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村防衛編
武ランチデー
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合奏の日から2日が経った3月26日。今日は全体練習やレッスンはないが、各々家や外で練習をしていた。誰もが2日前の合奏で味をしめたのか気合が入っていた。
佐藤家では楽器を選びレッスンを始めた日からほぼ毎日音がなっている。伸び伸びとした優しい音色、ファゴットだ。つまり稑が部屋で吹いている。
稑の部屋からファゴットの音色が聴こえることに対して両親の愛子と司はとても驚いていた。部屋に引きこもっていてゲームしかしていなかった息子が、ゲームをやらずに楽器を自主的に吹いているということに歓喜している。そして合奏が終わってもなお熱は冷めず、今でもファゴットの音色は佐藤家を包んでいる。
稑の兄の宇宙は誰よりも弟想いだ。そのためせっかく家に届けられたドラムも、稑が音を鳴らしている時は邪魔にならないように叩かず、練習用のパットを叩いている。そして稑が吹いていない時を狙ってドラムを叩く。
午前11時、今日の佐藤家ではドラムの音が鳴り響いていた。稑は部屋でパソコンにヘッドホンを繋げて動画視聴アプリのYouTubeで音楽を聴いていた。
「一昨日の合奏でもわかったけど、ファゴットって他の楽器と比べて音結構低いんだな。え、この人うますぎ…チャンネル登録しよ」
カーソルをチャンネル登録ボタンに合わせてクリックした。ここ数日で稑のチャンネル登録したチャンネルが6から13にまで増えた。増えた7つのうち4つがファゴット奏者のチャンネルで、3つは陽介に勧められた吹奏楽団とオーケストラのチャンネルだ。
「俺も早くこんなに上手く吹けるようになりたいなぁ。そのためにも練習しないと…。」
楽器を持ちストラップをかけてリードを咥える。しかしドラムの音が聴こえるのに気づいて口を離した。
「兄ちゃんが叩いてるからやめとくか。兄ちゃんはいっつも俺が吹いてると遠慮してるのか叩かないから、今のうちにたくさん叩かせといてあげようかな」
この家の音はこんな兄弟同士の気遣いで鳴っている。
ふと稑はパソコンの時計を見ると11:20と表示されている。それに気づいた稑は急いで楽器をしまい、パソコンの電源を切ると楽器を背負い部屋から出た。
「武んとこ行ってくる!」
「あぁ、行ってらっしゃい。気をつけろよ」
リビングで新聞を読んでいた司が黒いケースを背負って階段を駆け降りるのを見ながらにこやかに言った。
天気は快晴でポカポカとしていた。その下で稑が珍しく走っている。ファゴットの入ったケースを背負いながら住宅街を疾走していく姿を見て村の人たちはとても珍しがっている。それもそうだ、今まで好んで外に出ず、出てもグダグダと歩いている稑が、重そうなものを背負って急いでいるものだから皆気になっている。
一方、山口家には武と、桜と皐月が集まっていた。武は11時40分を指している時計をみてソワソワしていた。
「稑のやつ何してんだよ、もう10分経ったぞ約束まで…」
「稑さんもうちょっとで着くって言ってます」
桜が携帯の稑とのやりとりを武に見せた。稑からは『ごめん、時間忘れてた。今走っててもうあと2個角曲がったら着くからって武に言っといて』と送られていた。時間厳守を重んじる武はイライラとした様子を見せている。見兼ねた皐月が漫画を読みながら適当になだめる。
「まあまあ、あとちょっとって言ってんだから良いんじゃない?そんなカッカするなよ」
キンコーン
インターホンが鳴った。武がカメラで稑が来たことを確認してボタンを押し「入ってきて良いよ」と言う。ガチャっとドアノブが回る音がなり、玄関から「お邪魔しまーす」と稑の声が聞こえる。そしてリビングのドアを開けた稑に武が言う。
