碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

43 乱入者

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side 九条湊

亜人国家レグルス。多くの人間嫌いな者たちが集うこの国で、子どもたちが相次いで誘拐され、先日犯人たちが捕縛された。リーダーからの願いで俺たちも一役買ったわけだが、そうは問屋が卸さなかった。

犯人を助けたい。

客観的に聞けば意味がわからない言葉だが、俺たちにとってはそうではない。だからこそ、そんなノアの思いを受け、俺たちは今、願いのための戦いを繰り広げていた。

「危うく俺が横やりを入れるとこだったぜ」

エルたち救護組の様子を見終えて戻ってきたらしい秀は、光のない目でノアを見ながら「はは」と、乾いた笑いを漏らした。

「禁を破ったノアには後で仕置きをするとして……エルたちの様子はどうだった?」

「最初は戸惑ってる奴らも多かったが、エルやリュウが真摯にあいつらに向き合ってることが伝わったみてぇだぜ?」

ニヤつく秀が顎でしゃくった先を見れば、エルとリュウが亜人たちと一丸となって、負傷者たちの手当を行っていた。

「式神はいいのか?」

「いや、逆効果になっちまうだろ。あくまで人間の俺たちを受け入れて欲しいんだ。余計な雑念を持たせんのは、得策とは言えねぇよ」

「相変わらず頭がキレるな」

「そらお互い様だろ。んで?新たな叡団長様がご登場ってわけだが……こっからどうまとめてくかだなぁ」

秀は腕を組んだまま考え込むように立ち止まる。どうやらノアの様子を見守ることにしたらしい。脳内では色々と策を講じているだろうが、それは最終手段のようなもの。保険と言い換えてもいい。

となれば、今回は俺の負担は少なそうだな。

俺は腰に携えた刀に添えていた手をようやく離した。

「えーっと、どちら様?」

集中力がほぼ切れたらしいノアは、目をパチパチとさせながら黒髪の乱入者に声をかけた。

「ハッ、人間ごときに名乗る名はねぇんだよ、ガキ」

「……え?」

突如、明らかに強い、殺意にも似た敵意を向けてきた黒髪の男に、ノアは言葉が出なかった。一方、先ほどまで相対していたレン王太子は何かを察したのか、大剣を腕輪型のエスパシオへ格納した。

「エヴァン」

「おおー、レン様。あなた様のようにお強い方が、先祖返りとも言われる特殊な氣術を使われるとは……甚だ遺憾だなぁ」

怒りにも似た鋭い視線がレン王太子を見据えた。

「敬意を評した結果だ。して、エヴァン叡団長は何故私たちの戦いに水を差した?」

表情は変わらず、しかし声は地を舐めるかのように低い。

「いやぁ、俺を差し置いて楽しそうなことやってっから覗きに来たんすよ」

「……」

「そ、れ、に。仮にも将来我が国のトップに立つであろう御方が戦っているのを、ただ黙って指を咥えて見ているだけだなんて……忠実なる臣下としてあるまじき行為だとは思いませんかねぇ?」

