地面に降り立つまでのその刹那において、カイトは淡々とそして見事に、目の前のバケモノへ的確に攻撃しやがった。
『グァアォァアォァオオォァア!』
バケモノは突如襲いかかった激痛に、耳を劈くような絶叫をあげた。
同時に着弾した二つの弾丸。牛の頭からは一気に炎が燃え上がり、馬の頭ははなから氷像であったと錯覚しそうになるほどに見事に凍りついている。
カイトはその様子になんの感情も抱くことなく、苦しむバケモノを見据えて、ただその場に立っていた。
俺はこの一連の動きに見入っちまった。心が裂かれちまうような、そんな嫌な感情を抱いていたはずだというのに、あの芸術的ともいえる無駄のない洗練された動きに、心を打たれてしまったのだ。
俺はそれがどんな犠牲の上に成り立っているのか何ひとつ知らないというのに。
「こら!待てって!」
オレは平めの岩に乗った桃兎に両手を伸ばし、捕まえようと交差させたが、桃兎はバク宙をしながら後方へと飛び退いた。そして桃兎は着地した先で片足を一定のリズムにのせて交互に小ジャンプし、こちらを煽るようにダンスしてきた。
「くっそ……!」
あの謎ダンスクソ腹立つし、これでもう何度目だよ……!
かれこれもう十分はたったのだろうか。ぴょーん、ぴょーんと跳躍し、オレたちが伸ばす手を悉くかわしていく桃兎に、オレ、シン、カズハ、カナタは苦戦を強いられていた。
「あいつ、斬り殺していいか、兄さん」
我慢の限界が来たのか、タップダンスをする桃兎にシンが痺れを切らし始めた。いつもより全然もった方ではあるから偉いっちゃ偉いけど、今回ばかりは勘弁してもらわないとな。一応依頼だし。
「ダメダメ、絶対にダメ。シンの気持ちはすっげー分かるけど、まだ耐えてくれ……!」
「あの子、ちょっと俊敏すぎないー?ここまで弄ばれるちゃうと、もはや苛立ちより尊敬を覚えてきそうだよー」
「多少怪我させてもいいだろ、もう。死なずにとっ捕まえときゃ、どうせポーションとかで治せんだろ」
カナタは煽り散らかす桃兎に冷たい視線を向けつつ、面倒くさそうに言った。
オレたちはあのアホに怪我をさせないようにと、武器も氣術も使わずに、ただただ己の身体能力のみで追いかけっこをしていたのだが、どうやらそれではあのアホを捕まえることはできないらしい。
それにオレとシンは神仙族の人間離れした身体能力をセーブして、カナタやカズハに合わせながら桃兎を追いかけている。ここにいるのがカズハだけなら問題なかったけど、カナタは正直言ってまだ確実に信頼を置けるかわからない。神仙族に関する情報はなるべく晒すなって秀や湊に言われてるから、致し方なしってやつだ。
ちなみに、天には待機組のもとに状況報告をしてもらっているためここにはいない。それと花畑に封印されていたであろう何かの対処は、残してきた組に全任せすると伝えるようにお願いした。みんななら、どんな奴が来てもさらっと倒せるはずだ。
「ただ後ろから追いかけるだけじゃ、たぶん状況は一生このままな気がする。だからさ、ちょっとこういうのはどうよ?」
オレは追いかけ続ける過程で思いついたとある作戦を提案してみた。その間、オレたちが追いかけようとしないのをいいことに、桃兎は飽きずにずっと煽りタップダンスをしていた。
「…………って感じなんだけど、やってみる?」
「俺が兄さんに異論などあるわけがない」
「おー、面白そうじゃん!私は賛成だよー」
「悪くないな。てか、あいつをとっとと捕まえられんならもうなんでもいい」
カナタは殺気剥き出しの目で桃兎を睨んでいた。
「よし!それじゃ早速始めるぞ」
こうしてオレたちは桃兎捕獲作戦の準備へと取り掛かった。
あのアホ兎、オレたちをおちょくれるのも今のうちだかんなー……覚悟しろ!!