「遅かったな。時間忘れてたってまたゲームに没頭してたのか?」
「違う、音楽聴きながらファゴットずっと吹いてた。ごめん」
「マジで?稑、お前マジでファゴットにハマってんじゃん。そういえば昨日もマジクエ稑オンラインに全然なんなかったけど、その時もずっと拭いてんのか?」
皐月が前のめりに聞く。稑は少し照れくさそうに「うん」と答える。さっきまでイライラしていた武も表情を変えて問いかける。
「いやいや、稑がゲーム以外に熱中できるものができたのは俺らも嬉しいけどさ、そんな吹きすぎて大丈夫か?俺サックスとホルン練習してるけど、ずっと吹いてると口疲れてもうダメになるだろ。稑は体強い方じゃないから心配なんだけど…。無理だけはするなよ」
「うん。わかってるよ」
嬉しそうに言う稑をみて、桜が口を滑らす。
「武くん、なんか稑くんの二人目のお兄さんみたい」
囃し立てるように皐月も「確かに。よっ武兄ちゃん!」と声を出す。顔を真っ赤に染めた武が払うように言う。
「おいやめろ!うるさい!もういいだろ、早く作るぞ!」
「はいはい」
四人は笑いながらキッチンへ向かった。
今日は2週間に1回の武ランチデーだった。武の親の龍技と恵は共働きで、毎日朝から隣の羽田馬地にある食品工場に出勤するため、家には武1人ということが多い。それを不憫に思った2人は武に分厚い料理本を与え2週間に1度の休みの日曜日の休みに料理を教えた。すると武は料理の楽しみを覚えて1人で料理本を読み、自分1人で晩飯を作れるほどにまで上達した。楽しそうな姿をみて喜んだ恵は仲の良い稑の母親の愛子、桜の母親の桃子、皐月の母親の絵美にその話をすると、うちの子に教えてあげてほしい。一緒に作ったら楽しいんじゃないか。と話が進み、恵は家にその3人と稑と桜と皐月を招待して4人にキッチンを使わせてみた。
すると武がリーダーシップを発揮して他の3人に指示をして食材を切らせたり、火加減を調整させていた。そして出来上がったのは9人分の焼きそばだった。キャベツは少し焦げていて、少し生な麺が混ざっているような焼きそばだった。しかし4人で協力して一生懸命作った焼きそばに文句を言う者は1人もいなかった。作った4人だけが笑って「焼けてないね」「焦げちゃった」と言っているだけだった。これを機に4人は2週間に一度の、武の両親がいない方の日曜日に集まって料理を作って昼をすませる習慣ができた。これを4人は「武ランチデー」と呼んだ。
拙い焼きそばから始まった武ランチデーは、回数を重ねるごとにグレードが上がっていった。作る料理はありきたりなものばかりだが彼らはそれを楽しんでいた。
「武、片栗粉ってこのくらいで足りるかな?」
「桜、そろそろ水入れてくれ」
「稑さん、チーズとか入れたら美味しそうじゃないですか?」
「皐月、スープに玉子入れるか?」
キッチンに入ってから早くも50分が経った。リビングの机の上にはトロトロのあんのかかったご飯が盛り付けられた皿とスープの入ったお椀、そしてレンゲと銀のスプーンが4人分置かれていた。
「いただきます」
4人は手を合わせて言い食べ出した。
「うわ美味しい。チーズとろっとろじゃん。桜ナイス」
「ありがとうございます。多分チーズ合うなって思って入れたらドンピシャでしたね」
ワイワイと団欒しながら餡掛け飯は4人の口へ運ばれていき、なくなった。そしてひと段落つくと皐月は部屋に置かれているギターを手に取り、弦をピンと弾きだし、ペグをくるくる回し始めた。
「え、皐月さん、チューナー無しでチューニング出来るんですか?」
「うんにゃ、なんかカッケェと思ってやってるだけ。ペグくるくるしてるとプロみたいでカッケェじゃん。玄丘さんも言ってたじゃん。自分の想像するプロになりきれ!ってさ」
