ビターチョコデコレーション

大和滝

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愛川勉篇

7月9日 PM6:30

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「こんばんは。あ、早速新メニュー開発ですか?」
 ショコラの裏口の扉を開けて入ると、薄い赤がはいったグラスが机にたくさん置かれていて、近くには切ったスイカの汁や種が散らばっていた。
「またこんなに汚して…、新作作りに没頭するのはいいと思いますけど、その度に店内ぐちゃぐちゃにしないでくださいよ」
「うーん、ごめん」
 不甲斐なさそうに返事しながらカクテルの調整をする豊の後ろを通り抜けて、モップ掛けを始めた。
「ありがとう。やっぱりこういう時に愛川くんみたいに気を利かせてくれるバイトを雇っててよかったなって思うよ」
「そうですね。俺がいなかったらこの惨状を開店までに元通りになんてできなかったですよね」
「あはは…」
 本当にマスターは仕事になると周りが見えなくなるし、そのあとの後処理が苦手なものだからさらに手がかかる。だからここでもっと図に乗りたいけど…

「威張らないように」

「なんか言った?」
「いえ、なんでもないです」
 そっかと返してお酒を冷蔵庫にしまった。
「スイカのソルティドッグ、試作品ができたから今日店閉めた後に一緒に飲もうか」
「はい。なんかこうやって新商品をいち早くに飲めると、バイト良いなあって思います。試作品ですけどね」
 他愛の無い会話をしている間に店内の清掃はすっかり済んで、あっという間に開店時間になって1人、また1人とショコラは酒が好きな人々が交流する場となった。

「バイトくーん、※1ギムレットおねがーい」
「ちょいちょい、バイトくんじゃなくて。今ね、頑張って豊さんの修行を受けてる子なんだから、敬意をもって名前で呼んであげようよ」
「そんな、滅相もないです。バイトくんで構いませんよ」
「いいや!俺は何がなんでもつとむくんって呼ぶぞ!豊さんの作る酒は格別なんだ!そんな豊さんが見込んだ男なんだ君は!もっと誇りをもとう!」
「これはありがとうございます。ご期待に添えるように日々精進いたします」
(別に弟子入りしたわけじゃないんだけどなぁ)

「ボーイさん、※2マタドールお願いしていいかしら」
「わたし※3レッドアーーイがいいなー」
「ちょっと夢香、あなた度数低いのばっかのくせになんでそんな酔ってるのよ」
「だって~お酒弱いのに~お酒好きでたくさん飲みたいから~度数低いのにしてるの~…でも意味なかったね~エヘヘ」
「まったく…その酒癖の悪さのせいで彼氏にも捨てられるんでしょ」
「うーーー…悠馬ーーーー…なんでよ~わたしと結婚を前提にとかー言ってたくせにーー…….ボーイさーんひどいよね?」
「ハハ…辛かったですね…」

 愚痴、惚気、説教、うんざりする痴話話…ボーイのバイトをしているとこれらの相手はセットでついてくる。それら全てにボーイは紳士的な対応が求められる。どんな話にでも聞き、受け止める姿勢が必要なんだ。確かお母さんが俺に教えてくれた社会の礼儀にも、そういう感じのことがあった気がする。

「軽いジョークやリップサービスを上手く言う様に」
「どんな時も笑って愛嬌振り撒くように」

 難しいけど、お陰様で俺はショコラのお客様たちに受け入れられている気がする。
 ん?いや…マスターの人望のおかげなのかな…それなら…まだ俺は大人なんかじゃない…のか?

PM11:30
 賑わっていた店内からは人が消えて店内のBGM「Everything Happens To Me」がバラードらしく、切なく流れていた。もう客は来まいと豊と勉は店内の清掃を始めていた。それのせいで不意にドアベルの音がした時2人はギクっとして顔を合わせた。その瞬間に店内のBGMは変わり、「Reverse」が流れ出した。
「なんかすみません閉店間際にきちゃって。どうしてもお洒落なお酒が飲みたくなっちゃって」
 高そうなスーツ、ネクタイ、革靴…つま先から頭のてっぺんまで品のあるような男性だった。
 男はカウンター席に座り勉をよんだ。
「※4シェレスを一杯よろしいですか?お時間は取らせません。この一杯だけで十分なので」
 
※1 ジンベースの透明なカクテル。ライムジュースとシェークして作られ、元は海軍がビタミンCを摂取するために作られたと言われている。度数は25%以上と高い。

※2 テキーラベースの黄色いロックタイプのカクテル。ライムジュースとパイナップルジュースが混ぜられるためフルーティーな飲み口の良さ。度数は13%と普通くらい。

※3 ビールベースの真っ赤なカクテル。トマトジュースと混ぜてありさっぱりしている。度数は8%と弱い。

※4 シェリーベースの黄金色のカクテル。オレンジビターズ、アンゴスチュラビターズを入れる少し苦目。度数は15%で普通。
 






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