「そっちには行かせないぞ、アホ兎!」
オレは足場も視界も悪い森の中を駆け抜けながら、氣弾を数発、走る桃兎の近くに放った。桃兎は華麗なステップを踏み軽々とかわす。
「…………」
再び桃兎目掛けて氣弾が何発か放たれた。もちろんオレの攻撃ではない。オレとちょうど反対側を走っているシンがやってくれたのだ。ちなみにオレとシンは今、桃兎を挟み込むような陣形で走り抜けている。
桃兎はこれにも素早く反応し、木の枝に思い切り跳び乗って回避した。そして再び地面に降り、走り出した。
「またこっちに来ようとしてるな、まったく。頑張って誘導してんだから、大人しく従ってくれよ……!」
オレはもう一度氣弾を数発放ち、桃兎の走るルートを制限した。桃兎に万が一にも当たってしまった場合を考えて、かなり加減した氣弾を撃ってるから、森への被害はそこまでないとは思うけど、これまで走ってきたルート上にある木々や地面にはまあまあな数の穴ぼこがあるだろう。
「よし」
桃兎はこちらに来るのを諦めたのか、蛇行せず真っ直ぐに走り始めた。それを見て、オレもシンも攻撃の手を止めたのだが……
「ちっ、またかよ……!」
オレは腰に下げた剣を抜き、前方から襲いかかってきたゴブリン数体をあっという間に解体していく。魔物の血に濡れた剣にさらに赤黒い血が付着し、もとからべったりと血に染まった剣だと勘違いされそうなとこまできていた。
オレは軽く剣を振ってできるだけ血を落とし、鞘に収めた。
「そりゃ魔物がいるのは至極当然のことだろうけど、タイミングが悪いだろ、タイミングがさー……」
オレは何度も交戦した魔物たちに軽く嘆きつつ、足を止めることなく桃兎の左斜め後方にピタリとついていた。
「うーん……お、もうそろそろ仕上げにかかれそうだなー……!」
オレは黎明之眼を使い、カナタとカズハの位置を確認した。この青々と光り輝く目に見通せないものなどない。
「シン!」
オレは弟に合図を送った。シンは静かに頷き、桃兎を見据える。
「ちょいと威力マシマシな氣弾、お前にプレゼントしてやるよ……!」
オレは一発の氣弾を右手に作り、瞬時に放った。それに合わせてシンも氣弾を放っていた。
ちょーっとオレのよりも大きい気がするけど、まあ気のせいってことにしとこ。
「キュイィ!!」
二つの氣弾は桃兎の後ろ足ギリギリの地面に着弾し、衝撃音とともに地面を抉り取った。その衝撃波に桃兎はくるくると宙を舞っていた。
「よし、読み通り!」
空中に打ち上げられた桃兎は、体勢を崩した状態で落下していく。そしてその先には……。
「いい働きをしたな!ノア!シン!あとで褒美をやるぞ!」
晴れやかな顔のカナタがいた。もうすぐで依頼をクリアできるから、あんなにも澄み切った表情をしているんだろうなー。さっきまでのあの苛立ち具合とは大違いすぎて、ちょっとおもろいかも。
「これで依頼完了……はあ?!」
カナタが大きく空に伸ばした手が桃兎に触れようとした寸前のことだった。体勢が悪かったはずの桃兎が空中でステップを踏み、カナタからまんまと逃げおおせたのだ。
「キュイィィ……!」
桃兎は、残念でしたーと言わんばかりにニヤッと笑みを浮かべ、高らかに声を上げながらそのままバク宙をしてカナタの頭上を通り越していく。
カナタは悔しがるかのように、右の掌で顔を隠し上を見上げた。
「はは……なーんてな」
そしてカナタの意地の悪い笑いが聞こえた、その瞬間……。