玄丘によるギター、ベースのレッスンではイメージ力を課題に出されるものだった。
『自分に音楽の神様を憑依させるんだ。自分に自信のある演奏こそが全てだ』
これが彼の音楽理論だった。最初こそ戸惑っていた皐月、桜、景だが、練習を重ねるうちにそのノリと熱血さについていけていた。皐月に至っては、元から目立ちたがりな性格も相まって、ギラギラとしたギターの虜になっていた。
リビングでギターを思うがままに弾いている皐月を見て桜が自分のギターをケースから出して並んだ。
「ちょっと左手ぬるくないですか?もっとキビキビした方がカッコいいと思います」
「お、いいな!セッションといくか」
と言い2人は曲でもないただただ、己がままにかっこいいと思ったフレーズを弾き鳴らしていた。
「2人とも楽しそう。桜もなんだかんだイキイキしてるな。って武?」
タラッタッタッタラーン
アルトサックスの音がリビングに鳴り響く。リードから口を離した。
「2人だけで楽しんでじゃねぇよ。混ぜろ」
「ああ、もちろんいいけどよ。お前サックスなんだな」
「は?合奏の時もサックス吹いてただろ、俺」
皐月以外はうんうんと頷いている。だけどもさと切り出して皐月が言った。
「サックスは無理矢理やらされたから合奏終わったらすぐホルンの練習するって言ってたじゃん。文香先輩と一緒に吹くためにって」
陸は確かにと頷き、武は思い出したように「あー」と声をだした。
「まあそう言ったんだけど、なんか俺サックス吹くの楽しくてさ。だから今はサックスをもっと練習してから、少しずつホルンとピアノの練習もしていこうと思ってる」
武の言葉を聞いた皐月は感心したように言う。
「音楽ってすげぇな。俺の心を揺らしてくれて、稑を夢中にさせた。ついでに武のふ文香先輩離れのキッカケにも発展してる。もっと早くから陽介さんの誘いに乗ってたら、俺も自分を見つけれたのかもしれないな」
ギターを持ちながら遠い目をしている皐月に対して、稑は微笑みを見せる。そこに武が言いかけた。
「今からでも遅くないだろ。お前のそういう表情見るの久しぶりだ。これからも音楽やってこうぜ」
「…ああ。そうだな」
皐月の顔に光が戻った時、桜の顔は曇っていた。それに気が付いたのかはわからないが稑がスマホを机に置いた。
「せっかくみんな楽器持ってるんだからさ、適当に音を出すだけじゃなくて、俺たちで演奏してみようよ。えっと、アンサンブルってやつ。ちょうど4個の楽器でできる楽譜ダウンロードしてるし」
稑のスマホの画面には4つの五線譜が並んでいた。それを4人で覗き込んでいる。4人は楽譜を見て明らかにテンションが上がっているのか、ソワソワしていた。早く吹きたいと言わんばかりにじっくりと楽譜を見ていた。
しかし武はハッとし何かに気づいた。
「曲をやるにしても、俺ら楽譜なんて読めないだろ…」
「あ、確かに。俺ら木管楽器は宇佐津さんにこんな感じで吹く~くらいな感じでしか教わってないから…まだ楽譜の読み方はわからない。ギターは?」
「私たちは基本的な音の長さとか記号は少し教わったのですが、五線譜はわからないです。ギターはタブ譜っていうやつなので…」
「でも玄丘さんは五線譜でかっこよく弾いてるから、できなくはないはずなんだけど、俺らにはまだ…、てかこれなんて曲なんだ?」
よくぞ聞いてくれましたというドヤ顔で答えた。
『雪溶けの町』
「それって確か、マジクエのBGMだったよな。タラタラターンって感じの」
「ゲーム音楽か、やっぱりブレないんですね。でもいい曲ですよね。だけど演奏できないんじゃ…」
どうしようかと悩んでいると次は皐月さスマホを置いた。画面はYouTubeを開いていて、「初心者必修!音楽道場!Part1 音符の種類」という動画が表示されていた。
「今から読めるようになればいいじゃん。そしてさ、俺らで雪溶けの町、演奏しようぜ」