ニィッ、と口角を上げて目をギラギラと輝かせる奴の様子は、純粋に戦闘を楽しみたい子どものように見えた。

「……いいだろう。私の代わりに白黒つけるというのだ。易々と負けた日には……わかるな?」

「ハッハー。お任せを、レン様。必ずやこの国に勝利をもたらせて見せましょう」

胸に手を当てて恭しくお辞儀をするエヴァン叡団長を他所に、レン王太子は無表情のままにこの場を去った。

「おいおい。流石にこの展開は予想だにしてなかったぜ、俺はよぉ」

「ここにいる誰もがそうだろうな。現にノアの顔を見ろ。困惑で思考が追いついていないらしい」

「あんの馬鹿。思考を止めるなとは言ったが、がんじがらめになってちゃ何の意味もねぇっつーの」

秀は顔を手で覆い、軽く天を見上げた。

「よーし。んじゃ早速始めようぜ、と言いてぇとこだが、お前は駄目だな」

「え?」

「レン様との戦いで多少なりとも消耗してんだろ?んな弱ったガキに勝ったとこで、俺の品格が落ちるっつうもんだ」

「……えー…………」

ぽかんっ、とした表情を浮かべていたノアだったが、言葉を咀嚼して意味を理解し、少し残念そうな顔をした。

「おらおら、ノアズアーク!お前らのリーダーはお疲れのようだぜ?か弱いリーダーを助けようっつう、粋なやつぁいねぇのか?!」

両手を大きく広げて俺たちを挑発する。何が楽しいのかは知らないが、終始笑っていた。

「どうする?秀」

「あぁん?俺はいかねぇよ。今回は外から状況を把握して対処するからな。行くなら、湊。今回はお前に譲るぜ?」

「……どうやらその必要は無くなった」

「あ?」

秀が俺の後に続いて正面を見る。そこには弓を携えた女性が立っていた。

「あんた、強いのか?」

不躾にものを言うのは、俺たちの仲間、セツナだった。

「ハッ、愚問だな。つうか、誰が出てくるかと思えば、またガキかよ。しかも女とは……ハーア、やる気が失せたぜ」

がっかりだと言わんばかりに両手を軽く上げて首を振るエヴァン叡団長。これに反応したのはノアだった。

「おい!いくら何でもそういう言い方はーーー」

「あれは私の獲物だ。手出しするな」

親指でエヴァンを指差しながら、セツナはノアを制した。そんなセツナの、普段のように冷静な様子にノアは安堵したのか、少し笑って「しっかりやれよ!」と励ましの言葉をかけてその場を後にした。方向的にシンとリオンの方へ向かったのだろう。

「へぇ?本当に俺とやろうってのか、お前」

「亜人とはまともにやり合ったことがなかったからな。一度戦ってみたかったから、ちょうどいい」

「おいおい困るぜ?叡団長たる俺とやれるなんざ、そうそうねぇんだ。もっとありがたみっつうもんを……っ!」

突風が一直線に突き抜けた。余裕な態度で目を瞑って対話していたエヴァン叡団長だったが、運良く片目を開けた瞬間に避けることに成功したようだ。

「あっぶねぇなぁ?まだ俺の話は終わってねぇって」

「早く構えろ。弱い奴ほどよく吠えるという言葉をどこかで耳にしたが、まさかその類のつまらないザコじゃないだろうな?」

すでに霊氣で作った一本の矢をつがえたセツナは、臆することは一切なく、冷淡な視線をエヴァン叡団長に向けていた。うちには肝が据わった奴が多い方だが、ここまで図太いのはシンとセツナぐらいだろう。

「ハッ、言うねぇ、生意気なガキ女。仕方ねぇから、人生の先輩たる俺が直々に、その曲がった性根を叩き直してやるよ……。光栄に思えや!!」

黒光りした鉤爪を瞬時につけたエヴァン叡団長は、野生の獣のようにギラギラとした目で睨みつけながら、雄叫びを上げて突進した。

「ま、セツナの成長のほどをこの目で見てやろうしゃねぇの」

「…….そうだな」

さて、誰よりもストイックに自分を磨いていたセツナの力は、この国トップクラスの実力者にどれほど通用するのか。それ遺憾では、俺や秀がどの程度の力でこいつらに対処できるかも把握できる。