「とりゃあー!」
「キュイ?!」
近くの茂みに隠れていたカズハが、勢いよく飛び出した。桃兎はギョッとして逃げようとするが……
「取ったどー!」
カズハは薄い黄色がかった大きな袋をガサッと左手で勢いよく掴むと、高々と空に向かって突き上げた。袋はカズハが持ち上げた途端に縮んでいき、その中には目を丸くして全く微動だにしない桃兎がいる。
「はははっ。まさかこんなにもうまくいくとはなぁ。バカな兎で助かったぜ、まったくよ」
カナタは籠の中の鳥と化した桃兎の頬をつんつんと人差し指で軽く触れ、今までの鬱憤を晴らしていた。
「はは。お前は大人しくそこで寝てるんだな」
「キュ、キュイ……!!」
カナタの煽りに怒った桃兎は、尖った歯が生え揃った口を大きく開けカナタの指に噛みつこうとした。
「おっと、危ない危ない。まったく油断も隙もない兎だな」
カナタは瞬時に指を離し、桃兎の反撃をかわした。
「作戦成功だな……!」
オレはカナタの肩に軽く手を置いた。
「おお、ノア。それにシンも。お前ら、見ろよ、このバカ兎の悔しそうな顔をよ。せいせいするだろ?」
「うーん、まあそうだな」
あの煽られダンスにはオレも頭にきてたし、ちょっとスッキリした気がする。
「ほらほらー、これ袋じゃなくて檻の形に変えるからちょっと離れて離れてー」
「お、おう」
カナタとオレたちが数歩後ろに下がると、カズハは持っていた袋に右手をかざした。するとたちまち袋はその形状を変え、持ち手付きの小さな檻が完成した。
「見てよこれー!私ってこんな才能あったんだーって、ちょっと自分でも驚いてるよー」
いつも以上に上機嫌な様子のカズハは、桃兎の入ったケージを左手に持ったままこちらに歩を進めた。
「まさか絶対防御にこんな使い方があったなんてねー」
カズハはちらっとケージを見た。そう、実はこのケージはカズハの特殊氣術絶対防御そのものなのだ。
「いやー、前にカズハがエルを守らせてたシールドの形を瞬時に変えてたのを覚えてて良かったわー。おかげでオレもこんな作戦思いついたわけだし」
カズハのこの特殊氣術は、最大で三枚分のシールドを味方に付与できる、超防御特化の優れものだ。自身はそのシールドを纏う感じで発動するらしく、自分以外に三人も守れるっていうんだから、ほんと最強の盾って言われるにふさわしい氣術だ。
「兄さんはいつも正しい」
「はは。でもまさか、本当にあんなに薄い袋状にも形変えられるなんてなー。しかもあの桃兎に食い破られなかったのを見るに、最強の盾の効果は余裕で顕在って感じだろ?」
カズハに「できそう?」ってあの時聞いたら、「……もちのろん!」って、微妙に間が空いて返事がきたから、ちょーっと心配だったけど、無事に成功してよかったよかった。
「ふっ、ふっ、ふー。私の氣術、すごいでしょー?もしかしなくても惚れちゃったかなー?」
「はい!惚れさせていただきました!」
オレはピシッと右手を挙げ元気よく返事した。
「あははっ。もう、ノアってばノリがいいんだからー」
ん?オレ、本当に惚れたんだけどなー。
「流石アグレッシブガーディアンだ。その名にふさわしい仕事っぷりだったな」
「あー、またその名前で呼ばれたー!もう、誰?そんな小っ恥ずかしい名前つけたの……!」
うーん……オレちょっと心当たりあるかもなー……。
「さあな。けどこの国までその名前が轟いてんだぞ?恥ずかしがらずに素直に喜べばいいだろ」