「いいなそれ!みんなより一足先に詳しくなろうぜ」
武がその志と共に再生ボタンを押すと動画が始まった。小さな画面を4人はとても新鮮な気分でみだしていた。
これ以降、武ランチデーの日はそれぞれ楽器とノートを持ち寄ることになった。
佐藤家では楽器を選びレッスンを始めた日からほぼ毎日音がなっている。伸び伸びとした優しい音色、ファゴットだ。つまり稑が部屋で吹いている。
稑の部屋からファゴットの音色が聴こえることに対して両親の愛子と司はとても驚いていた。部屋に引きこもっていてゲームしかしていなかった息子が、ゲームをやらずに楽器を自主的に吹いているということに歓喜している。そして合奏が終わってもなお熱は冷めず、今でもファゴットの音色は佐藤家を包んでいる。
稑の兄の宇宙は誰よりも弟想いだ。そのためせっかく家に届けられたドラムも、稑が音を鳴らしている時は邪魔にならないように叩かず、練習用のパットを叩いている。そして稑が吹いていない時を狙ってドラムを叩く。
午前11時、今日の佐藤家ではドラムの音が鳴り響いていた。稑は部屋でパソコンにヘッドホンを繋げて動画視聴アプリのYouTubeで音楽を聴いていた。
「一昨日の合奏でもわかったけど、ファゴットって他の楽器と比べて音結構低いんだな。え、この人うますぎ…チャンネル登録しよ」
カーソルをチャンネル登録ボタンに合わせてクリックした。ここ数日で稑のチャンネル登録したチャンネルが6から13にまで増えた。増えた7つのうち4つがファゴット奏者のチャンネルで、3つは陽介に勧められた吹奏楽団とオーケストラのチャンネルだ。
「俺も早くこんなに上手く吹けるようになりたいなぁ。そのためにも練習しないと…。」
楽器を持ちストラップをかけてリードを咥える。しかしドラムの音が聴こえるのに気づいて口を離した。
「兄ちゃんが叩いてるからやめとくか。兄ちゃんはいっつも俺が吹いてると遠慮してるのか叩かないから、今のうちにたくさん叩かせといてあげようかな」
この家の音はこんな兄弟同士の気遣いで鳴っている。
ふと稑はパソコンの時計を見ると11:20と表示されている。それに気づいた稑は急いで楽器をしまい、パソコンの電源を切ると楽器を背負い部屋から出た。
「武んとこ行ってくる!」
「あぁ、行ってらっしゃい。気をつけろよ」
リビングで新聞を読んでいた司が黒いケースを背負って階段を駆け降りるのを見ながらにこやかに言った。
天気は快晴でポカポカとしていた。その下で稑が珍しく走っている。ファゴットの入ったケースを背負いながら住宅街を疾走していく姿を見て村の人たちはとても珍しがっている。それもそうだ、今まで好んで外に出ず、出てもグダグダと歩いている稑が、重そうなものを背負って急いでいるものだから皆気になっている。
一方、山口家には武と、桜と皐月が集まっていた。武は11時40分を指している時計をみてソワソワしていた。
「稑のやつ何してんだよ、もう10分経ったぞ約束まで…」
「稑さんもうちょっとで着くって言ってます」
桜が携帯の稑とのやりとりを武に見せた。稑からは『ごめん、時間忘れてた。今走っててもうあと2個角曲がったら着くからって武に言っといて』と送られていた。時間厳守を重んじる武はイライラとした様子を見せている。見兼ねた皐月が漫画を読みながら適当になだめる。
「まあまあ、あとちょっとって言ってんだから良いんじゃない?そんなカッカするなよ」
キンコーン
インターホンが鳴った。武がカメラで稑が来たことを確認してボタンを押し「入ってきて良いよ」と言う。ガチャっとドアノブが回る音がなり、玄関から「お邪魔しまーす」と稑の声が聞こえる。そしてリビングのドアを開けた稑に武が言う。
「遅かったな。時間忘れてたってまたゲームに没頭してたのか?」
「違う、音楽聴きながらファゴットずっと吹いてた。ごめん」