万一、俺たちの主人たちに害をなそうとした時、確実にれるかどうかを……。





side セツナ

「おいおい!最初の威勢はどうしたよ!!」

獣臭い男の鉤爪の先が、私の皮膚に次々とかすり傷をつけていく。すんでのところで交わしているため、多少の切り傷はやむを得ない。

これが亜人と人間の身体能力の差か。

さっきまでノアやカズハの戦いを上から見ていたが、やはり見るのと実際にやるのとでは肌感が全く違う。見て盗むのも嫌いではないが、私には実戦の方が性に合う。

「逃げてばっかじゃ俺には勝てねぇぜ?ガキ女!おら、おら、おらっ!!」

さらに速度が上がる。氣を身体に纏わせているが、紙切れのように簡単に切り裂かれる。このままアクションを起こさなければ、確実に私が負けるだろう。

「いいぞー!エヴァン叡団長!!」
「野生的でかっこいいわーっ!」
「あんななよなよした人間、とっととやっちまえー!」

『セイ』

『あー!やっとボクのことを呼んでくれた!最近はボクが呼びかけても応答しないし、呼んでもくれなかったから、ボク寂死んじゃうとこだったんだよー?』

『私が今までで三本の矢を同時に放ちその全てを狙った的に当てられたことは?』

『んー、一回だけかな?黒い点をつけた三本の木を見事に射抜いてた』

鉤爪が何度も眼前に迫り来る。その度に避け、時には瞬時に作った一本の矢を地面に放ち距離を取らせたりもした。

「チッ、器用だなぁ、お前。しかもさっきから撃ってる緑光の矢……その威力、ただの矢羽じゃねぇな?」

『その一回。たったのその一回の成功がただのマグレだったかどうかを今、証明する』

「ふぅ……」

使い古した弓を正面に構え、打ち起こした弓をゆっくりと胸の前まで下ろしてくる。三本の矢とともに弦を強く引き絞り、ターゲットに狙いを定める。

『か、カッコいいッッ!!!』と、内からこの場に似つかわしくない声が聞こえた気がしたが、全神経を獲物を射抜くことに注いでいた私には、羽音同然であった。

「ふーん、いい構えじゃねぇの。その冷ややかなくせして熱い敵意のこもった目も嫌いじゃねぇぜ?だがなぁ……俺相手に遠距離武器なんざ、舐め腐ってんのと同じだぜぇっ?!」

獲物が素早い動きでこっちへ詰め寄ってくる。だが私は決して動じない。目を逸らさない。獲物は、必ず仕留める。

「……」

「ウオラッ!」

両手をクロスするようにして放たれた斬撃を、弓をつがえたままの私は、後方に一歩飛び退いて交わした。そしてそのまま片足で空へと跳び上がる。宙で半回転し、大鷲の如く天空から獲物を仕留めにかかる。

三つの緑光が、ひとつに合わさったかのように大きな光を放った。

「チッ!」

地面を穿つほどの威力を持った三本の矢が、うまく迎撃態勢に入れなかったらしい黒豹を襲う。頭を狙った一本は、奴が体勢を傾けながら首を横にズラすことで回避した。その直後、心臓を狙った一本が息つく間もなく貫こうとするが、流れた身体をそのまま回転させるようにして交わした。

「ハッ、意外とそうでも……なっ!」

余裕そうな表情で顔を上げた黒豹だったが、予想通り残りの一射を視認していなかった。それもそうだ。二本の矢の光に隠れるように、わざと一本だけ一瞬遅れて放ったのだから。

「チッ!」

咄嗟に右手を前に出して緑光の矢をはじく。想定内とはいえなかなかの反射神経と身体能力だが……腕は、上がった。

とっくに地面に降り立っているはずの私は、未だ空中で弓を構え、弦を引き絞っている。弓には緑光を放つ三本の矢が再び装填され、獲物を鋭く捉えていた。

「これでチェックだ」

弓を引く手を軽く離す。
本命の一射。本当の三矢同時の一撃。
ほとんど動かない的と同義のこの状況で、狙い通りに命中するかどうか。その結果次第であの時の成功がマグレであったかどうかがわかる。