でも憶測とはいえこの名前を出したら、まず間違いなくカズハはキレるか不機嫌になるかの最悪な二択になるだろうし、大帝国に戻ったらその人殺されちゃうかもだからなー……。
「うぅ。でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだってば……!」
やっぱ言わないでおこう。うん、うん。
「ん?なにひとりでうなづいてんだ、ノア」
「え?ああ、なんでもない、なんでもない」
オレは苦笑しながらカナタの言及を回避した。
「兄さん」
「ん?どした?」
「あの兎、バカみたいに暴れてるぞ」
シンが顎でしゃくった先には、ケージから懸命に出ようと暴れ続ける桃兎の姿があった。ちなみに今ケージはカズハの手を離れて、地面に置かれている。
「キュイ!キュイキュイ!」
桃兎はゲージを跳び蹴りで蹴り破ろうとしたり、噛みついて棒を噛み砕こうとしたりする。だが、このケージは最強の盾そのものを変形させたもの。いくら力のある桃兎とは言え、この金剛不壊の檻を破壊することはできないだろう。
「あーもう、そんな暴れんてんなって。どうせ出れないんだからよ」
「うーん、窮屈でごめんねー、うさちゃん。依頼人に渡すまではここで我慢してねー」
「キュイ!キュイ!キュイ!」
桃兎は二人の言葉を無視して、懸命にケージをタックルし続けた。当然ケージはびくともしてなかったんだけど……。
「キュイ!キュイ!」
こいつ、もしかして……。
オレは桃兎がタックルし続ける場所のさらに先を見る。この方角には、たぶん花畑があるはずだ。そういえば、こいつを追いかけてた時、やたらとオレがいる方、つまりは花畑のある中央よりに行きたがってたよな……。
オレは暴れる桃兎に近づき、ケージを抱きかかえた。
「……キュイ?」
桃兎は暴れるのをやめ、不思議そうにオレを見つめた。
「なんだよその顔。ほんと表情豊かな兎だな、お前たちはさ」
「ノア。私がもとうかー?」
「いやいいよ。それより、秀たちと合流しよう。みんなの状況も気になるし、こいつも花畑に行きたがってるみたいなだしな」
「キュイ!」
桃兎は呼応するように元気に鳴き声を上げた。
「はっ、今頃無惨な姿になってるであろう花畑に、このバカ兎が一体何の用があるんだか」
「キュイィィィ!!」
桃兎は威嚇するようにカナタを睨み、毛を逆立たせた。
「おーこわ」
棒読みで応えたカナタは、興味をなくしたのか、桃兎を無視して花畑のある方へと歩き出した。そして数歩歩いたところで振り返る。
「ほら、早く行こうぜ」
「おう!」
side 八神秀
『グゥオオオォォァォォ!』
俺の足下が影に覆われたかと思った瞬間、上を見れば巨大な掌が迫っていた。
『ドガァァーン!!』
「おっと危ねぇ……」
俺は押しつぶされる寸前で右側方へとステップを踏み、攻撃を回避した。バケモノが掌を退けると、先ほどまで俺が立っていたはずの場所にはバケモンの掌状の窪みができあがっていた。そこには美しい花々の姿はどこにもなく、ただただ無惨にも潰され、萎れ、汚れた、さっきまでの綺麗だった花畑とは思えない、何かの残骸が散らばるのみだ。
あの轟音からして、潰されたらひとたまりもないのは言うまでもないだろう。
再び影ができる。さっきと同じ攻撃が来るようだ。バカのひとつ覚えのように同じ攻撃しかしてこないんだが、図体がでかいだけで知能はミノムシ以下かぁ?