「マジで?稑、お前マジでファゴットにハマってんじゃん。そういえば昨日もマジクエ稑オンラインに全然なんなかったけど、その時もずっと拭いてんのか?」
皐月が前のめりに聞く。稑は少し照れくさそうに「うん」と答える。さっきまでイライラしていた武も表情を変えて問いかける。
「いやいや、稑がゲーム以外に熱中できるものができたのは俺らも嬉しいけどさ、そんな吹きすぎて大丈夫か?俺サックスとホルン練習してるけど、ずっと吹いてると口疲れてもうダメになるだろ。稑は体強い方じゃないから心配なんだけど…。無理だけはするなよ」
「うん。わかってるよ」
嬉しそうに言う稑をみて、桜が口を滑らす。
「武くん、なんか稑くんの二人目のお兄さんみたい」
囃し立てるように皐月も「確かに。よっ武兄ちゃん!」と声を出す。顔を真っ赤に染めた武が払うように言う。
「おいやめろ!うるさい!もういいだろ、早く作るぞ!」
「はいはい」
四人は笑いながらキッチンへ向かった。
今日は2週間に1回の武ランチデーだった。武の親の龍技と恵は共働きで、毎日朝から隣の羽田馬地にある食品工場に出勤するため、家には武1人ということが多い。それを不憫に思った2人は武に分厚い料理本を与え2週間に1度の休みの日曜日の休みに料理を教えた。すると武は料理の楽しみを覚えて1人で料理本を読み、自分1人で晩飯を作れるほどにまで上達した。楽しそうな姿をみて喜んだ恵は仲の良い稑の母親の愛子、桜の母親の桃子、皐月の母親の絵美にその話をすると、うちの子に教えてあげてほしい。一緒に作ったら楽しいんじゃないか。と話が進み、恵は家にその3人と稑と桜と皐月を招待して4人にキッチンを使わせてみた。
すると武がリーダーシップを発揮して他の3人に指示をして食材を切らせたり、火加減を調整させていた。そして出来上がったのは9人分の焼きそばだった。キャベツは少し焦げていて、少し生な麺が混ざっているような焼きそばだった。しかし4人で協力して一生懸命作った焼きそばに文句を言う者は1人もいなかった。作った4人だけが笑って「焼けてないね」「焦げちゃった」と言っているだけだった。これを機に4人は2週間に一度の、武の両親がいない方の日曜日に集まって料理を作って昼をすませる習慣ができた。これを4人は「武ランチデー」と呼んだ。
拙い焼きそばから始まった武ランチデーは、回数を重ねるごとにグレードが上がっていった。作る料理はありきたりなものばかりだが彼らはそれを楽しんでいた。
「武、片栗粉ってこのくらいで足りるかな?」
「桜、そろそろ水入れてくれ」
「稑さん、チーズとか入れたら美味しそうじゃないですか?」
「皐月、スープに玉子入れるか?」
キッチンに入ってから早くも50分が経った。リビングの机の上にはトロトロのあんのかかったご飯が盛り付けられた皿とスープの入ったお椀、そしてレンゲと銀のスプーンが4人分置かれていた。
「いただきます」
4人は手を合わせて言い食べ出した。
「うわ美味しい。チーズとろっとろじゃん。桜ナイス」
「ありがとうございます。多分チーズ合うなって思って入れたらドンピシャでしたね」
ワイワイと団欒しながら餡掛け飯は4人の口へ運ばれていき、なくなった。そしてひと段落つくと皐月は部屋に置かれているギターを手に取り、弦をピンと弾きだし、ペグをくるくる回し始めた。
「え、皐月さん、チューナー無しでチューニング出来るんですか?」
「うんにゃ、なんかカッケェと思ってやってるだけ。ペグくるくるしてるとプロみたいでカッケェじゃん。玄丘さんも言ってたじゃん。自分の想像するプロになりきれ!ってさ」
玄丘によるギター、ベースのレッスンではイメージ力を課題に出されるものだった。
『自分に音楽の神様を憑依させるんだ。自分に自信のある演奏こそが全てだ』