「うぐっ……!」

放たれた緑光の矢が命中する。目の前に広がる光景を視界に収めた私は、目を閉じてそのまま地面へと降り立った。

実戦でこそ使える技でなければ意味がない。それも再現性がないなどもってのほかだ。

小さく呻き声を上げた黒豹。出血した箇所を手で押さえ苦虫を噛み潰したかのような表情だった……が、地面に膝をつくことはなかった。

「失敗か」

これはまだ実戦では使えない。意表はつけるかもしれないが、決め切る確度がない。

一本目の矢は右脇腹を軽く抉り、二本目の矢は左肩の一部を貫いた。そして残り一本の矢、三本目の矢は左ふくらはぎを掠める程度に通り抜け、地面を穿った。

「クソッタレがァァ!めっちゃイテェッッッ!!」

鍛錬不足だ。早く鍛錬を再開しないと。

私は何か叫ぶ黒豹を無視し、奴に背を向けて歩き始めようとした。

『こらこら』

低音で場違いな陽気な声が内側から響いた。敵に背を向けたまま思わず足を止める。

『……何?』

『まずはアイツと決着つけなきゃダメだぞー?』

『別にいいだろ。奴が勝手に乗り込んできたから、ちょうどいい練習相手だと思っただけ。要は済んだ』

私の未熟さが浮き彫りになっただけだったな。まあ、自分の立ち位置を改めて再認識できたという収穫はあったか。

『そんな不真面目な子は、ボクは嫌いだー!』

『お前の好みはどうでもーーー』

『名前!セイって呼ばないとダメ』

『……セイがどう思うかは私にはどうでもいい。私は私の考えで行動するだけ』

一歩足を踏み出した、その瞬間。

『こうなったら……もうなーんも教えてあげないぞ!』

『っ……!』

一歩踏み出したところで私の足は止まった。

『氣の使い方も、氣術も、霊氣の上手な操り方も、なーんにも』

それらはどうでもいい。重要なのは……。

『そして極め付けは……精霊界の場所と行き方!どんなに可愛くお願いしても、これだけはぜーっっったいに教えないぞー!』

『チッ』

なぜこいつはこうも私のことを分かっているのか。よく愛していると何度も言ってくるが、そんな不可解かつ概念的なもので他人を理解できるなんて、到底理解できない。

『……』

私は無表情のままに振り返った。内心、心底不快ではあったから、もしかすれば顔に出ているかもしれない。

『愛してるよ、セツナッ!』

「うっさ……」

「人間のくせに、いい攻撃喰らわせてくれんじゃねぇの。ハハッ!気に入ったぜ!」

黒豹は何故か機嫌よく私に話しかけてくる。押さえていても、左肩や右脇腹からは未だダラダラと血が流れているというのに。

「亜人は人間が嫌いなんだろ。どこに私を気にいる要素があった?」

「ハッ、この周囲のドデケェ歓声が聞こえねぇのか?」

歓声……?

「ヒューッ!!なんだよ、あの動き!カッコよすぎんだろ?!」
「ねぇちゃんやるなーッ!!」
「サイッコーにクールだったよーー!!」
「次は俺とやってくれ!!」

「……は?」

なんだこの状況。最初ノアが話をした時は、罵声や暴言を吐くばかりだったというのに……。掌返しもいいところだ。

「わかったか?お前の戦いぶりに、多くの同胞が魅了されたんだ。かくゆう、俺もそのひとりっつうわけだ」

周囲に気を取られていた隙に、いつのまにか黒豹が隣に立っていた。清々しく笑ってはいたが、「イテテ」と顔を顰めてもいた。

「何?」

突然手を前に出してきた。
血濡れたそれをどうしろと?

「握手だっつの。俺が他人を認めることなんざ滅多にねぇんだ。ましてやお前は人間だしな。ありがたく受け取れや」

「……」

『握手は大事だぞ、セツナ。相手との、キズナッ!が深まるからな』

なんだその言い方は……。

私は謎のテンションのセイに呆れつつ、出された手を握った。

「俺はエヴァン=ブレイブだ。俺が認めた唯一の人間として、今後もより強い好敵手になってくれよ?」

「お前のために強くなるわけじゃない。ただ私がそうありたいと思っているだけだ」

「お、おお。そうかよ……。んで?お前の名前は?」

手を離したエヴァンは首をコキコキと捻りながら聞いてくる。

「セツナ。別に覚えなくていい」

「セツナ、な。しっかりと脳に焼き付けとくぜ?」

「……あっそ」






side リュウ

「セツナお姉ちゃん、すごい……っ!」

エルとともに喧騒から少し離れた場所で手当を行うリュウ。周囲には二人を手伝う亜人たちもおり、皆一様にセツナとエヴァンの戦いに目を奪われていた。

「おいおい、今空中でバク宙したぞ?」

「空に地面でもあるってのかよ?」

「しかももう次の矢を引いてやがる。天才か?」

腕を組んで感心したように見る者もいれば、口をおんぐりと開けて声も出ない者もいた。

そんな亜人たちの様子に、リュウも一緒に嬉しくなってセツナを応援していた。

がんばれ!セツナお姉ちゃん!

その想いが届いたのだろう。セツナは無事に勝利を収め、さらには多くの亜人たちから賞賛を得ていた。

「人間にも強ぇやつはいるもんだな」

「強い奴は周りを惹きつける不思議な魅力があるからな。それは人間とか亜人とか、人種なんて関係ないってことか」

「なんかー、いつまでも人種に拘って生きるの、馬鹿馬鹿しくなってきたかも」

「俺もあの女みたいに、華麗に戦ってみたいぜ!」

「ぼくも、セツナお姉ちゃんみたいにかっこよくなる……!」

気分が高揚した亜人たちにリュウも続いた。

「おお!そうか坊主。なら、俺らは同じ目標に向かって頑張る、同志ってやつだな?」

「あのっ!」

「ん?どした、エルさん。急に大声出して」

亜人たちはようやくセツナたちの方から視線を外した。

「確かにセツナさんはクールでイケてる女性ですけど、今はこちらに集中してください。人命第一、です!」

「「「は、はい」」」

正論で咎められてしまったリュウたちが、少し落ち込みながら負傷者の手当てを再開した……その時だった。

「「「「うおぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!!」」」」

幾重にも折り重なった叫び声。これにはさすがのエルも振り向かざるを得なかった。

「あ、あれってもしかして……」

「わぁぁ……」

エルとリュウが見上げた視線の先には、純白の毛を纏う神秘の生物が存在していた。





















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