「陰陽術、火ーーー」
「秀様に何しやがるんだパーンチ!!」
『グゥワゥゥ!』
俺が手で印をつくり術を発動しようとした直後、横から大きな声を発しながら飛び込んできたやつがいた。
「遅ぇぞ、毅」
俺の式神が一体である人型の犬のような風貌の男、毅はアイツの腕を容易くぶっ飛ばした。そしてシュタッと地面に降り立つ。
「ふふん、やってやったぜ」
「ったく、お前はすぐ突っ走ってどっか行っちまう」
後衛担当の俺を意識しながら戦うのが前衛の基本なんだが、どうも毅は敵に突っ込みすぎて後衛を守るっつう役目を忘れがちだ。要するに、器用に物事に対処できないっつうことだな。
「だってさだってさ、おれっち猪突猛進系だから前に出張りすぎちゃうんだよ!秀様も知ってるだろー?」
全く反省する気配のない毅に、俺は軽くため息をついた。
「はぁ。それに返す言葉がねぇってのが悲しいぜ、俺はよ」
「わっはっはー。でも間に合ったから結果オーライだろー?やったね!ピースピース!」
毅は戦闘中にも関わらず、満面の笑みでVサインをしてくる。背後にはドデカい魔物がいるっつうのに、相変わらずだな、毅のやつは。鈍感というか緊張感がないというか……。
俺は毅の天然バカな行動に、少し口を緩ませた。
「はは。和ませんなっての」
「……水激斬」
和やかムードになりかけた瞬間、横から落ち着いた声であのバケモノに攻撃を仕掛けたやつがいた。鉤爪を胸の前で大きくクロスさせ、その動きと同じ形状をした水の刃をアイツにくらわせた。
『グギャァオオォ!』
水撃斬がバケモンの巨木のように太い幹にヒットし、魔物の身体に大きな傷口が形成された。
「ふむ。この程度で喚くとは、鍛え方がなっていない様子。これは吾輩が徹底的に鍛錬をして……」
蒼はキリッとした目つきで目の前の敵を鍛えようとしていた。あちゃー、あの目はガチなやつだな。まあそもそも蒼は、意図的に冗談を言うタイプではないが。
「蒼ー、アイツは敵だから鍛えてやらなくていいぞー。戻ってこーい」
クールで物腰柔らかな蒼は、たまにこんな風に訳のわからないことを言う。
本人曰く、俺が契約する式神たちの世界において、蒼は自分の道場を営んでいるらしく、弟子たちを厳しくしごいているらしい。師範として生きてからすでに何百年以上も経過したようで、俺たちといるときもたまにその気質が出るそうだ。
俺的には面白いからいつでもこいって感じだが。
「……コホン。これは失礼。吾輩としたことが、とんだ失態を晒してしまった」
蒼は真顔に近かったが、少し恥ずかしそうに鉤爪を装着したままの手で顎の毛をさすった。
なんでもできまっせって感じの完全無欠な蒼によ、こんな風にマヌケな一面があるって思うと、やっぱおもろいよなー。
「気にすんな。そのおかげでチビだった頃の俺はお前と仲良くなれたんだからよ。それもお前の長所だぜ?」
「それは……褒めている、のか……?」
「おう」
「ふむ、そうか……」
再び顎付近に手を置いて、何やら真面目に考え事をする蒼。顔スレスレに鉤爪があり危なっかしい気はするが、蒼のことだ、その辺は本人もわかってるだろう。ま、これが毅だったらわかんねぇけどな。
「さてさて。毅も蒼も戻ってきたわけだし、そろそろ反撃開始といこうか」
俺は首を左右に傾け、ボキッ、ボキッと首を鳴らした。そして俺たちが呑気にしてる間も、終始戦い続けているカイトに声をかける。
「おーい!カイトー!」
「…………」
呼びかけたもののカイトは全くの無反応であり、鋭い目つきでバケモノを見据えていた。
「ったくよ……」
これでもう五度目だぞ、五・度・目……!