これが彼の音楽理論だった。最初こそ戸惑っていた皐月、桜、景だが、練習を重ねるうちにそのノリと熱血さについていけていた。皐月に至っては、元から目立ちたがりな性格も相まって、ギラギラとしたギターの虜になっていた。
リビングでギターを思うがままに弾いている皐月を見て桜が自分のギターをケースから出して並んだ。
「ちょっと左手ぬるくないですか?もっとキビキビした方がカッコいいと思います」
「お、いいな!セッションといくか」
と言い2人は曲でもないただただ、己がままにかっこいいと思ったフレーズを弾き鳴らしていた。
「2人とも楽しそう。桜もなんだかんだイキイキしてるな。って武?」
タラッタッタッタラーン
アルトサックスの音がリビングに鳴り響く。リードから口を離した。
「2人だけで楽しんでじゃねぇよ。混ぜろ」
「ああ、もちろんいいけどよ。お前サックスなんだな」
「は?合奏の時もサックス吹いてただろ、俺」
皐月以外はうんうんと頷いている。だけどもさと切り出して皐月が言った。
「サックスは無理矢理やらされたから合奏終わったらすぐホルンの練習するって言ってたじゃん。文香先輩と一緒に吹くためにって」
陸は確かにと頷き、武は思い出したように「あー」と声をだした。
「まあそう言ったんだけど、なんか俺サックス吹くの楽しくてさ。だから今はサックスをもっと練習してから、少しずつホルンとピアノの練習もしていこうと思ってる」
武の言葉を聞いた皐月は感心したように言う。
「音楽ってすげぇな。俺の心を揺らしてくれて、稑を夢中にさせた。ついでに武のふ文香先輩離れのキッカケにも発展してる。もっと早くから陽介さんの誘いに乗ってたら、俺も自分を見つけれたのかもしれないな」
ギターを持ちながら遠い目をしている皐月に対して、稑は微笑みを見せる。そこに武が言いかけた。
「今からでも遅くないだろ。お前のそういう表情見るの久しぶりだ。これからも音楽やってこうぜ」
「…ああ。そうだな」
皐月の顔に光が戻った時、桜の顔は曇っていた。それに気が付いたのかはわからないが稑がスマホを机に置いた。
「せっかくみんな楽器持ってるんだからさ、適当に音を出すだけじゃなくて、俺たちで演奏してみようよ。えっと、アンサンブルってやつ。ちょうど4個の楽器でできる楽譜ダウンロードしてるし」
稑のスマホの画面には4つの五線譜が並んでいた。それを4人で覗き込んでいる。4人は楽譜を見て明らかにテンションが上がっているのか、ソワソワしていた。早く吹きたいと言わんばかりにじっくりと楽譜を見ていた。
しかし武はハッとし何かに気づいた。
「曲をやるにしても、俺ら楽譜なんて読めないだろ…」
「あ、確かに。俺ら木管楽器は宇佐津さんにこんな感じで吹く~くらいな感じでしか教わってないから…まだ楽譜の読み方はわからない。ギターは?」
「私たちは基本的な音の長さとか記号は少し教わったのですが、五線譜はわからないです。ギターはタブ譜っていうやつなので…」
「でも玄丘さんは五線譜でかっこよく弾いてるから、できなくはないはずなんだけど、俺らにはまだ…、てかこれなんて曲なんだ?」
よくぞ聞いてくれましたというドヤ顔で答えた。
『雪溶けの町』
「それって確か、マジクエのBGMだったよな。タラタラターンって感じの」
「ゲーム音楽か、やっぱりブレないんですね。でもいい曲ですよね。だけど演奏できないんじゃ…」
どうしようかと悩んでいると次は皐月さスマホを置いた。画面はYouTubeを開いていて、「初心者必修!音楽道場!Part1 音符の種類」という動画が表示されていた。
「今から読めるようになればいいじゃん。そしてさ、俺らで雪溶けの町、演奏しようぜ」
「いいなそれ!みんなより一足先に詳しくなろうぜ」
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