はぁ……とまあ、ちっとばかし憤ってみたものの、こんな風に五回もキレイに無視されれば、流石に慣れてくるってもんだ。
最初は、無視されたことへの憤りなんざ微塵も湧かなかった。正確には湧く前に別のことに意識がとられて、それどころじゃなかったってのが正しい。
『そんじゃまぁ、各々自由に攻撃するってことになるだろうが、俺は後衛専門でな。お前はどうなんだ、カイ……っ……!』
は……?なんつう顔をしてやがる……。
カイトを見た瞬間、オレは自分の身体が凍ってしまったような、そんな妙な感覚に襲われた。カイトの目は、何ものをも映さぬ暗闇と化しており、その目にさっきまでの優しげなカイトの姿など、微塵もなかったのだから。
『おい。俺の声聞こえてっか?』
俺が声をかけても、カイトはこちらに見向きもしない。誰に対しても謙虚で真摯であったさっきまでのカイトは、もうどこにもいない。カイトからは目の前の敵を葬ることに全神経を注ぎながらも、憤りからくる殺気ではなく、深く冷たい冷徹な殺気しか感じられなかった。
『…………』
『ああ、哀しいなぁ……』
俺はカイトのこの豹変ぶりに、ふとそんな言葉を口走っていた。
『……フロスト……ランタン……』
カイトは深い低音で小さく何かを呟いた。するとその両側に、二体の生物が現れた。
『ワタシ、ウレシイ。カイト、ヨンデクレタ……』
一体は、ふわふわとした雪を丸めたような頭をもち、自身の周りにしんしんと雪を降らせている。
『オレノチカラ、イル?イルヨナ?ナ!ヒャッハー!』
もう一体は、かぼちゃに目や鼻、口などのパーツがくり抜かれたような頭をもっていた。そいつはテンションが上がっているのか、グルンと体を捻らせて飛び上がり、周囲に火の粉を撒き散らした。
『……弾丸……』
カイトは脱力したかのように両腕をだらんと落とし、俯くような体勢をとった。その手には、灰色の二丁の銃が握られていた。
銃と呼ばれる武器があるのは知ってはいたが、実物を見るのは初めてだ。魔物相手には使い勝手が悪いってんで、徐々にその姿を消していったらしいが、まさかこんなとこで見られるとはな。
『マカセテ!カイト!』
『ヒャッハー!フェスティバルノハジマリダゼ!!』
二体の謎の生物がカイトがもつ銃へと吸い込まれた。というよりかは、乗り移ったという方が正しいのかもしれねぇ。が、どちらにせよその直後、カイトの左手には青い線状の模様が入った白を基調とした銃が、右手には赤い線状の模様が入った黒を基調とした銃が握られていた。
明らかにさっきまでの無機質な灰色の銃とはその存在感が別格だ。
銃の実物が見られたことには素直に嬉しいと感じたが、カイトのあの状態を目にすると、どうにもやるせなくなってくる。
『……コノ世ハ極楽ニアラズ。一木一草、地獄ナリ……』
意味深な言葉を紡いだ瞬間、カイトはまるで瞬間移動でもしたかのような俊足で、バケモノめがけて駆け出した。
突っ込むカイトに対し、バケモノは大きな手を横に振り抜く。カイトはそれを真上に跳んで回避した。
カイトが右手を構え、真っ赤な炎に包まれた弾丸を放った。ズドンッと鉛のように重い音が鳴り響き、弾丸は一直線に飛んでいく。その先にはバケモノの牛の頭があった。
そしてその直後、今度は素早く左手を構え、白い冷気に覆われた弾丸を放った。パンッと軽い音が鳴り、弾丸は同じように一直線に飛んでいく。その先にはバケモノの馬の頭があった。
軽く跳び上がってから地面に降り立つまでのその刹那において、カイトは淡々とそして見事に、目の前のバケモノへ的確に攻撃しやがった。
『グァアォァアォァオオォァア!』
バケモノは突如襲いかかった激痛に、耳を劈くような絶叫をあげた。
同時に着弾した二つの弾丸。牛の頭からは一気に炎が燃え上がり、馬の頭ははなから氷像であったと錯覚しそうになるほどに見事に凍りついている。
カイトはその様子になんの感情も抱くことなく、苦しむバケモノを見据えて、ただその場に立っていた。
俺はこの一連の動きに見入っちまった。心が裂かれちまうような、そんな嫌な感情を抱いていたはずだというのに、あの芸術的ともいえる無駄のない洗練された動きに、心を打たれてしまったのだ。
俺はそれがどんな犠牲の上に成り立っているのか何ひとつ知らないというのに。
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